「お〰︎い! ハァ、ハァ、お〰︎〰︎い !! 待てよ !! 待てと言っている !! シグマ !!! 」
ガサガサと植物を掻き分けて轟音の響く方へ迷いなく進むシグマの背をシーザーは足を縺れさせつつ追いかけていた。
もとより“麦わらの一味”とローから解放される為にドフラミンゴのもとへ行こうとしていたからか、音のする場所へ向かう事に文句はないが、問題は先頭を行くシグマが単身で向かおうとしている所にある。
「シグマ !! ハァ、ハァ…! お前、ジョーカーの前におめおめと姿を晒す気かよォ !! 正気かァ !? 『殺され』ちまうぞ !! なァ、オイ !!! 」
シーザーは考える。
シグマは確かに気に入らないクソガキだが、その頭に詰まっている知識や智慧は自身に劣らないものであり、このガキを上手く従わせられさえすれば破壊された【SAD】の工場も1年足らずで復旧が可能であるし、【SMILE】の更なる “品質向上” にも繋がる筈なのだ。
だからおれが楽をする為にも、ジョーカーにシグマを殺されるわけにゃあいかねェんだ…! 何とか阻止せねば…!
そう、自身が楽をする為だと、自分に言い聞かせる様にシーザーは心の中で繰り返した。
コレは決して『親心』なんてものではないと。
「ゼェ、ゼェ! 考え直せよシグマ !! ガキは何処かに引っ込んでいろ! おれがジョーカーに口利きして生かしてやるから! なァ !! だから止まれって言ってンだろうがクソガキィ !!! 」
耳を貸す様子のないシグマに痺れを切らして怒鳴り散らしたシーザーは足下の太い根っこに足を取られると、情け無い悲鳴を上げて背中から倒れ込んだ。
両手が塞がっているのに加え、起き上がろうと暴れたシーザーの3メートル程の体躯に好き勝手に生えている蔓だか蔦かが絡まり、とんでもなく間抜けな姿をシーザーの悲鳴を聞いて振り返ったシグマに目撃される事となった。
「ぬ、ぬおォ〰︎ !? か、絡まって動けねェ !! 」
「……」
「あ !!! オイ! 待てオイ !! おれを助けろシグマ !! まさかおれを無視して置いて行くなんて…ってェ !! ホントに無視して行こうとしてんじゃねェ !!! し、シグマぁ〰︎ !!! 」
「…あ〰︎! もぉ〰︎〰︎ !! 何やってんのさ !! 」
「シグマ〰︎〰︎ !! 」
「わかったよもぅ !! ほら、手を────」
シーザーへ手を差し伸べたシグマが目を見開いて固まった。
木々の間に現れた人影を見つけたシグマは、その人物にあり得ざるものを目にしたような眼差しをむけ、その目は戸惑いの色で塗れている。
「──あり得ない! お前、さっき…! 」
「 !? 何だ !? 何が起きている !? ちゃんと説明をしろシグマ !! 」
「ついさっき、首を落とされてお前は死んだだろう! ── “ピグマリオン” !!! 」
スリラーのように、木々の間から静かに此方を覗いていた不気味な男にシグマがそう吠え立てれば、男…首を落とされて死んだ筈のピグマリオンは笑う。
その笑い声は朽木が軋んだような音で、鬱蒼とした森の中では男の不気味さを助長させる。
「あり得ない? …あり得ないと言った? 錬金術師とあろう者が情け無い !! 万物において『あり得ないなんて事はあり得ない』というのに !!! ンッフフフフフフ !! ぅふハハハハハハ … !!! 」
「お前は! …一体お前は、なんだ !! 」
「はて…何、と申されましても。既に挨拶は済ませておりますでしょう? 私はピグマリオン…しがない宝石商にして “錬金術師” にございます… !! 」
恭しく一礼するピグマリオンは笑みを崩さぬままシグマと対峙している。
ギラギラと血走る眼、剥き出しの歯茎に生える白過ぎる歯、紳士然と振る舞っている癖に人形じみたその外見は不気味の谷を覗いているような錯覚をシグマに抱かせた。
