箱庭2105380外門。ぺリベット通り・噴水広場前。
洒落た雰囲気のカフェテラスが軒を連ねた通りに、黒ウサギの叫びが轟いた。
「フォ、〝フォレス・ガロ〟のガルドとギフトゲームをする!? しかも相手のテリトリーで!? い、一体どんな考えがあってそんなことになったのですか!?」
『ムシャクシャしてやった。今は反省しています』
「黙らっしゃい!」
黒ウサギのツッコミが飛鳥、耀。幼い体躯を包んで余りあるローブに、跳ねっ毛のある緑髪の少年、ジン=ラッセルの三人に浴びせられる。
十六夜たちと出会ってから黒ウサギのツッコミは幾度も行われているが、この慣れ様は今までも数多の経験が存在したからだろう。
十六夜たちの存在を加味すればツッコミの回数は跳ね上がり、これからの黒ウサギの心労は計り知れないものになるかもしれない。
そんな黒ウサギをケラケラと笑って諫めたのは十六夜だった。
「まあそんなに怒るなよ黒ウサギ。誰かれ構わず喧嘩を吹っ掛けた訳じゃねえんだしよ」
「い、十六夜さんは面白ければいいと思っているかもしれませんが、このゲームで得られるものは自己満足だけなんですよ? これを見てください」
黒ウサギは御波と十六夜に一枚の羊皮紙を見せてくる。それに見覚えのなかった御波は黒ウサギに問う。
「この紙はなんて呼ぶの黒ウサギ?」
「あ、そうでした。これは〝
「へぇ? 何々⋯⋯」
羊皮紙に記載された内容を見ていく。
〝参加者〟が勝利した場合〝主催者〟は参加者の言及する全ての罪を認め、箱庭の法の下で正しい裁きを受けた後コミュニティを解散させる。参加者が敗北した場合、〝フォレス・ガロ〟の罪の全てを黙認する。
〝
「確かに自己満足だ。時間をかければ立証できるのを態々見逃すリスクを負って早めるんだからな」
「その通りです。時間さえかければ彼らの罪は必ず暴かれます。だって⋯⋯」
御波たちが不在の間に飛鳥たちがフォレス・ガロとギフトゲームを行うことになった理由は聞いていた。
彼らは歯向かうコミュニティの子供を人質に取り脅迫することでコミュニティを大きくしていたのだ。
そして、
「そう、人質は既にこの世にいないわ。それを追及すれば証拠は必ず出るでしょう。でもね黒ウサギ、私はあの外道が私の活動範囲内で野放しにされることを許容できないの」
「僕もガルドを逃がしたくないと思ってる。彼のような悪人を野放しにしちゃいけない」
飛鳥は毅然とした声音で告げる。幼いであろうジンも飛鳥の意見に同調を見せた。そんな二人に、黒ウサギは諦めたように頷いた。
「⋯⋯分かりました。ガルドの所業に腹立たしい思いをしているのは黒ウサギも同じですし。まあフォレス・ガロ程度なら十六夜さんがいれば」
「あ、俺と御波はそのゲームには参加しないぜ」
「えっ⋯⋯?」
黒ウサギは十六夜を見て固まる。同じコミュニティである筈の十六夜の協力拒否に驚きを隠せないのだろう。
飛鳥は小さく鼻を鳴らして言う。
「当たり前じゃない。貴方たちは参加させないわ」
「だ、駄目ですよ! 同じコミュニティの仲間なんですから協力しないと」
「そういうことじゃねえよ黒ウサギ。この喧嘩はこいつ等が売ってガルドってヤツが買ったものだ。なのに俺たちが手を出すのは無粋だってことさ」
「あら分かってるじゃない」
「⋯⋯もう好きにしてください」
参加する気のない十六夜に参加させる気のない飛鳥。意見が噛み合っている上に意思が固そうな二人の主張を曲げることは容易ではない。黒ウサギはそう判断したのだろう。
黒ウサギは諦めたように肩を落とした。そんな黒ウサギから視線を外し、飛鳥は御波に向き合った。
「そういう訳だから、
