グルメ時代から異世界に来るそうですよ?   作:雪月鷹架

13 / 17
箱庭の騎士

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーネーム本拠・談話室。

 

 3階の一室で御波、十六夜、黒ウサギはソファに腰掛けていた。

 

「元・魔王のお仲間が出品される予定だったゲームが取り消されたぁ?」 

「は、はい。ギフトゲームが終わり、その後ゲームの申請に向かった先で黒ウサギも知りました。白夜叉様に聞いたところ、多額の買い手が付いてしまったとのことです⋯⋯」

 

 十六夜の鋭い視線に黒ウサギはウサ耳を萎れさせて頷く。

 ガルドとのギフトゲームを制した飛鳥たち3人。ガルドに人質を取られ、旗印すら奪われていた者たちに旗印を返還し、ジン=ラッセルの名と打倒魔王を大衆に宣言することに〝ノーネーム〟は成功した。

 

 そのゲームで重傷を負った耀だったが傷は完治していた。だが、傷が癒えても流した血までは戻らない。

 コミュニティの工房に置いてある治療用のギフトを用いて、黒ウサギに増血を施された耀。彼女は治療室で1日は安静にするよう黒ウサギから念を押されていた。

 

 飛鳥とジンは彼女に重症を負わせてしまった事実を気にしているのだろう。耀に暫く付き添うようだった。

 黒ウサギの語った内容に、十六夜は不機嫌な様を隠すことなく吐き捨てた。

 

「所詮は売買組織か。ホストとして提示した景品を、金を積まれたからって取り下げるなんてな。〝サウザンドアイズ〟にプライドはねえのかよ」

「仕方がないのですよ。〝サウザンドアイズ〟は群体コミュニティです。白夜叉様のような直轄の幹部が半分で傘下のコミュニティの幹部が半分。今回のゲームの主催だったのは、傘下コミュニティの幹部である〝ペルセウス〟でした。恐らく、自分たちの看板に傷が付いても構わない程の多額の金銭かギフトを提示されたのでしょう」

 

 黒ウサギの表情は達観としている。だが、その両拳は強く握り締められていた。

 嘗ての仲間を取り戻す千載一遇の好機が無くなったのだ。仲間想いの彼女が悔しさを感じない筈がなかった。

 

 そんな黒ウサギを揶揄うことは、問題児筆頭の十六夜もできなかったようだ。十六夜は髪を掻いて黒ウサギに問いかけた

 

「次回を期待するしかないか⋯⋯ところで、その仲間ってのはどんな奴なんだ?」

「⋯⋯そうですね。端的に表すならスーパープラチナブロンドの髪の超美人さんです。指を通すと絹糸みたいに肌触りが良くて⋯⋯兎に角、大変お綺麗な方なのです!」

「へえ? 見応えはありそうだな」

「それはもう! しかも思慮深く、黒ウサギのことをとても可愛がってくれました⋯⋯とても、素敵な方なのです」

「それって、バルコニーにいるあの人のこと?」

「えっ⋯⋯?」

「何⋯⋯?」

「ほう? 気付いていたのか」

 

 十六夜と黒ウサギは勢い良く窓の外を見た。其処には、金髪の少女が微笑んでいた。

 その少女を視認するや黒ウサギは跳ね上がり、持ち前の俊敏さで窓に駆け寄って叫んだ。

 

「レ、レティシア様!? どうして此処に!?」

「様などと呼んでくれるな。今の私は他人に所有される身分。〝箱庭の貴族〟であるお前がモノに敬意を払っているのを、誰かに見られたら笑われるぞ」

 

 黒ウサギはレティシアと呼ばれた少女を部屋に招き入れる。

 彼女は美麗な金髪を揺らして御波たちを見た。長い御髪をリボンで結び、紅いレザージャケットの下に拘束具を彷彿させる白のロングスカートを着用している。

 

 その幼くも、気品に溢れる雰囲気と容姿に御波は見覚えがあった。

 

「さっきのギフトゲーム振りですね。まさか、貴女が黒ウサギと同じコミュニティだったとは思いませんでした」

「ああ、私も君のような実力者が〝ノーネーム〟に所属していたとは思わなかったよ。ガルドを歯牙にも掛けない実力に、仲間を一瞬で()()()()()()()⋯⋯そこの十六夜もそうだが、黒ウサギは随分と力のある者をコミュニティに加入させたようだ」

