レプリカント   作:華麗なイモリ

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「おいお前、ちゃんと奴を倒す策はあんのか? 」

 

「うん! 問題ない! ……というか、剣士の君もピグマリオンに用があるのかい?」

 

「いや、おれはお前の目付役ってところだ。ウチの船長がそう眼で言ってたんでな……あんまトラ男に心労をかけてやるな。振り回される身ってのも楽じゃねェ」

 

 

 

 岩の腕から次々に生えてくるピカマリオンの分身を捌きながらゾロはシグマの後に続き腕を駆け上っていた。

 屈強な肉体を持つピーカの分身が障害物のように2人のいく先を阻み、シグマを捕らえようと掴み掛かるが、ゾロの刀で細切れになりシグマの錬金術で砂へと変えられてもその残骸は融合連結すると再び動き出して2人を襲う。

 あまりにもキリの無い現状にゾロは刀を構えると覇気と共に斬撃を繰り出し、大本である巨大な石像を一刀両断にするがそれはすぐさま柔らかなババロワのようにしなって切り口を繋ぎ合わせてしまった。

 

 

 

「クソ、キリがねェ。おれの予想じゃソプラノ野郎の能力は石を行き来して自身への攻撃を回避してるもんだと思っていたんだがな」

 

「その推察は概ね間違っていないだろう。錬金術の扱えない者ならそうした方がリスクは低い……でも、あの石の男…恐らくだが、何かしら能力を行使したピグマリオンと“同化”しているんだ。だから覇気で斬っても砂に変えてもまた元に戻ってしまう! 」

 

「へェ、じゃあそのピグマリオンって奴の能力、お前何とか出来るか? 元に戻れなけりゃァ石の中を逃げ回るしかねェだろ」

 

 

 

 ゾロの視線がシグマに向けられる。その視線にシグマは笑みを浮かべて「大船に乗ったつもりで任せてくれたまえ!」と走りながら器用にも胸を叩く。

 

 

 

「船の上でも言ったが、わたしは何でもは出来ないけれど、それなりの役には立つとも! そも、わたしはピグマリオンを討つためにここにいる! どうか力を貸してくれ! 剣士の君!」

 

 

 

 そう真摯に願い出たシグマにゾロはニヤリと歯を見せて笑う。

 

 

 

「…いいぜ、シグマ! おれの剣、今だけお前に貸してやる…! 」

 

 

 

 並走していたゾロが先行して駆けていく。その背を見送ってシグマは覚えたてのまだまだおぼつかない覇気を気合いで拳に溜めると、術式と共に岩の腕へ叩きつけた。

 それはピグマリオンの擬似的な不死を一時的に封じ込める未完の“逆転術式”だ。

 雌雄から太陽へ、太陽から月、星々。陰陽を分ち、完全体は不完全体へと堕ちる。

 

 

 

「“対錬金術式・擬似逆転奥義” !!! 」

 

 

 

 シグマの拳から迸る青白い稲妻が光の速さで石像の全身を駆け巡った。覇気を纏った術式の気配を感知したゾロは待っていたと言わんばかりに3つの刀を構えると彼の覇気が刀身に滲み出るように刃が黒く染まっていく。

 

 

 

「九山八海…… !! 斬れぬ物なし !! “三刀流・奥義”“一大・三千・大千世界” !!!! 」

 

 

 

 今度こそゾロの刀は完全にピカマリオンの体を半分に両断する。錬金術を封じられたピカマリオンは斬られた体を元に戻すことは叶わず、両断された片方の体に本体を移して斬撃によるダメージを無効化するも、すぐに二撃、三撃とゾロの斬撃は勢いを増してピカマリオンは徐々に石像の端へ端へと追い詰められていく。

 肩、腕…ついに指先だけとなった石像から、逃げ場のなくなったピカマリオンが両手に石の杭を構えた姿で断片からゾロに向い飛び出して来た。その杭の先はゾロを狙って振り下ろされるも、ゾロの刀から放たれる飛ぶ斬撃に押されて宙に留まるに終わる。

