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パンクハザード研究所内に存在するある一室。
1人の女が聳え立つ石碑に触れながら呟いている。
「5つの太陽……月……2頭の竜……」
関連性のない言葉の羅列。一般人が聞いた所でなんの意味があるのかわからないソレを女は石の表面を撫でる様に手を這わせながら口にしている。
シーザー・シグマ。
それが女の名前だ。彼女は投棄された筈のパンクハザードで錬金術師を名乗る科学者である。
そうなった経緯というのは、ある日、小舟がパンクハザードの浜辺に打ち上げられており、その中から産まれて間もない彼女を見つけた男が仕方なく拾い上げて育てたのだと、シグマはその男、己の養父であるシーザー・クラウンから聞かされていた。
そんな拾い子のシグマは英才教育もかくやな待遇で育つ。4年前は生死を彷徨い、つい2年程前には世界の終わりのような体験もしたが、養父の下で優秀な錬金術師として花開き、現在はこうして石碑……通称【エメラルド・タブレット】の解読に勤しんでいるのだ。
──【エメラルド・タブレット】
それは、ポーネグリフにも現代文字にも掠らない全く違う言葉で綴られた怪文書じみた石碑の事である。
30年前、パンクハザードのある研究員へ与えられた一室に突如現れたソレを誰もが解読しようと試みたものの、未だ解読できた者はおらず、研究所が廃棄された今も石碑は解き明かされていない。
曰く、有りとあらゆる金銀財宝の在処。
曰く、この世の全てを記した記録。
曰く、不老不死になる為の方法。
憶測は尽きず、本当かどうかすらわからない。なにせ、かの天才科学者であるベガパンクまでもが解読する事を諦めた異物である。もう頭の可笑しくなった研究員が創作と捏造で作り上げた出鱈目なホラ話だと言われた方が誰もが納得する。納得した筈だった。
現にその部屋の持ち主はある日、忽然と姿を消したのだ。
少ないながら生活するだけに必要な金品とこれまでの研究成果……文字通り人生の全てをその部屋に置いたまま巨大なエメラルドの石碑を残して人だけが消えた。
そんないわくつきかつ解読不能と判を押された石碑を研究員達は皆気味悪がって例の部屋には近づこうとはしない。
ただ1人、とある科学者を除いて。
シーザー・クラウン。
『おれがあのクソ女に劣るとでもいいてェのか !? この能無し共が !! 』
もちろん、それは美談でもなんでもない。ただのしょうもない僻みや妬みから来るヤケクソで張った意地のようなものだ。
何故なら、シーザーはその石碑を残した部屋の持ち主、女科学者エスメラルダ・シュリ・グルドブ・マヘンドラナの事を蛇蝎の如く嫌っていた。
──ガス人間曰く。
ケミケミの実などと言う錬金術を扱う全身術式人間のくだらない
だと言うのに、周りの馬鹿共は揃いも揃って『稀代の錬金術師』だの、『500年先を行く脳を持つ天才科学者』だのとクソ女とクソジジイを捲し立てやがる。
そもそも、構造的に劣っている女の脳みそが優れた男のものに勝る筈がねェ!