「へえ? 俺のことだけじゃなく、御波のことも知ってるってことは、お前がガルドのゲームに細工したのか?」

「ああ、その通りだ」

 

 レティシアは黒ウサギに先導されてソファに腰を下ろして御波たちに向き合った。黒ウサギは、隣の彼女に困惑を滲ませて問いかける。

 

「レ、レティシア様、十六夜さんの言葉は本当ですか? 貴女がガルドとのギフトゲームに細工をしたというのは⋯⋯」

「⋯⋯事実だ」

「な、何故そのようなことを?」

「黒ウサギたちがコミュニティの再建を掲げたと耳にしてな。その時はなんと愚かな真似を⋯⋯と思いお前たちを説得しようと私は考えていたんだ。そして接触のチャンスを得た時、ある話を耳にした。神格保持者を打倒した者が黒ウサギのコミュニティに加入したとな」

 

 御波、黒ウサギ、レティシアの視線が十六夜に注がれる。十六夜が蛇神を打倒したのを知るのは、御波たちを除けば白夜叉しかいない。

 黒ウサギを支援していた白夜叉は、〝ノーネーム〟の同士であったレティシアにその情報を伝えたのだろう。

 

「そこで私は試してみたくなったんだ。その新人たちが、コミュニティを救えるだけの実力を持っているのかどうかをな」

「へえ? それで結果は?」

 

 十六夜が挑発的な視線を向ける。レティシアは苦笑しながら首を横に振った。

 

「ガルドでは当て馬にもならなかったよ。彼女たちはまだ青い果実で判断に困る。⋯⋯尤も、そこの御波からは既に完成された実力を感じたがな」

「成る程⋯⋯それじゃあ、アンタの懸念は取り除かれたのかな?」

「⋯⋯いや、まだそれだけでは足りないな」

 

 レティシアは立ち上がり、ソファに座る十六夜を見下ろした。幼い外見に見合わぬ威圧感に十六夜は獰猛に笑いながら立ち上がった。

 

「面白れぇ。自分の目で実力を見た御波は兎も角、俺に関しては半信半疑って訳だ」

「そういうことだ」

「レ、レティシア様? それに十六夜さんも⋯⋯」

「止めてくれるなよ黒ウサギ。それで、ルールはどうする?」

「どうせ力試しだ。互いに一撃ずつ撃ち合い、そして受け合う。それでどうだ、元・魔王様?」

「いいだろう」

 

 2人は笑みを交わして窓から外に出る。十六夜はバルコニーから飛び下りて中庭で仁王立ちした。

 地面に立った十六夜とは対照的に、レティシアは漆黒の両翼を背中に生やして浮遊する。

 

 御波と黒ウサギはバルコニーに出て中庭の二人を視界に収める。御波は黒ウサギに尋ねた。

 

「ねえ、黒ウサギ。レティシアさんって元・魔王らしいけど、実際どれだけ強いの?」

「⋯⋯レティシア様は吸血鬼の純血にして神格を保有しています。魔王と自称できるだけの実力を持っているお方です。十六夜さんといえど分が悪いかもしれません⋯⋯」

「成る程⋯⋯」

 

 そういう黒ウサギの表情は不安げだ。黒ウサギがレティシアを深く尊敬しているのは、彼女がレティシアを語る姿を見れば理解できた。

 そんなレティシアと、新たな同士である十六夜が力比べで争うことに不安を抱くのは当然だ。

 

 だが、御波にはレティシアが突き抜けた実力者とは思えなかった。

 

 立ち振る舞いに目立った隙は無く、空を自由に飛翔しながら攻撃を行えるのは厄介だ。強力なギフトなども隠し持っているだろう。

 それでも、レティシアが十六夜に勝る予感を御波は感じなかった。

 

 レティシアが取り出した、金と紅と黒のコントラストで彩られたギフトカードが輝く。光の粒子が収束して、爆ぜたような音と共に長柄の槍が顕現する。

 黒ウサギは息を呑む。彼女は口元を震わせ、顔色を蒼白に変えてレティシアを見つめていた。

 

 レティシアは自身の体長よりも大きい鉄塊を軽々と振りながら、十六夜に微笑みかけた。

 

「互いにランスを投擲し、受け止めることができなければ敗北だ。悪いが先手は譲ってもらうぞ」

「好きにしろよ」

 