 

 

 

「シグマ !!! 」

 

「──── !!! 」

 

 

 

 刀を構えたまま叫ぶゾロの声に応え、シグマは岩場を強く蹴って飛び上がると、右腕に白光を纏いピカマリオンの眼前へ迫る。

 エネルギーの放出で空を駆ける彼女の過ぎた後には翠緑に輝くガス状の帯が尾を引き、その姿はさながら一筋の彗星の様だ。

 

 

 

「この…光、は…」

 

 

 

 一直線に迫り来る一度自分の腕を切り落とした白い光に、ピーカに入り込んだピグマリオンは恐れと同時に何か懐かしい感情が胸を締め付ける不思議な感覚に襲われた。

 なぜ、と言う疑問と共に湧き上がるのは、焦がれるような思慕の念。走馬灯のように意識の奥の奥から湧き出るその記憶の数々にピグマリオンの眼から感涙が堰を切り流れ出る。

 

 あぁ、あぁ!間違いなくやはりこの光は……! 間違いない、なぜ忘れていたのか !!!

 この光はあのお方の、貴女様のご威光…………おれが『私』となった始まりの光!

 逆光を浴びてこちらに手を伸ばす小娘の姿が『彼女』と重なる。

 

 あれは…あぁ、あれは。

 まだ『ワノ国のじゅげむ』であった頃の…─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────200年前。ある男の独白。

 

 

 

 『世界の夜明け』? 『明けぬ夜はない』?

 

 ……馬鹿馬鹿しい !!

 おれは、実家に受け継がれるその言葉が大嫌いだった。

 アイツらのいう夜明けってのは、詰まるところ他力本願に他ならない。てめェで叶わぬ敵を、強い英雄に倒して貰おうって汚えェ魂胆見え見えのハラでしかない!

 

 気に食わねェ! あァ、気に食わねェ !!!

 

 一体どれだけ消費すりゃ気が済む !? 眠りに着いた戦士を揺さぶり起こそうなんてバカ見てェな真似が出来る !!?

 

 おれにはちっとも理解できねェ !! したくもねェ !!!

 …だからおれは実家を、故郷を飛び出したんだ。実家の家業もしきたりも全部弟に押し付けて、おれは広い広い海へ出た。

 散々だったんだ。だっておれは大好きだった! 惜しくも敵に敗れ命を散らした伝記でしか知らぬあの男が、名前しか知らぬ『ジョイボーイ』の事が大好きだったのだ !!!

 彼と同じ景色をこの眼で見て、彼と同じように強くありたい。彼のような人でありたい、彼のような民を育てたい。それがおれの望みだった。……だが、この国は何も変わろうとしなかった。己の力で立ちあがろうとしなかった !! 右に倣い、取り繕うように息を潜めることしか脳にない臆病者どもめ !!!

 

 死して尚! 消費され続ける彼がおれは見ていられない! 好き勝手に英雄視される彼が哀れでならない!

 そして、こうして非難の声を上げるおれ自身が、ヤツ等と同じである事が何よりも我慢ならなかった!

 だから !! おれはこの国を出た !!

 

 ……おれの名はじゅげむ。『光月じゅげむ』。

 ワノ国に伝わりし石を彫る石工の血筋が、このおれだ。

 

 

 そんな国を出たおれに待ち受けていたのは荒波の如き厳しい現実だった。

 着の身着のまま衝動に任せて飛び出したおれの懐には金なんてものもなく、ワノ国特有の着物は酷く周囲の目を引いていたらしい。

 小舟で息も絶え絶えになりながら漸く漂着したその島は狭い集落だった為か、おれはすぐさま国の組織に捕えられると、珍しい民族だからと奴隷として売られてしまった。

 

 そこからはまさに、地獄のような日々。

 おれはある世界貴族とやらに買われると毎日馬の様に跨られて掌と膝が擦り切れるまで乗り回され、疲労で立ち上がれなくなれば銃で体を撃ち抜かれて、しまいには鞭で拷問のように叩かれる日常を送るおれは心身ともに限界を迎えようとしていた。

