レプリカント   作:華麗なイモリ

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 ふと意識の浮上したシグマは重い瞼をこじ開ける。

 ボヤける視界には月明かりによって照らされた木目の床と視界の端に映る誰かの腕が写り、よく耳を澄ませば寝息やいびきが鼓膜を震わせた。

 

 …わたし、なんで寝てるんだっけ。

 

 霧のかかったような頭でシグマは考えるが、最後に覚えているのはローによってドフラミンゴの腕から抜け出したところで、そこからの記憶はスッパリと無い。重い頭を持ち上げて体を起こしたシグマが辺りを見回せば、麦わらの一味とロー、そしてシグマとは全くの面識のないベラミーが眠っている。

 

 

 

「目が覚めたか、エメランド」

 

「エメ……? 君は? 」

 

 

 

 声がした方を振り返ったシグマは窓際の椅子に座って月明かりに照らされたテーブルで書き物をしている男に首を傾げた。みんなが安心して眠っているから敵ではないのだろうが、屈強な戦士のような風貌をした男はどう見たってただ者ではない。

 シグマの訝しげな視線に男はその屈強な見た目に反して申し訳なさそうな表情を浮かべ「私はキュロスと言う。君のことはルフィランドの仲間達から聞いている」と名乗りをあげた。

 

 

 

「あ、うん。…えと、わたしはシグマだ。エメランドではない」

 

「そうか、ではシグランド…ここはドレスローザの東の町『カルタの丘』にある私の家だ。キミは地下港で保護されたんだが覚えているかな」

 

 

 

 地下港と言われて思わずシグマは首を振る。そもそも地下に港があることも知らなかったしドフラミンゴから解放された安堵で気を失ってしまっていたので動ける筈もない。それなのにシグマは地下の港にいたと言う。

 勝手にどっか行こうものならローやその場にいたヴィオラやレベッカに止められそうなものだが、ルフィとドフラミンゴの激しかったであろう戦闘の余波で気が付かなった可能性もある。

 

 

 

「……いや、すまないが記憶にない。わたしはドフラミンゴから解放された瞬間に気を失ってしまっていたから」

 

「やはりトラランドの言う通り、夢遊病のような状態だったのだろう。キミが保護された時、何やら様子がおかしかったと聞いた。何処か体に違和感を感じたりはないか」

 

「トラランド………あ、ううん。疲労と筋肉痛はあれど、違和感らしい違和感はないとも。…その、色々とありがとう」

 

「私は何もしていないさ、礼はキミの仲間達に言うといい」

 

「寝床を提供して貰っているんだ、お礼くらい言わせてくれよ……というか、彼らは仲間じゃない。少し船に乗せてもらってただけなのさ──ところで君、何を書いてるの? 手紙…かな? 」

 

 

 

 キュロスの手元にある紙を覗き込めば何やら文字の羅列が描かれており、その文面から親しい人間に宛てた手紙だとシグマは推察して尋ねると彼は少し気まずそうな表情を浮かべて頷いた。曰く、娘に宛てた手紙らしい。

 だが娘に宛てた手紙にしてはやけに不穏な内容にシグマは眉を顰めた。聞けばおもちゃとなって10年間、存在を忘れさられてもそばで見守ってきたと聞く。それなのに手紙の内容は別れの挨拶や嘘と思しき出生が書かれていて「どう言うこと?」とシグマはキュロスを睨みつける。

 

 

 

「漸く父親として娘のそばに居られるのに、なんで離れようとするんだ君……! 」

 

「それがレベッカの……娘の幸せにつながるからだ……。──キミにはわかるまい、私は…レベッカの枷にしかならない男なんだ……」

 

 

 

 この手は、あまりにも血に汚れすぎている……!

 

 そう言って射抜くように睨みつけている手は情けないほど震えており、彼自身が娘との別れを辛く思っているのにあえて苦渋の決断を選んだのだとわかる。それでもシグマは納得がいかなかった。彼女は普通の親を知らない。愛情を知らない。けれど、もし自分に愛する親がいたのなら…自分を愛する親がいたのならどんなことをしてでも側にいてほしいと思う。犯罪者だろうが、極悪人だろうが、愛しているのなら手離さないでほしいと、そう切実に思うのだ。

 だから納得がいかない。

 

 

 

「…そんなのは無責任だ…親のエゴだ… !! そこまで愛しているのなら何故手を離す…… !! 」

 

「────愛しているから、手を離すのだ… !! 」

 

