レプリカント   作:華麗なイモリ

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 『カルタの丘』──そこから瓦礫が海へ降り注ぐ光景を目の当たりにするキュロスとレベッカ、そしてシグマの3人はこぞって安堵に胸を撫で下ろした。

 なぜなら、その瓦礫の雨はルフィ達の船には1つも掠ることなく、どこからともなくやって来た別の海賊船の群れを一網打尽にしていたからだ。

 

 この海賊船の群れは全て、先日まで裏社会を牛耳ってた仲買人(ブローカー)『ジョーカー』…もとい、ドンキホーテ・ドフラミンゴと武器の取引をしていた海賊達だ。

 彼らは今日の朝刊で報じられたドフラミンゴ敗北の記事を読み、前金を払ったにも関わらず武器が手に入らないことに業を煮やし、八つ当たりじみた動悸でドレスローザの襲撃及び、事の発端である“麦わらのルフィ”と“死の外科医トラファルガー・ロー”の首を打ち取るため徒党を組んで大挙したのである。

 とはいえ、その浅はかな行動の代償はとてつもなく大きく、彼らは金だけではなくその命すら無駄に散らしたのであった。

 

 そんな悪党達の最期を3人は黙って見つめるが憐れむことはない。事情を知らぬとはいえ、あんな大軍で押し寄せてくる海賊の目的なんて碌なものでないことは分かりきっていたから。

 

 

 

 

「彼らは無事、出航できた様だ… 」

 

「よかった、ルーシー……また、会えるかな…?」

 

 

 

 あえて海に沈んだ海賊達には触れずにキュロスとレベッカはルフィの旅路を祈るばかりだ。

 ふと、レベッカがキュロスの手を握る。それは不安からくる行動であったが、彼女はソレを悟らせないよう父親に笑いかけた。

 

 

 

「ふふふ、あったかい?」

 

 

 

 レベッカを見下ろしたキュロスは娘のその内心に気付きながらも、あえてその不安を突こうとはしなかった。だから、その代わりに彼は笑顔で尋ねられる娘の言葉に眉間の皺も取っ払って破顔する。

 

 

 

「……ああ、とっても暖かい……」

 

 

 

 娘の不安を取り除くための行動でもあったが、彼の脳裏にはおもちゃの兵隊だった頃の記憶も同時に浮かび上がってきた。……雪が降る町をレベッカと共に歩いた記憶。あの時も、レベッカは尋ねてくれた。今のように暖かいか、と。

 キュロスの目に涙が浮かぶ。安心させるつもりだったのに、自分の掌に伝わる娘の手が、本当に暖かいから……自然と涙が浮かび、温度を感じられることに自分が安堵してしまったのだ。

 

 

 

「あれ? ──また泣いてる? 」

 

「な…泣いてなどいない !! バカをいえ !! 」

 

 

 

 そんなキュロスの顔を覗き込んだレベッカが揶揄うように笑う。

 その顔には先ほどの不安の翳りはなくて、父親の新たな一面を見たことでかき消えたようだった。格好はつかないが、キュロスは娘の不安を取り去ることに成功していたのだ。

 

 

 

「──全く、君の考えは全部杞憂だったじゃないか」

 

「! ……シグランド」

 

 

 

 寄り添う親子に水をさすつもりはなかったが、シグマはキュロスに声をかける。それは別れを告げる為でもあったし、それみたことかと一言いってやりたかった為でもあった。

 だが、揶揄うように声をかけるそんなシグマの顔に、ほんの少しの寂しさと羨望が滲み出ていることに目敏く気付いたキュロスが悩ましそうな表情で何かを言い淀む。

 

 

 

「ほら、やっぱり! 互いに共にありたいなら共にある方がいいと言っただろう? ……その愛は得難いものだ。大切にするべきだよ……なんて、わたしが言うと少し嫌味ったらしいかな」

 

「いや、そんなことはないさ。……だが、シグランド…私は、今でも自分が間違ったことを言ったとは思っていないんだ」

 

「 !! ……君! 」

 

「待ってくれ! そうじゃない…レベッカも。私は確かにお前と共にあれて嬉しいとも! 」

 

 

 

 自らの決断を間違いだとは思っていないと告げたキュロスは、眉を吊り上げたシグマとレベッカに慌てながら弁明を行うと、彼は慎重に言葉を選ぶようシグマへと語りかけた。

 