 

 ──ある日の事だ。

 おれはいつもの様に馬となって男を背に乗せて、もう感覚も無くなりつつある手脚を動かしていた。

 

 

 

 

『その奴隷、わたしが買い取ろう。…もう、限界のようだ』

 

『珍しい事もあるものだえ…まさか貴女がこんな奴隷を欲しがるなんて…』

 

『最近の趣味だ。お前達が銃で撃ち、乗り回すのと何らかわらぬ』

 

『…っ五老星になれなかった一族の癖に、貴女はいつまでも偉そうなんだえ…!』

 

『──……わたしの在り方はこの世界の誰にも変えられん…いいや、誰にも変えさせぬ。…そら、金だ。受け取れ』

 

 

 

 所有者が変わろうと地獄続きに違いはなく、おれはせめてと女の顔を見上げる。

 もう不敬とやらで撃ち殺されようが構わなかった。最後にどんなヤツがおれをコキ使う予定だったのか確かめたかったのだ。

 

 

 

『………… !!! 』

 

 

 

 そこに居たのは天女の如く美しい姿をした女だった。

 他の貴族と違う白装束は何故か故郷の衣服を彷彿とさせるが、死装束とはまた違う装いに感じる。

 秋の実りの如く美しい稲穂のような黄金の髪。夏の森を閉じ込めたような生命に満ちた深緑の瞳。

 

 女の美しさにおれは息を呑むばかりで固まるが、女はそんなおれの事など気にする様子もなく、おれに手を差し伸べて言うのだ。

 

 

 

『着いてまいれ。石工の男。石を刻みし者』

 

『… !! … !! 』

 

 

 

 …何と言う事だ、女は、この泥と擦り傷から滲み出る血に塗れた手で触れても良いと言ったのだ。

 白魚の様な手に、おれは何の躊躇いもなく手を重ねた。助かりたい一身? いいや、石工としてのおれは芸術品と言っても過言で無い女の手に無意識に触れていたのだ。まるで至高の逸品。美という概念を詰め込んだような美しい女の手に。

 

 そんなおれに女は表情ひとつ変える事なく重なり合った手に力少し力を込めた。瞬間、静電気のようなものが体を走ったかと思えば今までに負った傷が全て塞がり、痛みなど何処にもない体へ変わっていたのである。

 潰されていた声帯も治ったおれが神の御技かと呟けば初めて女が微笑んで『錬金術だ』と答えてくれた。

 

 

 

『さぁ…お前の真名をわたしに捧げよ』

 

『おれは……いいえ、私めはじゅげむ。光月じゅげむにございまする』

 

『じゅげむ…。良き名だ』

 

『あ、貴女様の…貴女様の名は… 』

 

 

 

 女が微笑む。

 深緑の瞳が細く弓形に歪み、光を閉じ込めてキラキラと輝き目が離せない。何かの暗示に掛かったように女の目から視線が外れないのだ。

 

 

 

『我が名はメルクリウス。 “ヘルメス・T・メルクリウス” …… 』

 

 

 

 ああ、今、この瞬間。きっとおれは…私は彼女を愛してしまったのだろう。

 逆光に目を焼かれて涙が流れる。影に塗り潰されてなおも輝いて、私を写す瞳の美しさのなんと神々しいことか!

 

 そうか──コレが……理解したぞ! 私は漸く家訓を理解出来た! 夜明けとは、ただの他力本願な願望ではなく、待ち続けた末に胸に宿る感情、意思、心。

 貴女こそが、私の──────

 

 

 

『じゅげむ…わたしが、お前の日の出となろう』

 

 

 

 ──────私の…(夜明け)なのだ !!!

 

 愛している。彼女を愛している。我が女神、我が夜明けの日の出。

 貴女の為ならなんでもやった。貴女の実験にこの身を捧げた。貴女の器を作り続けた。貴女の復活を待ち続けた。

 

 いつまでも、いつもまでも…! 200年と数多の月が過ぎた今でも!