 

 

 顔を俯かせシグマの非難を受け止めていた男は顔を上げるとシグマを真っ直ぐに見据えてそう言った。その目にはもう先程の情けなさなどなくて、覚悟の決まった意志ある瞳がシグマを貫く。

 キュロスのなにを言っても揺るがない娘との決別にシグマは唇を噛み締めて机の木目を睨みつけるだけに終わる。…もう、何を言っても眼前にいる男の、娘を手離す決意を覆すことはできないと悟ってしまったから。

 

 

 

「〰︎〰︎っ! ……もう、いいっ! 」

 

 

 

 いじけたように顔を背けたシグマは部屋の隅に寄るとキュロスに背を向けて不貞寝してしまった。

 その姿に困ったような笑みを浮かべたキュロスは小さく呟く。

 

 

 

「…すまないシグランド──私にも、譲れないものがあるんだ」

 

 

 

 立ち上がったキュロスは書き上がった手紙を持つと、片足ながら皆を起こさないよう静かに家を出ると自身の人生の全てと愛娘への別れを綴った手紙を届けに王宮へ向かったのだった。

 

 

 ──翌日。

 

 錦えもんとカン十郎が調達してきてくれた食料を貪るように詰め込んでいくルフィ達は侍2人から町で広まる妙な噂を聞いて眉根を寄せる。中でもシグマは起きてからずっと不機嫌そうな顔がさらに歪んでいっそ怒っているのではないかと言うほどの顰めっ面だ。

 なんでも、王女レベッカの父親はどこぞの湖の美しい戦時中の国の王子で、禁断の恋に落ちたレベッカの母、王女スカーレットは駆け落ちをして結ばれたが悲しい事に王子は戦争で命を落とし未亡人となってしまったという。

 

 

 

「──と、町はそんな噂でもちきりだったでござる」

 

ばんばわェうェんがぐ(なんだそれ変な話だ) !! おえいあういっケバ !! キウイ(それにサボ行っちまって悲しいし… !! )あんぎゃイモウックウックにぁイあぐもぐ(サンジ達も早く追っかけなきゃだ !!! )

 

「怒るのか泣くのか急ぐのか寝るのか食うのかひとつずつやれ !! 忙しねェな !!! 」

 

 

 

 ゾロに怒られた通りルフィは食べる手を止めずに怒り悲しみ眠りにつくという器用な真似をしており、とてつもなく忙しない様子だ。

 口に詰め込んだ物を飲み込んで手の空いたルフィはテーブルを拳で叩くとキュロスを指さして「レベッカの父ちゃんは兵隊のおっさんだ !! 」と言おうとしたのだろうが、その言葉を言い切る前に鼻提灯を膨らませて眠ってしまう。

 そんなメチャクチャなルフィをウソップは食い意地張らずに寝てろ! と諌めるが、瞬時に目を覚ましたルフィは再び口に食材を詰め込むのだった。

 

 嘘の噂に憤慨する皆の様子にキュロスは窓の外の花畑を見つめながら「その噂は私が流したんだ…」と独白じみた言葉を口にする。

 

 

 

「レベッカの出生を知るものは王族の一部とそれを調べたドンキホーテファミリーの一部だけだ。国中が知っているのは母親のことだけ。……私が父親とバレる前に噂を流した」

 

「どうして? 」

 

 

 

 ロビンの疑問にキュロスは顔に影を落とすと己には“前科”があり、育ちも劣悪だと自虐に近い言動で本来ならば王族と結ばれていい身分ではないと言う。

 

 

 

「──だから、これでいいんだ」

 

「いいわけねェ !! レベッカはそれ知ってんのかよ !! 」

 

「手紙が渡っているハズだ。私の人生の全てを正直に綴った…()()には軽蔑されるかもしれないが……まだ子供だ、一時の激情で将来の幸せを逃して欲しくない。リク王様にも、ご理解頂いた」

 

「…………その独りよがりで、娘を泣かせる事になってもそれが娘の幸せって言えるのかよ」

 

「おい錬金屋、」

 

 

 

 部外者が首を突っ込むなと言いたかったのか、珍しく悪態をつくシグマを咎めようとローが声をかけるがそれは涙を目に浮かべたシグマに睨まれてしまい言葉に出来なかった。

 

 

 

「…なんだよ! 幸せになって欲しいなら子供の意志なんて、気持ちなんて、関係ないのかよ…… !! 親のやる事に従ってれば幸せなのかよっ !! 」

 

