推しの子×マッシュ。
YouTube。今をときめく日本人、否。全世界で爆発的に普及している動画配信サイトだ。
そんなYouTubeを使う目的は主に2つ。1つはYouTubeに世界各地の人々によって投稿された動画を視聴するため。
もう1つは視聴者に自分が投稿した動画を見てもらい、金銭を獲得するためにある。
そしてここに、YouTubeに動画を投稿し金銭を獲得しようとしている若者が居た。
「マッシュ……本当にやる気か? お前のその力が世に知られてしまえば、わしらの生活も危ういかもしれんのじゃぞ」
「……やっぱりやめるよ、じいちゃん。人は身の丈にあった生き方をしなくちゃ」
「う、うむ。わかってくれたようでなによりじゃ」
訂正、そんな若者はどこにも居なかった。
人知れぬ山奥、その山頂。鬱蒼とした森の中にポツリと立っている一軒家。木造のその家の中に2人の人間が相対している。
えっ、切り替え早くない? 止める側のわしが言うのもなんじゃけど……もうちょっと慣れないものに躊躇するおじいちゃんと、それでも押し切ろうとする孫との熱いやり取りとかさー……言われたことはちゃんと聞いちゃうし、やっぱ素直なんじゃよなーこの子!
とんでもないスピードで脳内に思考を展開する、目に奇妙な線が付いた老人と、
……じいちゃんの楽に少しでも繋がると思ったんだけど、僕の頭じゃやっぱダメみたいだ。
ず〜ん。と擬音語が聞こえてきそうなほど落ち込むマッシュヘアーの青年が居た。
「いいか、よく聞けマッシュ。わしらは元々イギリスの魔法使いの一族じゃった。長い時の流れに魔力を失い、今ではほぼ一般人と等しい存在になってしまったが……それでも、先祖返りで魔法を使えるものも少なからず居る。だからこそ、わしは幼いお前を連れて、魔法の力がない日本へと渡ったのだ」
「お前の凄い力も、魔法の力が関わっておる。決して周りにバレてはいかんぞ? もしバレてしまえば、イギリスの魔法局から追っ手が来るかもしれん」
「うん。今までずっと守ってきたし、今後もバレないようにするよ。僕じゃそんな凄い魔法使いの人たちに対抗できっこないだろうし」
青年の名前はマッシュ・バーンデッド。イギリスの魔法使いのコミュニティの団地にひっそりと捨てられていた赤子であり、今はこの老人の息子となっている。
1本線が顔にある老人の名前はレグロ・バーンデッド。かつて、イギリスの魔法使いのコミュニティにてその能力の低さに迫害された過去がある。
土石流をパンチで押し返して元の場所に戻すなんて故郷の魔法使いでもできるか怪しいけどね! ほんとどうしてこんなにも凄いパワーを得たんじゃろ。ほんと意味わからん。腹筋ローラーで地盤まで直しちゃうし。
レグロは遠い目をして昨年、畑を襲った嵐の日。土砂崩れを文字通り殴り返したマッシュを思い返していた。
ちなみにマッシュのパワーが魔力由来というのはレグロがマッシュのためについた嘘である。魔法界について知識がないマッシュは魔力を持たないものは顔に線がないことを知らなかった。
「うむ。危ない人は避ける! 怪しい提案には乗らない! よく覚えているなマッシュ……さて、わしはこれから出掛ける。くれぐれもバカな真似はするなよ? 現代社会では魔法の力はファンタジーじゃ。バレてしまえば……」
「……バレてしまえば?」
「二度とシュークリームを食べることもできないかもしれん」
「そ、そそそそそそんなことが……? 頑張って気をつけるよ。いってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
レグロが去った木造の家。押し戸か引き戸かわからなくなるマッシュのためにレグロが頑張って設置した自動ドアを通り過ぎるマッシュ。
「……ごめん、じいちゃん。でも本日限定シュークリームが青森にあるみたいなんだ。背に腹はかえられないし……僕もじいちゃんのために何か仕事を探さなくちゃ」
マッシュは山道を風よりも早く駆け下りながら思考をめぐらせていた。
毎日遅くまで仕事をし、家に帰ってくればテレビをつけっぱなしで気絶するようにソファーで眠るレグロ。ある日曜の朝。日課の筋トレ終わりに、散歩して帰ったマッシュはレグロが漏らした苦悩の言葉を耳にしていた。
……このままではマッシュを高校に入れることも危うい、か。マッシュをもっと良い学校に入れて、もっと選択肢をあげるためには……うぅむ。わしが有能じゃったら、マッシュと過ごす時間も増やせたのじゃがな……。いかん、弱気になってはいかんぞ、レグロ・バーンデッド! あの子が頼れるのはわしだけなんじゃ!
