グルメ時代から異世界に来るそうですよ?   作:雪月鷹架

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太陽の星権

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム名 〝ZODIACSIGN HEAVENLY SCORPION〟

 

          

・プレイヤー一覧 御波。

 

・プレイヤー勝利条件。 

 1、天蠍の星獣の打倒。

 2、天蠍の星獣から30分生存する。

 

・プレイヤー敗北条件。

 上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスタ―の名の下、ギフトゲームを開催します。

〝クイーン・ハロウィン〟印』

 

 黒い〝契約書類(ギアスロール)〟の文面に目を通した瞬間。

 

 大蠍の鋏角が横薙ぎに振るわれた。触肢は初速から第三宇宙速度に達し、御波の華奢な体躯を切り裂かんと迫る。

 体長数百mの巨躯と比べれば、御波など豆粒と変わらない。巨大な触肢が第三宇宙速度で振るわれれば、発生した風圧で常人は死に至るだろう。

 

 そんな一撃を、御波は跳躍し身を翻すことで回避した。

 

 鋏角が体の真下を通過するように行われた回避だが、空中で風圧に耐えることは不可能だ。暴風と形容できる風圧によって、御波の体は紙屑のように吹き飛ばされた。

 

 大蠍は追撃を開始する。その巨躯からは想像できない程の俊敏さを発揮し、逆廻十六夜を彷彿とさせる速度で肉薄した大蠍は触肢を振り下ろした。

 地殻変動すら超えるその一撃を、御波は身を翻し裏拳の要領で迎え撃った。

 

「ハッ!」

 

 両者の一撃による衝撃は可視化される程の大気の震えとなり、大地に数百mの罅割れを齎した。

 大蠍の触肢は跳ね上がり、御波は地面に叩き付けられた。地面に埋没した御波だが、瞬時に跳び起きて後方に跳躍して距離を取った。

 

 その姿には傷一つ無い。御波はロングコートに付着した砂埃を払いながら、大蠍に対して思考を巡らしていく。

 

(硬い。それに、あの巨体で十六夜と同じ位の速さで動いてくる)

 

 御波と同じく大蠍の肉体にも傷は見当たらなかった。ガルドの時とは比較にならない力を籠めた一撃を相殺する膂力と、攻撃で傷付かない頑強さ。御波の見立てでは、純粋な肉体性能なら十六夜を上回っている。

 

(何より、あの蠍はまだギフトを使ってない)

 

 御波は大蠍の尻尾に視線を向ける。如何なる恩恵を身に宿しているかは不明だが、禍々しい気配を放つ蠍の尻尾は猛毒を秘めている可能性が高い。尻尾による攻撃は避けるのが賢明だと御波は判断する。

 

(さっきは殴ってきたから受けたけど、あの鋏も相当鋭そうだし刃は受けない方がいいかな)

 

 御波は女王を一瞥する。黄金の御髪を靡かせながら、彼女は愉快げな笑みを浮かべていた。

 

 御波はゲームの内容を読んでから、女王の行動を訝しんでいた。〝契約書類〟の内容は星獣の打倒と記載されていた。星獣がどんな存在なのか御波は知らないが、状況的には目の前の大蠍を指しているのだろう。

 

 だが、その内容に女王に関する記載が存在しなかった。彼女は御波を奪う、と宣言した。ならば、大蠍の召喚だけでなく、女王自身もゲームに参加した方が勝率は高い筈だ。

 しかし、彼女はゲームに参加しなかった。ならば、其処には理由が存在する筈なのだ。

 

(もしかして、女王は──)

「KYYYYYYYYYYYYYYYEEEEEEEEEEEEEEE!!!」

 

 御波は推測を中断する。咆哮を轟かせ、大蠍が距離を詰めてきたからだ。その速度は追撃の時よりも数段速い。御波の視線が女王に向けられていたのを侮辱と判断したのか、紅い双眸は輝きを増している。

 大蠍は初撃と同じ横薙ぎを放った。御波は先程の攻防を再現するように、身を翻して回避する。しかし、このままでは先程の焼き直しになるだろう。

 

 御波は鋏角が真下を通り過ぎる直前、刃ではない箇所を掴んだ。生半可な力では風圧に曝されて吹き飛ぶところだが、御波は万力の如き握力で鋏角を掴んで離さない。

 

「KYE!?」

 

 大蠍は驚愕したように鳴き声を漏らした。大蠍にとって初めての経験だったのだろう。だが、驚愕はすれどその動きに陰りはない。大蠍は鋏角に掴まる御波を地面に叩き付けようと触肢を掲げた。

 その動きに対し、御波は鋏角を手放した。身を捻って鋏角に着地した御波は大蠍の胴体に向かって、

 

 ──第五宇宙速度で跳躍した。

 

 大蠍は御波の動きに反応できず、無防備な胴体を晒している。御波は腰の捻りを十全に生かした拳を振るう。

 

 拳撃は強固な外殻を砕き、その巨躯を彼方へと吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲーム盤に召喚はされず、洋室で待機していたスカハサとフェイスレス。師弟関係にある彼女たちは椅子に腰かけていた。