 

 

「君の言うとおり、私の考えは杞憂に終わった。…でも、それは結果論でしかない。国民の温情と優しさで、私たち家族は生きていけるのだから……ああ、だから……その…難しいな、言葉というのは… 」

 

「もう、何が言いたいのさ」

 

 

 

 半目で見つめるシグマにレベッカが深く頷く。

 急かされて焦っているのか、キュロスはしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。それはとても不格好でツギハギだらけの言葉であったが、何よりも嘘偽りない誠実な気持ちだ。

 

 

 

「自分で言うのは、違うかもしれないが……私の想いも、確かに愛情だった。間違いない。私はレベッカに幸せになって欲しかったんだ……ただ、レベッカは……この子は、私にも幸せになってほしかったのだと、気付かされた」

 

「……まぁ、君が娘を想う気持ちは伝わってたよ……ほら、彼女も頷いてる」

 

「あぁ、そうか…! それは、本当によかった…! ……話が逸れてしまったな。つまり、その……愛の形は、たくさんあるんじゃないかと、そう言いたかった」

 

 

 

 男は言う。

 シグマの知る家族の愛もその一つなのだと。…そう、家族とは1人だけじゃない、2人、3人と増えていく毎にその愛の形も増えていくのだ。家族ひとりひとりが全く同じ形の愛を抱くことはきっとない筈だから。

 

 

 

「だから…シグランド、キミは一度、よくその養父と話をした方がいいのかもしれない」

 

「シーザーと? …いや、いやいやいや…それはないよ! だって彼は、わたしを嫌ってるんだから! 話すだけ、無駄だよ… 」

 

 

 

 そう、無駄。きっと、無駄に決まっている。あの時みたいに苦虫を噛み潰したような顔で、きっとわたしの事なんて……。

 

 シグマがそう考えて顔を俯かせるのと同時に、キュロスは問う。「キミは、嫌っているのか? 」と、彼女にそう養父のことを尋ねる。

 その問いに勢いよく顔を上げるとシグマは叫ぶように告げた。そんな事はない! そう言って首を横に振るのだ。

 確かに、シーザーは碌でもないマッドサイエンティストで、人間のクズと言われるような男だが、別にシグマは彼を嫌ってなんかいない。僅かな反抗心はあれど、それは男を嫌うからではなく、彼女が精神的に成長し情緒が育っている故の行動である。所謂、反抗期と呼ばれるものだった。

 

 

 

「わたしが嫌われてるのは明白だが、わたしは、シーザーを…養父(とう)さんを嫌ってなんかない! わたしがこの世に生まれたのは…どんな経緯があれ、彼のおかげだから…嫌うなんて、ありえないよ… 」

 

「ならば、なおの事…会話をするべきだ。……キミの気持ちを伝えるべきだろう」

 

「気持ちを……伝える」

 

「ああ…人は、言われなければ気が付けない生き物なのだから」

 

 

 

 そう言って苦笑を漏らすキュロスにレベッカが寄り添うように手を強く握ると、彼女はシグマを見据え緊張した面持ちで語りかける。

 その言葉を選ぶ慎重さは確かな血のつながりを感じるもので、シグマは不器用な人達だと小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

「あの! 私、シグマさんに偉そうな事言えないけど…それでも! 家族とはよく話した方がいいと思う! きっと私もルーシーに背中を押されなかったら、この気持ち…伝えられてなかったから! だから…! 」

 

「…わかったよ……うん、わかった。…わたし、ちゃんと伝えるよ。自分の気持ちってヤツ」

 

 

 

 レベッカに向けて笑顔を見せたシグマの瞳の奥には、もう先ほどのような寂しさも羨望の眼差しも見当たらない。キュロスも安心したように息をついたが、ふと疑問が口を衝く。

 

 

 

「だがシグランド。その養父の居場所へとどうやって向かうつもりだ? この国情では船を出してやりたくとも出来ないだろう…キミはどうする? 」

 

「どうするって…決まっている! ついさっき出航したばかりの船があるだろう! 」

 

 

 

