屋敷から飛鳥たちを退避させた御波は、ガルドの姿に訝しんでいた。
御波の拳は確実にガルドを捉えていた。御波の攻撃で吹き飛ばされたガルドは樹海の中で倒れ伏している。
御波の本気の攻撃に伴う風圧は、捕獲レベル3桁の猛獣をも殺戮せしめる。ガルドに放ったのは、重傷を負った耀や、背後の飛鳥やジンへ拳圧が及んではならないと加減を幾重にも重ねた一撃だった。
それはガルドを吹き飛ばし、屋敷の壁と樹木を薙ぎ倒すのみに留められた。
本来の威力の1割にも満たないその拳でも、捕獲レベル2桁までの猛獣全てを粉砕するだろう。
だが、ガルドは無傷で立ち上がった。
(〝
御波は左手に握った白銀の十字剣に視線を向ける。ガルドを殴る直前、ガルドの背中から十字剣を奪っていたのだ。
御波が十字剣に視線を向けていると、ガルドが鮮血のように紅い双眼で御波を睨み、憤怒の形相で疾走してきていた。強靭な四肢で大地を跳ねるように駆け、ガルドは自身の領地を踏み荒らす不届き者を仕留めんとする。
その姿には、為す術なく吹き飛ばされたことへの警戒も、自身を唯一打倒しえる十字剣への恐怖も無い。
数秒も要さず屋敷に到達したガルドは御波へ目掛けて跳躍する。御波に肉薄したガルドは爪牙を振り下ろした。
空気を切り裂くような一撃が御波を直撃した。
「GYE⋯⋯!?」
渾身で放たれた一撃は確かに御波を捉えた。鉄筋すら紙切れのように切断する爪は、華奢な胴体を引き裂いて血と臓物を撒き散らす筈だった。
ガルドは愕然したように目を見開く。己の爪牙が御波を切り裂くこともなく、コートの表面で動きを止めていたからだ。
着地して次の行動に移る間もなく、御波の拳がガルドの下顎を打ち上げた。
「GYA──!?」
弾丸のような勢いで吹き飛んだ巨躯は天井を貫通し、屋根すら吹き飛ばして天高く打ち上げられる。先程と異なるのは、御波が建物を気にせず攻撃した点だろう。
振るわれた一撃は衝撃波を伴い、一瞬で屋敷を倒壊させていく。
屋敷が崩れ落ちて、瓦礫が数多と降り注ぐ。それらを意に介することもなく、上空を見上げた御波は胸中で呟いた。
(──貴女が、ガルドに力を与えた張本人か)
御波の視線が、ガルドの遥か上空で佇む金髪の少女を射抜く。
「──」
紅玉のように燦燦と輝く瞳と、晴天の如き澄んだ瞳が交錯した。
飛鳥たちは呆然と、自由落下に抗えず地面に激突したガルドを見る。
落下してから数秒。自失したように身動ぎ一つしていなかったガルドは、突如として素早く起き上がった。
弾かれるように跳び起きたガルドは、飛鳥たちに見向きもしない。だが、自身の屋敷の無残な姿に呆然とする訳でもなく、威嚇するように唸りを上げてもいない。
ただ、何かを恐れるように眼前の崩壊した屋敷を凝視していた。屋敷の瓦礫が音を立てて微かに揺れる。
「GYE⋯⋯!?」
それだけで、ガルドは悲鳴を上げて後退した。飛鳥たちを襲った獰猛な獣の姿は其処にはなく、その巨躯を恐怖に打ち震えさせていた。
その様に、飛鳥たちは困惑の声を漏らす。
「一体、御波君はガルドに何をしたというの⋯⋯」
「⋯⋯分からない。ただ、御波がガルドを圧倒してるのだけは分かる」
「⋯⋯っ! そうです、御波さんは何処に!? まさか、屋敷の倒壊に巻き込まれて!?」
「ボクがどうかしたの?」
「「「っ⋯⋯!?」」」
「GYE⋯⋯!?」
飛鳥たちも、瓦礫の目の前に立ち尽くすガルドも同様に背後に振り向いた。
小首を傾げた御波が、飛鳥たちの背後に立っていたからだ。耀は目を見開いて御波に問いかけた。
「ま、全く気配を感じなかった。御波、一体どうやって」
「うん? まあ⋯⋯ボクのギフトとだけ言っておこうかな」
鈴を鳴らしたように御波は笑う。本来ならさぞ絵になる笑みだったが飛鳥はそれ処ではない。ガルドの怯えようは尋常ではなかった。御波が、ガルドに恐怖を刻む余程のことをしたと飛鳥は睨んでいた。
「御波君、貴方はガルドに何をしたの⋯⋯?」
「ただ2回殴っただけだよ? そんなことより耀の怪我は大丈夫⋯⋯そうじゃないね。耀、腕を見させてもらうよ?」
「う、うん」
御波は耀の傍に屈んで左腕を真剣に見つめる。鮮血に染まっている左腕の容態の観察し終えたのか、御波は耀へ言った。
「耀、治療のために傷口を圧迫している布を外すよ。布を外す時にかなり痛いと思うけど、我慢してほしい」
「⋯⋯分かった。お願い」
「⋯⋯御波君。春日部さんを、助けられるの?」
