「それでは、御三人様を箱庭の都市にご案内させていただくのですよ♪」
鮮やかな青髪。上半身にバニーガールのような服装に、膝の中間ほどの丈の煽情的なスカートと黒のガーターベルト。頭に一対のウサ耳を生やした少女。
黒ウサギは、人懐っこい笑みを眼前の三人──
金髪に前を開けた学ラン。首元にヘッドホンを付けた目付きの悪い少年が逆廻十六夜。
長袖の白のブラウスに紺色のロングスカート。赤いリボンで長い黒髪を留めている少女が久遠飛鳥。
白のスリーブレスのジャケットに茶のショートパンツ。三毛猫を抱えている茶髪の少女が春日部耀。
この三人は自分の居た世界からこの箱庭の世界に召喚された者たちであった。
飛鳥と耀は頷き、十六夜は黒ウサギに問いを投げた。
「おい、黒ウサギ」
「はいっ、何でございましょう?」
「箱庭の都市ってのは、此処から歩いてどれ位の距離なんだ?」
十六夜の問いに黒ウサギは小首を傾げながらも答える。
「此処からですと歩いて10分も掛かりませんが⋯⋯何故その様なことを?」
「いや別に。湖に落ちて水浸しになった挙句に、長距離を歩かされたら堪ったもんじゃないと思ってな」
チクリとした十六夜の物言いに黒ウサギはアハハ、と乾いた笑いを浮かべる。
他の二人もそうだが、この逆廻十六夜という少年は中々に問題児といった雰囲気を醸し出している。
黒ウサギが三人と出会って小一時間が経過していたが、その殆んどの時間は自慢のウサ耳を三人に弄ばれた時間であったのだ。
機嫌を損ねようものなら、先程以上の悪ふざけが巻き起こる可能性も捨てきれない。
黒ウサギがそんなことを思っていると、十六夜に同調するように飛鳥が言った。
「そうね。折角だから、その箱庭の都市とやらに着いたら少し落ち着きたいわ。都市と言うくらいなのだから、飲食店ぐらいはあるのでしょう?」
「YES! 箱庭の都市には飲食店も多数ございます。到着しましたら、箱庭の都市の説明も兼ねて休みましょうか。無論代金は黒ウサギの方でお支払いさせていただきますのでご安心ください!」
「そう、じゃあそうしてもらえるかしら」
「YES! それでは皆さん黒ウサギに付いてきてください!」
そう言って踵を返す。話題が別に切り替わったのは僥倖であった。歩き出した黒ウサギに追随するように三人も歩き出そうとする。
「あの⋯⋯ちょっと待ってもらっても良いですか?」
『!?』
上空から声が聞こえた。
四人は一斉に振り向いた。その表情には驚愕、そして警戒が見て取れる。特に久遠飛鳥を除いた三人はそれが顕著であった。
逆廻十六夜は警戒で。春日部耀は驚愕で。そして黒ウサギは両方が織り交じった表情で声の方角を見る。
(そんな⋯⋯〝
四人が見上げた空には一人の人間が佇んでいた。空を舞う翼もなく、風やエネルギーで滞空しているようにも見えない。まるで地面に立っているかのような立ち姿。
濡れたような黒髪に黒を基調にした服装。中性的な白皙の美貌に微笑みを浮かべ、一人の人間が黒ウサギたちを見据えている。
その人物は、上空から飛び降りるように地面に降り立ち、黒ウサギたちに語りかけた。
「驚かせてしまったならすいません。ボクの名前は御波。良ければ此処が何処なのかお聞かせいただけませんか?」
「成る程⋯⋯」
黒ウサギたちと邂逅してから十数分。
箱庭の都市に向かいながら、御波は招待状に記されていた箱庭の世界についての説明を黒ウサギから受けていた。
先頭は黒ウサギが歩き、その後ろを飛鳥と耀。その更に後ろを御波と十六夜が歩いていた。
「修羅神仏から存在から与えられた〝
「YES! その通りでございます!」
御波は内心でほっ、と息を吐いた。
黒ウサギたちから見た御波は背後から、それも上空から話しかけてきた不審な人物に見えていたに違いない。にも関わらず黒ウサギは朗らかに説明を行ってくれており、他の三人も快く付き合ってくれているのだ。
一通りの説明を終えたのだろう。先頭に立つ黒ウサギは歩きながら御波に話しかけた。
「それにしても御波さんには驚きました。急に声が聞こえて振り返ったら、
「確かにな。空を飛ぶ人間なんて俺も初めて見たぜ」
「そうね。あれは御波さんの〝恩恵〟なのかしら? 空を自由に飛べるだなんて羨ましいわ」
御波の前方を歩く飛鳥が振り向いて問いかける。実際は違うのだが、態々それを訂正する必要はないだろう。
「ええ、そんなところです。⋯⋯うん?」
御波は首を傾げる。飛鳥と共に前を歩いていた耀が御波の隣に下がってきたのだ。
「どうした春日部?」
「⋯⋯」
十六夜が問いかける。無表情で分かりにくいが、耀は何処か興味ありげに御波を見つめている。何かを言おうとしているようだが、口を開きかけては閉じてを繰り返している。
そんな耀に柔らかな笑みで御波は言う。
「ボクに答えられることなら、できるだけ答えますよ春日部耀さん」
「⋯⋯ありがとう。それとフルネームで呼ばずに春日部か耀で良いよ。敬語も別に無くていい」
「えっ?」
御波は思わず呟く。御波には同年代の人間と会話した経験は乏しく、会話する相手の殆どは年上か年下であった。それ故に相手を呼び捨て、それも初対面の相手にするのは初めての経験であった。
御波が返答に窮しているのはそれだけが理由ではなかったが、答えれずにいるのを見かねたのか十六夜が助け舟を出した。
「そうだな。俺はお前のことは呼び捨てだし、黒ウサギやお嬢様みたいに拘りがなければ呼び捨てや敬語は無しで良いぜ。前の二人はどうだ?」
「ええ、私は構わないわ」
「黒ウサギも大丈夫です!」
全員問題ないようである。同年代と話す時はそんな感じでいいのかな? などと考えながら、御波は返答する。
「⋯⋯じゃあ、そうさせてもらうね。それで耀は何が聞きたいの?」
「⋯⋯御波がいた場所って何処だったの?」
「⋯⋯質問を質問で返してごめんね。黒ウサギ以外の三人の前半に付いてる単語って名前で合ってるかな? ボクのいたところでは一つの単語で表せる名前が殆んどだったから、耀たちの名前は馴染みがないんだ」
「そうなんだ? 私で言えば春日部が苗字で、十六夜と飛鳥なら逆廻と久遠が苗字だけど」
「成る程ね。⋯⋯ありがとう」
(苗字⋯⋯ボクが知らないだけで、人間界にはそういった文化の地域があるのかな?)