「ごめん、ボクも参加させてもらっていいかな」
「えっ?」
飛鳥は目を見開いて御波を見る。十六夜も黒ウサギも、静観していた耀も声に出しこそしなかったが驚愕を露わにしている。
御波が飛鳥の意見を跳ね除けて参加を申し出るとは誰も思っていなかったのだろう。
十六夜は怪訝そうに御波に尋ねた。
「どういうつもりだ御波? さっきも言ったが、これはお嬢様たちが売ったゲームなんだぜ」
「うん、それは分かってるよ」
「それなら私たちに任せてもいいのではなくて。それとも御波さんには私たちが信用できないのかしら?」
飛鳥は腕を組んで御波を見据える。不満げに放たれた言葉に御波は首を横に振る。
十六夜と共に召喚された彼女たちの〝恩恵〟は、十六夜にも劣らぬものの筈だ。飛鳥の話によるとガルドを自白させたのは飛鳥で、それに激昂したガルドを取り押さえたのは耀だという。
そんな彼女たちであればギフトゲームで勝利を収めることは容易だろう。
それでも、今回のギフトゲームだけは静観する選択肢を御波は取れなかった。
「飛鳥と耀を信用してない訳じゃないよ。そのガルドって人は、子供たちを人質に取っただけじゃなくて⋯⋯殺してたんだよね?」
「私の〝恩恵〟で吐かせた情報だから間違いない筈よ」
「そう⋯⋯」
『っ⋯⋯!』
噴水広場に一陣の風が吹いた。
全員が沈黙している。黒ウサギやジンは言わずもがな、飄々とすることの多い十六夜も、傲慢なところはありながら凛とした姿勢を崩さなかった飛鳥も、我関せずと静かにしていた耀ですら言葉を無くしていた。
御波は飛鳥を睨んでも、周囲に怒気を向けてもいない。だだ、地面に視線を落とした御波からは静かな威圧感が発されていた。
御波という人間は他者に怒りを覚えることは殆んどない。相手が自身に対してどれだけ礼節を軽んじ侮辱したとしても、御波は然程の感慨を抱くこともなく許容する。
自身に何か落ち度があったのだろうと自省することはあれど、それで不快に感じる性格ではない。
誰であろうと穏やかに。生来の性格と自身の力の強大さを知るが故に、御波は他者に怒りを覚えることは殆んどなかった。
──〝フォレス・ガロ〟は駄目だ。
御波は胸中で呟く。
生きるために他者を害するのは理解できる。自然界での野生の勝負で命が失われるのも理解できる。戦争の過程で命が失われるのも、理解はできずとも飲み干すことはできる。
だが、〝フォレス・ガロ〟は私利私欲のためだけに何の力も持たない子供を攫い殺害した。
御波には理解ができなかった。
何故、言葉が通じる他者を私欲で害せるのか。何故、無抵抗な子供を殺せるのか。何故、取り返しのつかない悲劇を引き起こすのか。
何故、この世には理解の及ばない邪悪が存在するのか。
御波には理解できない。それでも言えることがある。
「我儘を言っているのは分かってる⋯⋯でも、ボクは〝フォレス・ガロ〟を許すことはできない。お願い、ボクも〝フォレス・ガロ〟とのゲームに参加させてほしい!」
まるで祈るように。二度と戻らぬ平穏を嘆くように。悲痛なまでのその訴えに飛鳥は何を思うのか。
飛鳥は瞼を閉じる。ガルドの悪事を暴いたのは飛鳥で、その彼女が御波のゲームへの参加を認めていない現状では御波の訴えは我儘の域を出ない。
飛鳥がNOと言えば、御波は大人しく引き下がらなければならないのだ。
出会って数時間。出会い方も良いとはお世辞にも言えなかった御波の我儘に、飛鳥が頷く理由はないだろう。
飛鳥が瞼を閉じてから数秒、目を開いた彼女は微笑んだ。
「分かったわ。御波さんにも〝フォレス・ガロ〟とのギフトゲームに参加してもらおうかしら。春日部さんもそれで良いわよね?」