 それにお世話になる!と、シグマは言うが、既に豆粒程小さく遠かった船にどうやって追いつこうと言うのか、キュロスは不思議で仕方がない。それはレベッカも同じであるのか首を傾げて必死にどうするつもりなのか考えているようだ。

 

 瞬間、一言つぶやいたシグマの体が風に巻かれて浮き上がる。

 

 

 

「それじゃあ! ……ベッドシーツ、借りてくよーーーー !! 」

 

 

 

 そう叫びながら上空へ消えていったシグマにキュロスは驚いた表情を浮かべたのち、困ったように微笑んだ。

 

 

 

「おかしな娘だ…返す宛てなどないのに借りていくなど…全く、シーツなんて何に使うんだか」

 

「シグマさーーん! ルーシーによろしくねーーっ !! 」

 

 

 

 大きく手を振るレベッカには上空へ消えていったシグマの姿を捉える事は出来なくとも、彼女が手を振りかえしてくれているような気がしてさらに満面の笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドレスローザを無事出航したルフィ達は“麦わら大船団”と自称する傘下に加わった海賊達と共に盛大な宴を開いていた。

 飲めや食えやの大宴会を繰り広げたオオロンブスが所有する船“ヨンタマリア号”であったが、宴が終わり、ルフィ達が目指す【ゾウ】という島へ向かうとなった際に、大船団で向う事はできないという理由でバルトロメオが船長を務める船へ一行は乗ることなったのだが、その船というのがとんでもなくクセの強い船だった。

 

 海賊団の象徴とも呼べる海賊旗よりも目立つその船首はバルトロメオが最も敬愛する“麦わらのルフィ”を模した彫刻が聳え、船室はかつてルフィ達が乗っていた船…ゴーイングメリー号の船首に掘られていた羊をモチーフに、船尾にはクルーの1人であるトニートニー・チョッパーの角に見立てた装飾があしらわれている。

 その他にもリスペクトを超えたオマージュはいくつかあるのだが、その船の名前も他所の船と一線を画していた。

 

 ──“ゴーイングルフィセンパイ号”。それがバルトクラブ海賊団が誇る海賊船の名である。

 

 

 

「おかしいだろ !! お前ら !!! 何でウチよりルフィが乗ってそうなんだ !!! 」

 

「そう言ってもらえると嬉しいべ〰︎〰︎」

 

「ホメてねェよ! 」

 

 

 

 ツッコミを入れるウソップの言葉を褒められていると勘違いしたバルトロメオをはじめとするクルー達は、各々が感極まって男泣きするものや、テンションが振り切れた者ばかりで、その姿はもはや海賊というよりは“麦わらの一味”のファンクラブといった方が適している。とはいえ、実際に彼らが海へ出た経緯は聖地巡礼なる極まったオタク行為であるため、過激なファンクラブというのはあながち間違いではない。

 

 

 

「ぶおォ〰︎ !!! ようごそごの(ぶね)にご乗船いただき、重ね重ねありがどう存じますだべーーーー !!! 」

 

「ボス !! まぶしくて顔を見られねェ !! 」

 

「そりゃ左に同じだべ !! 」

 

「……全員がこのノリかよ…」

 

 

 

 そんな興奮していたバルトロメオ達であるが、いつまでも敬愛する“麦わらの一味”を立たせたままにしておくのが忍びなかったのか、船室からソファを持ち出して、まるでホストクラブのような接待を行なっていた。

 進められるがままに腰を下ろす一行は、既にバルトクラブ海賊団の奇行に慣れてしまったのか誰もそのVIP待遇に疑問を呈する事はない。

 

 

 

「サンジ達ちゃんと島についてるかな……ナミがいるから航行は問題ねェがビッグ・マムの船がどうなったか… !! 」

 

 

 

 ウソップが心配するように呟いたビッグ・マムの船というのは、ドレスローザを離れた『ぐるわらの一味』が電伝虫で連絡を取っていた際に遭遇した四皇の船である。

 当時彼らも緊迫した状況だったため、詳しく状況を聞き出すことが出来なかったのが心残りであったが、ウソップ以外のルフィやゾロにロビン、フランキーは無事を確信しているようでさして心配する様子はない。

 

 

 

「バルトロメオ、とにかく【ゾウ】へ急げ」

 

 

 