現在マッシュは中学2年生。物事の判断がつかない年齢ではないが、かと言って冷静に判断できるかと言われるとそうでもない歳である。
だからこそ、スマホも持たないマッシュが、お金稼ぎと考え思い付いたのはレグロのスマホで見るYouTuberの姿だった。ちなみにマッシュのいいね履歴を漁るとほぼ筋トレと美味しいシュークリームの作り方に関する動画しか載っていない。
……そうだ。YouTuberになってお金をたくさん稼げばじいちゃんのためにもなるしシュークリームもプロテインもたくさん買える。やっぱりYouTuberになるよじいちゃん。
反省するのも早いが、思い直すのも早いマッシュだった。
そうこう考えているうちに山道を下り、人目につかないように数百kmを十数分で移動する。
ついた。ここが青森か。
マッシュは無表情に感動し、持参してきた青森の地図を広げて、シュークリーム屋を目指す。
「すごい格好をした人たちばかりだ」
青森県県庁所在地青森市はマッシュが住んでいる山がある地域と比べ、大幅に栄えていた。髪の毛を染めている人や、高そうなハイヒールを履いた女性、せわしなく動き回るスーツ姿の男性など、マッシュには珍しいもののように見えたのだ。
「いかん、早く行かねばトロけるトロトロシュークリームバージョン2.1が売り切れてしまう」
「次のロケのりんご取るやつさー、なーんかしゃちょー迷走してる感じするよねー」
「こらニノ。そういうこと言っちゃダメだよ。後で怒られても知らないから」
「でも正直わかるかも。渡辺も言ってたし……それにきゅんぱんも似たようなこと言ってた」
「どうせ、今日のロケはアイの疲労を誤魔化すためにやってるだけでしょ。ほんとうざい」
「黙って高峯。どうせアイには勝てっこないんだから、言うだけ無駄だよ」
「あ、あのー……通りたいんですけど……」
何やら横並びに会話をしている女の子たちの横を通り過ぎようと、マッシュは右往左往する。しかし話に夢中になっているのか全く返答がない。
その時、
異音が響く。重たい金属が暴れているような音が、マッシュの数メートル先を前を歩く女の子たちの真上から落ちてくる。
マッシュは確認するべく上を見ると、そこには風に揺られ、今まさに落ちようとする鉄骨の姿があった。
というか落ちてきた。
急いでマッシュは後退し避けようとするが、目の前の女の子たちに鉄骨を避けようとする素振りは見えない。
もはや彼女たちに声を掛けても間に合う距離ではない。そうマッシュは結論付け、決意した。
全身の筋肉に問い掛ける。君たちは目の前で死にゆく女の子を助けずに居られるのか。
全身が蠢き、筋肉が脈動する! マイク、ケビン、ヤマダ、トム、コウジ、サトミ、キムがマッシュに女の子を助けろと叫ぶ!
ごめんじいちゃん、約束破ることになって。でも、困ってる人は助けなきゃ。
「ハムストリングス魔法、カノンジャンプ」
瞬間、跳躍。マッシュの大腿筋が膨張し、アスファルトの地面にヒビを入れながら空を跳んだ。
そして愚かな女の子たちはようやく自分たちの危険に気づく。もっとも、今更気付いたところで間に合わない。
「えっ、うそ!? みんな逃げて! 上ぇッ!!」
「……は、はは。もう無理っしょ。これ」
「なんで、なんでこんな! 誰か助けてよ! 誰か__」
およそ鉄骨が落下し、彼女たちに直撃するまで残り1秒もない。
物体は落下が始まり1秒で秒速約9.8メートル、2秒で秒速約20メートルにまで到達し、恐ろしいまでに威力を増大させていく。
鉄骨の自由落下が始まり3秒。地球の重力によって加速された鉄骨は時速105kmにまで到達していた。
そのまま重力に従い、膨大な運動エネルギーを持った鉄骨は落下地点に居る哀れな中学2年生の女の子たちを貫き、その肢体を爆散させ____
「アンリミテッドバイセップス魔法、スクアッドパンチ」
なかった。膨大な運動エネルギーを持つ鉄骨は、あろう事かそれ以上に莫大な運動エネルギーによって打ち返され、そのまま元の位置まで吹っ飛んで行った。
時速100キロのトラックを正面から受け止めるどころか、ぶん殴って50メートルは吹き飛ばすほどの明らかに人智を超えた力。
これがレグロが世界に露見することを恐れた、現代社会を生きるには過剰すぎる圧倒的なマッシュの筋肉である。
「大丈夫ですか」
シュタッと着地したマッシュヘアから覗く無機質な金の瞳。それは確かに中学2年生の女の子たちの心を射抜いていた。
「え、えー……うっそー……?」
「あ、ありがとうございます!」
「すっごー……! 助けてくれてありがとう!」
一般的に可愛いと表現されるに相応しい女の子たちは目の前の奇跡に驚きつつも、マッシュに感謝を告げる。
