グルメ時代から異世界に来るそうですよ?   作:雪月鷹架

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魔王の残滓

 

 

 

 

 

 

「こ、れは⋯⋯」

 

 絞り出すような声を漏らしたのは飛鳥だ。門を開ける前の気丈な姿は其処にはない。目の前の光景は、それ程の衝撃を彼女に与えたのだ。

 

 朽ちた建築物。屋根や外壁は軒並み剥がれ落ち、残った骨組み部分もその殆んどが形を保っておらず、僅かに残った鉄筋や針金は錆び付いて元の輝きを取り戻すことはない。

 街並みを彩っていた筈の街路樹は白骨のように枯れ、生命の息吹を感じられない。豊かで活気で満ちていた筈の街並みは廃墟群へと変貌し、嘗ての面影すら感じられない。

 

 十六夜は木造の廃墟に近付いて僅かに残る柱に触れた。摘まむような仕草だったにも関わらず、木柱は砂のように崩れ落ちた。

 不遜で軽薄な態度の目立つ彼が、その一切を消した固い面持ちで黒ウサギに尋ねた。

 

「黒ウサギ。魔王とのギフトゲームがあったのは今から何百年前の話だ?」

「⋯⋯3年前でございます」

「ハッ、そいつは怪奇的だ。この風化しきった街並みが3年前だと?」

 

 御波には、姿も名前も知らない魔王の能力について心当たりがあった。この惨状を作り出せる猛獣を、御波は知識として覚えていたのだ。

 その名は、鹿王・スカイディア。八王の一角にして時間に干渉すると噂されるその猛獣の能力と、〝ノーネーム〟を壊滅させた魔王のギフトは似通っていた。

 

「ベランダにティーセットがそのまま出ているわ。まるで、人だけが突然消えてしまったみたいに」 

「生き物の気配もない。無人で野晒しにされた建物に、獣が寄ってこないなんて」

 

 二人は暗い表情で廃屋を見つめている。この街並みを3年間見続けてきた黒ウサギは、感情の消えた表情で説明を行った。

 

「かの魔王がこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。僅かに残った仲間たちも、魔王の力に心を折られて、コミュニティを去っていきました」

 

 それだけ言って、黒ウサギは歩みを進める。この場所は、彼女の心に癒えない傷痕を残したのだろう。飛鳥と耀も無言でそれに続いた。御波も後を追いながら、その魔王について考えを張り巡らせる。

 

(自分のギフトの情報を敢えて誇示するように残していったのは、その魔王にとって隠すまでもない力だということ。⋯⋯低く見積もっても、八王級と思わないといけないか⋯⋯)

 

 それは、御波をして致命の覚悟で戦わなければ勝ち目が存在しないのと同義だった。

 唯一立ち止まっていた十六夜は頬に汗を伝わせながらも、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「魔王、か。想像以上に面白そうじゃねえか⋯⋯!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃墟の居住区画を抜けた御波たちは巨大な貯水池のある広場に到着した。そこで御波たちを待っていたのは、ジンと〝ノーネーム〟所属の子供たちだった。

 彼等は清掃道具を持って水路の清掃に従事していた。

 

「あ、皆さん! 水路と貯水池の準備は万端ですよ!」

「ありがとうございますジン坊ちゃん♪ 皆も掃除をきちんと手伝っていましたか?」

 

 黒ウサギは水路を掃除していた子供たちに笑いかける。子供たちは親鳥に集まる雛のように黒ウサギの前に集合した。黒ウサギの説明通り、子供たちの年齢は10を下回る程に幼い。その人数は20人。その半分の子供には狐耳や猫耳、犬耳など獣の耳と尻尾が生えていた。

 

「黒ウサのねーちゃんお帰り!」

「わたし眠いけどお掃除頑張ったよ!」

「ねえねえ、新しい人たちって後ろの人たち!?」

「強いの!? カッコいい!?」

「YES! とっても強くて可愛いくて綺麗な人たちですよ! 皆に紹介するから、一列に並んでくださいね」

 

 黒ウサギがそう言うと、子供たちは年齢に見合わぬ機敏で無駄のない動きで横一列に並んだ。

 御波たちを見上げる子供たちの目はキラキラと輝いている。まるでヒーローを見るような純粋な瞳だ。

 黒ウサギは御波たちを子供たちへ紹介していく。

 

「右から逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さん、御波さんです。皆も知る通り、コミュニティを支えるのは力のあるギフトプレイヤーたちです。ギフトゲームに参加できない者は、彼等の生活を支え、励まし、時には身を粉にして尽くさねばなりません」