 急かすようにバルトロメオへそう言ったローだったが、彼もまた寛ぐ麦わらの一味に違和感なく溶け込み、優雅にソファーへ腰を降ろして脚を組んでいた。

 自由奔放な彼らの影響なのか、それとも生き急ぐ理由を失って本来の気質が顔を出したのか、本人にしか預かり知らぬ事ではあるが、その姿は初めて出会った頃に比べ随分と軟化したものである。

 

 そんなローに、何でお前の言葉に従わなきゃならねェとガンを飛ばしていたバルトロメオだが、新聞を読んでいたゾロがルフィに懸賞金が上がっていると伝えた言葉に耳聡く反応すると、ローを無視して何処から持ってきたのかレッドカーペットを引床に転がすように敷き“麦わらの一味”を手配書が飾られているという船長室へ誘った。その顔は自分のお宝級のコレクションを紹介したくてたまらないと言った表情で、たかが手配書であれどバルトロメオにとっては家宝に等しいのかもしれない。

 

 手配書を確認する為に向かう一行を笑顔で案内するバルトロメオはルフィ達に続かずにソファへ腰掛けたままのローに金額が上がっていたことをついでと言わんばかりに言い捨てて行く。

 

 

 

「おい! トラファルガー、おめェのは捨てたが“5億”にあがってた」

 

「ああ…そりゃどうも。額なんかどうでもいい……」

 

 

 

 興味なさそうに一蹴したローに鼻を鳴らしたバルトロメオは、すぐさまローから視線を外すとデレデレとした顔でルフィに向き直り、今度こそ船長室へ向かったのであった。

 

 

 

 

『────────ぇ』

 

「 ? 」

 

 

 

 一味とバルトロメオが船室へ消えてすぐに、ローの耳へ聞き覚えのある声が一瞬耳を掠める。

 ここ数ヶ月ずっと聴いていた声……すなわちシグマの事だが、周囲を見渡してもそこにいるのはゴツい男ばかりで思い当たる声の持ち主はいない。それもそうだろう、なにせシグマの目的と自分達の目的は全く持って関係性のないものなのだから、この場に居るはずがない。

 そんないもしない人物を探す己に苦笑を浮かべたローは疲れたように息を吐くと眉間を揉みながら呟いた。

 

 

 

「……空耳か? 散々振り回されたせいかもしれねェな…錬金屋とはドレスローザで別れたってのに…」

 

 

 

 その声が妙に湿っぽいものだった為、ローは思わずバツが悪そうに舌を打ったが、再び聞こえた声に弾かれたように空を見上げた。

 

 

 

「────ぁぁぁああああ !!! 誰かぁ !!! 助けてぇぇぇええ !!! 」

 

「あァ !? 錬金屋 !!? 」

 

 

 

 ローの視線のその先には、何故かシーツを握りしめて上空から落下してくるシグマの姿が映る。

 何してるんだ、とか、何でこんなところに、なんて思うよりも先にローはポケットから取り出したコインを放り投げると能力を発動していた。

 

 

 

「“ROOM”──“シャンブルズ”! 」

 

「ああああ──っぐえ !!! 」

 

 

 

 ズドン! とソファーを巻きこんでシグマが甲板の床へ転がると、目を回しながら仰向けに倒れて動けなくなってしまう。

 遥か上空からの衝突を避けられたとはいえ、散々に三半規管を揺さぶられたせいか呻き声を上げるシグマは相当なグロッキー状態のようだ。

 

 突如上空から現れ、この船に落ちてきた物体に敵襲かと警戒して身構えたバルトクラブ海賊団のクルー達だったが、その正体が見た感じ人畜無害そうなチンチクリンの女である事に拍子抜けしたように目をパチクリと瞬かせていて、武器を取ろうとするものは誰もいない。

 そんな彼らを他所に、ズカズカと倒れるシグマに歩み寄ったローは彼女の胸ぐらを遠慮なしに掴みあげると、気付けを促すように頬を叩けば目を回していたシグマの焦点がローに定まった。

 

 

 

「お前、どうやってこの船に……いや、何をしにきた錬金屋。おれ達とはドレスローザで別れると言っていたろう」

 

「ぅぷ……あれ、医者の君……? 」

 

「まだ意識がはっきりしねェのか……? そんなに強く頭は打っちゃいなかった筈だが…」

 