「お前…」

 

 

 

 ここまで感情を露わにするシグマは初めてでローは思わず口篭った。

 彼女の主張はまさに思春期のような青臭いソレであったが、その切実な言葉に思うところがあったのかローは何も言えなくなってしまう。

 …そんな家の中の空気はもう最悪だった。しかし、その気まずい空気は間のいいことにキュロスの持つ電伝虫のコール音と、物凄い勢いで駆け込んできたバルトロメオによって打ち破られたのである。

 

 

 

「ゾロ先輩〰︎〰︎〰︎〰︎ !! わーーーールフィ先輩お目覚めになられてんべおはようございます !!! ──ぐおお〰︎〰︎ !! 5人も“麦わらの一味”が揃うと眩しすぎて見えねェべ〰︎ !! まるで偉大さのレーザービームだべ〰︎〰︎ !! もしいづか“麦わらの一味”オールスターズに逢っちまった日にゃ、おれァ失明しちまうべこれ〰︎〰︎ !! 」

 

「さっさと要件いえよ !!! 」

 

 

 

 麦わらの一味に対して過激なファンムーブをかますバルトロメオは要件を催促したゾロの声で我にかると、ドレスローザに屯駐していた海軍たちの設営したテントに動きがあり、国の端にあるこの場所も危ないと必死の表情で訴えかけた。

 と、言うのも、そのテントに大参謀おつる中将と前元帥センゴクが到着したからなのだとか。

 

 錚々たる面々の登場に恐怖のバロメーターが振り切れたウソップは「何しに来やがった !! 帰れ !! 」と怒りを露わにする。

 騒がしいウソップの側では、キュロスの持つ電伝虫の通信相手である小人のトンタッタ族のレオから、まさしく今、話題に上がったその海軍達が動き出した所だと伝えられた。

 実のところドレスローザにいる海賊や罪人達は海軍は大将藤虎の持つ賽の目によって3日間の猶予が与えられていたが、それもおつるやセンゴクの到着で終わりを迎えて、天命のもと、一網打尽にせんと動き出したのだ。

 キュロスの海軍が来るという声に泣き叫ぶウソップは、冷静な錦えもんとカン十郎によって諭されるが、いつでも逃げれる準備はしてあっても肝心な国外へ出るための船がないことを告げればその一言にウソップは余計に不安を感じてしまうのであった。

 

 

 

「ルフィ先輩(たづ) !! 案内します !! まっすぐ東の港へ走ってけろ !! あんた(たづ)がいづでも目覚めて、いづでもこの国から脱出出来るように、すでに同志(たづ)がずっと要所に待機してんだべ !! 東の港にいきゃあ船もある !! 」

 

「ありがてェな !! 【ゾウ】にサニー号を先に行かせてたんで困ってた !! 」

 

 

 

 感心したように礼を述べるフランキーに「とんでもねェ事だべ、みんな共に戦ったチームだ !! 今更王将の首取られてたまるかってんだ !!! 」と威勢よく答えるとバルトロメオは小屋の扉を開け放つと同時に外へ飛び出す。

 その背中に続いて皆も走り出すが、シグマはそれに続かずキュロスと共に小屋の中に残っていた。

 

 

 

「シグランド、行かないのか? 」

 

「元々、彼らとはここでお別れだった。…それに、麦わらの彼の事だ。きっと結末に納得がいっていない筈。だから…うん。わたしは彼の持ってくるだろうものを受け取らせる為に、君が直ぐにこの地を発たないよう引き止めとこうと思ってね」

 

「……キミには関係のない事だろう…何故、私やレベッカをそこまで気にかける? 」

 

 

 

 少し怪訝そうな顔を向けるキュロスにシグマは視線を彷徨わせて口をもごつかせるが、やがて意を決したかのように自身の足先を睨みつけた後に、顔を上げてキュロスを真っ直ぐ見据える。

 

 

 

「……あまり、こういうことを言うべきではないと…解ってはいるんだけれど、──わたしはある女性の遺伝子から造られたクローン…所謂、複製体ってヤツ。…それで、わたしを造った養父はいるが両親と呼べる存在はいないんだ」

 

「クローン……いや、すまない。あまりにも私の持つ常識からかけ離れた言葉だったものだから…一瞬理解が遅れた」

 

「まぁ、それが普通の反応だとも。科学や医学に精通せずに生きていれば、クローンなんて言葉耳に入る筈がない。……話が逸れたけど、わたしは家族の愛と呼べるモデリングは書籍や人の言伝でしか知らなくてね」

