グルメ時代から異世界に来るそうですよ?   作:雪月鷹架

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グルメ時代から異世界に来るそうですよ? (後編)

   

 

 

 

 

 

 

「──!?」

 

 驚愕の表情を浮かべる猿王。猿王からすれば、自身の動きに対応できていなかった遊び相手が突如として完璧な反撃を繰り出してきたのだ。

 想定外の攻撃に体勢をくの字に崩す猿王。隙と呼べるものではあったが、猿王ならば立て直すのに一瞬も要さないものだ。

 

 だが、御波が追撃を加えるにはその隙で十分すぎた。

 

「ハァ!」

 

 猿王にされた攻撃をお返しするように怒涛の連撃を加えていく。しかし、猿王の肉体の頑強さは尋常ではない。

 猿武での受け流しも含めれば、猿王に大きなダメージを与えることが出来る存在は地球でも数少ないだろう。

 

 戦闘が始まってから、御波が猿王に与えた攻撃は百を超えている。しかしその肉体には浅い傷が幾つか刻まれているのみ。

猿王の肉体の頑強さが桁外れであることの証左だろう。

 

 だが、御波の攻撃は猿王の体勢は徐々に崩していく。外傷こそ少ないものの、その内部には確かな衝撃が伝わっていたのだ。

 

(更に体勢を崩して勝負を決める⋯⋯!)

 

 猿王が晒した千載一遇の好機。

 御波の攻撃が加速し、一撃ごとの鋭さが飛躍的に上昇していく。防御での受け流しではなく、攻撃で全細胞の動きを統一することで可能とする猿武の奥義。

 消耗を度外視して放たれる連撃は防御の上から猿王にダメージを与え、遂に猿王の体勢が大きく仰け反った

 

(いけるっ!)

 

 大きく引いた右腕に〝グルメ細胞〟の食欲(エネルギー)が漲る。

 猿武で全細胞の意思を統一させ、威力を向上させた一撃はこれまでの攻撃とは比較にならない威力を内包する。

 星を砕いて余りある一撃を猿王に放たんと拳を握り締めた。

 

(ビックバ──)

 

 一撃を放つ直前。御波は反射的に横腹を守った。衝撃と共に御波を襲ったのは鋭い痛みだった。

 見ると、体勢を整えた猿王が横薙ぎの一撃を放っていたのだ。

 

「っ⋯⋯!」

 

 間一髪で防御を間に合わせた御波だったが、体勢が崩れ大きく弾き飛ばされたことで攻撃が不発に終わってしまう。

 御波としては間合いを詰めて戦闘を再開させたいところであったが、それはできなかった。

 

 猿王の姿に変化が起こっているのを察知したからだ。

 

(⋯⋯猿王の腕がさっきまでと違う?)

 

 変化しているのは右腕。全身に蔦のように見える皮を纏っている猿王だが、今は右腕のみが露出している。

 そして変化は右腕のみに留まらなかった。

 

 全身を覆っていた皮が破裂し、巻き上がった煙で猿王が見えなくなる。しかし、御波は猿王の姿を知覚していた。

 

 猿というよりは、体毛のないムササビに近い。体長は変わっていないが、愛嬌のあった姿から何処か不気味な姿に変貌している。

 煙が晴れたことで、御波は猿王の姿を視界に捉えた。

 

 「っ⋯⋯!!」

 

 纏っていた皮は拘束具の役割も担っていたのだろう。先程までも比類ない存在感を放っていたが、今はまるで惑星が目の前に存在すると錯覚するような感覚だ。

 ただ其処に存在するだけで自然が育たぬ程に土地を枯らし、時に豊かにする程の影響を与えると言われる八王。その本気の姿は御波に戦慄を感じさせた。

 

「ウキッ」

 

 猿王が身じろぎをする。久し振りに拘束具を外したのか、戦闘時とはまた別種の嬉しそうな笑みを浮かべている。

 

「ふぅ⋯⋯」

 

 御波は猿王を鋭く見据える。存在を視認するだけで肌が栗立つ。一瞬でも集中を乱せば、その時が御波の最期となるだろう。

 弱肉強食の自然の世界に望んで足を踏み入れている御波に、自分の命が奪われることへの恐怖などない。

 

 ただ、御波の死は施設の人々を悲しませることになるだろう。施設に関しての心配はない。自身がいなくなる程度で経営が立ち行かなくなるような体制を御波は敷いていない。

 施設は変わりなくこれからも経営を充実させ、子供たちは何れ社会に旅立っていくだろう。

 それでも、御波が主導となって創設した施設と保護した子供たちを無責任に放り投げることはできない。

 故に、

 

(此処で、死ぬ訳にはいかない⋯⋯)

 

 両者の頭上で大気が震え、黒い大気の渦が発生する。

 

 それは数多の猛獣、過酷な環境が存在するグルメ界でもごく稀に発生すると言われる現象。

 世界でも最高峰と呼ぶに相応しい実力者が相対した時に発生するその渦は強い引力を発している。不用意に近付く不埒物を引きずり込み、死を与えるグルメ界でも屈指の危険地帯。