 彼女たちの眼前には、直径20㎝程の水晶玉が鎮座していた。ゲーム盤に転移する際に女王が置いていった水晶玉である。

 七色に色彩を放つ水晶玉に映るのは、ゲーム盤で行われているギフトゲームの光景だ。そこに映る光景に、スカハサは感嘆の声を上げた。

 

「とんでもないわね。女王がご執心なのも頷けるわ。まさか──太陽主権で呼び出された星獣を、圧倒するだなんて」

「⋯⋯」

 

 フェイス・レスはそんな師の言葉に反応を示さない。スカハサが見遣ると、彼女は無言で水晶玉を食い入るように見つめていた。正に一瞬も見逃さないとばかりの集中力だ。スカハサはそんな弟子に肩を竦め、水晶玉に視線を戻した。

 

 其処には、箱庭の修羅神仏なら驚愕せざるをえない光景が映っていた。

 

 箱庭世界の事象や概念には恩恵の上位に位置する力、主権が存在する。そして、太陽や月などの星の主権は星権と呼ばれ、この神々の箱庭でも絶大な力を誇るのだ。

 

 女王が行使した主権──太陽主権は黄道が13。赤道で12。合計25個の主権に分散している。様々な神話、伝承の神仏が最も多く集うこの主権は箱庭でも最高峰に位置するだろう。

 共通する能力として、太陽主権は黄道・赤道それぞれに対応する星獣を召喚することができる。

  

 女王が召喚したのは黄道の12宮の天蠍──蠍座の太陽主権に宿る星獣だった。彼等は単独で上層の修羅神仏に匹敵し、中には最強種の星獣すら存在する。

 

 そんな星獣が、人間一人に圧倒されていた。水晶玉に映るのは無傷の御波と、胴体の外殻に大きな亀裂が奔り、血を流す大蠍だった。

 

『KYYEEEE!』

 

 大蠍が触肢を振り回し、眼前の人間を粉砕せんと猛撃する。その一振りは正に星の息吹。空を裂き、大地を砕き、海を割る攻撃が無数に放たれている。その速度も尋常ではなく、第三宇宙速度を軽々と上回っている。

 中層までの修羅神仏の殆んどが鏖殺されるであろう怒涛の連撃。対抗できるのは〝階層支配者(フロアマスター)〟を始めとする僅かな存在だけだろう。

 

 それを、御波は全て回避していた。一切の無駄を排した動きは、攻撃が繰り出される前に行われている。

 流麗な舞踏のような軽やかさは、まるで大蠍の攻撃が御波を避けているかのようだった。

 触肢が振るわれる度に吹き荒れる暴風を物ともしないのは、御波の身体能力の高さによるものだ。だが、この回避を身体能力だけで行うのは至難。大蠍の動きの全てを見切っていなければ為しえない絶技だろう。

 

 闇雲な攻撃は無意味と察したのか、大蠍は後方に跳躍して、

 

 空中でその動きを止めた。

 

 大蠍の跳躍に合わせて距離を詰めた御波が、鋏角の先端の外側を掴んだからだ。あの巨躯を空中で静止させるなど、巨人族も真っ青な怪力だ。

 

 空中で静止する大蠍を、御波は勢いよく腕を引いて引き寄せた。それと同時に、御波は弓を引き絞るように腕を引いて拳を握り締める。

 だが、それを黙って見る大蠍ではない。掴まれていない触肢を御波に振り下ろした。

 

『KYE!』

 

 大蠍を掴んでいる以上、御波はその攻撃を回避することはできない。直撃すれば、手痛い傷を負うことは想像に難くない。少なくとも、スカハサが無防備で直撃すれば相応の怪我を負うだろう。

 

『ふっ⋯⋯!』

 

 そんな一撃を、御波は腕の一振りで粉砕した。

 文字通り、御波の拳が大蠍の鋏角を粉砕したのだ。御波は間髪入れずに次の拳を放つ。大蠍が苦悶の悲鳴を上げる間もなく放たれた拳は触肢を直撃した。

 ビルを上回る逞しさの触肢は、外殻ごと一撃の元に破壊された。触肢は胴体から吹き飛ばされて宙を舞い、遥か後方に拉げた肉塊となって落下する。

 

『KYYYYYYYYYYYYYYYEEEEEEEEEEEEEEE!?』

 

 大蠍は甲高い悲鳴を上げ、大きく後退した。激痛に苛まれているのか、その巨躯は痙攣したように震えている。

 

 手早く勝負を決めようと追撃しても可笑しくないが、御波は身構えて警戒を怠る様子を見せない。

 

 泰然とした立ち振る舞いは、大蠍にとって恐ろしく映っていることだろう。果敢に攻め立てる手合いなら反撃を加えることもできるが、落ち着き払った立ち回りの御波に隙は存在しない。

 攻撃の須らくを見切られ、身体能力で遥か後塵を拝し、重傷を負うだけの反撃を受けた大蠍が身体能力に任せた攻勢に出た所で、更なる反撃を受けて敗北するだろう。

 