「君がいるってことは………よ、よがっだぁ〰︎〰︎ !!! わたじ、おいづいだぁ〰︎〰︎ !!! 」

 

 

 

 ようやく意識がはっきりしたシグマが目の前にいるローを認識すると、涙と鼻水を垂れ流しながら蝉のようにひしりと彼の胴体へ縋りつく。

 おいおいとガキのように泣きつくシグマをあからさまに鬱陶しそうな顔でローが引き剥がそうと奮闘するが、まるで磁石のように離れないソレに青筋がローの額に浮かび上がる。

 能力を使ってでも引き剥がそうとしたその時、騒ぎを聞きつけたバルトロメオとルフィ達が何事かと船室から出てきて、ローに貼り付くシグマの姿に驚きの声をあげたのだった。

 

 

 

「シグマ !? お前何でこの船にいんだァ !? 」

 

「おれ達、ドレスローザで別れた筈だったよな !? どうやって追いかけてきたんだよシグマお前 !! 」

 

「麦わらの君に、長鼻の君! 剣士の君も! それに学者の君と鉄人の君 !! ほ、本当に追いつけた… !! 体力が持たずあわや大惨事かと思ったけど…! 追いつけたんだわたし〰︎〰︎ !! 」

 

「アゥ! 付いてこねェからもう簡単に会うことはねェと思っちゃいたが、また会ったな小娘! 」

 

「ふふ、良かったわね、錬金術師さん」

 

「お前よく追いついたな」

 

 

 

 本当に良かったと安堵するシグマに、ほんの数時間程度の別れでも再び会えたことを喜ぶ麦わらの一味だったが、彼女が止まり木としてへばり付いているローは何も納得できていないからか、不機嫌極まる仏頂面で浮かれているシグマの頭を拳で殴る。

 ごつん!と痛そうな音を立てた頭には大きく腫れ上がったタンコブが出来上がり、「痛ったぁーーーーい !!! 」と悲鳴をあげて転げ落ちたシグマはタンコブを手で押さえ涙をちょちょぎらせながらローを睨みつけた。

 

 

 

「ひどい! 何で殴るんだ君 !! 」

 

「酷いも何も、バカかてめェは…… !! パンクハザードやドレスローザじゃ敵じゃなかったとしても、目的も追いかけてくる理由も判らねェ状態で敵か味方かをこっちは測りかねてんだぞこのバカ !! 」

 

「トラ男くんったら、それを伝えてる時点で錬金術師さんのことを敵とは思っていないんじゃない? 」

 

「ニコ屋は黙ってろ……もう一度聞くぞ錬金屋…! お前、何をしにおれ達を追いかけて来た…… !! 」

 

 

 

 外野──バルトロメオの「トラファルガーてめェ !! ロビン先輩になんつぅ口の効きかたしてんだべ !! 」という野次を聞き流してローはシグマを見下ろした。

 その目には猜疑心や警戒心などは浮かんではいなかったものの、彼女を見極めようとしているのは確かで、剣呑な鋭い眼差をしている。

 

 そんなローの真剣な様子にシグマは睨みつけるのをやめると、おずおずと姿勢を正して彼と“麦わらの一味”、そしてこの船の持ち主であるバルトロメオに向き直ると頭を下げて大きな声で叫ぶように言う。

 

 

 

「どうか、わたしも【ゾウ】へ同行させて欲しいんだ !! お願いします !! 」

 

「おう! いいぞ! 一緒に行こう、シグマ !! 」

 

 

 

 改まったシグマの懇願にルフィは笑顔を浮かべると一つ返事で頷いたが、そのルフィをローが睨み付けると横から苦言を呈する。

 何故なら、シグマは頭を下げて同行を願い出たがローが尋ねた目的も理由も明かしていなかった為、安易に頷くなと睨みつけたのだ。そんなローを後ろから再びバルトロメオが憤慨した様子で罵るが、相変わらずの態度でローはシカトを決めこむ。

 

 

 

「言えねェ理由があんのか錬金屋」

 

「……ぅ、言えない訳じゃ、ない…けど…」

 

「……出来るとは思わねェがお前がおれ達を害する可能性がある限り、目的を明かさないならおれはお前の同行を絶対に認めるわけにはいかねェ」

 

「…………」

 