 

 

 

「愛している。愛している。愛している 」

 

 

 

 狂おしい程に! この身が、この魂がひしゃげて捻じ曲る程に !!

 

 貴女が魂を()()()()()、私が彫り上げた器へ満たされたあの瞬間は筆舌にし難い幸福の絶頂であった。

 エスメラルダ。私の()()…『エスメラルダ・シュリ・グルドブ・マヘンドラナ』。翠玉に込められし大いなる業 !!

 

 貴女の美しい深緑の瞳に似た石…エメラルドで貴女を彫った。美しき我が愛の結晶。我が愛を満たした愛の概念。かのガラテアのように私の彫刻に命が宿った !!

 

 

 贋作なれど、本家は私のエスメラルダだ!

 

 贋作なれど、中身は紛う事なきメルクリウスだ!

 

 贋作なれど、開花の兆しがあるのだ!

 

 

 

 

 ───なのに、何故…… !!! 何故何故何故何故 !!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その光を放ちながら、何故ェ !!! 私の愛を受け入れない !!!! 私の(もの)にならない !!!! エスメラルダァァァァアアアアアア !!!! 」

 

 

 

 血を吐くようなピグマリオンの叫びをシグマは冷静に真正面から受け止めると、その妄執を断ち切るように拒絶した。

 

 

 

「お前の“執着()”はいらない……! そんなものを、わたしは“愛”とは認めない !!! 」

 

 

 

 右手を突き出しシグマはエネルギーを解き放つ。

 

 

 

「“EM(エレメンツ)Σ(シグマ) ”!!! “プラズマブレェェェェド” !!!! 」

 

 

 

 視界一面が白い光に包まれて不思議な既視感を覚えるが…一瞬、光の先に見えたもう忘れ去っていた嘗ての己自身の顔をした幻覚に、ピグマリオン…光月じゅげむは「成る程、既視感を覚える訳だ」と何処か他人事のように納得していた。

 

 ──なぜだ。……真理よ、愛こそががおれの真理(夜明け)ではなかったのか?

 

 彼の幻覚は歯をむき出しに嗤うと『バカだなお前』と男を謗る。その顔は嘲笑と侮蔑と、ほんの少しの憐れみで彩られている。

 

 

 

『人は、愛を抱くからこそ愛に拒絶される……それが()()だ。…そうだろ?身の程を弁えねェ大バカ野郎』

 

 

 

 光月じゅげむの顔をした幻覚がそう言うと同時に、男の意識は現実へと引き戻されて無抵抗のまま白光にその身を焼かれたのだった。

 

 

 力を使い果たし上空から落ちてきたシグマをゾロは受け止めると地面に下ろして頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜると「上出来だ」とシグマを褒める。

 出来ると言ったからにはやり遂げるだろうとゾロは思っていたが、サニー号で恐怖に震えローに喝を入れられていた情けない姿を見ていた身としては文句なしの成果だ。

 

 シグマは疲労から半開きの目になっていたが、褒められた事で得意げにえへん! と胸を張りどんなもんだと鼻の下を指で擦るとそのまま緊張の糸が切れたのか地面に大の字に倒れ込んで空を仰ぐ。

 今すぐにでも目を閉じてしまいたかったが、彼女はゾロを見上げてピーカの安否を尋ねる。

 

 

 

「剣士の君……ピグマリオンに寄生されてた、あの大きな人は…?」

 

「ピーカならそこでくたばってる。ところどころ焦げちゃいるが命に問題はねェ」

 

 

 

 それを聞いたシグマは心底安心したように息を吐いた。

 ピグマリオンに寄生された部分だけを焼き殺す精密なコントロールは相当にシグマの精神を疲弊させるだけの至難の業であるのは明白である。例え悪い海賊とはいえ無関係の人間の命を奪う覚悟は未だシグマの中にはない。……だから、甘いことは承知でシグマはピーカの命があることに安堵したのだ。

 