「うん、構わないよ」
飛鳥と耀は気を悪くした様子もなく御波の要望を聞き届けた。
御波は表情を破顔させて二人に感謝を告げる。
「あ、ありがとう二人とも⋯⋯!」
「御波さんがあんまりにも必死だったから、仕方なくよっ」
「うん、御波は気にしなくていいよ」
「⋯⋯それでも、ありがとう!」
照れくさそうにそっぽを向いた飛鳥と、微かに微笑んだ耀。御波は二人に改めて感謝を伝える。彼女たちが御波の思いを汲んで意見を曲げてくれたのだ。
今の御波にできることは精一杯の感謝を伝えることと、ギフトゲームに貢献することだろう。
話が無事に纏まったことに息を吐いた黒ウサギとジン。十六夜は黒ウサギに問いかけた。
「それで、この後はどうするんだ黒ウサギ?」
「そうですね⋯⋯ギフトゲームは明日行われるとのことですので、今から〝サウザンドアイズ〟で皆さんのギフトの鑑定をお願いしようと思います。遅くなるかもしれないので、ジン坊ちゃんは先にお帰りください」
「分かったよ黒ウサギ。それでは皆さん、またコミュニティでお会いしましょう」
ジンは御波たちに会釈をして踵を返して離れていく。それを見届け終わってから、十六夜は黒ウサギに尋ねた。
「なあ黒ウサギ。〝サウザンドアイズ〟ってのはコミュニティの名前か?」
「YES! 〝サウザンドアイズ〟は箱庭の上層下層、東西南北の全てに根を張る超巨大商業コミュニティです。幸いこの近くに支店がありますので、それ程時間はかからないと思います!」
「ギフトの鑑定というのは?」
「ギフトの秘めた力や名称を鑑定することです。皆さんも自分の力の出自が気になるのではございませんか?」
黒ウサギは同意を求めるように4人へ問う。
御波は自身のギフトの能力から大まかな由来まで把握しているが、他の三人は異なるのだろう。黒ウサギの問いに複雑そうに頷いていた。
異論が上がらなかったことを確認した黒ウサギは四人へ告げた。
「それでは、〝サウザンドアイズ〟へ向かいましょうか!」
〝サウザンドアイズ〟へ向かう道中は石造りで綺麗に舗装されていた。道の両脇には鮮やかな桃色の花を咲かせる街路樹が存在を主張している。
澄んだ水が浅い水路を流れているのも相俟って目に優しい景観を形作っていた。
穏やかな日差しに照らされた並木道を眺めていた飛鳥は小首を傾げて呟いた。
「これって、桜の木ではないわよね? 真夏にもなって咲いている筈がないもの」
「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合の入った桜があっても可笑しくない」
「今は秋だったと思うけど」
「⋯⋯あれっ?」
話が噛み合わず、四人は揃って疑問符を浮かべる。黒ウサギはクスクスと笑って説明を行う。
「御波さんもそうですが、皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのです。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など
「パラレルワールドってことか?」
「正しくは立体交差並行世界論というものなのですが、今は詳しく説明する時間もありませんのでまたの機会ということに⋯⋯あ、あれが〝サウザンドアイズ〟の支店でございますよ!」
黒ウサギが指差した場所に目を向ける。雅な趣のある商店に大きく掲げられた旗は、青を基調とした布地の外枠は金の絹で編まれている。
中心には向かい合う双女神の旗印が刻まれている。あれが〝サウザンドアイズ〟の旗印なのだろう。
店の前では割烹着に身を包んだ青髪の女性店員が看板を下げようとしていた。