「布を外せば、傷口から血が溢れ出します。外してからの出血が長引けば命の危険も⋯⋯」
「大丈夫」
不安げな2人に御波は即答する。その表情は飛鳥が息を呑むほどに真剣だった。飛鳥は頷いて、耀を御波へ託すことにした。
「分かったわ。頑張って、春日部さん」
「うん。御波、お願い」
御波は耀の左腕を縛る布に手を掛ける。痛みに苛まれている耀は勿論、飛鳥とジンも緊張した面持ちで傷口を見つめている。
集中しているが、気負った様子はない面持ちの御波は、懐から一振りの刃物を取り出した。
(綺麗⋯⋯)
それは、白銀に輝く包丁だった。一切の澱みも存在しない美しさには、如何なる名刀の輝きも膝を屈するのではないかと飛鳥に思わせた。目を奪われるような煌めきを放つ包丁を、一番近くで目の当たりにした耀は見惚れるように息を漏らす。
「⋯⋯」
御波は片手を用い、嫋やかな手付きでそっと布に触れる。元々赤かった色を深紅に染める程に血を吸った布は、御波の純白の指を赤く汚す。それに顔色一つ変えるどころか、一切の乱れもなく御波は結ばれた布を解いた。
「っ⋯⋯!」
左腕から布が取り払われ、傷口が露わになる。
そこで飛鳥は一つ瞬きをした。気を取り直すためではなく生理的な瞬きだ。
その時間は凡そ0.2秒。耀の腕から再度出血するよりも速い。一瞬と呼べる暗闇は、飛鳥が認識する間もなく訪れ、そして去っていく。
だが、暗闇が晴れて飛鳥が次に目にしたのは──傷口が完全に塞がった耀の左腕だった。
「えっ?」
それは、飛鳥の口から漏れたものだったかは彼女にも判然としない。御波を警戒して動かないガルドの存在が意識の外になる程の衝撃が飛鳥を襲った。
「か、春日部さんの怪我が⋯⋯治ってる?」
鮮血に染まってこそいるが、耀の腕には傷一つ見当たらない。
飛鳥は屈んで耀の腕を間近で確認する。紛れもなく、完全な治癒が施されていた。
「⋯⋯うそ⋯⋯本当に治ってる⋯⋯」
耀は確かめるように自らの腕を動かす。一切の不具合なく滑らかに動く自分の腕に困惑を隠せないのか、何度も腕を振って確かめている。
飛鳥は思わず耀に尋ねた。
「か、春日部さん。痛くないの?」
「⋯⋯うん、痛みも出血も全部治ってる⋯⋯!」
「うん、問題ないみたいで良かった!」
御波は朗らかに笑いながら包丁を懐に仕舞う。ジンは、畏怖か驚愕か定かではない声音で御波へ問いかけた。
「い、一体、どんなギフトを⋯⋯!?」
「それはまた後でね。まだ、このギフトゲームは終わってないでしょ?」
震えた声で問うジンを宥めるように御波は説く。飛鳥たちは沈黙を続けるガルドへ視線を向けた。
「GYE⋯⋯」
飛鳥たちからの視線を一身に浴びたガルドは、依然として御波を注視していた。
理性は感じられないが、獣の本能が御波を警戒しているのだろう。指定武具を手に持たない以上、御波にもガルドを傷つけることは不可能だというのに。
御波に襲い掛かる素振りもないその姿は、牙を抜かれた獣のそれだ。
御波はそんなガルドではなく、飛鳥たち3人を真っすぐに見つめて告げた。
「飛鳥、耀、ジン君⋯⋯ボクはあくまで補助役だ。ガルドの足止めと耀の治療。ボクにできるのはここまでだよ」
「御波君、それって⋯⋯」
御波の口振りはまるで、飛鳥たちへ戦いはまだ終了していないと言っているように聞こえた。
「ボクじゃなく、3人がガルドを倒すんだ」
飛鳥は己の耳を疑った。御波は、無様を晒した飛鳥たちにまだ機会があると言っているのだ。
異論を唱えようとした飛鳥は口を噤む。御波の毅然とした眼差しは、飛鳥たちを信じていると明瞭に告げていたからだ。
「3人なら、このゲームをクリアするのなんて簡単だと思っているよ」
立ち上がった御波はギフトカードを取り出して白銀の十字剣を顕現させた。
御波は十字剣を地面に突き刺し、これ以上の言葉は不要とばかりに居住区画の方角へ歩を進め、その背中は飛鳥たちの視界から忽然と消失した。
飛鳥は身を震わせながら立ち上がり、耀とジンに向き合う。
「春日部さん、ジン君。このまま終わる、だなんて思っていないわよね?」
飛鳥の胸中に満ちるのは悔しさと自分への怒りだ。飛鳥は、自身の未熟で耀に怪我を負わせ、補助に収まってくれた筈の御波に危機を救われた。
御波からすれば、飛鳥の姿はさぞ情けなく映っていたことだろう。
ガルドと対峙するまでは傲慢とすら思える立ち振る舞いだった少女が、蓋を開ければ自分の身も守れず、仲間を危機に至らしめたのだ。飛鳥であれば、そんな醜態を晒した小娘にチャンスなど与えない。