 

 

 

 シグマは語る。

 家族愛とは血縁関係の中で生まれる愛情や絆であり、無償のものであると認識しているが、どうにも世間と自分の『愛』と言うものが食い違っている気がしてならないと。

 

 

 

「君は“愛しているから手を離す”と、そう言った。それはきっと、子供からしてみれば無償の愛を取り上げられたと感じるだろう。…深くて、暗い谷底に突き落とされたと思うだろう。そんな残酷な愛情よりも、お互い共に在りたいと思っているのなら、共に生きることこそ、真の愛情なんじゃないのか? 」

 

「…キミの言っていることは正しいのだろう。確かにそれも真の愛情と呼べるのかもしれない。……だが、いつか壊れる…束の間の幸せとわかっているものを与えるのは私の我儘にしか思えてならない……私は罪人だ、いつか罪人の娘だと、以前のドレスローザのように攻めたてられ、傷つけられる恐怖をレベッカに味合わせたくないのだ…! 」

 

「なら! 君が守ってやればいいじゃないか! っ父親っていうのは、そういうものだろう !? 」

 

 

 

 キュロスはシグマの言葉に首を横に振る。「それではダメなのだ」と。

 

 

 

「私の生きている内はそれでいいかもしれない。私も命をかけてレベッカを守るとも…! そんなのは当たり前だ !! ……だが、いつまでも側にいてやることなど出来ない。私もいつかは老いて死ぬ、もしかしたら老いよりも先に別の要因で命を落とすやもしれん……そうしたらレベッカはどうなる…! あの子を誰が守ってくれる! ……愛する子に! 保証のない未来を…平然と与えられる親が何処にいるという…… !! 」

 

「 !! 」

 

「────私の役目は終わったんだ。最愛の伴侶を偽ってでも…私はレベッカを幸せにする! 王族であるがゆえ逃げ回り罵倒された10年…だからこそ、今度は王族であるがゆえの幸せを掴んでほしい…… !! 」

 

 

 

 涙を溢すまいと険しい表情でそう言ったキュロスは、昨晩から準備してあったのか最低限の荷物を詰めた鞄を掴んで立ち上がる。

 引き止めようと手を伸ばすシグマの横を素通りしたキュロスが扉のノブに手をかけて開くと、後ろを振り返らぬまま外へ一歩踏み出し────少し離れた場所に見えた人影に唖然とした表情を浮かべると荷物を取り落としてしまう。

 

 その人物とは、息を切らしながら目に涙を浮かべるレベッカだった。

 

 

 

「レベッカ !!! 」

 

「………… !! ウソ、つかないでよ… !! 」

 

 

 

 涙ながらに睨みつけられたキュロスは投げ掛けられた言葉に狼狽するが、直ぐに手紙のことだと理解したのか「手紙に書いたことはウソじゃない」と娘から目を背けて言う。

 …怖かった。途轍もなく恐ろしかったのだ。キュロスのこの世にたった一つの宝物であるレベッカに侮蔑の眼差しを向けられたくなかった。そんなことをする子ではないと知りながらも、キュロスは自分の弱い心に恥じると同時に負けてしまっていたのだ。

 

 

 

「本当に、私は昔ろくでもない男で……ケンカばかりしてて、どんな理由があろうと…事実、人を殺めた………だから…」

 

 

 

 そんな言い淀むキュロスの言葉はレベッカの心からの叫びによって遮られてしまう。

 

 

 

「私 !! どっかの王子様の子なんかじゃないよ !! そんな人知らない !!! 」

 

「 !!? 」

 

「何百人、人を殺してても… !! 手が真っ黒に汚れてても… !! 私の父親は1人だよ !! ────私は、キュロスの子だよ !!! 」

 

 

 

 ウソ、つかないでよ… !!