「あ、はい。じゃ」
「……ごめん、名前だけ聞いていいかな! 私は__って居ない!?」
「おい高峯ぇ! 命の恩人にその態度って……え? 消えた?」
冷たい死の直感の中、その恐怖を台無しにするファンタジーじみたパワーを目の当たりにし、一時的に彼女達の脳みそはバカになっていた。主に生存本能的な面で。吊り橋効果の最上級、しかし相手が悪かった。
顔を覚えられる前にさっさと逃げねば。
そう考えたマッシュは女の子たちの安全を確認した後、とんでもないスピードでフードを被り、当初の目的であったシュークリーム屋に到着した。
足が早すぎて通行人にビックリされていることにマッシュはマイペースなので気付いていなかったのは秘密である。
▶□◀
「先日午後の3時頃、青森県青森市のとある街路にて、建設中の高層ビルから鉄骨が落下する事故が発生しました。奇跡的にこの事故による人的被害はありませんでしたが、動画配信サイトに載せられたとある動画が話題を呼んでいます。その動画がこちらになります」
恐ろしい速度で落下する鉄骨。周囲の悲鳴。落下地点に存在する女の子たち。あまりの非現実さにカメラを持つ手が少し震えている。
しかしその瞬間、黒い影が落下する鉄骨の先端に接触。そのまま鉄骨は逆再生のように元の高層ビルの位置まで戻っていき、動画は終了した。
「……マッシュ。わしが何を言いたいかわかるか?」
「ごめんじいちゃん」
「違う。……よくやったぞ、マッシュ。お前は優しい子じゃから、目の前で酷いことが起きれば、必ずこうして助けてしまうと思っておった」
「いつかきっと来る日が、たまたま今日だっただけじゃ」
「……それでも、ごめん」
「なに、気にするな。お前は正しいことをした。ただそれだけじゃ。さて……それはそれとして今日の日課はもっと厳しくやるんじゃぞ! 10倍じゃ! それが終われば……お前が買ってきてくれたシュークリームでも一緒に食べよう」
「うす!」
▶□◀
「はぁ? そんなもん有り得るわけねーだろ? あのなぁ、もしホントだったらお前たちはとっくにお陀仏、監督責任問われて俺も事務所もあの世行き!」
「いや、ほんとなんだって! 凄いかっこよかったし、変な髪型ではあったけど……でも絶対逸材だよ!」
「そーだそーだー」
「ちょっとニノ? なんか適当じゃない?」
「そうは言ったってさー? 信じられる? 鉄骨が頭の上に降ってきたけど黒髪イケメンが鉄骨を殴り返して吹っ飛ばして助けてくれましたーなんて話」
「……それは、そうだけどー」
「仮にその話がもし本当だったとしたら、そいつをひっ捕らえてうちのタレントにでもしてやるさ……話は終わりだ。次のライブについての話だが__」
▶□◀
後日。斉藤家、リビングにて。
「……青森県、青森市……ねー見て見て佐藤しゃちょー。これニノちゃんたちが言ってたやつじゃない?」
「俺の名前は斉藤だクソアイドル。それとだが、この世界はファンタジーじゃねぇ。空を飛びまわる鉄人も、未来から来た猫型ロボットも舞台裏で作られたフィクションでしかねぇんだ___あぁ?」
長々と高説を垂れていた斉藤社長の言葉が止まる。
それは何故か。
答えは簡単、見てしまったのだ。一応なりとも弱小ゲープロの苺プロに所属しているアイドルたち。ニノ、高峯、ありぴょん、めいめいの4人の昨日の私服が落下する鉄骨の下にあるテレビを。
そのまま眺めていると、鉄骨は黒い影にぶっ飛ばされ、動画は終了した。
「……うそだろ? 黒い髪、金の瞳だったか。おいおい、おいおいオイオイ! マジかよ。まさか本当だってのか? この動画がデタラメならテレビ局が流すはずもねぇ、街中の監視カメラもあるだろうし裏取りは済んでるはず……これはチャンスだ」
間違いなく、一世一代の大チャンス。弱小ゲープロの苺プロは星野アイをセンターにアイドルグループを作ることでじわじわと人気を増やしてきた。
だがそれではアイの負担も大きすぎるし他のメンバーとの軋轢も生む。否、もう生んでいるのかもしれない。
アイに頼りきった現状を打破するワイルドカード。おそらくあの黒い影について他の事務所は何も知らないはず。俺は弱小と言えどこれでも事務所の社長だ。それなりに繋ぎもある。そんな俺に何の情報も入ってこねぇのは単純に誰も知らないから。
つまり、俺だけが、苺プロだけが独占できる金の成る木!
テレビに映った動画じゃ動きが早すぎて何も見えなかったが……生憎こっちには直接顔も合わせた人間が4人は居る。探せる…!
待ってろファンタジー。てめぇはうちの事務所で働いてもらうぜ。
苺プロダクション社長、斉藤壱護。彼は野心家だった。
人気でそうなら続くかも。