グルメ時代から異世界に来るそうですよ?   作:雪月鷹架

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太陽の女王(後編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調度品に囲まれた王室のように絢爛な洋室。その部屋の扉を背に、御波は自身を見据える黄金の彼女の言葉を反芻していた。

 

 ──御波を召喚した。

 

 それは、白亜の城に転移した際の感覚で半ば確信していたことだ。招待状という触媒ありきであっても、世界の境界を超越して干渉するという尋常ならざる御業。それを可能にした存在の気配を、御波は鮮明に記憶していた。

 

 そして、相対した彼女の気配と言葉は御波の疑念を確信に変えた。

 

 〝クイーン・ハロウィン〟。その名前に聞き覚えはない。この2日間、コミュニティの蔵書で箱庭の世界に神話、伝承を読み漁った御波だが、その殆んどは対峙した〝ペルセウス〟に所縁のあるギリシャ神話に関してだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。十六夜はその手の知識に造詣が深く、時折尋ねては知識を収集していったが、生憎とその中に彼女に関する情報はなかった。

 

 だが、白夜叉が女性店員に丁重に出迎えろ、と言っていたのは彼女のことだろう。

 

 内包する気配の大きさはさながら星の具現。現在の白夜叉を上回る程の気配を御波は感じた。

 加えて、〝階層支配者(フロアマスター)〟である白夜叉が丁重に出迎えようとする人物。箱庭でも高い知名度や、影響力のある人物なのだろうと御波は推測した。

 

「ご存じのようですが改めて。ボクの名前は御波、現在は〝ノーネーム〟に所属しています」

「知ってるわ。白夜叉から貴方たち〝ノーネーム〟については聞かせてもらったから」

「突然この場所に呼び出されて驚かせただろう。女王がどうしてもと聞かなくての」 

 

 苦笑しながら、白夜叉は〝クイーン・ハロウィン〟に視線を向ける。女王と呼ばれた彼女は眉を潜めて白夜叉の言葉に反論した。

 

「そういう貴女も楽しそうにしていたじゃない」

「おや、そうだったかのう?」

 

 白夜叉は肩を竦める。揶揄われた女王は小さく唇を尖らせて白夜叉を見ている。

 その表情は超然とした雰囲気と、秘める巨大な気配とは裏腹に子供っぽく、初見の時とは異なる印象を御波に抱かせた。

 

「ボクは気にしていませんよ。歩く度に花の色が変わるのはすごく綺麗で、見ていて楽しかったです」

「⋯⋯そう」

 

 御波は微笑んで素直な感想を述べる。それに偽りがないと感じたのか、女王の表情から棘が抜けた。

 

 御波は白夜叉たちの背後に立つ2人を見遣った。

 

「よろしければ、後ろの御二方の御名前も聞かせていただいても?」

「そんなに畏まる必要はないわ。堅苦しいのは嫌いなの。それに、()()()()()()()余程の無礼でなければ不問にしましょう。⋯⋯2人も名乗ってあげなさい」

 

 女王の許可に2人は首肯する。最初に名乗ったのはメイド服の女性だった。

 

「私はスカハサ、メイド長兼女王のお目付け役よ。貴方に会うのを楽しみにしていたわ。何せ女王が」

「スカハサ?」

 

 女王は振り返ってスカハサをジト目で睨む。スカハサは紫紺の髪を揺らして肩を竦めた。本気ではないだろうが、主である女王に睨まれて肩を竦める態度を取れるのは、彼女と女王の付き合いが長いからだろう。お目付け役というのは伊達ではないらしい。

 

 女王もそれ以上を言うつもりはないらしく、再度御波に向き合った。

 

 スカハサの名乗りが終わり、次は仮面の騎士といった風貌の彼女の番だ。

 彼女は優雅に一礼し、静謐さを感じさせる声音で名乗りを上げた。

 

「初めまして、私の名はフェイス・レス。女王騎士の称号を賜る者です」

 