 

 ボロボロと涙を流し、鼻水が出るまで号泣するレベッカの姿にとうとうキュロスの涙腺も我慢が効かずに決壊してしまい、一粒、二粒と涙が溢れる。

 キュロスの脳裏では嘗ておもちゃの兵隊となってレベッカから自身の記憶が消えてしまった時に交わした約束がリフレインしていた。

 

 

 

『キミがいつか幸せになれる日まで──()()()()()()()()()() !!! 』

 

「ちゃんと()()()()() !!! ()()()() !! 」

 

 

 

 突撃するように抱きついてきたレベッカをキュロスは一瞬抱き返すのに躊躇った。彼女が生まれた時もレザーグローブ無しでは穢してしまうと触れられなかったからだ。

 それでも、幼い子供のように泣きじゃくる愛娘をどうにか泣き止ませたくて、キュロスはそっと、まるで花に触れるように恐る恐るレベッカの体に腕を回して抱き返す。

 すると、不思議なもので、レベッカを泣き止ませるために抱きしめた筈のキュロスの瞳からも涙が止まらなくなってしまったのである。

 

 

 

「……私が……父親でいいのか……? 」

 

「ゔん !!! 一緒に暮らそうよ !!! お父さん !!! 」

 

 

 

 そうして抱き合いながら号泣する親子の様子を、シグマは後ろから静かな笑みを浮かべて見守っていた。

 

 

 

 ── 一方、東の花畑から離れた町跡では、倒壊した建物の残骸に腰掛ける前元帥のセンゴクと少し離れた場所で対面するローがいた。

 お互いに暫く沈黙を貫いていたが、それはセンゴクが手にする『海軍おかき』なる米菓をローに勧めたことで破られる。

 

 

 

「おかきを…どうだ」

 

「いらねェ。早く話せ…」

 

 

 

 そんな愛想もないつれない態度に、センゴクは養子として引き取った息子の記憶を脳裏に浮かべる。

 似ているところなど何処にもないのに、どこか面影を感じるのはただの気の所為か? と思いながらセンゴクは固く閉ざしていた口を開く。

 

 

 

「ある日、海兵が1人…死んだんだ」

 

「…………」

 

「……そいつは私にとって特別な男だった。ガキの頃に出会い…息子の様に想っていた…。正直で、人一倍の正義感を持ち…信頼のおける部下でもあった」

 

 

 

 ──だが、生涯に一度だけ私に嘘をついた。

 

 

 

「私は、裏切られたんだ。…しかし、理由があった筈。──あの日、事件で消えたものは“4つ”……『バレルズ海賊団』『私の部下の命』『オペオペの実』……」

 

 

 そして、当時ドンキホーテファミリーにいた『珀鉛病の少年』。

 

 センゴクは目の前の男を睨みつける。その眼差しは言外にお前が原因だろうと口程にものを言っていた。普通の人間なら竦み上がってしまうほどの眼光。

 しかし、睨みつけられた男、ローはその鋭い睨みを真正面から受け止めると、あっさりその事実を認めてしまう。

 

 

 

「──ああ。おれだ」

 

「……やはりか。ロシナンテが半年間任務から離れたのはお前の為か…? 」

 

 

 

 そう言ったセンゴクの顔はぽっと出の子供に対する嫉妬なのか、自分より子供を優先された事に何処か拗ねた様な表情を浮かべている。

 

 

 

 

「そうだ…病院を連れ回された…」

 

「それで“オペオペの実”に手を伸ばし、お前を生かす為にロシナンテは死んだんだな…… !? 」

 

「………………」

 

「あいつの死因をはっきり知りたいんだ! 」

 

 

 

 問い詰められたローは口を固く閉ざしている。

 

 やはり自分のせいで恩人が死んでしまったと解っていても、それを認めるのが未だに恐ろしい。…しかし、ここで自分の人生を否定してしまえばそれは命をかけて自身を救ってくれた恩人のコラさん…ドンキホーテ・ロシナンテの生涯を否定することになってしまう。

 

 たとえ、“ D ”として助けられたのだとしても、ローにロシナンテの全てを否定することなど到底できなかった。なぜなら、ローはロシナンテを深く愛していたからだ。

 

 

 

「あぁ、そうだ! 本当は2人で逃げる筈だった !! ──おれはあの人から『命』も『心』も貰った !! 大恩人だ !! だから! 彼に代わってドフラミンゴを討つ為だけに生きてきた !!! 」

 

 

 

 ──だが、これがコラさんの望む“ D ”の生き方なのかわからねェ。

 

 

 

「 !! …“ D ”? 」

 

「“麦わら”と同じように…おれにもその隠し名がある… !! あんたは“ D ”について何か知ってんじゃねェか? 」

 

 

 

 切羽詰まったようなローの問いかけに驚いたセンゴクだったが、すぐさま彼に背を向けると煙に巻くように誤魔化した。

 

 数奇な運命に満ちた“ D ”……だがこの一族の宿命を打ち明けるには背後の男はまだ若過ぎる。…それに自由を奪う枷にもなってしまうだろう。そんなのはロシナンテだって望まない筈だ。