自身は錬金術師だと言うピグマリオンにそんな事は聞いていないとシグマは怒鳴る。
「不死のような身体…その正体をわたしは聞いている… !!! 」
「ンッフフフ…! そんな事を言っていても本当は気が付いているのでしょう? だって、お前も“錬金術師”ですものねェ? …小娘ェ…! 」
「 ッッ !!! 」
「死は黒く、生は白く! 生者の魂は黄金の輝きをもって赤へと至る… !! 」
「そ、れは…」
「ンッフ。有限と無限の合一…神の権能を手にする偉業…命ある人間の魂の輝きを
人を神へと押し上げる奇跡の石。
“不老不死”を可能にする魂の結晶体。
「【賢者の石】に、ございます… !!! 」
「────」
「それではご覧にいれましょう…──【賢者の石】と “悪魔の実” によって研鑽された我が錬金術を !! 」
両腕を広げたピグマリオンの身体のあちこちから光の筋が漏れ出ると、男の身体は水風船の如く爆散する。
瞬きをしたその刹那。
まるで
*
グリーンビットの森をドフラミンゴと大将藤虎から逃げる為に能力を駆使して走り回っていたローは、とうとうドフラミンゴに捕まってしまい藤虎、イッショウの能力で生じる重力で地面に拘束されていた。
内臓と骨が軋む毎に呻き声を上げるローの懐に仕舞い込んであったシーザーの心臓をドフラミンゴが回収すると、余裕を滲ませた笑みを浮かべて地に縫い付けられたローを見下ろす。
「お前の疑問に答える為にちょっとした昔話でもしてやろうか、ロー」
「……! 」
「今から800年も昔の話…──20の国の…20の王とその内の1人の王の臣下である錬金術師が世界の中心に集い、ひとつの巨大な組織を作り上げた。────それが現在の “世界政府” だ」
「…………ハァ…! 」
言葉を発そうにも押し潰されている肺は満足に空気を吸う事も出来なくて、喉から出した筈の音は荒い呼吸によって掻き消されてしまう。
横槍の入れられなかったドフラミンゴは手中の心臓を弄びながら【アラバスタ】のネフェルタリ家を除く20の家族が【聖地マリージョア】へと移り住んだと言う。
そしてその『創造主』である王とその臣下の末裔達こそが “天竜人” なのだと、ドフラミンゴは笑みを絶やさない。
「つまり、800年前…その19の国からは “王族” が居なくなったんだ……もうわかるだろ?…各国では新たな王族が生まれる事になる──我が国、ドレスローザで譬えるなら…その新しい方の王族が『リク一族』。世界の “創造主” として【聖地マリージョア】へと旅立ったのが……『ドンキホーテ 一族』だ !!! 」
「 !!? …じゃあ、お前は…! “天竜人” だった、のか…ドフラミンゴ…… !!! 」
「…『だった』と言うなら正解だ──今は違う」
「 !? 」
仰々しくも、まるで舞台の上に立っているような振る舞いでドフラミンゴは 「『血』とは何か… !? 『運命』とは何か… !? 」 と扇動的に語り続ける。
「──おれ程、数奇な人生を辿っている人間もそうはいまい…フッフッフッ! 」
「…………! 」
「酒でも飲みながらお前と出会うまでの昔話を聞かせてやってもいいが…そんな時間もねェ。ドレスローザの “麦わらの一味” を何とかしなきゃあな。あいつらをナメきって大火傷をした奴らは過去、数知れずいる…──どうした藤トラ」
急に空へ顔を向けたイッショウを怪訝そうな面持ちを浮かべるドフラミンゴがそう尋ねれば、イッショウは可笑しな事もあるもんだと言わんばかりに海の方で雷鳴が聞こえたのに島内で地響きがするのだと言う。
「雷…… !? 」
「空色はどうですかい…あっしの目は閉じていても雲行きくらいは──何か近いて来やす」
イッショウがそう言ったその時、突如として揺れと共に地面が割れる様に隆起すると、意思を持つかの如くある一定の方向へ襲いかかる。
