〝ペルセウス〟とのギフトゲーム当日。晴れ渡る空の下、御波は〝サウザンドアイズ〟の支店に足を運んでいた。
桃色の並木道は今日も変わりなく咲き誇り、水路の清流は道を歩く者の心を穏やかにするように美しい。
御波がこの店に来たのは、箱庭に召喚されてからこれで2度目になる。
1度目は白夜叉に肝を冷やされ、奇襲を受けたり波乱万丈と呼べるものだった。
今回呼ばれた理由も皆目見当が付かなかった。黒ウサギも聞かされていないとのことで、今更だが御波は不安を抱いていた。
白夜叉が〝
だが、黒ウサギ曰く相当な問題児でもあるようで、それを御波は初めての邂逅で骨身に染みていた。
〝サウザンドアイズ〟支店の前に到着した御波を出迎えたのは、青髪の女性店員だった。
「お待ちしておりました。白夜叉様が中でお待ちです」
彼女は慇懃に一礼する。初対面の時とは真逆の対応に御波が面食らっていると、女性店員は不服そうに眉を動かした。
「私とて双女神の旗本で従事する者。真っ当なお客様。特に、主のお客様に対しては丁重に接します」
以前の態度は、御波たちが〝ノーネーム〟の身分で閉店間際に押し入ろうとした故の接客だったようだ。
「白夜叉様からも本日お越しになるお客様
「全員? そういえば、他のお客さんは来ていないんですか?」
超巨大商業コミュニティの支店であれば売買や換金、商談で足を運ぶ者は数多の筈だ。それに対応するには相応の数と質の従業員を揃えなければならない。だが、店内からは客の気配はおろか、白夜叉の気配と数名の従業員の気配しか感じなかった。
現在の時刻は正午を過ぎた所。来店する者は後を絶たない筈なのだがその様子はなかった。
「本日はお越しになるお客様に失礼がないよう、当店は休業とさせていただいています」
「⋯⋯成る程。さっきの言い方だと、ボク以外にも来店する人が?」
「⋯⋯その件に関しましては、白夜叉様に確認された方が宜しいかと」
女性店員は扉を開けて御波を招き入れ、白夜叉の元まで案内していく。
御波は胸中で呟いた。
(ゲームの開始はそろそろか⋯⋯皆、大丈夫かな)
〝ノーネーム〟本拠・食堂。
御波、十六夜、飛鳥、耀、黒ウサギ、ジンの6人は2日後に行われるギフトゲームについて話を進めていた。十六夜は手元のコップから水を一口飲んで全員の顔を見渡した。
「治療室で聞いた
ルイオスたちの機転により、御波はゲームに参加できない。2日後のゲームは、レティシアの所有権を賭けたコミュニティにとって負けられない戦いだ。
ゲームに参加こそできないが、御波も可能な限り協力するつもりだ。十六夜の問いに御波は頷く。
「確か⋯⋯あの人たちは空を飛ぶ靴と、ボクを奇襲した人に関しては気配も音も感じない透明化のギフトも使ってたよ」
「恐らく、彼等が保有するハデスの兜によるものでしょう」
「えっと、ハデスというのは神様の名前だったわよね?」
飛鳥は小首を傾げる。御波も聞いたことがない名前だが、神ということは箱庭に伝わる伝承、神話に登場するのだろうと当たりをつける。
黒ウサギはウサ耳をピン、と立てて飛鳥の疑問に答えた。
「YES! 〝ペルセウス〟の創設者である英雄ペルセウスは、ギリシャ神群の神々から〝
「そのハデスの兜はどんなギフトなの?」
次いでの耀の問いにも黒ウサギは軽快に答えていく。
「装着者の姿を透明化させ、気配や音。熱すらも遮断する隠者の恩恵だと聞き及んでいます」
「御波の体験談と一致するな」
「そうね。2日後のゲーム内容は不明だけれど、その隠者の恩恵を如何にかしないと面倒そうね」
「そういえば、治療室では詳しく聞けなかったが、御波はどうやって
十六夜は訝しげに御波を見た。御波が斬られたように傷の偽装に成功するには、最低でも2つの前提条件を満たしている必要があるのだ。十六夜はそれに気付いているのだろう。