「おいおい、トラ男のやつどうしちまったんだ? 何であんなにシグマに厳しく当たるんだよ」

 

「さぁ、何でかしら?……もしかしたら、彼なりに心配しているのかもしれないわね」

 

「だとしたら、とんでもなく不器用なヤツだぜ」

 

 

 

 口をへの字に曲げて押し黙るシグマを腕を組んで見下ろすローの姿にウソップが怪訝そうな顔を浮かべるが、横にいるロビンは可笑しそうに微笑んでいる。何故だか、押し問答をする2人の姿が保護者と庇護者に見えて仕方がなかったからだ。

 

 問いただすローの言い分は確かに正論である。だが、ソレはパンクハザードからドレスローザまで行動を共にしたシグマにはあまり当てはまらないこじ付けじみたいちゃもんに等しく、そんなものをふっかける姿は子供の無茶を咎める保護者のようであるし、シグマもシグマで、明かすには何の問題もない目的を小っ恥ずかしいという意地で明かさないあたりがガキっぽさを強調していた。

 

 

 

「わたしは……その、えっと…──言いたいことが──から…! 」

 

「あ? 聞こえねェな。もっとはっきり言えよ」

 

「だからぁ! シーザーに言いたいことがあるから【ゾウ】に連れてって欲しいんだってばぁ !!! 」

 

 

 

 ヤケクソで目的を叫んだシグマは漸く鬱陶しい尋問(仮)から解放されると心の中で安堵するが、彼女の目的を聞いたローはイマイチ納得がいかないのか眉根を顰め更なる問いかけをシグマに投げかける。

 

 

 

「? 今更シーザーに何を伝えることがある」

 

「ちょ、目的は言ったじゃないか !! もういいでしょ !? 別に君達に不利益を与えるようなことじゃないんだから !! 」

 

「それはおれが決めることだ……なんだ、言えねェのか? 」

 

「〰︎〰︎ぐぬぬぬぅ! 」

 

 

 

 ギリギリと歯を食いしばり睨みつけてくるシグマの姿に意地悪く笑みを浮かべるローを見て、周囲の人間は心の中で「生き生きしてんなァ」と若干の呆れを抱くが、当の本人は無意識のようである。

 あれこれといちゃもんをつけているが、ローもまたシグマとの再会を遠回しに喜んでいた1人なのであった。

 

 

 

「おれ達に不利益がない内容ならここでも言えるだろう、錬金屋、お前シーザーに何を伝えるつもりだ」

 

「それは…! か、か……! 」

 

「か? 」

 

「っ感謝の気持ちだバカーーーー !!! 」

 

 

 

 顔を真っ赤にしたシグマが痛くも痒くもない威力の拳をローの腹へ叩きつけると、ずっと握りしめていた用途不明のシーツを頭からかぶり、その場で蹲って羞恥に悶えるように唸り声をあげる。

 

 

 

「は? 感謝? 」

 

「お前、まだあの……何だっけ、…ガスの事とーちゃんと思ってたのかァ !? 」

 

「ううう、うるさいなぁ! 経緯はともあれ、わたしが生まれたのは養父(とう)さんのおかげなんだから一度くらい感謝してもいいだろ !? 」

 

「ルフィじゃねェけど、おれも意外だぜ……まぁ、シグマがいいっつうなら、いいけどよ」

 

 

 

 予想外の言葉に思わず戸惑う面々にシーツから顔だけを出したシグマが赤面したまま吠えるが、その変な姿で吠えられても滑稽度が増すばかりだ。

 ロビンやフランキーなどの大人組は微笑ましそうにしているが、そばにいるゾロだけはずっと不可解そうな顔で首を傾げている。

 

 

 

「つぅか、シグマ。お前【ワノ国】に向かうつもりなら初めから着いて来ればよかったじゃねェか」

 

「そうなのか !? シグマ! お前〰︎〰︎! 何で黙ってたんだよ! 」

 

「どう言うことだ、おれはそんな事聞いてねェぞ……! 」

 

 

 

 笑顔で詰め寄るルフィとは反対に顰めっ面で詰め寄るローにシグマはシーツ内に引きこもったままがなり散らした。

 

 

 

「わたしはあの親子の結末を見届けたかったし……! というか! あの状況で言うタイミングなんてなかっただろ !? そもそも、医者の君に報告する事でもないじゃないか! 」