地割れがドフラミンゴ達を襲う事はなかったが、舞起こる粉塵とその規模の大きさに思わず身がまえたドフラミンゴ達のもとへ、地響きを鳴らしながら砂煙ぶる森の奥から満身創痍となった2つの人影が飛び込んで来た。
「ハァ! ハァ… !! ──ど、ドフラミンゴ !!? 」
「ゼェ! ゼェ! じょ、ジョーカー〰︎〰︎ !!! 」
2つの人影の正体はシグマとシーザーで、2人はドフラミンゴの姿を確認すると正反対の反応を浮かべた。
片や苦虫を噛み潰した顔、片や歓喜に溢れた顔だ。
「っ! 危ないっシーザー !! 」
「ハ? ッッぐほェ !!? 」
思わぬエンカウントに動揺し、硬直していたシグマだが土煙の奥から飛来する何らかの気配にいち早く気付き、ボケっと突っ立っているシーザーの尻を咄嗟の判断で思いっきり蹴り飛ばす。
思いもよらない所からの蹴りをくらったシーザーは顔面から勢いよくドフラミンゴの足下まで地面を転がると漸く止まった。
突然蹴られて地面を転がったシーザーは身を起こして、シグマを鋭く睨みつけると唾を飛ばしながら何しやがる! とシグマへ怒鳴り散らすが、そんなシーザーに構っている余裕もないのか、シグマはすぐさま能力で高速でやって来るモノを迎え撃つ。
…その動きはまるで何がやって来るのか把握しているような澱みない動きだ。
「 “
シグマが振り払った手の軌道に沿って燃え盛る炎が現れると同時に土煙を掻き分け現れたのは太い幹程にある巨大な氷塊で、シグマの放った炎に飛び込んできた氷塊は高温度の炎に包まれると勢いを無くしてみるみる内に溶かし尽くされ地面にシミを作った。
過ぎ去った脅威に警戒しながらも一息つくシグマだが、その疲労を隠しきれていない様子にドフラミンゴの足に縋りついたシーザーからのヤジが投げかけられる。
「バカシグマ !! お前の放った技
「煩いな! わかってる !! というか此処敵地のど真ん中なんだけど !? 」
「バカめ! おれにとっちゃァ味方ばかりさ! これでじゅげむもローも麦わらの一味もしめェだ !! 」
「呆れた !! あなたなんて氷柱に向かって蹴っ飛ばせばよかった !! 」
元々目指していた場所とは言え、現状は当時の思惑からはかなりかけ離れてしまっている。此方が別の敵に襲い掛かられている今では、地面に磔にされているローを助ける隙など現状のシグマに窺える筈もなく……仮に無理やり強行突破した所で文字通り“前門の虎、後門の狼” といった所だろう。…正確に言えば前門の藤虎、後門の紅鶴だが。
突然の乱入者に動きを止めていたドフラミンゴだが、探す手間が省けたと言わんばかりに笑みを浮かべて糸をシグマへ飛ばそうとするも、背中に感じるイッショウの気配にどう邪魔されずに殺してやろうかと思案する。
だが、その思惑もシグマの向かいからやって来た男の顔を見ると吹き飛んでしまった。
「おいおいおい、何の冗談だァ? ピグマリオン…だったか…! お前はおれが首を落としてやった筈だろォ! 」
「ンッフフフ! これはこれは、陛下。先程はどうも──っと、ンフフフフ… !! 随分と容赦のない…! 」
再び落とされた首をキャッチしてグチュリと音を立てながら接合したピグマリオンに、既に見慣れたシグマとシーザー以外の3人は息を呑む。
だが、直ぐにドフラミンゴは口をへの字に曲げたまま細切れにせんと多くの糸をピグマリオンへ放つも切れた端からくっついていく様に、何の能力者だと無言で睨みつけた。
「痛い…あァ !! 痛い !!! 痛みこそが生きている証! 故に痛みを認識することが出来る我が脳髄は健在であり、私の自我もまた健在である !!! 私は私の身体に刻まれる痛みと同化し、この痛みをもって私が私を証明する !!! それこそが! 我が錬金術なのです !!! さァ、さァさァさァ !!! ──刮目せよ! 我が叡智 !!!