 

 

 

「さァな──だが、少なくともロシナンテは何も知らない筈だ………つまり、()()()()お前を助けたわけじゃない。

 ────受けた愛に、理由などつけるな !!! 」

 

「 !!! 」

 

『おい、ロー !! 愛してるぜ !! 』

 

 

 

 センゴクの叱咤が鼓膜を振るわせるのと同時に、ローは恩人の下手くそな笑顔と直球に渡された愛の言葉を思い出す。

 “ D ”と“ 宿命 ”……きっかけはあったかもしれない。しかし、それを抜きにして、ロシナンテはローという少年を心から愛し、生かそうと命を賭した。彼にとっての助ける『価値』とはローの存在そのものであったのだ。

 長らく間違えていた認識を改めさせられたローは熱くなる目頭を隠すため帽子の鍔を引き下げる。

 

 ──あァ、そうだった。そうだったよなコラさん……あんた、そんな器用な人じゃなかった…!…価値とか計算とかで物事を俯瞰できるような人じゃなかった…… !!

 

 実直で、誠実で、根性丸出しの熱血漢。

 実の兄とは真逆の性格をした男、それがドンキホーテ・ロシナンテだった。

 だからこそ、センゴクは叱咤したのだろう。息子の想いを素直に受け取れない不器用なクソガキが見ていられなかったのだ。

 

 

 

「私がまだ現役なら、お前を牢にブチ込んでゆっくり話をしたが……」

 

 

 

 センゴクは足元の砂利を見下ろしながら言う。

 それは感慨深さとは異なる感情だが、後ろ暗い想いでもない。なんとも言えぬ複雑な心情をため息のようにセンゴクは吐き出した。

 

 

 

「……ロシナンテの想い出を共有できる唯一の男が“ 海賊 ”のお前とはな… !! 」

 

「……」

 

「…どうしても奴の為に何かしたいのなら、互いにあいつを忘れずにいよう……──それでいい…。お前は、“ 自由 ”に生きればいい…あいつなら、きっとそう言うだろう…」

 

「…………… !! 」

 

 

 

 空を見上げて言うセンゴクに、ローは俯いて下唇を噛み締めたまま一言も返さない。

 なにせ、いま口を開けばみっともなく声が震えてしまいそうだったから。

 

 しかし、そんな感傷に浸っていられたのもほんの僅かで、突如轟音と共に宙に浮かび上がって青い空へ飛んで行く瓦礫に何事かと視線を上げる。

 瞳に映るその壮絶な光景に、ローは一瞬言葉を失ってしまう。彼の目には空を覆いつくさんばかりに浮かび上がる『国中の瓦礫』が脱出口である“ 東の港 ”の上空へ集中していたからだ。

 

 まるで天変地異のような所業。それは海軍大将“ 藤虎 ”の仕業であった。忌々しき海賊達の残した戦いの残骸…それがいままさに逃げようとしている“ 麦わらの一味 ”とその他大勢の頭上から降り注ごうとしている。

 ローはセンゴクを振り返る事なく走り出した。そんなローにセンゴクも背を向けたまま空を見上げ続ける。

 お互いに聞くべきことは全て聞き出した。ならば後はただの海軍と海賊に戻るだけ。

 

 

 

「ハァ!ハァ!…おい、お前ら!何処にいても同じだ !! 船を出せ !!! 」

 

 

 

 合流するなりそう叫んだローに、藤虎と対峙していたキャベンディッシュが「キミらを待っていたんじゃないか! 」と噛みつくも、素直に他の者たちへ船に急ぐよう呼びかける。

 それと同時に藤虎の後方から土煙をあげて猛スピードで駆けてくるルフィが現れると、バルトロメオがルフィに向かい藤虎をかわして船に飛び乗るよう叫ぶが、その声を聞いたルフィは『ギア2』でポンプアップにより血液を爆速で全身に漲らせ、強化された身体能力で藤虎へ迫ると大声を上げた。

 

 

 

「おい !! “トバクのおっさん” !!! 殴るぞ〰︎〰︎ !!! 」

 

「?」

 

 

 

 藤虎は一瞬、その掛け声に首を傾げるが、砲弾の様に迫る“ 象銃(エレファント・ガン) ”を構えた刀で受け止めた。

 

 

 

「“ 大将 ”だからって、おれはもう逃げねェ!!! いつか倒すじゃダメだ、そういうのは2年前で終わりだ !!! 」

 