御波はギフトカードから包丁を取り出してこの場の全員に見せた。全員の視線が白銀の包丁に集中する。
「改めて見ても綺麗な包丁だけれど、これは斬った人の傷を治癒できるのよね?」
「私もこの包丁のお陰で助かったしね」
「黒ウサギは初めて見ますが、本当に美しい包丁なのです!」
「名のある名工が造った一品だったりするんですか?」
「お前ら気になるのは分かるが、それじゃあ御波の話が進まないだろうが⋯⋯」
十六夜は呆れたように黒ウサギたちを諫める。そんな彼の視線も御波の包丁へ向けられていた。
御波は苦笑しながら、〝ペルセウス〟との事の全貌を明かしていく。
「まず、ボクが斬られた傷を偽装しようとした理由は、彼等かと何らかの交渉を行おうと思ってのことでね。そしてボクは、彼等に悟られることなく自分自身を斬ることに成功したんだよ」
「⋯⋯でも、それには幾つかの条件が必要なのではなくて?」
飛鳥は額に手を当てて目を瞑っている。考えを整理しているのだろう。ジンも頭を捻っていた。
飛鳥は額から手を放して御波に問いかけた。
「まず、さっきの言い方だと御波君は隠者のギフトを見破っていたということかしら?」
「そうだよ。ボクは自分のギフトで隠者の恩恵を見破っていた」
「避けなかったのは、被害者の立場になることで交渉を図る目的のためというのは分かります。ですが、自分で自分を斬って傷を偽装、というのは? 攻撃を受けるのでは駄目だったんですか?」
「それに、〝ペルセウス〟の連中に気付かれないで自分を斬るなんて、一体どうやったんだ?」
飛鳥に次いでジンと十六夜が尋ねた。この場の全員の疑問が視線となって御波に向けられている。
彼等の言う通り、御波が傷の偽装に成功するにはそれらの条件が必要になる。
御波は淀みなく話していく。
「〝ペルセウス〟の人たちの剣だとボクは斬れなさそうでね。首に攻撃を受ける直前、あの場の誰にも気付かれない速さでボクは自分のうなじを斬ったんだよ」
「⋯⋯お前が世界の果てのヘビや、春日部の傷を一瞬で直したのと似た方法か?」
「確かに、御波は私でも何時斬ったのか分からない速さで怪我を治してくれた」
「そういえば、春日部さんも何時の間にって驚いていたわね⋯⋯」
「動体視力に優れる耀さんでも視認できない程の速さなら、確かに〝ペルセウス〟たちにも気が付かれずに傷を偽装できるかも⋯⋯!」
「その直後に、首に攻撃を受けたのは本当だしね」
御波は包丁を収納してギフトカードを仕舞う。一先ず信じてくれたようだ。これで駄目なら、自身の腕などを斬って実演しなければならなかった。内心で安堵し、御波は話を再開していく。
「状況的にレティシアさんを探しに来た人たちとは予想してたけど、所有権まで彼等が持ってるのは運が良かったよ」
「本当に、御波さんが血塗れで戻ってきた時は心臓が飛び出るかと思ったのですよ⋯⋯」
「御波の機転で、レティシアを合法的に奪う算段が付いたんだ。あんまり言ってやるなよ」
「皆も、心配を掛けてごめんね」
御波は申し訳なさに頭を下げる。仲間からの自身を案じる視線は素直に嬉しいものだが、その理由が自傷で齎されたものなのもあり、御波は複雑な心情だった。
そんな御波の心情を察したのか、十六夜は薄く笑って肩を竦めた。
「まあ、これからは体を張り過ぎないように気を付けるんだな」
「うん、気を付けるよ」
「ならいい。ギフトゲームまで2日ある。御波や黒ウサギからの情報を元に、〝ペルセウス〟への対策を考えていくぞ」
中庭を抜けて、貴賓室の前まで案内された御波。女性店員は室内の白夜叉に確認を取る。
「白夜叉様。お客様をお連れ致しました」
「うむ、入るがよい」
「失礼します」
扉を開けた女性店員。入室しようと足を踏み出した御波は、
──視界を埋め尽くす光と、浮遊感に襲われた。
「っ⋯⋯!」