──“
「 !!? 」
カマイタチ…否、
シーザーはドフラミンゴに縋り付き、ドフラミンゴは新たに糸を出して迎え撃ち、シグマは土壁を何重に作って隠れ、イッショウは能力を解いて刀で応戦する。
自由の身となったローは能力でシグマの背後へ姿を表すと共に土壁を遮蔽物にして斬撃の嵐を乗り切った。
斬撃によって辺り一面更地となった森を視界に収めながらドフラミンゴは額に血管を浮かび上がらせ怒りに歯を食い縛る。その顔は笑っている様に見えるが、明らかに身に纏う空気は激怒一色だ。
「フ…フフフ…! フッフッフッフッ !!! フザけた野郎だ !! オイ !! ──今のは
それも、何倍もの威力になったおれの糸だ… !!
怒りを露わにするドフラミンゴにピグマリオンは微笑みを浮かべて静かに一礼した。
ショーを披露したマジシャンのように、舞台上の役者の様に。
「ンフフ! 受けた加害は時間を置くとともに心を腐らせますがァ、表皮を真皮を血管を傷つけ流れた血と痛みは足がはやいもの…──時間を置けば置く程に痛みや流れた血の寒々しさは薄れ、忘れさられてしまう !!! ──ですので。えぇ、ですので! 活きの良い内にお返ししたまで! 熨斗をつけて !!! …如何でしたか? 鮮度ある血と痛み入り混じる殺意のお味は… !!! 」
「この男、“黒ひげ” の様に複数の能力を持っているんでしょうかねぃ…」
「バカ言え !! そんな化け物がそう居てたまるかよ… !! ピグマリオン! お前、一体何の能力者だァ… !? 」
初めに顔を合わせた時と違い、イッショウもドフラミンゴも警戒を露わにしてピグマリオンと対峙する。
不死の様な体に、此方の攻撃を上乗せして返して来る能力など想像も付かないのは当然である。何故なら、ピグマリオンの持つ不死の身体は【賢者の石】で擬似的に会得した物であり、 “悪魔の実” の能力は受けた攻撃を身体の中で化合させて解き放っているだけなのだ。
「遅ればせながら…私は “ナボナボの実” を食し、『全身同化人間』となった者に御座います… !!! 」
「全身同化人間だと !? 」
「ンッフフフ…私達生き物の身体は常日頃より錬金術を行なっているのです! 呼吸で酸素が肺を満たし、肺胞から血中ヘモグロビンにより酸素が運ばれる。細胞内の酵素が酸素を用いり有機物を分解してそのエネルギーを使い生物が身体を運用するに欠かせないエネルギーを生成し取り出す! これこそ正に
…お解り頂けましたか? 故にこの同化作用を自在に操る事の出来る私は、身に受けた攻撃を取り込んで分解し、覇気とと共に抽出して解き放っているのです !! これぞ! まさにィ !!