……と、世の女性が聞けばタコ殴りにされる様な発言を残すくらいにはベガパンクと同様に女の事を毛嫌いし、邪魔者と捉えている。
だが、まぁ、使える科学者である事は認めているので、シーザーは解読を続けて、続けて……続けた末に解く事が出来なかった。
シーザーは荒れた。それはもう荒れに荒れた。
元MADS時代の同僚が1人、また1人と減っていくなか、男に物申せる実力者は既にベガパンクのみとなっており、止める相手がいない為か好き勝手に実験体を毒殺し憂さ晴らしを始める男を周りの研究員は黙って見ている事しか出来なかった。
何処ぞの海賊船にいた実験体達を始末し終えたところでシーザーは閃く。
錬金術師が残した物は錬金術師に解かせればいいと。
5年もの格闘の末、シーザーは自力で解くのを諦めて別のアプローチへと移行する事を余儀なくされる。
『シュロロロロ! どうせ大した事なんて書いてありゃしねェよ! みてろよエスメラルダ! このクソ女! おれはてめェより優れてるんだ!』
すぐにシーザーは錬金術師を用意する準備に取り掛かった。迂曲曲折を経て多事多難に見舞われたものの、やっとのことで用意できた錬金術師がシグマだ。
そのシグマが20年の時を経て、【エメラルド・タブレット】を解読出来るまでに成長したのは単に養父であるシーザーの恩に報いたい一心であった。
シグマは読み取れた部分を淡々と口にしながら頭の中で複雑難解な構築式を組み立てていく。
「そうか。3つの円に星と太陽のそれぞれを線で結んだ正五角形、陣の真ん中には完全なる存在の雌雄同体……四大元素を用いらないこの錬成陣は、あの時の──」
「シグマ、失礼するわね」
「! モネさん……と、誰?」
思考の海に沈んでいたシグマを現実へ呼び戻したのは部屋へ足を踏み入れたシーザーの秘書であるモネと、鍔付きの帽子を目深に被った若い男だった。
養父の新しい部下だろうか?と男を観察するも、他の部下同様何処かしらを怪我している訳でもない。
部下でないのなら、研究仲間か?とシグマが推測していると、モネから男はトラファルガー・ローという名で、パンクハザードに滞在するにあたって養父の部下に治療を施す医者だと教えられられる。
「“イシャ”って、本当にいたんだぁ!すごーい!」
シグマが育ったパンクハザードには研究員はいたものの純粋な医者は存在していなかった為、研究所の外を知らない彼女は知識では知っていた未知の存在に笑顔で駆け寄ると嬉々として自己紹介を始めた。
「はじめまして! イシャの君! わたしはシグマ。シーザー・シグマ。 錬金術師だ。好きに呼んでくれて構わないけれど、父と被るからシーザー2世とでも呼んでくれたまえ」
「……ガキがいたのか。似てねェな」
握手の手を差し出したシグマの手をローは一瞥しただけで取ろうとはせず、眉根を寄せた悪いままの目つきでシグマを頭のてっぺんからつま先まで観察し、似ていないとそう口にした。
その態度と言葉にシグマは気を悪くする事もなく、手を引っ込めると拾い子だからねと自身の情報に注釈を加えるも、ローはへェと興味なさげに相槌を打つだけだ。
困ったように思わず肩をすくめたシグマへ、モネは笑いを堪え切れなかったのか、吐息の様な笑い声を漏らし、気難しい人なのよとフォローするもロー自身に馴れ合うつもりは無いと言い切られて仕舞えばモネですらお手上げである。
「とにかく暫くの間滞在するみたい。シグマ、何か困った事があったら助けてあげてね?」
「わたしに?多分、力になれないと思うけどなぁ」
「別に何も期待しちゃいねェし、頼むこともねェ。おれの邪魔だけはするな。それだけで充分だ」
「あら、なんて冷たいヒト。こっちは別に気にしないけど。シグマの事、余りいじめないで欲しいわ」
「……」
「まぁまぁ、初対面の人間に対する反応なんてこんなモノだろうし。そもそも彼、何か目的があって来てるんでしょ?なら時間は有限だ、有意義な使い方をさせてあげるのが1番だとも」
君の望むモノが手に入るといいね。
そう笑顔で言ったシグマに押し黙っていたローは帽子の鍔を押さえて顔を隠しながら「……あぁ」と返事を返したのだった。
「そうだ、モネさん。
「…… !! ついに、解けるのね。エメラルド•タブレットが」
「うん。5年だ。……ようやく
きりり、と表情を引き締めてそう告げるシグマにモネは嬉しそうに顔を綻ばせる。
それは立派に育った妹を祝う様に見えたが、何か底暗いものも入り混じった複雑な笑みだ。