黒ウサギは焦ったように店員へ声をかける。
「まっ」
「待ったなしです御客様。当店は既に営業時間外です」
にべもなく放たれた言葉に黒ウサギは言葉を詰まらせた。
押し入ろうとする客への毅然とした対応は超大手の名に恥じない。後は愛想がもう少し良ければ完璧だろう。
だが、店の用事のある御波たちからすれば堪ったものではない。女性店員の対応に、飛鳥は眉尻を上げた。
「なんて商売っ気のない店なのかしら」
「全くです! 閉店時間まで5分はある筈なのに、店を訪ねた客を締め出すなんて!?」
面と向かって文句を吐かれた女性店員は黒ウサギを冷ややかな眼差しで見つめ、侮蔑が込められた声音を発した。
「⋯⋯確かに。御客様、それも〝箱庭の貴族〟を無下にするのは失礼でしたね。入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいでしょうか?」
「うっ⋯⋯」
「俺たちは〝ノーネーム〟っていうコミュニティなんだが」
「ほぉう。ではどこの〝ノーネーム〟様でしょう。よろしければ旗印を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「うぅ⋯⋯」
女性店員の問いに黒ウサギは言葉を返せない。
彼女のコミュニティは名も旗印も奪われている身である。そんな身分不確かな客の相手を超大手のコミュニティが対応するかと言われれば、答えはNOだろう。
黒ウサギが言っていた〝ノーネーム〟であることのデメリットとはこのような状況のことなのだろう。
女性店員は御波たちへの侮蔑の視線を隠そうともしない。彼女からすれば、御波たちは迷惑客以外の何者以外でもないのだろう。
それを理解しているのだろう。黒ウサギは消え入るような声で呟いた。
「あの⋯⋯えっと⋯⋯私たちに、旗はありませ」
「いぃぃぃやほおぉぉぉぉぉぉ! 久し振りだな黒ウサギイィィィィ!」
「え、ちょ待っ──ぎゃあぁぁぁぁぁー!」
店内から爆走してきた白い髪の少女に勢い良く抱き着かれた黒ウサギは、悲鳴を上げながら転がって水路まで吹き飛んでいった。
その光景に目を丸くする一同。唯一、女性店員だけは頭痛を堪えるように額に手を当てた。
十六夜はそんな店員に真剣な顔で尋ねる。
「おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか? なら俺にも別バージョンで」
「ありません」
「なんなら有料でも」
「やりません」
毅然と断る女性店員。十六夜は拍子抜けしたように肩を落とした。
御波たちは水路に落ちた二人に視線を向ける。黒ウサギに抱き着いた少女は、黒ウサギの体を堪能するように彼女の豊かな胸に顔を埋めている。
それをしているのが
黒ウサギは全身を水濡れになったことでも、抱き着かれたことでもなく少女の姿を見て驚愕した。
「し、白夜叉様!? どうしてこんな下層に!?」
「そんなことはどうでもよいではないか! オホホホ! ほらここが良いかここが良いか!」
白夜叉と呼ばれた少女は黒ウサギの疑問に答えることなく彼女の胸に顔を押し付けている。
その少女に似つかわしくない仕草や言葉遣いはどこかおじさん臭い。
「白夜叉様、ちょ、ちょっと離れてください!」
抱き着いていた白夜叉を引き剝がし、頭を掴んだ黒ウサギは店の方向へ投擲した。
幼い少女とはいえ、人間一人を軽々と放り投げる膂力。風を置き去りにする脚力もだが、〝箱庭の貴族〟と呼ばれるのは伊達ではないらしい。
投げ飛ばされた白夜叉は綺麗な縦回転で御波の正面に飛んできている。