絶叫する様に自身の能力を語ったピグマリオンは次の攻撃に掛かると思いきや、イッショウやドフラミンゴに対して攻撃の意思はないと言う。
「貴方たちが私に攻撃をしないのであれば私も致しません。私はただ、あの小娘の息の根を止められればそれで良いのです」
「…フッフッフッ! 奇遇だなァ、おれも小娘の命が欲しくてねェ…! 」
「いいえ、お嬢さんはあっしら海軍が保護させて貰いやす」
3人の会話を崩れ落ちた土壁の残骸越しに聴いていたローにモテモテじゃねェかと茶化されたシグマはローを睨み付けながら嬉しくない! と涙をちょちょぎらせる。
一体どこの海に命や身柄を狙われて喜ぶ女がいるというのか。
一方、ドフラミンゴに縋り着いていたシーザーは自分の雇い主が手にしている心臓を目にするやいなやそれに手を伸ばして早く返してくれと涙ながらに懇願するので、ドフラミンゴは対峙するピグマリオンが何もする気配が無いことからその心臓をシーザーに渡そうとして、ローが口にした言葉で動きを止めた。
「それがシーザーのものだといった憶えはねェぞ… ! 」
「何を〰︎〰︎ !!? てめェ今日一日それでおれを脅してただろう !!? 現に! おれの胸には今心臓は入ってねェ !!! …って、じょ、ジョーカー? 何してんだァ !? あんたそれ、おれの心臓…ぎゃああ、あ? 」
「ぎゃあああ !! 」
額に血管を浮かび上がらせ、歯を食い縛りながらドフラミンゴは無言でシーザーの心臓では無いと言われた臓器を握り潰ぶす。
それを側から見ていたシーザーが痛みを予測して胸を抑えた瞬間、苦悶の叫が上がったのはシーザーの口からではなく、少し遠くから追いついて来た海兵の1人からだった。
自身の部下を傷つけられた藤虎がドフラミンゴに喰ってかかるも、それが窮地に追い込まれていたローに与えた隙となる。
「 “ROOM” !! … “シャンブルズ” 」
「え! うわぁ !? 」
「うわ !!! ぎゃあああぁぁ! 助けて〰︎〰︎ !! ジョーカー〰︎〰︎ !! 」
右手でシーザーの胸倉を、左手でシグマの襟口を掴んだローが能力で物の場所を入れ替えながら瞬間移動の様にドフラミンゴ達から遠ざかっていく。
「手間取らせんじゃねェよ小僧、小娘 !!! 逃げ場などなかったろ !!? 」
「ンッフフフ! これも神の思し召し…私を試されているのですね! 」
ドフラミンゴと共にローを追いかけようと一歩踏み出したピグマリオンにイッショウが待ったをかける。
盲目に関わらず、貫く様な眼差しにピグマリオンは遠ざかるドフラミンゴの背を横目にイッショウへ向き直った。
「待ちなすって、旦那さんあんた昔はじゅげむと名乗っていたと言っていやしたね」
「ハイ? …えぇハイ。それが、なにか? 」
「あんたの名は、行方知れずである天竜人の──── 」
「…ンフ、ンフフフフ! 海兵さん、貴方…つい先刻もあの海賊に言われておりましたでしょう? ──探りを入れるならばそれなりの覚悟で用意周到に !!! と !!!
ハハハ !! ハハハハハハ !! ── 一度は世の真理を拒んだ貴様の眼に! 真実は映るまいて !!! 」
ピグマリオンは藤虎を嗤う。どれだけ惨く、苛烈で残酷なものを見たとしてもそれが
「 しかし! そんな愚か者にも “あのお方” は手を差し伸べるだろう! 嘗ての私にしてくれたように !! 」
「……あんたの中で世界政府は、神様かなにかですかい…」
「──如何にも!我ら小さき只人の正しき導き手なりや !! この世の真理を弁えしあのお方こそ!正しくも神であろう !!! 」
ですが、ですがどうか勘違いなきよう。
ピグマリオンはイッショウを見据えたまま言う。
「 “世界政府” が神なのではなく、 “あのお方” が神なのだ!世を超えて現れたかの現人神こそ
────ヒトヒトの実…モデル “ヘルメス・トリスメギストス” !!! 」
*
飛び飛びに移り変わる景色に目を回しながらもシグマは冷静にこのままではいけないと考える。
心臓を何処へやったと喚くシーザーと大人しく掴まれているシグマ。ローの思惑で迷いなく森の中突き進んでいくが、このまま3人を能力で飛ばし切る程の体力はローに残されてはいないだろう。
背後から追いかけて来るのはドフラミンゴのみとわかっていても、万全で無い2対1で敵う相手ではないし、遅れて海軍大将やピグマリオンが追い付いてくれば一気に劣勢へと事態は転がり落ちていく。そうなれば待つのは全滅という結果のみだ。