 

 

 ルフィの驚きの行動にサイもバルトロメオも目と歯を剥き出しにして驚愕の表情を浮かべる。

 彼らとしては一目散にこのドレスローザから出航したいものだが、どうやら彼らが惚れ込んだ男はそれをよしとしないらしい。

 

 

 

「『海軍大将』だろうが、『四皇』だろうが !!! 全員ブッ飛ばして行かなきゃおれは !!! 『海賊王』にはなれねェんだ !!!! 」

 

 

 

 そこからのルフィの猛攻は嵐のようだったが、藤虎は涼しい顔で彼の攻撃全てをいなしていた。と、いうのも、初めにルフィが叫んでいた様に殴る時は「殴るぞ!」蹴る時は「蹴るぞ!」などと逐一なんの攻撃を与えるか藤虎へ教えていたからだ。

 とはいえ、たとえ盲目であろうとも海軍大将になる実力を持つ藤虎には無用の情け…否、寧ろ侮辱というべきだろう。

 

 

 

「今更、憐れみなんざ掛けられたんじゃたまらねェ…盲目が戦場にいちゃぁ、迷惑ですかね…あっしを怒らせてェんなら成功だ。あっと言う間に首が飛びやすよ… !!! 」

 

 

 

 ルフィの同情を感じ取った藤虎がいきり立つが、その憤りはルフィの表裏ないまっすぐな言葉に水をさされた様に萎んでしまう。

 

 

 

「うるせェ !!! おれは目の見えねェお前を無言でぶっ飛ばす事なんてできねェ !!! おれ! おっさんのこと嫌いじゃねェからな !!! 」

 

「っぷーーーーーっ !!! ……… !!! 」

 

「何笑ってんだお前ェ !!! 蹴るぞォ !!! 」

 

 

 

 ルフィの激昂を受けた藤虎は吹き出していた破顔を堪えるような表情に変えると、歯を食いしばって声を絞り出した。

 海賊が海軍にかける情けが何の役に立つと、そんな筋の通らない話があるものかと。

 

 

 

「見損ないやしたよ !! 男の戦いにゃ『立場』ってもんがありやしょう !!! そう正直に()()やら()()()()を口にする奴がありますか !!! 」

 

 

 

 ── “ 重力刀(グラビとう) ” … “ 猛虎(もうこ) ” !!!

 

 これまでとは桁違いの力場が刀を受けたルフィに重くのしかかる。

 重力を受けたルフィは地面へ叩きつけられるものだと思っていたが、重力はルフィの肉体だけでなくその周囲の空間を捻じ曲げると一瞬世界の全てが色を失い気がついた頃にはとてつもない衝撃波とともにルフィは宙を舞っていた。

 

 藤虎渾身の攻撃はドレスローザを覆う岩盤を砕き、削り取とる程の衝撃波だったが、ルフィに怪我はなく五体満足で平衡感覚を失っただけだ。

 吹き飛んだルフィに聞こえないと踏んでか、藤虎は心の内を悔しそうに吐き出す。

 

 

 

「バカじゃねェですか…… !? こっちも()()して立場貫いてんでさァ !!! 」

 

 

 

 その言葉を他の海兵…たとえば、そう、赤犬が聞いていたなら直ちに粛清されそうな発言を藤虎は叫ぶ。

 

 この世は理不尽ばかりが蔓延っている。そう、この世は地獄だ。…惨く、苛烈で残酷なのがこの世の常である。

 だから目を閉ざした。自らこの地獄のような光景を遠ざけた。…海軍という正義の組織に入ることで少しでもこの世を変えられたらと……そう思って力を振るった。

 ──だが、現実はどうだ? 救われるべき者が救われず、怒りと慟哭に喘いでいる。裁かれるべき者が裁かれず、嗤いながら弱者を虐げ搾取をしている… !!

 海軍は一体何をした。彼らに何を出来た?……ただ巨悪を見逃し、均衡を保っただけだ !! 悪循環を知らぬふりで、目先の秩序を選び続けているだけだった !!

 

 ……皮肉な話、光を閉ざした藤虎は盲目になったことで、よりこの世を覆いつくさんばかりの慟哭や怒りに敏感になってしまっていた。

 現実と理想。その板挟みに藤虎はドレスローザにおいて首の回らぬ現状であったが故に苦しんでいた。…だが、しかし、そこにおかしな海賊が現れたのだ。

 

 “ 麦わらのルフィ ”。

 

 まるで嵐のようでふざけた男は建前なんて知らんとばかりに好き勝手に暴れて、結果、この国を救ってしまった。…そんなバカげた男。

 そんな国の大恩人を捕える? 何も出来なかった…否、何もしようとしなかった海軍(われわれ)が?