 ゾロに腕を引かれて立ち上がったシグマがフラフラと覚束ない足取りで地面に踏ん張って足をつけていると視界の端にゾロが手に持つ刀剣が見えた。しかし、その刀剣の状態に違和感を感じてその正体を探るためまじまじと食い入るように見つめる。

 穴が開くほど刀を見つめているシグマにゾロが何やってんだ?首を傾げた時、漸くシグマはその違和感の正体に気が付いたらしい。

 

 

 

「その刀!あんな大きな岩石の塊を斬ったのに刃毀れひとつしていないなんて……すごい技術だ… !! 」

 

「あ?何かと思えば…これは刀に覇気を纏わせた黒刀って奴だ。黒刀になりゃ、剣は折れることも刃毀れすることもねェって話だが……まぁ、これで漸くスタートラインに立てたってところだな」

 

「そ、それでスタートライン !!? ……け、剣士って随分とストイックなジョブなんだね」

 

「おれからしてみりゃ、お前の…錬金術? の方がワケわからねェ代物だがな」

 

「えぇ…? そうかなぁ…?」

 

 

 

 そんなことはないと口を開いたシグマだが、背後で蠢く存在に弾かれたように背後を振り返る。

 心臓をざらついた手で撫で上げられるような言いようもない嫌悪感。それはあの石特有の気配だった。

 

 

 

 

『…ヴ、ォォ……ォォオオ…… !! 』

 

「……… !! …賢者の、石……こんな、大きな… 」

 

 

 

 グジュル、グジュル…と、亡者のような呻き声を上げながら赤褐色の流体がその体を欠けさせながらシグマへ這いずるように近づいて来る。

 今では元の大きさなどわからないが欠けてもなお腕の中に収まる程の大きさのソレはいったいそれだけの人間の犠牲によって作られたのか、想像しただけでも胃液が迫り上がってくるのをシグマは口元を手で押さえて吐き出さないよう耐えるので精一杯で、間近に迫る冒涜的な存在に対処出来る様子ではない。

 そんなシグマの腕をゾロが引いて自身の後ろに動かそうとしたが、赤褐色の流体から2本の触手が伸びるとゾロより先にシグマの両頬を鷲掴んで側に引き摺り倒す。

 

 

 

「────」

 

『…愚、カナ……エスメ…ラルダ… 。オ前ガ…自我ナド……芽生エ、サセナケレバ…オレノ…悲願ハ……叶ッタ…ノ、ニ…』

 

「ピグマリオン…」

 

「バカ何ぼさっとしてんだ! 」

 

 

 

 ゾロによって切断された触手が切り口から灰になって消滅すると、シグマは自由になったにも関わらず尻餅をついたまま崩れていくピグマリオンに釘付けになっている。

 ピグマリオンは本体が灰となって崩れ今際のきわであるにも関わらず最後の足掻きと言わんばかりに体を激しく振るわせて笑った。

 

 

 

『ハ…ハハ…ハハハハハハ… !!! ……──ワノ国ニ向カへ。愚カナ、エスメラルダ。……約束ノ地ニテ己ノ宿命ヲ知リ…自由ナド始メカラ存在シナイ事ヲ恨ミ!呪イナガラ!絶望ニ抱カレテ死ヌガイイ !!! ……先ニ地獄デ待ッテイルゾ… !! …ハハハハハハハハハ… !!!! 』

 

 

 

 嘲笑と共に呪いの言葉を吐き出したピグマリオンは身体が崩壊するとこの世から完全に消滅したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ドレスローザ王宮、元スートの間。

 

 

 ルフィとローの秘策を受けても致命傷どころか、重症ですらないドフラミンゴは笑みを浮かべながら猛攻を繰り出す。それに加えて操られるベラミーと能力を駆使して妨害してくるトレーボルに2人はなす術もなく無様にも床に転がってしまう。

 

 

 

「おれが一番キライな事を覚えているか? ロー…… !! 」

 

 

 

 床に倒れ伏すローを振り返ってドフラミンゴは額に血管を浮かせたまま獰猛な笑みで問いかけるも、答えは聞いていないと言わんばかりに「見下される事だ…… !!! 」とすぐさま言葉を続ける。