部外者として傍観していたローには少なくともモネが純粋に喜んでいる様には見えず、シグマにちらりと目を向けるも、彼女はその表情を祝した物だと信じ切っているような表情でモネを真っ直ぐ見据えていた。
「……」
パンクハザードの実情を知るローにとって目の前のソレはとんだ茶番にしか思えない。それも飛び切り悪趣味な。
弱さと無知は罪と言う言葉をローは幼少の頃痛い程味わってきた。だから、きっと目の前のシグマも碌な目に遭わないのだろうなと他人事の様に思う。
事実、ローにとってシグマは他人だ。しかもシーザーという敵の娘。恨むなら無知な己と養父を呪うんだな、と、ローは心の内で密かにシグマを憐れみ、そっと目を逸らした。
……筈だった。
何故こうなった。とローは頭を抱える。
パンクハザードに滞在して数ヶ月が経った。そこそこ気を張って、馴れ合いを拒んでいたにも関わらずローは何の因果かシグマの主治医の様なものに収まっていた。
主治医なのはこの際良いとして、1番問題なのは、この娘、驚く程に何も知らない箱入り娘だったのだ。無知なんて生温い。これは最早無垢と言っていいレベルで常識がまっさらだった。知識量は常人の何十倍、何百倍とあるが、一般常識と言うものが彼女には欠けていた。
シグマ曰く、世界は既に滅んでいてこのパンクハザードだけがまともな島だと思っているし、空の色も海の姿も見た事がないと言う。
知識では知っているものの、植物すら既に滅んだ幻の生物と思っているようで、じゃぁお前が口にしているものは何なんだと問い詰めれば、呆気からん表情でサプリメントの山だと聞かされたローの心情は推して然るべしだろう。
「お前……シーザーや秘書のモネが口にしている物は何かわかってるのか?」
「? 同じサプリメントだろう? 君、おかしな事聞くね。魚も植物も畜肉も死に絶えているんだから人工的に作られた類似成分を摂取する他ないだろうに」
おかしな事を言っているのはてめェの方だ! と叫びたい衝動を堪えてローは思う。……早くコイツを何とかしなくてはと。
自身の計画が進めば確実にシグマはこの研究所から追われて身1つで生きていかなきゃならない。常識の1つでも知っていれば、じゃぁな頑張れよと声を掛けるだけで終われたものの、赤子に等しい状態となれば話は別だ。
ローとて海賊ではあるが鬼ではない。今後の為にも必要最低限の常識を教えとかずにいるのは後味が悪いと言う物である。
「お前の非常識さは異常だ。治療の一環としておれが常識を教えてやる。いいな」
こうしてローによるシグマの常識改革が始まったのだった。
……いや、おかしいだろう。どうしてこうなった。
そう思うローだが、恨むべきは己の根幹にある善性とお人好しの部分であるものの、彼自身、海賊である自分は冷徹で非道な悪人であるべしと定めている節があるので其処に気が付いていない。
要するに、とんだ天然野郎なのだ。
「クソっ、シーザーはどんな教育をしてた。何をどうしたらこんな度の過ぎた箱入り娘が出来上がる……!」
「世界って、滅んでなかったんだぁ! すごーい!」
「てめェは呑気に感心してんじゃねェ !! 」
頭が痛い! と自身の置かれた境遇に何の疑問も抱かないシグマに悶々とするローは直接シーザーに文句を言う事を決めた。
元はと言えば、シーザーが教育を怠ってきたせいでこうなっているのだから自分で教えろとひとこと言ってやりたかったのだ。
ガールズシップなんぞ呼ぶ暇があるなら自分の娘を何とかしろ!と。
「シグマの常識ィ〰〰?」
「あぁ。シーザー、てめェも人の親ならちゃんとガキを躾けとけ、はっきり言って迷惑だ」
不機嫌にそう吐き捨てたローだが、シーザーはまるで気にも留めぬ態度で、逆にローを問い詰めた。
「シュロロロロ! 迷惑を被ってンのはこっちの方だぜ! 余計なモンばっかり吹き込みやがって…… !! 」
「……だが、いつまでも箱入りのまんまじゃいられねェだろ。今後の事を考えても、」
瞬間。ローの言葉を遮って、シーザーは食い気味に言葉をねじ込んできた。
嘲りの色を隠そうともせず、大声で。
「ハァ !? 今後ォ !? 今後なんてあの小娘にゃありゃしねェよ! あとひと月でアイツ……シグマは死ぬ! 20歳の誕生日を迎えた日にアレは死ぬ運命なのさ! シュロロロロロロ !! 」
天を仰いで笑うシーザーを横目に、ローは脳裏でシーザーが口にした言葉を反芻した。
20歳を迎えたら死ぬ。あの世間しらずの箱入り娘が? 何が原因で? 病か? 先天的遺伝か?