 

 エンペラーリングが発生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先手を取ったのは猿王であった。その速さは第六宇宙速度──光速にすら匹敵する。たとえ見えたとしても回避はおろか、防ぐのすら同等の敏捷性がなければ困難な攻撃。

 

 真の姿を見せる前の猿王に身体能力で劣っていた御波では、その動きに対応できない。

 

 だがそれは視覚でのみ判断して動いていたらの話である。御波の常軌を逸した知覚能力は〝グルメ細胞の悪魔〟の能力の一端だ。

 

 御波の能力での知覚は、その範囲を狭めるほどに精度を高めていく。現在の知覚範囲は半径500m。その範囲内での知覚精度は御波の五感よりも遥かに高く、視覚では見切れない猿王の筋肉の細かい動きすら感じ取る。

 

 御波はその能力で猿王の動きを先読みすることで、攻撃を正面から受け止めた。 

 

(っ⋯⋯!)

 

 猿武で受け流しても尚、鋭い痛みが腕に走り衝撃が全身を駆け巡る。

 この一撃を受けて、御波は確信した。

 

(猿武無しで直撃したら死にかねないな⋯⋯!)

 

 猿武で受け流し、万全の体勢で受け止めることで威力を減衰させてこれである。猿武での受け流しが遅れれば死は避けられない。

 

(でも⋯⋯生き残る目は十分にある!)

 

 身体能力と技術で完敗を喫しているとしても、猿王の速度には対応出来ている。

 御波は冷静に猿王を、猿王は楽しそうに御波を見据えている。

 

 睨み合うこと数秒。両者は動き出した。

 

 この星でも限られた実力者しか捉えることの出来ない神速の攻防。行われた応酬は数秒も掛からず万を超え、周囲数十㎞にも渡るクレーターを更に拡大させながら激化していく。

 しかしそれだけの攻防を行っても両者に目立った傷は見られない。

 御波は知覚能力による回避、猿王は肉体の頑強さと猿武による防御を行うことで互いの攻撃を無力化しているのだ。

 

 しかし、

 

 互角に見える両者の攻防だが、劣勢なのは御波の方であった。

 

 自身の肉体性能と猿武のみで御波の攻撃を防御する猿王に対して、御波は回避一辺倒の防御手段しか取っていなかった。

 否、取ることしかできていなかった。

 猿王と格闘戦を成立させれる時点で、御波の身体能力はグルメ界でも上位に位置する。

 

 しかし、八王としての本気を見せ始めた猿王との身体能力の差は歴然だ。

 

 加えて、猿王の肉体が段々と大きくなっている。拘束具での抑えが無くなったからだろう。元々は御波とそう変わらぬ体躯だったのが、今では倍以上に大きくなっている。

 それに比例するように、猿王の身体能力が跳ね上がっているのだ。

 

 上昇し続ける猿王の身体能力。その腕力による攻撃は御波の防御を越えてくるだろう。ダメージの蓄積とそれに伴う隙は猿王が相手では致命的だ。

 

(攻撃は通じず、防御も多用できない。それに先読みの消耗も無視できない⋯⋯⋯⋯このままだといずれ押し負ける)

 

 広大な知覚範囲は御波の〝グルメ細胞の悪魔〟の能力としては基本的な能力に分類される。消耗もなく行えるものだが、知覚範囲の拡大や精度の強化は相応の消耗を伴う。

 

 御波は猿王の動きを先読みするために知覚精度の強化を全力で行っている。

 その消耗は長時間の戦闘に支障を来すものではないが、回避を続けるだけで御波は体力を大きく減らしていくのだ。

 

 知覚範囲を縮小したのは消耗を抑えるためのものだが、今の御波には強化を維持しながらこれ以上範囲を狭めることはできない。

 

 精度を下げようにも、身体能力が上昇し続ける猿王を前にその行為は不利を助長するだけだ。

 

 これ以上の知覚範囲の拡大と縮小に伴う精度の強化を行うには、適応食材を食べて〝グルメ細胞〟の壁を越えるか、〝アカシアのフルコース〟を食べることで〝グルメ細胞の悪魔〟の肉体を制御するしかない。      

 

 その選択が不可能である以上、打開策を講じなければ敗れるのは時間の問題であった。

 

 そして、御波が現状を打破できる可能性がある手段は少ない。その中で最も可能性のある手段は、先程不発に終わった一撃であった。

 

(──決めるしかない!)