御波は白夜叉を受け止める姿勢を取る。そんな御波の前に割り込んだ十六夜は、白夜叉を足の裏で受け止めた。
「てい」
「ごべぇ!」
受け身も取れず地面に落下した白夜叉。通常であれば痛みに悶える筈だが、白夜叉は痛がる素振りもなく顔を上げて十六夜へ叫んだ。
「おんし、飛んできた初対面の美少女を足で受け止めるとは何様じゃ!?」
「十六夜様だぜ和装ロリ」
軽薄な笑みで十六夜は答える。彼の不遜な態度は老若男女を問わず適応されるようだ。
見たところ怪我はしていないようだが、余りにも雑な対応をされている白夜叉。御波は十六夜の後ろから出て白夜叉の前に立った。
「だ、大丈夫ですか?」
御波は倒れている白夜叉に手を差し出す。白夜叉はその手を掴もうとして──固まった。
「お、おんし⋯⋯!」
「は、はい?」
白夜叉はセクハラ行為を働いていた時とは一転して真剣な表情を浮かべる。
上から下まで食い入るように見る白夜叉に、御波は怪訝な色を見せることもなく微笑んだ。
「あの、立てま」
「なんという美少女じゃ!?」
白夜叉は御波に抱き着いた。目にも止まらぬ敏捷さで起き上がり抱き着いた一連の動作は、一切の無駄を削いだように滑らかだった。
御波の口からへっ? と声が零れる。
一瞬の硬直。状況を理解した御波は顔色を瞬く間に紅潮させた。
「な、なな⋯⋯!」
「まさか黒ウサギだけでなく、こんな美少女が私の元にやってくるとはのう!」
「ちょ、は、離れてくださ」
「御波さんに⋯⋯何をしているのですかあぁぁぁぁ!」
水路から飛び出し、御波たちの元へ疾走した黒ウサギは白夜叉の襟首を掴み上げた。
「大丈夫ですか御波さん!?」
「う、うん。ありがとう黒ウサギ⋯⋯」
御波はホッ、と息を吐いた。初対面の人物に抱き着かれたことなど無かった御波にとって、白夜叉の行動は驚天動地に等しいものだったのだ。
御波は白夜叉から距離を取り、近くにいた飛鳥の隣に立つ。また抱き着かれでもしたら堪ったものではない。
そんな御波に苦笑しながら、飛鳥は襟首を掴まれたままの白夜叉に問う
「貴方はこのお店の人でいいのかしら?」
「うむ。私こそは〝サウザンドアイズ〟の幹部にしてこの店のオーナーでもある白夜叉様だよご令嬢⋯⋯そろそろ離してくれてもよいのではないか黒ウサギ?」
「⋯⋯」
黒ウサギは白夜叉から手を放す。解放された白夜叉は御波たち四人を見まわしながらニヤリと笑う。
「お前たちが黒ウサギの新しい同士か。話があるなら店内で聞こうではないか」
「オーナー、よろしいのですか? 彼等は〝ノーネーム〟の筈。規定では」
「黒ウサギの同士の身元は私が保証するし、ボスに睨まれても責任は私が取る。いいから入れてやれ」
「⋯⋯分かりました」
女性店員は店の扉を開ける。白夜叉は暖簾をくぐって店内に入っていく。御波たちは女性店員に睨まれながら暖簾を抜けて白夜叉に続く。
正面玄関を抜けて中庭を進む。縁側で足を止めた白夜叉は障子を開けて広い和室の上座に腰を下ろした。
御波たちもそれぞれ下座に腰を下ろす。右から黒ウサギ、十六夜、飛鳥、耀、御波といった順番だ。
「改めて自己紹介をしておこうかの。私は四桁の門、3345外門に本拠を構える〝サウザンドアイズ〟幹部の白夜叉だ。黒ウサギとは少々縁があってな、時折仕事を斡旋などしている。まあ、器の大きい美少女という認識で構わぬぞ」
「はいはい、お世話になっておりますよ本当に」
白夜叉の自己紹介を受け流す黒ウサギ。黒ウサギや御波に対するセクハラ紛いの行動や、この自己紹介を鑑みるに悪ふざけの多い性格なのだろう。
黒ウサギのツッコミは白夜叉のボケによって磨かれていたのかもしれない。