「至って健康体の筈だが? お前のガキは呆れる程健やかだ」
「そうじゃねェさ、既に定まってんだよ! シグマの寿命は残り1ヶ月! 覆りようのねェ決定事項だぜ !! シュロロロロ !! ……ロー、分かったならシグマに余計な事を吹き込むのは辞めろ! じゃなきゃ、おれはジョーカーにてめェの事を言わなきゃいけなくなる…… !! 」
それは互いに望まねェ話だろ? 賢いてめェならわかる筈だ!
凶悪な笑みを浮かべるシーザーの言葉にローは顎を軽く引いて口を一文字に結ぶと沈黙を貫く。
そんなローの態度を是と都合よく捉えたシーザーは笑みを深めると「わかりゃいいんだよ」と上機嫌に共用スペースから自身の研究室へ去っていった。
背後でローがその瞳に剣呑な光を宿しているとも知らずに。
*
シグマは現在困り果てていた。
その原因というのは、眼前に散らばる己の臓腑達と、それをまるで親の仇のような鬼気迫る表情で射殺さんばかりに睨みつけるトラファルガー・ローにある。
彼はシグマが1日の大半を過ごす研究室の扉を蹴破る勢いで入って来ると、なんの説明も無しに突然気を楽にしろと言って刀を抜くやいなや、シグマはローのオペオペの能力で瞬く間に人体模型宜しくバラバラにされてしまい、文字通り全身くまなくをローの眼下に晒されてしまう事となった。
手脚は暴れないようにか、綺麗に切り落とされて部屋の隅っこでウゴウゴと蠢いている。というのも、シグマが何とか状況を打破しようと動かしているからなのだが、オペオペによる人体切断初心者に上手く動かせる筈もなく、ダルマになって途方に暮れる他にない状況だ。
「脳や心臓、肺に小腸共に大腸の異常は見られない。膵臓も肝臓も綺麗なモンだ。腎臓も色鮮やか。婦人病の類もねェ」
「なんか、他人に自分の内臓を見られているのは奇妙なカンジ。すごいけど、すごいんだけど、やっぱりなんかヤダ〰〰!」
「おい、まだ診察の途中だ。黙っておれに身を委ねろ」
「そんなコト言ったって〰〰!」
イヤイヤとシグマが無事な首を振れば鋭い眼光が臓器から頭に移され、めでたく首がスパンと胴体から離れて床に転がった。
横倒しの視界でシグマは切羽詰まった様子のローを眺める。
一体何をそんなに焦っているのだろう?
パンクハザードに来てまで求めた彼の探し物は今のこの状況と何かしらの関係にあるというのか?
シグマにはローの心情を推し量る術がなく、いくら考えても答えは出ない。
ならば直接聞くしかあるまいとシグマは口を開いた。執念にシグマの胴体を調べ独り言を溢すローへ何に追われているのかを確かめる為に。
「……君、一体なにを焦っているのさ?」
「……」
「少し、冷静に見えないね。数ヶ月程度の間柄だけど、君は警戒心の塊の様な人間だろう? わたしにはそう見えたよ。なのに……アレだけ周囲を気にしていたヒトと今の君の行動はとてもじゃないが結びつかない」
率直に言って短絡的な行動に見える。
そう言ったシグマとローの視線が交わると、あれだけ焦りに満ちていたローの顔から表情がストンと抜け落ち、そのまま数秒見つめ合い沈黙が2人の間に流れた。
互いにひと言も口を開かずに沈黙を守っていたが、その静けさが言葉の先を催促している事を何となく悟ったシグマは再び口を開く。
「君は、わたしの体の外内部を重箱の隅をつつくかの様にしつこく調べているけど、聞いてる限りでは、まるでわたしが何かしらの病を患っているような言動ばかりだ」
「おい、待て。精密検査の事を重箱の隅をつつくとか言うのはやめろ」
「そこ、今気にするところ? そもそも、機材がないから正確に調べられないってボヤいてたのは君の方だろ? だから精密じゃないって……まぁいい。話が逸れたけど、続けるよ」
変な茶々に呆れた顔をしたシグマだが、気を取り直し続きを口にする。
「仮に、わたしが何かしらの疾病に侵されていたとしよう。普通なら自覚症状なくして直ぐに命に関わるモノではない筈だ。病とは初期症状を経てステージを進むものだからね。医者の君は当然知っているだろうけど」