 制空権を握られ、先手を譲っても十六夜は余裕の笑みを崩さない。レティシアがどんな一撃を放つのか楽しみにしているようだ。

 レティシアはランスの柄を逆さまに持ち替えて掲げる。両翼を大きく広げてランスを振り被り、

 

「ハァ──!」

 

 全身を撓らせて投擲した。

 

 衝撃波が視認できる程の速度で放たれた槍は、空気中の摩擦で高熱を帯びる。流星の如き一撃を前にした十六夜は牙を剥くように笑った。

 

「カッ──しゃらくせぇ!」

 

 十六夜の拳と、鋭利に研ぎ澄まれた音速の槍が衝突する。

 

 軍配は十六夜に上がった。拮抗することすらなく、十六夜の拳は槍の先端を拉げさせて只の鉄塊へと変貌させたのだ。殴り付けられた鉄塊はレティシアへ跳ね返される。

 レティシアの投擲は音速を超えた一撃だったが、跳ね返された鉄塊は第三宇宙速度でレティシアへ殺到している。その埒外の威力にレティシアは反応できていない。

 

 第三宇宙速度という速度の鉄塊が直撃すれば無事では済まない。

 

 しかし、レティシアを粉砕せんと迫る鉄塊は、バルコニーから跳び出した黒ウサギによって撃ち落された。

 片手に握り締めた金剛杵からは雷が放たれている。

 

 金剛杵を握り締め、金色の雷を放ちながらレティシアを守った黒ウサギ。レティシアは黒ウサギを抱き留めて地面に着地する。

 

「く、黒ウサギ! 何をする!?」

 

 それは決闘を邪魔されたことへの叫びではなく、黒ウサギがレティシアの懐からギフトカードを抜き取ったことに対する抗議だった。

 黒ウサギはその言葉に聞く耳を持っていない。彼女はギフトカードを凝視して声を震わせた。

 

「ギフトネーム・〝純潔の吸血鬼(ロード・オブ・ヴァンパイア)〟⋯⋯やはり、ギフトネームが変わっている。鬼種は残っているものの、神格が残っていない」

「っ⋯⋯!」

 

 黒ウサギの沈痛げな視線に射抜かれ、レティシアは目を背ける。レティシアがギフトカードを取り出した際に、黒ウサギが血相を変えたのはそれが原因だったのだ。

 十六夜は2人に歩み寄り、拍子抜けしたように尋ねた。

 

「もしかして元・魔王様のギフトって吸血鬼のしか残ってねえのか?」

「はい。多少の武具は残っているようですが、自身に宿るものは⋯⋯」

 

 十六夜は舌打ちをした。そんな弱体化した元・魔王に勝ったとしても彼にとっては不満でしかないのだろう。

 黒ウサギは痛ましげにレティシアを見つめ、レティシアは俯いて口を閉ざしている。

 十六夜は肩を竦ませ、やれやれと頭を振って2人を励ますような軽い声音で言った。

 

「まあ取り敢えず屋敷に戻ろうぜ。積る話は腰を落ち着ける場所でするべきだ」

「⋯⋯そう、ですね」

「ってか御波! お前は何時まで高みの見物を⋯⋯⋯⋯アイツ何処に行ったんだ?」

「えっ⋯⋯?」

 

 十六夜はバルコニーを訝しげに睨んでいる。黒ウサギもその視線を追った。彼女がレティシアを救う直前には隣に立っていた筈だ。黒ウサギも困惑を隠せないように眉を上げた。

 

「御波さん⋯⋯一体何処へ?」

 

 2人が見据える先。其処に御波の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〝ノーネーム〟本拠から数㎞地点・上空。

 

 吹き付ける風が黒髪を撫で、身に纏うロングコートが靡く。星の煌めきしか届かない上空で御波は佇んでいた。

 その表情には常日頃の柔和な微笑みは存在しない。静謐さを感じさせる程に、静かに眼前を見据えている。

 

 その視線の先。100を超える軍勢の前に、御波は泰然と立ち塞がっていた。

 

 彼等は一様に軽装の鎧を纏い、光り輝く片翼の具足と頭部を覆う兜を身に着けている。その背後には蛇の髪を持った女性の首が記された旗印が掲げられていた。

 行く手を遮る御波を、彼等は怒気を滲ませて睨みつけている。だが、数多の害意に晒されても御波の表情に変化はなかった。

 