 

 

 

「そんなバカげた事が……筋の通らねェ話が、あるもんですかい…… !!! 」

 

 

 

 しかし、同時に藤虎は思う。

 “ ジョーカー ”を消したことで動き出す『四皇』に命を狙われるだろうと。今、この瞬間を逃げ切ったとしても、その先はまさに地獄。仲間を失い、誇りを失うくらいならば今ここで、己が地獄に案内した方が良いのではないかと。

 

 

 

「“ 麦わら ”…あんた、この目に同情してくれたけど…自業自得なんですよ…この目はねェ自分で閉じちまったんだ。──見たくねェもん、いっぱい見たから…さて、」

 

 

 

 そう言って、藤虎は宙に浮かぶ瓦礫を海賊達に向けて降らせようとした、その瞬間。

 彼の背後から国民の群れが押し寄せて来た。

 

 

 

「レベッカを返せ〰︎〰︎ルーシー !!! 」

 

「お前はヒーローじゃなかったのかルーシー !! 」

 

「この国がどれだけあの()を傷つけたか !! 」

 

「もう、これ以上不幸にするな !!! 」

 

 

 

 口々に罵倒を叫びながら駆ける国民に藤虎は制止の声をかけるが、その声は国民によって振り払われてしまう。

 

 

 

「どけ海軍 !! お前達の世話にはならねェ !!! おれ達の手で海賊共はふり払う !!! 」

 

「覚悟しろ !! ルーシー〰︎〰︎ !!! 」

 

「船を出せ! 沖まで追うぞ !! 」

 

 

 

 藤虎を通り過ぎる人々の言葉に彼はふと不思議に思う。

 口にする言葉は怒っているような口調なのに、その感情にはかけらも怒りが感じられなかったのだ。

 そんな疑問を抱く間にもどんどん人々は港にかけていく、喜色を浮かべる気配がどんどん押し寄せてくる。…そんな時、ふと藤虎の見聞色がある会話を捉えた。

 

 

 

『ねェ! みんな !! レベッカなら丘の上の家にいたよ !! キュロス様と一緒に !! 』

 

『何言ってんだ !? そんな事みんな知ってるよ !! キュロス様が身を引けば当然そうなる。二人は本当の親子なんだから』

 

『16年前から大人達はみんな知ってたんだ、スカーレット様と3人、丘の上で暮らしてた一家の事は』

 

『“ 妖精の正体 ”と同じく…暗黙のうちに見守ってきた』

 

『それより、速く走れ !! この国の恩人達を逃すんだ… !!! おれ達がルーシーに纏わり付けば !! 藤虎は空の瓦礫を落とせない !! 』

 

 

 

 そんな会話を聞いた藤虎は、気付けば振り上げようとした刀を下ろしていた。

 知ってしまえばもう、彼らの叫ぶ言葉が怒っているように見えるだけの歓声にしか聞こえなくなっていたからだ。…事実、藤虎には見えないが、国民の皆は喜色満面の笑みを浮かべて走っている。皆が協力して海賊達を逃そうと奮闘していた。

 

 ──バカ正直な“ 麦わらのルフィ ”。みんながお前さんを助けようとすんだね… !! あんた一体どんな人だい…? 髪の色は? 目の形は?……どんな顔してんだい?

 

 

 

「目ェ…閉じなきゃよかったな。あんたの顔──見てみたい…優しい顔、してんだろうね」

 

『 ── 一度は世の真理を拒んだ貴様の眼に! 真実は映るまいて !!! 』

 

「光月じゅげむ……あァ、まったく、あんたの言う通りでさァ…耳に痛ェよ」

 

 

 

 藤虎は微笑んだがその笑みは次第に自嘲したものに変わった。

 下郎の言う事と聞き流していたが、それは図星そのもので…見ないようにしていた事を全部突きつけられたからあの時、咄嗟に動けずじゅげむを足止め出来なかったのだ。

 

 

 

「お嬢さんの保護も無理でしょうね………さて、困った。この振り上げた武器、格好がつかんな」

 

 

 

 浮かせた瓦礫の処遇を巡って藤虎は途方に暮れるのであった。

 

 

 

 

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