白夜叉のゲーム盤に呼び出された時とは似て非なる。白夜叉のゲーム盤の召喚はギフトカードを取り出す一瞬の間が存在するが、彼女がそれに該当する行動を取っていなかったのを御波は知覚していた。
何より、御波にはこの気配に覚えがあった。
(この気配は⋯⋯)
御波が、箱庭に召喚された時に感じた気配だった。
光が収まり、御波の視界が機能を取り戻す。御波が召喚されたのは、白亜の城の中庭だった。
大理石が敷き詰められた石畳は、靴で踏むのを躊躇う程に美しい。中庭を横断する石畳の先の景色は、白絹のヴェールで隠されている。
石畳の両脇には四季折々の花々が花壇を形成し、御波の鼻腔を花々の香りが擽った。
天を見上げれば、薄い天幕が城を覆い、中庭の部分のみ天幕が解放されている。燦々とした太陽が照り付けるが暑さはなく、絶好の昼寝日和といった日差しの強さだ。
周囲を見渡す御波の胸中に驚愕はない。油断せず、冷静に現状の把握に努めていた。
知覚できる範囲に生命の気配はない。女性店員の姿も気配も感じられなかった。この場に召喚されたのは御波だけということだろう。
不気味な程の静寂は警戒を、陽だまりの庭園の美しさは感嘆を御波に与えてくる。
御波はヴェールへ向かって歩を進める。中庭で待っていても状況は動かない。この城を探索して情報を得ようという考えだった。
御波が1歩前に進む。すると、花壇の花弁の色が変化した。花の種類自体は変わっておらず、花弁の色にのみ変化している。
御波は目を瞬かせる。花壇の花々や足下の石畳、城壁が怪物に変貌して襲いかかっても問題ないように警戒していたが、想像よりも可愛らしい変化だった。
この場に御波を召喚した人物に害意はないのかもしれない。
中庭を抜けようと歩き続け、御波はヴェールの目前まで来た。上質な絹で編まれたヴェールに触れ、御波はそれを捲った。
ガチャリ、と扉が閉まる音が聞こえ、御波の視界に映る世界が一変する。眼前に現れたのは、高級感ある木製の扉だった。
「──いらっしゃい、御波」
背後に現れた気配は4つ。御波は勢いよく振り返ってその4人を視界に収めた。
御波と彼女たちを隔てるように置かれた円卓。上座側に座る2人と、その背後に立つ2人の姿があった。
1人目は白夜叉。
椅子に腰を下ろした彼女の表情は、扇子を口元に当てているためその全貌を窺うことはできない。だが、目元は愉快げに細められている。表情から察するに、彼女はこの状況の片棒を担いでいるのだろう。
2人目は白夜叉の背後に立つメイドエプロン服を着用した女性だ。
背中まである紫紺の長髪。それを1つに纏め、三つ編みにしている。完成された大人の女性、といった雰囲気。長身でメイド服の上からでも分かる抜群のプロポーションは男女共に目を引くだろう。凛とした美貌に柔和な笑みを浮かべて御波を見ている。
3人目はメイド服の女性の隣に立っていた。
顔の上半分を白黒の舞踏仮面で隠した少女。美しい純白の髪を黒の髪飾りで頭上に纏め、精緻な意匠が施された白銀の鎧を身に纏い、その下に白のロングドレスを着用している。
白夜叉とメイド服の女性とは異なり、表情から感情を推察することはできなかった。
最後の4人目。白夜叉の隣に座る少女。
腰まである黄金の御髪に、蒼にも翠にも見える瞳は宝玉のように輝いている。紅を基調に金の装飾が散りばめられた服装。双肩は大きく露出し、胸元も上半分近くは素肌を晒している。
それでも下品に感じないのは、彼女の纏う超然とした雰囲気によるものだろうか。美しくも何処か幼さが垣間見える美貌も、彼女が醸し出す雰囲気に一役買っているのかもしれない。
御波と黄金の彼女の視線が交差する。沈黙が場を支配しようとしたその時、見計らったように黄金の彼女は言葉を紡いだ。
「初めましてね。私の名は〝クイーン・ハロウィン〟。貴方を箱庭の世界に召喚した者よ」