「皆さん、そんなに大勢でどちらまで? 此処から先には大きな屋敷しかありませんが」

『⋯⋯』

 

 彼等は口を開かない。御波を排除せんと剣呑な雰囲気を発しているにも関わらず、不気味なまでの沈黙を続けている。

 御波は溜息を吐く。このままでは埒が明かないと判断して、御波は自分から名乗り、目的を話すことにした。

 

「ボクは〝ノーネーム〟所属の御波です。ボクたちの敷地に無断で入り、本拠へ足を進めていた貴方たちの所属と、その目的を聞かせていただいても?」

「〝ノーネーム〟だと?」

 

 真紅の外套を纏った先頭の男が御波の言葉に反応する。

 背後の兵士たちは嘲笑を隠すことなく御波を見た。

 

「〝ノーネーム〟如きに我らが名乗ると思っているのか?」

「さっさと其処を退くといい⋯⋯それとも、貴様一人で我らを止めるとでも?」

「自分たちの旗印はおろか、名すら守れなかった名無し風情が身の程をしれっ!」

 

 最初の兵士たちの声を皮切りに、無数の怒声と侮蔑が御波へ注がれる。

 100人以上の兵士たちの表情にはそれぞれ、嘲り、怒り、そして数名が焦燥を浮かべている。

 

 外套の男などはそれが顕著だ。彼は御波を嘲笑することもなく、背後の兵士たちを叱責した。

 

「お前たち! 我らが此処まで足を運んだ理由を忘れるな!」

 

 その一喝に兵士たちは閉口する。御波を睨んでいる者は多いが、外套の男に異論を唱える者はいなかった。

 この男は私情に流されることなく、目的を果たそうと行動しているのだ。

 

「其処を退け。貴様に事情を話している暇はない」

「⋯⋯所属も目的も明かさない、武装した大勢。そんな貴方たちを大人しく本拠に行かせるとでも?」

「貴様が止めるとでも言うのか。100人を超える我々を?」

「⋯⋯少なくとも、所属と目的を明かさない貴方たちを通すつもりはありません」

 

 断言する御波に、先頭の男は目を細める。背後の軍勢から殺気が放たれると同時に、彼等は武器を取り出した。刀剣に槍、戦斧や戦鎚を持つ者もいる。先頭の男も抜剣して構えた。

 

 御波も懐から白銀の包丁を取り出して身構えた。夜空に在ってもその一振りの輝きに陰りはない。

 外套の男は感心したような声を漏らした。

 

「そのナイフ。名のあるギフトと見た⋯⋯お前たち、名無しとはいえ油断するなよ」

『はっ!』

 

 兵士たちは徐々に陣形を広げていく。統率の取れた動きは、彼等が積んだ鍛錬の賜物だろう。

 〝ノーネーム〟を嘲り罵倒したのは、彼等が積み上げてきた功績と自信によるものなのかもしれない。

 

 彼等は御波を取り囲むように陣形を組む。御波は神経を研ぎ澄ませる。

 一触即発の空気がこの場の全員を包む。外套の男は兵士たちに号令を出した。

 

「皆の者、掛かれぇ!」

 

 御波に襲い掛からんと飛翔する兵士たち。御波は外套の男を目掛けて接近しようと走り出そうとする。

 

 その瞬間──

 

「ガッ⋯⋯⋯⋯!?」

 

 御波の背後。うなじ部分に痛みと衝撃が奔った。

 

 うなじ部分から感じるのは激しい熱と切り裂くような痛みだった。うなじから噴き出した鮮血が撒き散らされ、御波の体は衝撃に逆らわず落下していく。

 

 落下する直前、御波が視界の端に捉えたのは──嘲りに満ちた兵士たちの表情だった。

 

 御波は重力に従って落下していく。徐々に加速して風が肌を打つ。その感覚に感慨を抱く間もなく、御波は鈍い音を立てて地面と衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。このまま〝ノーネーム〟へ向かって吸血鬼を捕獲するぞ」

「あの名無しの者はどうしますか?」

「放っておけ。どうせあの出血では生きてはいない。今は時間が惜しい」

「了解」

 