 別の攻撃手段を用意しなければ敗色は濃厚だが、大蠍が行動を起こす様子はない。何かを思案しているのか、御波と睨み合う形に落ち着いていた。

 

 それを眺めながら、スカハサは水晶玉を凝視するフェイス・レスに問いかけた。

 

「ねえ、あや──フェイスレス。貴女はこの戦いをどう見るかしら?」

 

 弟子からの一睨みで言い直した彼女に問いに、フェイスレスは僅かに考える素振りを見せた。

 

「⋯⋯現状、御波殿の優位は揺るがないでしょう。信じられないことですが、()()は純粋な肉体性能で星獣を圧倒しています。対して星獣は武器である筈の腕も片方を欠き、大きな傷を負っている。このままなら、御波殿が勝利するのは時間の問題でしょう。このままなら、ですが⋯⋯」

「貴女はそうは思っていないと」

 

 フェイスレスは頷いて言葉を続けていく。

 

「太陽主権で召喚された星獣は私も初めて見ますが、何れも最強種かそれに匹敵する星獣たちだと聞き及んでいます。御波殿も恩恵を使用している様子は見られませんが、それは星獣も同じです。両者共にまだ真価を見せていない以上、勝負はどちらに転んでも可笑しくはないかと」

 

 フェイスレスは改めて水晶玉に視線を向ける。スカハサの問いを無視することはしないが、この戦いの趨勢が気になるようだ。

 スカハサは唇を上げて微笑んだ。

 

「貴女の言う通りね。とはいえ、この戦いは御波の勝利で終わるでしょうね」

 

 その言葉が想定外だったのか、フェイスレスはスカハサに視線を戻した。

 

「何故です? 白夜叉の不興まで買って強制したギフトゲームを、このまま敗北で終わらせるとは思えませんが」

「白夜叉の怒り様を見たでしょう? 本当に御波を奪うと敵対しそうだもの。それに、女王の目的は御波の実力を確かめることらしいわよ。どうしても欲しいなんて言って〝主催者権限〟を使ったのは、御波に少しでも本気を出させるための方便ってところね。御波が欲しいのは本当でしょうけど、本気で欲しがるなら女王自らゲームに参加していた筈よ」

「⋯⋯星獣が権能や恩恵を使わないのも、今回があくまで品定めだからでしょうか?」

「ええ。それらを使わせなくても、御波の実力の試金石にはなるしね。互いに身体能力だけとはいえ、太陽主権の星獣を圧倒できるならそれだけで第4桁。使っていない恩恵も含めれば4桁最上位──戦闘力だけなら3桁にすら届く可能性もあるかもね。それが分かっただけで十分でしょう」

「⋯⋯成る程」

 

 2人は水晶玉に視線を向ける。御波と大蠍のギフトゲームは終盤を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『KYYYYYYYYYYYYYYYEEEEEEEEEEEEEEE!!!』

 

 天蠍の星獣が大地を駆ける。体長数百mの巨躯が疾走して迫る光景は、その質量を想像すれば恐怖以外の何者でもない。

 だが、迎え撃つ御波の胸中に感慨は存在しない。集中を微塵も切らさず、冷静に思考を巡らせていく。

 

(明らかに重症なのに、まだギフトを使う気配すらない。やっぱり女王が指示を出しているのかな?)

 

 振るわれた触肢を回避していく。先程と変わらぬ速度と威力で、地面に巨大な亀裂を発生させていく。片腕を失い、腹部から多量の出血をしている状態でもその猛威は依然としている。

 その頑強さは紛れもなく脅威だ。〝契約書類〟が御波の勝利を告げるまで警戒を緩めないのは当然だが、頑強な体を生かした反撃を繰り出す可能性も考慮しなければならない。

 

(とはいえ態々ギフトを使わせる必要もないし⋯⋯)

 

 猛攻を続けていた大蠍だが、何かに弾かれたように御波から距離を取った。重傷を負っても手を緩めなかった大蠍が初めて消極的な行動に出たのだ。

 警戒する素振りを見せる大蠍。御波は一歩前に出た。

 

「!?」

 

 大蠍が駆け出した。御波の周囲を駆け回り、純粋な速度で無数の残像を発生させていく。御波に的を絞らせず、自身が好機を狙うための行動だろう。真正面からの攻撃が通用しなかったが故に、その俊足で攪乱する作戦を選んだようだ。

 この期に及んでも、ギフトを使用する素振りはない。御波は胸中で呟いた。

 

(終わらせよう)

 

 ギフトゲームが開始されてから初めて、御波から戦意が放たれた。

 

 物理的な圧力を伴った気迫が爆風のように大蠍を襲う。御波に殺意も敵意もない。それでも、御波から放たれる圧力は惑星の如し。

 大蠍は更に加速して御波の真後ろに回った。人体に於いて、最も死角となる角度にして、振り向くまで極僅かな時間を要する場所からの突進を大蠍は選択した。4対8本の脚を軋ませ、大地を踏み締めた大蠍は御波に襲いかかり、

 

「ビッグバン」

 

 ──星を砕く一撃が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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