 スカハサもそうだが、彼女の所作も品が感じられる。女王に仕えるが故なのか、メイドと騎士を名乗っても違和感が欠片も感じられなかった。

 そして、両者共に立ち振る舞いに隙がない。白夜叉と女王の存在もあり、その振る舞いはより顕著に見えた

 白夜叉や女王、御波の身近では問題児3人。御波にすれば、彼等の立ち振る舞いは隙だらけに映っている。

 

 彼等からは武練の跡が感じられない。先天的か後天的かは置いておいて、彼等は存在としての能力が極めて優れるが故に、武の研鑽を必要としなかったのだろう。

 だが、スカハサとフェイス・レスはそれとは真逆。産まれ持った能力だけでなく、練達した武を感じさせていた。

 

「よろしくお願いします、スカハサさん、フェイス・レスさん」

「互いの自己紹介も終わったことだし、貴方も座りなさい」

 

 女王に促され、御波は椅子に腰を下ろした。

 

「気が付いていると思うけど、貴方を此処に呼び出したのは白夜叉ではなく私の意思によるものよ」

「ええ。あの城に招かれた時から、そうではないかと思っていました」

「あら、そんなに前から気が付いていたのね。理由は?」

 

 女王は美しい双眸で御波を見据える。その口元には笑みが浮かび、御波の回答を楽しみにしている雰囲気が感じられた。

 御波としては隠す理由は皆無のため、嘘偽りなく答えていく。

 

「女王様の」

「女王でいいわ。他の2人は自由だけど、私には敬称は不要よ」

「⋯⋯女王がボクを城に呼び出した時の気配が、ボクの世界に招待状が送られてきた時と酷似していたからです」

「⋯⋯! そう⋯⋯」

 

 一瞬、女王は驚愕したように目を見開き──喜悦を滲ませて目を細めた。

 

 出会ってから今に至るまで、女王は何処か上機嫌に御波に接している。御波には邪険にされる謂れはないが、初対面の相手にこうまで上機嫌で接される覚えもない。

 表情にこそ出さないが、御波は眼前の女王を訝しんだ。

 

 女王は足を組み、美しく御波に微笑む。

 

「やっぱり、私の予感に狂いはなかったわね」

「え?」

 

 御波は疑問の声を漏らした。女王の言葉の真意が掴めなかったからだ。女王は御波の疑問に取り合わずに御波に笑みを向けている。

 御波を突如として城に召喚し、場所を移動しようとした御波を自身の元に転移させた。白夜叉とも気が合うような遣り取りを見るに、彼女も白夜叉と同じく問題児気質なのかもしれない。

 

 女王は僅かに背凭れから離れ、この場の全員が驚愕する一言を御波に投げかけた。

 

「ねえ御波。〝ノーネーム〟を脱退して、私の元に来ない?」

「っ⋯⋯!」

 

 予想外の言葉に御波は瞠目する。まさか、初対面の人物がそのような提案をしてくるとは想像もしていなかったのだ。

 何が女王の琴線に触れたのか、御波には見当がつかず言葉を失った。スカハサとフェイス・レスも訝しげに女王に視線を向けている。

 女王の部下である2人にとっても、彼女の言葉は予想外だったのだろう。

 

 そして、それとは比較にならない程の驚愕を露わにしたのは白夜叉だった。

 彼女はガタッ! と席から立ち上がり、怒気を滲ませて女王を睨んだ。女王は興が削がれたように笑みを消して、白夜叉へ鋭利な眼光を向ける。

 

「⋯⋯おんし、私と話した内容を忘れたのか? 御波に悪影響を与える類の行動はしない、所属に関して口を

挟まない。おんしはそう私の前で宣言したではないか。それを覆すなど、何を考えている?」

「仕方がないでしょ。この子のこと、欲しいんだもの。それに、御波は私が望んで召喚した。本来ならこの子は黒ウサギの元ではなく、()()()()()()()()()()()()()のよ」