 彼等──箱庭第5桁に本拠を構えるコミュニティ、〝ペルセウス〟の構成員だ。

 彼等は、コミュニテの長であるルイオス=ペルセウスの側近である男の言葉に頷いた。

 彼等は自分たちが主催するギフトゲームの景品として、レティシア=ドラクレアを売り払おうと画策していたが、そのゲームは多額の買い手が付いたために中止となった。

 

 だが、その混乱に乗じるようにレティシアが突如として消息を眩ませた。

 

 ルイオスはレティシアの逃走に加担した疑いのある白夜叉の元へ。彼等はレティシアの未練にして、〝ペルセウス〟が彼女を所有する原因となった〝ノーネーム〟の本拠へ向かおうとしていた。

 

 思わぬ邪魔が入り、不意討ちによる強行的な手段を取らざるを得なかったが、側近の彼は感慨を抱くことなく前を見た。

 

 〝サウザンドアイズ〟から依頼され、コミュニティの名を掲げて開催しようとしていたギフトゲームを取り消したのだ。それは双女神の旗に泥を塗る行いに他ならない。

 傘下コミュニティがそのような狼藉を働けば、〝ペルセウス〟は懲罰として降格する恐れすらあった。

 

 それらを承諾するだけの大口の商談ではあったが、故に吸血鬼を逃す失態だけは犯せなかった。

 

 名無しのコミュニティの、人間一人の命など顧みる余地すらない。彼等は本気でそう思っている。

 自分たちのコミュニティの利益と、箱庭の多くで蔑まれ、尊重されることのない〝ノーネーム〟を比べる必要すらない。

 

 そのために名無しの人間の犠牲が必要なら、彼は何人であろうと斬り捨てる覚悟だった。

 側近の男は真紅の外套を翻して背後の兵士たちに告げた。

 

「よし、行くぞ──」

 

 彼等は一斉に足を止めた。瞬時に武具を取り出し、臨戦態勢に移行する。側近の彼も抜剣して身構えた。

 側近の男の号令の直後、突如として身を凍えさせるような悪寒が彼等を襲ったのだ。矢継ぎ早に彼等に降り注ぐのは、まるで重力が何倍にもなった感覚。

 

 彼等は一切の例外なく宙に膝を突いた。

 

「はっ⋯⋯はっ⋯⋯はぁ⋯⋯!」

 

 呼吸が浅くなる。寒気がする筈なのに、汗が滝のように流れていく。酸欠に因るものなのか、視界が暗く染まって体の節々が痛む。

 この場から離れ、吸血鬼を捕獲しなくてはならない。理性はそう告げている。だが、彼の本能は全く異なる警鐘を鳴らしていた。

 

(動けば⋯⋯死ぬ⋯⋯!)

 

 理屈ではなく本能で理解できた。背後の兵士たちは呻き声を上げて苦悶に喘いでいる。その中で、側近の男は思考を巡らせた。

 

(な、何者だ⋯⋯! 触れることすらなく我らを無力化し、身動きを取れない程の重圧を与えるとは。ま、まさか最強種なのか!? いやっ、最下層にそんな化け物が存在する筈が──)

「全員、意識はありそうですね」

 

 側近の彼は反射的に顔を上げた。その声は、先程まで耳にしていた人物のものと同一だった。

 

 驚愕と恐怖に表情を歪めた彼が見たのは、

 

 ──全身を鮮血で染め、自身を見下ろす御波だった。

 

 黒のロングコートからは、夥しい程の血液が流れ落ちている。その発生源である首元からの流血は止まることなく溢れ、白皙の肌を紅く汚している。

 

 誰が見ても致命傷だ。目の前の人間(バケモノ)から流れ落ちる血液の量は、出血多量で間もなく息絶えるのではないかと側近の彼に思わせた。

 

 だが、御波の顔色は一切変わっていない。致命傷に至る血を流しながら、その美貌の顔色は青褪める所か正常なようにすら見える。

 今にも息絶えそうな程に凄絶な有様でありながら、その姿勢は一本の芯が通ったように揺るぎない。

 

 殺気もなく、怒気すらない。只、御波から放たれる圧力に彼等は封殺されていた。

 生物として天地にも隔たっていると、否が応にも直感するその迫力に、側近の男は言葉を紡げなかった。

 

 彼等を見下ろしながら、鮮血に塗れた御波は冷淡に問いかけた。

 

「さぁ、話をしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 アンケートへの沢山の回答ありがとうございます!


























  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。