 

 

 

「てめェらみてェなガキ共に !!! 一瞬でも勝てると思い上がられた事が耐えられねェ程の屈辱 !!! いいか、おれァ世界一気高い血族…… !! “天竜人”だぞ !!! 」

 

 

 

 ドフラミンゴの独白じみたカミングアウトにルフィと操られて体が動かせないベラミーは驚愕の表情を浮かべているが、ローはグリーンビットでのドフラミンゴの語り口から察していた為に、そこまで動揺することはなくただ歯を食いしばってドフラミンゴを睨みつけている。

 身の程知らずの若造2人を平伏させてもおさまらない苛立ちと激情に、全身の血管を浮き立たせながらドフラミンゴはその苛立ちを逃すように語る。“天竜人”として生まれた自身がなぜこうして今に至るのかを。

 

 

 

「生まれただけで偉い…この世で最も得難い力をおれは持っていた──だが !! その生まれ持った世界一の権力を…ある日、()()()()に感化された父が放棄し…一家4人で──このゴミの掃き溜めのような世界に下りてきた !! ──何が“人間らしい生き方”だ…愚かな父だった… !!! 」

 

 

 

 吐き捨てるようにそう言うドフラミンゴの脳裏には嘗ての凄惨な記憶がずっとこびり付いていて33年間あの地獄を夢に見ない日はなかった。…あの悪夢は大人になった今でもドフラミンゴの心に深い傷を残している。

 

 ゴミ山に追い立てられ、病に倒れた母を亡くし、日夜町中の生ゴミを漁ってドブネズミのように腹を満たす。口にするものが腐っていようがカビていようが関係なかった。泥水なんて綺麗なものじゃない汚泥で涙を流しながら喉を潤した……そうするしかなかった。聖地から離れ、守ってくれる者のいない天竜人の一家はそうしなければ生きていけなかった。

 

 燃え盛る炎の真上で窓から罪人のような格好で吊るされた一家は人間共の憎悪と悪意に晒され、四肢を矢に貫かれた。

 まるで悪魔だと言わんばかりに下々の人間たちに詰られ、死ぬことが許されないまま苦痛を与えられ続けた。

 

 ……悪魔はどっちだ? おれ達が何をした?

 おれ達はただあの女に、緑の眼をした怪物に唆されて墜とされただけなのに…… !!!

 

 

 

「何が起きたと思う !!? 10歳にしてこの世の天国と地獄を見たおれは元凶である父を殺し…その首をマリージョアへ持ち帰った………… !! ──だが、天国にいる天竜人達は『裏切り者の一族』を二度と受け入れなかった… !! エスメラルダには戻ってこいと言い続けていたのにだ…… !!! 」

 

 

 

 この地獄から出る術はない。

 そう悟った時に幼きドフラミンゴは誓ったという。

 

 

 

天竜人(こいつら)の牛耳るこの世界を… !! おれ達一家を地獄へ突き落とした憎きエスメラルダ(あの女)を… !! 全て破壊しておれの知る限りで一番惨たらしい最期を与えてやるとな !!!

 ──お前らの生きてきた人生とはレベルが違う !!! ガキと遊んでるヒマはねェんだおれには !!! 」

 

 

 

 そう声を荒げると同時にドフラミンゴは糸で分身を作ると、その分身を操り人形と化したベラミーと共にルフィへけしかけ、本体である彼自身はローと対峙している。ドフラミンゴの中ではもう順序が決まっているのだ…己に逆らった愚か者の処刑の順番が。

 

 

 

「お前らには計り知れねェさ…… !!! 堕ちた“天竜人”に !! 人間達が()()()()()想像できるか… !!? 」

 

 

 

 ──人間は皆残虐だ。あんな小娘相手なら、なおさら矛を向け易いだろうなァ…!