「ねぇ! ちょっと !! 」
「今忙しい! 後にしろ! 」
「このままわたし達を引っ掴んでいてはいずれ追い付かれる! 」
「後にしろと言っている! 」
シーザーを掴んでいるからか、ロー1人で立ち回っていた時よりドフラミンゴから飛ばされる糸は劇的に少ないものの、進路妨害されている事に変わりはなく、ローは集中力を切らさないよう周囲に気を張り巡らせている。
そんな時に声を掛けられれば後にしろと言いたくなるのも最もであるが、この男、シグマの提案に碌な事はないと敢えて気を割かずにいた。
ローは思う。この
しかし、振り回し実績の多いシグマはそんなローの思いなど知ったこっちゃなく、聞かないと言っているローを無視して勝手に話始めたのである。
ある程度の付き合った者に『じゃじゃ馬』と言わしめる女は伊達では無い。
「言わせて貰うけど! このまま海軍大将やピグマリオンがやって来たらわたし達はおしまいだ !! 」
「んな事はわかっている! おれに考えがあるから黙って輸送されてろお荷物 !! 」
「…いや、君の片手は空けておくべきだ。つまり、」
「いやいい! 言うな! 聞かなくとも解る! てめェが碌な事考えてねェって事が! 」
「二手に別れよう !! 」
「ほらな! 碌な事じゃねェ !! いいから黙ってろこのじゃじゃ馬 !! 」
怒鳴られてもシグマはいつの間にやら握らさされていたローの刀と帽子を彼に押し付けると襟首を掴んでいたローの手を振り払う。
「 !!? おい、錬金屋 !!! 」
「あー !!! シグマこのバカ野郎 !!! 」
「そのまま! 行って !! わたしはやる事あるから! 港で会おう !! 」
焦りを滲ませたローの顔を見送ってシグマは空中に投げ出された身を捻ると、間近に迫るドフラミンゴのニヤケ面に渾身の錬金術を叩き込む。
「 “
雷で出来た無数の剣が眼をくらませる程に発光すると、サングラスを装着しているドフラミンゴの視界を塗り潰す。
死角から振り下ろされる雷の剣を難なく蹴散らしたドフラミンゴだが、派手な光と雷鳴に紛れて森へ溶け込んでしまったシグマに鋭く舌を打つと、幸運にも身を潜められこそすれ、それはただの時間の問題だと嘲笑う。
「撹乱かァ? 小娘 !! 時間を稼いだつもりだろうがローを捕まえたら次はお前だ! 精々震えて待っていろ !! フッフッフッフッフ !!! 」
そのままドフラミンゴはローを追って行き、姿と気配が見えなくなるのをシグマは草葉の隙間から見送り、誰もいなくなった事を確認するとピグマリオンを探しに草陰から這い出て駆け出した。
シグマがローへ語ったやる事とはピグマリオンの事だ。パンクハザードを出港した時に麦わらの一味にも伝えたが、ピグマリオンはシグマがケリを付けるべき因縁の相手である。
相手も何やらシグマに対し、因縁を抱いている様なので好都合と言えば好都合だ。
先程は遅れをとったが、相手の手品のタネがわかれば対策は立てられる。
ピグマリオンを倒す事は不可能では無い。
「こんな事なら、もっと彼に人体について聞いておくんだった! 」
ピグマリオンの能力は人体に纏わるもので、ローの医者としての知識があればもっと簡単に事は運ぶのだろうが、現状ワガママも言ってられない。
シグマはシグマに出来ることで攻略するほかにないのだ。
ピグマリオンの気配が近づいていることを察知したシグマが声をあげる。
「で、出てこい! ピグマリオン! 」
「ンフフフフ…! そう叫ばずともすぐ側に居りますれば…! 」
「 !!! 」
背後から杭を振り下ろしたピグマリオンに気付いたシグマは地面を転がるように杭を避ければ、顔のスレスレに太く長い杭が打ち付けられていて、あと少し遅ければその杭はシグマの脳天を貫いていたかもしれない。
「あ、あぶな… !! 」
「ああ、外してしまいました! 出来ることなら苦しみを与えず一瞬のうちにと、思っていたのですが」
「っ“
シグマが地につけた手の平から地面に亀裂が入ると次々に隆起してピグマリオンに襲い掛かるも、ピグマリオンは避ける気などなく棒立ちのまま薄らと笑みを浮かべながら岩盤に身を食い潰される。
しかし、すり潰された肉も骨もすぐさま元通りになると、先程同様にシグマの技は返されてしまう。
「ンッフフフ! 何度やっても同じ事 !!