 

 

 

 回避に専念しながら、右腕に食欲(エネルギー)を再度漲らせる。

 

 それと同時に猿王の体躯が大きくなる。その大きさはおよそ御波の4倍ほどにもなる。体躯が大きくなったということは、身体能力が更に向上したことを意味する。

 

 地面を踏み締めた猿王の姿が御波の視界から消える。視界に残るのは猿王の踏み込みで消し飛ばされた瓦礫の破片のみ。

 猿王の姿を、御波の視覚は捉えることができない。

 

 御波は瞠目する。全力ではなかったのか、今までを大きく上回る敏捷性である。

 

 御波の一撃を阻止せんと繰り出される一撃。想定を大きく上回る速度に虚を突かれ反応が遅れる。

 

「っ⋯⋯!!」

 

 目の前に迫る一撃を、御波は紙一重で躱した。

 

「!?」

 

 躱されるとは思わなかったのか、猿王は驚愕したような表情を浮かべた。

 渾身の一撃を躱された猿王の体勢は僅かに崩れている。

 

 御波は右腕を大きく引く。いかに猿王といえど、僅かとはいえ崩れた体勢では御波の一撃を完全に防ぐことはできない。

 そして、これから放つ一撃は猿王の防御と受け流しを超えてダメージを与える。

 

「──ウキッ!」

 

 だが、八王にはその程度では届かない。

 

 体勢を崩した猿王が唯一自由に動かせる部位──尻尾での攻撃が御波へ迫る。

 

 衝撃だけで山を切り裂き、地平線を越えて宇宙空間に存在する衛星すら破壊に至らしめる一撃。

 

 その一撃が御波を捉えるその時、御波の姿が消えた。

 

 猿王が驚愕する間もなく、

 

「ビッグバン」

 

 宇宙誕生の名を冠する凄絶な一撃が猿王の顎を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生命の残滓すら感じられない荒野。上空から見れば数十㎞に渡るクレーターの中心で佇んでいた御波は、安堵の表情を浮かべて息を吐いた。

 

「何とかなったぁ⋯⋯」

 

 その場でうん、と大きく伸びをする。

 

(本当に危なかった⋯⋯)

 

 猿王との戦闘は、御波に心身共に大きな疲労を残した。

 思わず、二度と遭遇したくない、と心中で吐露する程であった。

 自身を遥かに上回る身体能力に、数多の攻撃を叩き込んでも大きなダメージを受けない頑丈な肉体に加えて、御波の攻撃を受け流す猿武。そして、どれだけ猿武を使っても消耗の欠片も見えない体力。

 

 こと肉体戦闘に於いて、猿王を上回ることは他の八王でも不可能ではないか、などとまだ見ぬ他の八王たちについて思案する。それと同時に、猿王と同格とされる猛獣が少なくとも7匹存在する事実に寒気を覚えるが、頭を振ってその考えを止める。

 

 考えても詮無きことと割り切ったのだ。

 

「猿王が戻ってくる前に、コンソメマグマを捕獲しないとね」

 

 御波の一撃が直撃した猿王は今頃、宇宙を旅行している頃であろう。軽傷では到底収まらない一撃を与えたのだ。暫くは戻ってこないだろうが、相手は猿王である。

 のんびりしていると、宇宙から戻ってきて再度襲ってきかねない。

 

 鍋山に向かって急ごうとした御波だが、突如として頭上に知覚した気配に足を止めて空を見上げた。

 

「なんだ?」

 

 知覚したのは、まるで空間を無理やり抉じ開けたかのような気配。その気配を感じたのはほんの一瞬にも満たない時間だったが、御波はその気配を見逃さなかった。

 気配の消えた位置には一枚の封書があった。通常、高い位置から落ちる紙は空気抵抗を受けるはずだが、封書は見えない力が働いたかのように御波の元まで舞い落ちた。

 

 警戒しながら封書を掴む。質の良い紙を使っていそうな手触りだが、見た目はなんの変哲もない封書であった。

 

 その封書には『  殿へ』と記されていた。

 

「⋯⋯誰宛なんだろう」

 

 御波は呟いた。状況で考えるならば、この封書は御波に宛てて送られた物だと推測できるが、それにしては受取人の名前すら記載されていない。

 

(違う人宛なら申し訳ないけど、中身を見させてもらおうかな)

 

 内容を見て知る人物ならば送り届け、違うなら人間界に戻ってIGOの職員に落とし物として届けよう。そう考えて御波は蝋印を外して中身の手紙を取り出して、記されていた内容に目を通した。

 

『異世界に存在する汝に告げる。その才能(ギフト)を試すことを望むのならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの〝箱庭〟に来られたし』

 

「はっ?」

 

 視界を埋め尽くす眩い光。地面が消失して浮遊感が御波を襲う。視界の機能を取り戻した御波は目を開いて周囲を見渡した。

 

 御波のいる位置は地上4000m。視界の遥か先に見えるのは断崖絶壁。眼下に見えるのは巨大な天幕に覆われた都市とその中に存在する数多の気配。真下には澄んだ湖がある。

 

 そして湖から少し上がった陸に、四つの人間と一つの猫と思わしき気配があった。

 

 御波は手紙の内容と、目の前の状況から推測する。

 知らない数多の気配に知らない景色。加えて手紙に書かれていた異世界という単語。

 

 此処は、正真正銘の異世界であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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