 

「うるせェ! おれの計画がじゃじゃ馬の暴走でめちゃくちゃになったらどうしてくれる! 」

 

「…………初めっから計画なんてめちゃくちゃだったじゃん…」

 

 

 

 ボソリ、とそのようにボヤけば凶悪に眼光をギラつかせたローが握った拳を掲げてシグマを睨み下ろす。

 

 

 

「何か言ったか錬金屋」

 

「何で! 何で拳構えるの! 」

 

 

 

 出来たばかりのタンコブを庇うように頭を抱えたシグマが必死にやめてくれと言わんばかりに喚く。そんな彼女の懇願を聞きローは頭に拳骨を降らすことはなかったが、代わりと言わんばかりにシグマの首根っこをシーツもろとも掴み上げれば、顔だけ人間のシーツお化けが宙で手足をジタバタを暴れさせた。

 そんなシグマには目もくれずにローはゾロの方へ首を回すと、どう言うことなんだと事情を尋ねる。

 

 

 

「で、ゾロ屋……このじゃじゃ馬が何で【ワノ国】へ向かおうとしているのか知ってるのか? 」

 

「あ〰︎何つったか……ピグマリオン、とかいう男がそいつに【ワノ国】に向えって言ってたな」

 

「……そうなのか錬金屋」

 

「…そうとも。わたしの宿()()とやらが、その国にあるらしい。……わたし、行かなきゃなんだ。命の答えを探すためにも……だから、先に居所の知れている養父(とう)さんとちゃんと話をしておきたくて」

 

 

 

 間抜けな姿だが真面目な顔でそう言ったシグマをローは訝しげな表情で見ると、その情報の出所は信用してもいいものなのかと疑問を呈した。

 そう思うのも当たり前だ。何せローはシグマとピグマリオンのやり取りや言葉の応酬なんて一片たりとも知らない。あれだけ気の狂った男が命を狙っていた相手に益のある情報を渡すとはにわかに信じがたい。

 ……とはいえ、ローがシグマとピグマリオンの会話を把握していたとしても訝しみはしただろうが。

 

 

 

「その男の話が本当だとして、お前が【ワノ国】へ向かう必要はないんじゃねェか」

 

「んなっ…!」

 

 

 

 反論しようとしたシグマだが、ローに「死を恐れるようになったお前が、何故わざわざ危険を侵しに行く」…と、そう尋ねられたシグマは「ソレはそうだけど…」と言葉を濁すが、しばらく視線を彷徨わせた後、意を決したように表情を引き締めてローの目をまっすぐに見つめた。

 

 

 

「何だか、()()()()()……ような気がする。何故か【ワノ国】の名に引き寄せられるんだ。行かなきゃいけない。わたし、行かなきゃいけないんだ…! 君に止められたって、船から降ろされたって、絶対にわたしは行くからな【ワノ国】に! 」

 

「──はぁ……パンクハザードからだが、お前はおれがどれだけ忠告してやっても一つも聞きやしねェ……【ワノ国】は四皇の…カイドウのお膝元だぞ、そんな国がドレスローザ以上に碌でもねェってことは分かるだろう…だが、言った所でお前は聞きやしねェんだろうな」

 

「当然だ! 君だって無茶をして我を通しただろうに! わたしだって譲れないものが出来たんだ! 行くったら行く! 【ワノ国】に行く〰︎ !! 同行させておくれよ〰︎ !! 」

 

「あ〰︎〰︎うるせェ! わかったわかった! 勝手にしろじゃじゃ馬! 」

 

 

 

 投げやりに同行を認めたローに勝ち誇ったような表情でシグマは「決まりだね! 」と笑みを浮かべたが、すぐさまその笑みは怪訝そうなものに変わると、宙吊りのまま呟く。

 

 

 

「というか…何で麦わらの彼より医者の君が仕切ってるの? 」

 

「…………」

 

 

 

 さも不思議そうな顔をするシグマを見下ろしたローは宙吊りだったシーツお化けを床に落とすと、その頭に容赦なく拳を落とす。

 手加減なしの拳を受けて海原に轟くような悲鳴を上げたシグマの頭には二段目のタンコブがひょっこりと顔を出したのであった。

 

 

 

 

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