危機に瀕した同士を救うことはあるかもしれない。だが、能力の足らぬ身でありながら、慢心して万全を尽くさなかった愚か者を直後に励まし、再戦の機会を与えるなど飛鳥には考えられなかった。
これは互いの命と誇りを賭けたギフトゲーム。御波はそんな戦いに万全を期さなかった者に対して、お前ならできると言ったのだ。
それ程まで信じてくれていた同士の期待を裏切ってしまった。飛鳥は自分へ怒りを募らせた。
だが、飛鳥は自分への 責は後回しにする。このゲームをクリアするため、耀たちと協力するべきだと判断した。
「御波君は、私たちならこの程度のゲームをクリアするのは簡単だと言った。その信頼、応える以外に道はないわ!」
「うん、私もそう思う⋯⋯!」
「ただ、考えてる時間はそうありませんよ。御波さんが居なくなったことで、ガルドの怯えが消えています」
飛鳥は鋭くガルドを見据える。御波が消えたことで勝機ありと判断したのか、ガルドは牙を剥き出しにして飛鳥たちを睨んでいる。今すぐに襲ってこないのは、飛鳥たちの眼前に指定武具の十字剣が突き刺さっているからだろう。
耀は立ち上がり飛鳥たちの前に立ち十字剣を抜く。十字剣を片手で構えた彼女は、物静かな雰囲気からは想像できない気迫を漂わせて言った。
「私がガルドの気を引くから、飛鳥とジンはガルドの動きを抑えてほしい。そうすれば後は私が、この剣でガルドを倒す⋯⋯!」
「ええ、任せたわよ春日部さん!」
「僕も微力ですがサポートします!」
「ええ、来るわよっ!」
「──GEEEEYAAAAaaaaaaaaaaaaa!!」
咆哮を轟かせたガルドが飛鳥たちへ疾走した。
読んでくださるのは勿論、感想やお気に入り登録、評価などもありがとうございます!
感想欄で聞かれたことなのですが、私の描写の未熟もあり読者の方から文章の違和感や不自然な点について指摘を頂きました。
感想欄でも言及させていただいたのですが、その箇所は敢えて不自然に描写した箇所でした。
これからも、その様な不自然な描写が気になったら感想欄で聞いていただけると幸いです。
私のミスであれば修正。そうではなく、敢えての描写や伏線の類であれば作者の気分次第なのですが後書きにて描写を入れようかなと思っていました。
私の個人的な好みですが、ただのQ&Aでは味気ないかなと思い試験的ではありますが、下記の後書きで登場人物たちに触れられる伏線について少し触れてもらいたいと思っています。
形式としては台本形式。問題児シリーズ公式Xのアンケート回答の文字だけ版をイメージしています。
アンケートでも確認させていただいていますが、好評であれば続けていきたいと思っています。
興味のある方はご覧いただけると幸いです。
黒ウサギ)それでは、感想欄で質問されていた、御波さんが白夜叉様からギフトカードを貰えた件について語っていくのですよ♪
十六夜)そういえば、ゲームプレイヤーは俺とお嬢様と春日部だけで、御波は参加してなかったな。でもあれは、白夜叉がコミュニティ復興の前祝いって言って渡したものだろう?
白夜叉)うむ。だがそれは表向きの理由だの
黒ウサギ)というと?
白夜叉)私はおんしたちに出会う前から4人の内の誰かを警戒しておった。そして、私の星霊としての予感が一番怪しそうと睨んだ御波に抱き着き、そしてその身に宿る気配に気付いた訳だ。流石はこの白夜叉様の慧眼だのう!
黒ウサギ)はいはい、あまり尺もありませんので短くお願いしますね
白夜叉)う、うむ。最近黒ウサギの私への扱いが雑なような⋯⋯まあよい。御波が怪しいと踏んだ私は、前祝いを口実に御波にギフトカードを与えてギフトの名前から正体を探ろうとして⋯⋯⋯⋯⋯⋯確信を持った訳だ
十六夜)あの黒塗りのギフトネーム名か?
白夜叉)あのような事例は絶対にありえん。絶対にだ。おんしのギフトネーム名より不可解だったからのう。〝ラプラスの紙片〟は全知の一端。それが名前すら記せないなどそれこそ⋯⋯
黒ウサギ)白夜叉様?
白夜叉)いやすまん! ともあれ、私がギフトカードを御波にも渡した理由はコミュニティ復興の前祝いと、ギフトネーム名から正体を知りたいという理由からだのう!
十六夜)ヤハハッ! やっぱり御波の奴は面白いな
黒ウサギ)後書きでのコーナーは以上となります! 各話の後書きでアンケートも実施されているようなので、よろしければ回答をお願いしたいのですよ♪