言い知れぬ違和感を覚えた御波だったが、二度も耀の問いを返す訳にはいかない。違和感を気のせいだと割り切って耀の問いに答えた。
「ボクはグルメ界に食材の捕獲に出ていて、その途中にこの箱庭の世界に呼び出されたんだよ⋯⋯どうしたの四人とも?」
御波は足を止める。四人はまるで御波が奇妙なことを言ったかのような表情で足を止めていたからだ。
御波は先程の言葉に可笑しな部分があったのか思案する。だが、御波には四人が不可解な顔をする理由に検討がつかなかった。
耀は小首を傾げながら言った。
「ごめん御波⋯⋯グルメ界って何処のこと? 何処かの国の名前かな?」
「⋯⋯えっ?」
今度は御波が言葉を失う番だった。グルメ界の名前は一般常識とされる程に世間に認知されている名称なのだが、耀はそれを知らないと言うのだ。
反応を鑑みるに他の三人も同様だろう。耀に続いて十六夜たちも疑問を口にする。
「俺もグルメ界っていう国や地域は聞いたことがねえな⋯⋯お嬢様はどうだ?」
「私も無いわ。黒ウサギはどうかしら?」
「うーん⋯⋯黒ウサギにも御波さんの言うグルメ界が何か分からないのですよ。箱庭でも聞いたことがありません」
「成る程な⋯⋯御波、お前は日本やアメリカといった名前を聞いたことはあるか?」
十六夜は御波へ問いかける。御波は聞いたことがないか思い返すが、思い当たる節はない。
十六夜が敢えてその二つを選んだということは、十六夜にとって馴染みのあるものなのだろう。数秒の思案でも思い当たらなかった御波は十六夜に問いを返す。
「その二つの名前は初めて聞いたよ。何の名前なの?」
「国の名前さ。御波、お前が暮らしていた国や地域の名前を聞いてもいいか?」
「⋯⋯ボクが暮らしていた場所の総称は、人間界と呼ばれていたよ」
四人の反応は芳しくない。グルメ界と同じく、聞いたことのない単語だったのだろう。
(そういうことか⋯⋯)
四人の反応で、御波は先程の違和感の正体に気付く。十六夜も気付いたのだろう。その顔には随分と楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「ヤハハ、通りで話が嚙み合わないわけだ」
「十六夜さんは分かったのでございますか?」
「ああ。⋯⋯御波のいた世界と俺たちがいた世界がまるで別物だってことがな」
十六夜は愉快そうに御波を見る。
名前の遣り取りの時から違和感はあったが、これ程までに齟齬があるのなら二人の推測は間違っていないのだろう。
「まあ僕としてはどちらでも構わないけどね」
「そうか? 俺としては、お前のいた世界に興味が尽きねぇけどな」
「それは私も気になるわね。私たちがいた世界とどれだけ違うのかもそうだけれど、そのグルメ界の話はとても気になるわ」
「そっか⋯⋯御波から変わった匂いがしたのはそのグルメ界が原因だったんだね」
「⋯⋯そ、そんな変な匂いするかな?」
御波は頬を引き攣らせる。変わった匂いという表現は、少なくとも誉め言葉ではないだろう。
余りにも予想外の言葉に御波が次の言葉を発せずにいると、それを見た耀は慌てたように訂正する。
「ち、違うよ。そういう意味で言ったんじゃなくて、私が御波に話しかけたのは、御波からそのグルメ界? の環境の匂いが少ししたからなんだ。それが何なのか気になってたんだけど⋯⋯ごめんね、悪い意味じゃないんだ」
「なんだぁ、それなら良かった⋯⋯」
安堵した表情を見せる御波。異世界で出会った同年代にそんな言葉を言われたら、ショックを受ける処ではなかった。
「⋯⋯」
そんな遣り取りをしていた御波たち他所に、黒ウサギは地面に視線を落として何かを思案している。天真爛漫とした態度を常としていた彼女が眉を潜めて唸る姿を訝しみながら御波は問いかけた。
「どうしたの黒ウサギ?」
「⋯⋯あっ! も、申し訳ございません!」
気を取り直したように笑みを浮かべた黒ウサギ。彼女は踵を返して元気に右腕を空に突き出した。
「それでは改めて、箱庭の都市に向かうといたしましょう!」