「 “▲” !!! 」
地隆の牙がシグマへ襲い掛からんと身に迫るが、足下に風を集めて地面から飛び上がったシグマはその地割れを回避してそのまま勢いをつけピグマリオンへ突っ込んで行く。それは特攻まがいの自殺行為に思えたが、実態は違う。
「 “▼▽△▲” ! 全部束ねる !! 」
「無駄な事を !! 」
「“
突き出されたシグマの右腕が白光を纏い、激しく瞬いた。
電気とも違うエネルギーの放出に受け止めようとしていたピグマリオンは背筋に走った予感に思わず身体を捻る。200年もの間、生きていく内に培った経験が警鐘を鳴らしていたからだ。このエネルギーは“受けてはいけない”。
しかし、彗星の尾の様な軌道に避けきれなかったピグマリオンの左腕がシグマの纏う白光に焼かれてしまう。その瞬間、彼の左腕は分解された様に蒸発して消滅した。
想像もしていなかった恐ろしい威力と痛みにピグマリオンの全身から脂汗が流れ出る。
「う、グォおおお !!? コレは !!? 何故、能力が発動しない !!? 」
激しく狼狽えるピグマリオンにシグマは指を突きつけて言う。
「簡単な事だ! お前の不死の原理は『賢者の石』に内包された魂を対価に肉体を『錬成』しているに過ぎない! ならその構成式を白紙に戻す『分解式』を上書きすれば、お前の肉体が復活する事はない !!! 肉体がなければ『代謝』も出来ないからな! お前はここで終わりだ! ピグマリオン !!! 」
「グゥ、かくなる上は… !!! 」
中途半端に消失したピグマリオンの腕が肩口から彼の懐から取り出された杭によって切り落とされる。
見るも無残なぐちゃぐちゃの切り口は瞬く間に肉が構成されて新たな腕が生え変わった。
「ふ、ふふふ、この戦い方は錬金術師らしからぬと好かないが、致し方なし! 貴女をその狭い肉の檻から解き放つ為ならば、このピグマリオン! 矜持など打ち捨ててくれましょうぞ… !! 」
両手で握った杭を交差させてピグマリオンがその見た目にそぐわぬ速さでシグマに肉薄する。 シグマの眼前に杭が迫ると、彼女は偶然も偶然の動きで刃の軌道を運良く避けた。ほんの数ミリ先を杭の先が数本の髪の毛と汗の粒を切り裂く。 地面を転がりながらシグマは錬金術で地中の鉄分から剣とは呼べない鈍を生成し、ピグマリオンが繰り出す杭の攻撃を迎え撃った。
「ピグマリオン! お前は、何故エスメラルダに執着する! 彼女が造り出してしまった【賢者の石】で何を企んでるんだ! 」
「何故? 企? ふ、ふふ、ぅふハハハハ !! 随分と無粋なことを聞く! そんなもの、私が彼女の復活を望み! 彼女を『愛している』からに他ならない !! 」
目を剥き、血走らせながらピグマリオンは心の底から愛しているのだと叫ぶ。
「っ愛… !? お前とエスメラルダは好いた者同士たったというのか !? 」
「好いた者同士? ──痴れ者がァ !! 私が抱く愛をあんな低俗で情欲に塗れた煩悩と一括りにするな贋作ゥ !!! 」
侮辱されたと憤るピグマリオンの攻撃の手が勢いを増す。それはシグマ憎しと本気で命を取りに来ている憎悪の強さであった。