「あら、そんなに肩肘を張る必要はないわよ」

「それでは組織は成り立ちません。それに、コミュニティはプレイヤーたちがゲームに参加し手に入れた恩恵で初めて生活が成り立つのです。これは箱庭の世界で生きていくには避けて通れない掟。子供の内から甘やかしてはこの子たちの為になりません」

「そ、そう」

 

 黒ウサギは真剣な表情で飛鳥に言う。それは、コミュニティを一人で維持してきた者だからこその言葉なのだろう。有無を言わせない圧力に飛鳥は口を噤んだ。

 〝ノーネーム〟の身分にありながら、122人の子供たちを一人で養うなど想像を絶する努力なくては成しえない。子供たちはそれを理解しているのだろう。彼女を見るの瞳は敬愛に満ちている。

 優しく、時に厳しく。魔王に奪われた子供たちの親に代わって黒ウサギが育ててきたのだろう。

 

「此処にいる子供たちは年長組です。ゲームには出られないものの、獣のギフトを持っている子もいるので何か用事を言い付ける時はこの子たちに伝えてくださいな。皆も、それでいいですね?」

『よろしくお願いします!』

 

 子供たちの大声が広場に響き渡る。

 鼓膜を盛大に揺らす声量に好感を示したのは御波と十六夜だった。飛鳥と耀は複雑そうに眉を顰めている。

 二人は子供が得意ではないのだろう。彼女たちの年齢を考慮すればそれは不思議なことではない。ヤハハと笑う十六夜と、微笑ましそうに子供たちを見つめる御波が例外なのだ。

 

「元気がいいじゃねえか」

「そ、そうね⋯⋯」

「⋯⋯」

「皆、良い子たちだね~」

 

 柔和な性格の御波だが、今は殊更に優しい目付きで子供たちに微笑んでいた。

 黒ウサギは黒白のギフトカードから水樹を取り出して、貯水池の中心の台座へ跳躍する。

 

「十六夜さん! 水門の屋敷への水門を開いてください!」

「あいよ」

 

 十六夜は貯水池に下りて水門を開け始める。黒ウサギは中心の台座に水樹を置いて苗の紐を解いた。

 すると、水樹から莫大な水が激流となって貯水池を瞬く間に埋めていく。

 その水は貯水池を流れて水門へ殺到する。水門を開け終えた十六夜は血相を変えて叫んだ。

 

「ちょっと待て! これ以上は濡れたくねえぞ!」

 

 激流に吞み込まれそうになった十六夜は跳躍して回避する。跳躍した十六夜は御波たちの元に着地した。

 水樹から溢れ出た水も勢いが予想より凄まじかったのか黒ウサギは台座の上から喜びの声を上げた。

 

「この子は予想以上に元気ですね!」

 

 水樹の水は夕焼けの日差しに反射して燦然と輝いている。嘗ての光景を思い出しているのか、ジンと子供たちから歓喜の声が上がる。

 

 それを見て御波は拳を握り締めた。

 この子供たちは、本来であれば親の愛情を何の憂いもなく受けて、健やかに成長を重ねていた筈なのだ。魔王は、そんな子供たちの当たり前にあるべき幸せを奪い去った。

 

 御波は改めて己に誓う。コミュニティを再建し、〝ノーネーム〟を壊滅させた魔王を討って旗印と名を取り戻す。その為に、自身の持てる力を存分に振るおうと。

 コミュニティに立ち塞がる万難を跳ね除け、数多のギフトゲームを攻略し、この異世界で出会った仲間たちと魔王を打倒する。

 

(コミュニティの土台を作るまでは、向こうの世界へ帰る方法を探す程度しか出来なさそうかな⋯⋯)

 

 コミュニティを再建する、その思いに偽りはあり得ない。だが、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い。箱庭への招待状にはそう書かれていた。

 十六夜たちは定かではないが、御波はその文言を承諾していない。招待状に目を通した時点で箱庭の世界に召喚されたのだ。

 

 それ自体を不満に思ってはいない。だが、元の世界への帰還はコミュニティの再建と並行して探すべきだ。御波には、元の世界へ帰還する手段が存在しないのだから。

 

(箱庭の世界には、ボクたちを召喚した人がいる筈だ。その人に会うことができれば、帰る手段に目途が付くかもしれない⋯⋯)

 

 元の世界には、残してきたものが多すぎる。

 御波は、水樹が貯水池を満たしていくの眺めながら胸中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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