 

 ドフラミンゴの言っている言葉を聞いてローはまさかと冷や汗を流した。

 趣味の悪いゲームが始まってすぐに『受刑者達』と共に伝えられた“元天竜人”エスメラルダの存在。挙げられた身体的特徴は全てシグマのものであったが、賞金がかかっていない上にゲームとは無関係な見るからに無害そうである、あのシグマの姿を見て民間人が手を出すなんて考えもしていなかった。

 コロシアム周辺で遭遇したシグマのあの満身創痍の怪我が、一瞬垣間見えた怯えを孕んだあの眼が民間人から受けたものであったのだとしたら──。

 

 

 

「………だから、態と“元天竜人”と言って国民を錬金屋にけしかけたのか…! ドフラミンゴ… !! 」

 

「──フフフ……ロー…あの女がもうこの世にいないと知った時のおれの絶望がわかるか? 目の前が真っ暗になるような喪失感 !! だが、天はおれに味方した…! あの憎き女のクローンがおれの手の中へ飛び込んできたのさ…! …あァ、本当に惜しいことをした…! シーザーの持つクローン体があの女のものだと知っていりゃァ全部おれが引き取って気が晴れるまで壊してやれたのになァ…… !!! 」

 

「……………… !!! 」

 

「まァ、過ぎた事はいい。──処刑を始めようか… !! まずはお前からだロー… !!! 」

 

「べっへっへっへっへ !! んね〰︎〰︎ !! 」

 

 

 

 余裕ぶって…と言うよりは深手を負っているローに対して本当に余裕のあるドフラミンゴは勿体ぶった足取りでローへ近づいていく。

 そんなドフラミンゴをよそにローは「腑に落ちねェ事がある」と息も絶え絶えなのに、力の入り辛い膝を叱咤して立ち上がってマリージョアから堕ちた元天竜人がなぜ権力を行使しているのかとドフラミンゴに問いかけた。

 死ぬのになぜそんなことを聞きたがるのか……恐らくは能力を使う体力を回復させる為の時間稼ぎなのだろう、と、そう分かっていながらも、ドフラミンゴはその時間稼ぎに乗ってやることにする。追い詰められて風前の灯火のようなクソガキ2人に負けることはないとたかを括っているからだ。

 

 

 

「今から死ぬってのに、そんな事を知りてェのか…? フフフ、いいだろう教えてやろうじゃねェか……おれが『CP0』を動かす権力を持っているのは単に“聖地マリージョア”内部にある()()()()()』の事を知っているからだ !! それは存在自体が世界を揺るがす代物なのさ……あいつらにとっておれは最悪のカードを隠し持った脱走者。エスメラルダ同様、殺そうにも死なねェおれに天竜人達は実に協力的になった……」

 

 

 

 そこで言葉を切ったドフラミンゴが悔やむようにローの持つ“オペオペの実”の能力が自身の手中に入っていたら『国宝』を利用して世界の実権を握れていたとローを指差して言う。それ程に利用価値のある能力なのだとドフラミンゴは続け様に感情が募るまま言葉を吐き出す。

 

 

 

「『人格の移植手術』も然り……もう一つ…お前は知ってるのか… !!? “オペオペの実”は才気ある者が使用すれば古来より人類の夢さえ叶う……故に! “究極の悪魔の実”と呼ぶ者も少なくない……」

 

「…… !! ──ああ。知ってるさ…おれは興味ねェがな… !! ……この能力の最上の業は……」

 

 

 

 ──人に“永遠の命”を与える『不老手術』 !!!

 

 しかし、その業を使えば能力者当人は命を失う。

 ローがそう答えるとドフラミンゴは歪な笑みを浮かべ雲に糸をかけて宙を飛ぶ。

 

 

 

「フフッ !! …… !!! そうさ !!! お前に食わせる気はなかった !! 恩を仇で返しやがって !!! 」

 

 

 

 鋭い糸の斬撃がローへ襲いかかるが、それをローは刀で受けるもドフラミンゴの勢いは激しく押される一方だ。

 

 

 

「ディアマンテの剣術 !! ラオGの体術 !! グラディウスの砲術 !! お前に戦闘の全てを叩き込んだのはおれ達だ !!! 」

 