「だが、既に御波は〝ノーネーム〟に所属しているのだぞ!」

「決めるのは御波。そうでしょう?」

 

 白夜叉の言葉を封殺し、女王の視線が御波を射抜く。彼女は美しくも幼い美貌に笑みを浮かべていた。

 

「どうかしら? 勿論只でとは言わないわ。貴方から提示される条件は可能な限り叶える。〝ノーネーム〟への補償も十二分に行うと約束するわ。箱庭第3桁、〝クイーン・ハロウィン〟の名と旗印に誓いましょう」

「身に余るお話ですが、お断りさせていただきます」

「「「っ⋯⋯!」」」

 

 即決した御波に、白夜叉は安堵の笑みを、スカハサは目を見開き、フェイス・レスはピクリと肩を跳ね上げた。

 そして、女王の纏う雰囲気が変貌する。白夜叉が御波へ放った威圧と遜色ない圧力が御波を襲う。

 女王は先程までの笑みを潜め、無表情で御波を見据えている。理由を述べろということなのか、女王は言葉を発する素振りはない。

 彼女の機嫌は急降下していることだろう。これ以上ない待遇と〝ノーネーム〟への補償をコミュニティの看板に誓ったにも関わらず、僅かな逡巡もなく断られたのだ。女王と呼ばれる彼女が気分を害するのは当然なのかもしれない。

 

 それでも、御波は毅然と女王に告げた。

 

「〝ノーネーム〟に所属し、コミュニティの復興まで力を貸すと約束したんです。それを終えるまで、コミュニティを辞めるつもりはありません」

 

 御波の行動を、愚かだと嗤う者もいるかもしれない。最下層、それも〝ノーネーム〟の身分でありながら、3桁のコミュニティから好待遇の勧誘を受けるなど前代未聞だろう。それを逡巡もせずに断るのは、箱庭の常識では愚かと言う他にないことは御波にでも分かる。 

 

 何より、女王は御波を召喚した張本人だ。彼女のコミュニティに所属すれば、御波が元の世界に戻る道は開ける可能性が高い。

 それでも、御波は女王に否を突き付けた。コミュニティを復興させるという約束に噓偽りはあり得ない。私情で〝ノーネーム〟を裏切り、元の世界に戻ったとしても、御波は胸を張って子供たちに向き合えなくなるだろう。

 

 元の世界に戻るのは御波の中で確定事項だが、今すぐに戻る必要はない。経営者である御波が消えて、それで孤児院や子供たちが不利益を被るような欠陥は残していない。

 コミュニティを復興させるまで、御波は箱庭の世界を去るつもりはなかった。

 

 女王は確認するように御波へ問いかけた。

 

「⋯⋯私が何を言っても、自分の意思を変えるつもりはないのかしら?」

「ありません」

「そう⋯⋯なら仕方がないわね」

 

 女王から放たれていた威圧感が霧散する。依然として表情に変わりはないが、更に機嫌を損ねた訳ではないようだった。

 御波は胸中で息を吐く。白夜叉の知己であろう女王の勧誘を断ったのだ。譲れないが故の判断だったが、それで不興を買う恐れもあった。女王が寛大だったことに感謝すべきだろう。

 

 2人の遣り取りに、白夜叉は胸を撫で下ろした。

 

「一体どうなることかと思ったぞ。女王よ、驚かせてくれるでないわ」

「⋯⋯」

「女王? どうかしましたか?」

 

 白夜叉の言葉に反応を示さない女王を訝しんだのか、スカハサが尋ねる。女王はその言葉にも反応を示さない。御波に視線を向けたまま動こうとする素振りもなかった。

 

 白夜叉も困惑を露わに女王に問いかけた。

 

「どうしたのだ女王よ。おんしらしくな」

「──無理矢理にでも奪いましょうか」

 

 は? そんな言葉を呆然と漏らしたのは、御波か白夜叉か。或いはスカハサやフェイス・レスだったかもしれない。そんなことが些事と思える言葉を、女王は口にしたのだ。

 奪う、誰を? 先程までの会話を考えれば、女王の目的は明らかだった。 

 