耀は小首を傾げて白夜叉に尋ねる。
「その外門って何?」
「箱庭の階層を示す外壁にある門のことです。数字が若くなるにつれて都市の中心に近く、強大な力を持つ修羅神仏が住んでいるのです!」
「付け加えるなら7と6が下層で、5が中層。それよりも若い数字の階層は上層と呼ばれておるな。更に言うならば、私たちが居る区画は東西南北の中では東側に分類され外門の外には世界の果てがあるのう。あそこはコミュニティに所属こそしておらんが、強力なギフトを持つ者たちが棲んでおる」
「へえ、あの蛇そんなに強かったのかよ」
「なに?」
白夜叉は訝しむように十六夜を見る。十六夜の隣に座る黒ウサギは蛇神から貰ったギフト──水樹を何処からともなく取り出した。
白夜叉はその水樹に見覚えがあったのか眉を上げた。
「むっ、それは確か⋯⋯」
「YES! この水樹は十六夜さんが蛇神様を素手で倒して手に入れたギフトなのですよ!」
それを聞いた白夜叉は目を見開いて驚きの声を上げた。
「なんと!? それでは其処の童は神格持ちの神童なのか?」
「いえ、それはないかと。神格保持者なら一目見れば分る筈ですし」
「うぅむ、それはそうか」
「その神格とやらは何なのかしら?」
飛鳥は小首を傾げる。御波にとっても聞き慣れない単語だが、白夜叉の驚きを見るに十六夜が神格保持者を倒したのは尋常ならざることなのだろう。
「異世界から来たおんしたちが知らんのも当然か。神格とは神霊のことではなく、神格を獲得した種の最高ランクに肉体を変幻させるギフトを指すのだ。蛇に与えれば巨躯の蛇神に、人に与えれば現人神や神童になるといった具合にのう。あの蛇神に神格を与えたのは、実はこの私なのだぞ」
胸を張り白夜叉は笑う。十六夜は獰猛な笑みで白夜叉を見据えた。
「なら、お前はあの蛇よりずっと強いのか?」
「当然だ。私は東側の四桁以下の階層を束ねる〝
『へぇ』
十六夜、飛鳥、耀の三人は瞳を輝かせる。獰猛に、挑戦的に、無表情に。三者が浮かべた表情は異なるが、その瞳だけは同じく輝いていた。
飛鳥は確認をするように白夜叉に問いかける。
「ふふ⋯⋯ならば貴女のゲームをクリアできたなら、私たちのコミュニティは東側で最強のコミュニティになるということかしら?」
「そうなるのう」
「そりゃあいい。探す手間が省けたぜ」
「うん、貴女のゲームをクリアすればコミュニティを再建も早まりそう」
「面白い童たちだ。この私にギフトゲームを挑むと?」
「ちょ、ちょっと待ってください皆様!?」
黒ウサギは慌てて三人を制止しようと声を上げる。だが、問題児三人はそんな黒ウサギには目もくれず、好戦的な瞳で白夜叉を見据えている。
白夜叉は愉快そうな笑みで黒ウサギを制した。
「よいよい黒ウサギ。私も遊び相手には飢えているのでな」
「あら、ノリが良いのね。そういうの好きよ」
「ふふ、そうかそうか」
好ましいと言いながらも、挑発するような声音の飛鳥に白夜叉は目を細める。
しかし、それも束の間。視線を鋭くさせた白夜叉は三人へ問う。
「おんしらに一つ確認しておくことがある」
「何だよ?」
着物の裾から取り出したのは一枚のカード。〝サウザンドアイズ〟の旗印が記されたそれを顔の前まで掲げた白夜叉は、幼い美貌に似合わぬ凄絶な笑みを浮かべた。
「おんしらが望むのは挑戦か? それとも対等な決闘か?」
箱庭の世界に召喚された時のような光が部屋を満たす。
御波の脳裏を過るのは、黄金色の穂波が靡く草原、白い地平線を覗く丘。森林の湖畔。様々な景色が移り変わり御波たちは投げ出されたのは、白い雪原と凍る湖畔。
そして、水平に廻る太陽が君臨する世界だった。