「………ああ !! ──そして今があるのはコラさんのお陰。感謝してるよ、この力でお前らを討ち取れる !!! 」

 

 

 

 そう言って反撃の構えをとるローを見るドフラミンゴ顔にはもう余裕の笑みは浮かんでいない。

 恩を仇で返す無礼者が思い通りにならない苛立ちと、心の隅に巣くった病の如き悲哀の情。それらがごちゃ混ぜになりドフラミンゴは八つ当たりをするかの様にローを細切れにせんと糸を放つが、しぶとくもローはそれら全ての攻撃をいなして少しの隙でも喰らい付こうと目を鋭く光らせている。

 

 

 

「モンキー・D・ルフィをどう思ってる !? おれは今日初めて…お前が“天竜人”だったと知った──“D”をどう思っている !!? 」

 

 

 

 ドフラミンゴの死角に小石を投げ入れたローが、男の攻撃と同時に“シャンブルズ”で背後をとった。

 ほんの一瞬の隙、それを見逃さず刀を逆手に持ったローがドフラミンゴの心臓を目掛けて刀を突きだす。……しかし、その切先は武装色の覇気を纏ったドフラミンゴの掌に握り込まれて防がれてしまう。

 

 

 

「お前には関係ない !!! …じゃあ“麦わらのルフィ”は運命に導かれて……“神”の血を引くおれの首を取りに来たってのか !? ばかばかしい !!! 」

 

 

 

 刀を握り込むドフラミンゴは背を向けて無防備なローを引き寄せると同時に切り刻もうと五指から糸を繰り出した。

 

 

 

「──おれも “D”だ」

 

 

 

 咄嗟の判断で刀を手放し、両腕に武装色を纏い交差して防いだローから告げられた言葉にドフラミンゴは意表を突かれたように驚きに口を開く。だが、意表を突かれようが攻撃の手を休める事なく武器を持たないローに向けて次々に斬撃を放つが残骸が山の様にある戦場においてローの能力はある種お誂え向きだ。

 礫と刀を入れ替え、刀を構えるローはドフラミンゴの猛攻を防ぎ再び機会を伺う。

 

 

 

「お前が“D” !!? 隠し名か…… !! お前がここへ来たのも運命と言いてェのか !!? コラソンはお前に何を吹き込んだ !? “D”ならおれを止められるとでも !? “天敵”なんざ迷信だ !! 」

 

「オイオイ! ドフィ気を付けろ !! ローの能力圏内だっ !!! 」

 

 

 

 “D”だ“天敵”だと話について行けていないトレーボルだったが、熱くなるドフラミンゴに忠告の声をかけるも既に遅く、狙いを定めたローの刀から刃の延長の如し衝撃波がドフラミンゴの身体を貫いた。

 

 

 

「“注射(インジェクション)ショット” !!! 」

 

「 !!! 」

 

「コラさんも百も承知だ──名前一つでお前に勝てりゃ世話はない。単にそれはきっかけだった…おれは…優しいコラさんが()()()引けなかった引鉄を !! 代わって引きに来ただけだ !!! 」

 

 

 

 ローの脳裏に恩人の笑顔が浮かぶ。

 恩人…コラソンの死に顔をローは知らない。でも、あの優しい恩人の事だからきっと穏やかな顔をしていたに違いないのだろうとローは夢想した。

 だが、どれだけ安らかな死に顔を夢想しても、恩人が志半ばで死した事は箱の内側から彼ら兄弟の確執を聞いていたローが1番よく理解している。

 

 スパイ(ヴェルゴ)の手に渡ってしまった機密文書、止める事の出来なかった実の兄(ドフラミンゴ)、そしてまだ能力も満足に扱えない幼いガキ(ロー)の行く末……どれだけ恩人に自由だと言われたとしても素直にそれを受け入れる事が出来なかった。

 己が本当に自由になるのは恩人の、コラソンの本懐を遂げた時こそである…と、13年間ずっとローは感情を燻らせ続けていたのである。

 

 

 

 

 

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