飛び散る火花に、鉄が打ち合う甲高い剣戟。 幾度となく枯れ枝の様な腕で繰り出される斬撃は強力で、かつその斬撃も洗練されたものである為、シグマは徐々に劣勢を強いられつつあった。
一歩、また一歩と、シグマは力に押されて後退る。 肩で息を荒げ、鈍を握る手は痺れて震えが止まる気配がない。
「ハァ! ハァ… !! こ、のぉ! 」
「チャンバラはこれにて終い !! さァ、さァさァ! 我が女神復活の糧となるがいい !!! 」
「うァッ !!! 」
シグマの持つ鈍が弾かれ、手ぶらとなった彼女に杭が迫る。
それは脳天を真っ直ぐに狙っており、直撃すれば即死は免れない。
既に彼女にその杭を防ぐ術はなく、ピグマリオンの振り上げられた手がスローモーションの世界にいる様に遅く感じる。
「 “▽ !!! 」
だからこそ、それはただの悪足掻きだった。
状況を打破するでも無い、好転させるだけの必殺技でもない。
只々、相手の眼前に水鏡を出して軌道を狂わせる程度の悪足掻き。
「うぐぁぁああああ !!! 」
そして、その悪足掻きは見事シグマの命を紡いだ。
右目に深々と杭は突き刺さったが、シグマの命を一瞬で刈り取る攻撃は免れた……しかし、それまでだった。
幸か不幸か、それは間違いなく不幸だろう。
シグマの右目を貫いたその杭は海楼石で出来ており、彼女が幾ら能力を発動させようとも、うんともすんとも言わない。
それに加えて力の入らない身体に右目の激痛はシグマの意識を消し飛ばしかねない苦痛である。
「ぐぅ! ハァ! ハァ !! うぅああ !!! 」
「ンフフ! 苦しいでしょう? 辛いでしょう? ──今、楽にして差し上げる… !! このピグマリオンが貴女の苦痛を取り除きましょうねぇ… !! 」
「──ぐ、──お、ん」
「ハイ? 」
「ピグ、マリオン… !! 」
バリ…バリ…!
鬼もかくやな形相でピグマリオンを見据えるシグマの身体からか細いながら黒い雷が迸った。 何かよくわからない力が身体の中からごっそりと抜けて行く感覚に、シグマはその力の本流に身を委ねる。
意識を刈り取る程のものでは無い。それは発現したばかりの赤子の様なものだ。
しかし、ピグマリオンはシグマが発現させたその『覇王色の覇気』に膝を振るわせると、眼球がこぼれ落ちそうな程に瞠目して唖然とした表情を浮かべた。そして彼は感極まったように涙を流して地にふせる。
「あ、ああ、それは…! その覇気は… !! 」
「────う、」
「あぁぁああ !! その、『器』を選ばれたのですね !! 開花の兆しが! あるのですね !!? 」
威嚇する様に覇気を垂れ流していたシグマはやがて発現したばかりの慣れない力に気を失ってしまう。 その彼女に恐る恐る近づいたピグマリオンは意識を失ったシグマの頬を壊物の様にそっと撫ぜる。 先程の殺意に塗れた顔と打って変わった慈愛に満ち満ちた顔をいているが、それは結局のところ狂気じみている事に他ならないのであった。
「漸く──漸く貴女の復活をこの眼に出来るのですね──あぁ、あぁ、聖地で果てた貴女! 光輝く私の……エスメラルダ !!! 」