 脈絡なく放たれた言葉の意味を御波が理解するのと同時、白夜叉は白髪を逆立てて叫んだ。

 

「おんし、巫山戯るにも限度があるぞ⋯⋯! 御波は断ると言ったではないか!?」

「ええ、御波の意思は聞いたわ。でも欲しいんだもの。仕方がないでしょう?」

「貴様⋯⋯! そのような理由が通ると」

「──もういいわ。また後で話しましょう」

 

 白夜叉の姿が音も無く消えた。直後、背筋に奔った悪寒に従い、御波は椅子が倒れるのも構わず女王と距離を取った。

 

 白夜叉の気配はない。恐らく、空間跳躍によって何処かに転移させられたのだろう。

 前兆を感じなかった。その事実は、御波の肌に粟を生じさせるに十分だった。御波は警戒を強め、知覚精度を最大にして女王と相対する。その警戒度は、猿王との戦闘時にさえ比肩している。

 

「白夜叉さんを転移させて、どうするつもりなんですか?」

「他人の心配? 白夜叉には何もしないわ。私の目的は、貴方だけだもの」

 

 女王は先程の無表情が嘘のような笑みを浮かべた。見惚れる程に美しい笑みだが、それが却って不気味に映った。

 何の思惑でこの行為に及んだのかは不明なのだ。警戒を緩めることなく、御波は女王に問いかけた。

 

「何故、このようなことを?」

「貴方が欲しいのよ。それこそ、白夜叉の不興を買うことになったとしても」

「それでも、ボクの答えは変わりません」

「そうね。貴方の意思は変わらず、そして私の意思もまた変わらない。なら、取る手段は1つでしょう?」

 

 虚空から現れた黄金に煌めくギフトカードが女王の手に握られる。そして、瞬く間に極光が部屋を支配した。

 脳裏に過るのは庭園を囲むように聳え立つ白亜の城、幽鬼と影の化生が蔓延る死の世界、春夏秋冬の季節が共存する広大な花畑。

 

 そして御波が降り立ったのは、暗黒の夜空に黄金の太陽が君臨する世界だった。

 

 夜空に燦々と太陽が輝いている。降り注ぐ陽光は鮮明に大地を照らしているが、本来なら晴天である筈の空が暗闇を保っていた。明らかに物理法則に反するその光景。

 如何なる法則が働いているのか定かではないが、箱庭であれば物理法則を覆す修羅神仏も存在するのかもしれない。

 少なくとも、眼前の女王はその実例だろう。白夜叉のゲーム盤が白夜と水平に廻る太陽で彼女を表現していると十六夜は言ったが、この世界は正に女王を表現しているのだろう。

 

 従者の2人を連れず、御波の眼前に立った女王は悠然と微笑んだ。

 

「さあ、始めましょうか」

 

 瞬間、上空の太陽から炎が迸る。黄金の炎は宙を焦がすように燃え盛り、その熱波が伝播して大気を振動させる。意思を持つように揺らめく炎は上空に黄金の円環を形成し、その空白には暗黒の夜空が顔を覗かせていた。

 そして、黄金の炎が空白を埋め尽くした。眩い程に輝く円環は流転を繰り返し、

 

「KYYYYYYYYYYYYYYYEEEEEEEEEEEEEEE!!!」

 

 血を想起させる双眸が御波を睥睨する。漆黒の表皮は金属のような光沢を放ち、4対8足の脚はビルを上回る程に逞しい。

 触肢の先端の鋏角は、万物を切り裂くのではないかと思わせた。胴体から生える尾は毒々しい色合いで、この生物を構成する要素で最も禍々しい気配を放っていた。

 

 その威容、その気配。その生物は、御波に臨戦態勢を取らせるに十分な迫力で御波の前に降臨する。

 

 円環から召喚されたのは、視界に収まらない程の巨躯の大蠍だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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