「あぁ。進行度の遅速はあれ、初期症状なしに重篤……末期になる事はない」
「……けれど、この数ヶ月間、君はわたしの主治医として付いていたにも関わらず、初期症状ないし進行中の病を『見逃して』しまっていた。コレは医者の君にとってはあり得てはいけない大失態と言えるだろう」
「そうだ。だが、おれが見逃してしまったのは初期症状でも進行中のものでもねェ」
「……! そうか、ああ、それで君はアレだけ焦っていたのか! 君はわたしの寿命が残り少ないと判断したから症状もなく、原因のわからない病を特定しようと切羽詰まっていたんだね!」
焦りの原因を理解したシグマは納得したと両手をポンと打ち鳴らしたつもりだが、実際には部屋の隅で微かに蠢かせるだけに終わった。
自身の寿命が近いと分かった筈なのに、どこか楽観的な態度のままであるシグマにローは逆に納得行かなさそうにムスリと口をへの字に曲げ、転がっているシグマの頭を鷲掴むと眼前まで持ち上げて視線を合わせた。
「それで? お前は心当たりが有るのか? 症状もなく、病状もない健康体に寿命が定められる要因が」
「うん? 定められる? 推測ではなく?」
「シーザー……お前の養父が言っていた。お前はあとひと月の命だとな」
どうなんだ。判るのか、判らねェのか。
そう尋ねるローにシグマは不敵な笑みを浮かべる。それは最近与えられたフィクション書籍に影響されているようで、少し気取ったような話口調だ。
「ふふん、成程ね。これは医者の観点からでは判りづらいだろうとも」
「つまりなんだ。結論を言え」
「なぁに、初歩的な事だよワトスン君! 」
「ワトスンじゃねェ。おれはトラファルガー・ローだ」
「そりゃ、うん。解っているとも。いや、そうじゃなくって……あぁ、もぅ! 様式美くらい合わせておくれよ!」
頬を膨らませて拗ねるシグマをローは鋭く睨みつける。
生憎だが、茶番に付き合っている暇はない。
本当はシグマの事など放って置く筈だったのだ。敵の娘、それも恩人の仇の部下の子供。……正直、酷い目にでも遭ってのたれ死ねばいいと心の何処かでまだ微かに思っていた。
彼女の寿命を聞くまでは。
定められた寿命。かつてロー自身も余命3年という10歳にして命の終わりを決められた子供だった。
彼の場合は珀鉛病という明確な原因があったものの、終わりを定められていた点ではそう相違はない。
自暴自棄に陥り、全てを壊してやると息巻いていたあの時、ローの前には恩人が現れた。
……では、シグマには?
彼女を心の底から本気で助けようとする人間がこのパンクハザード内で現れるだろうか? ローは思考し熟考した末、否と答えを出した。
養父のシーザーは養女であるシグマの死を望んでいる。モネもまたシグマを妹のようなものと扱いながらその命に関心を抱いてなどいない。
皮肉な事に、部外者であるローだけがシグマの生死を案じていた。
幼い自分とシグマが重なり、現在の自分とかつての恩人が重なる。
──コラさん。アンタは何を思っておれを助けた。憐れみもあっただろう、正義感からくる良心もあっただろう。『愛』もあったんだろう……だが、1番は……1番の理由はおれが “D” だったからじゃないのか?
おれは “D” だから助けられた。助ける『価値』があったんだ。なら、コイツは、コイツを助ける『価値』は……。
「えっと、どうかした?」
「……なんでもねェ。早く結論を述べろ。おれも暇じゃない」
「ふぅん? まぁいいさ。結論を述べようとも!」
ローの陰鬱な気分を知ってか知らずか、シグマは先程のおちゃらけた空気を取払い、出会った頃のようなきりり、とした顔で話出す。
「病もなく、至って健康体な人間の余命が定まっているのなら、それはもう寿命からくる自然死なんかじゃない。それは『他殺』以外の何者でもないんだ」
「…… !! 」
「ハウダニット……『どの様に殺すのか? 』……犯人の中でそれはすでに定まっている。だから対象の寿命を “定める” なんて言えるのさ。だってどう殺すか既に決めているんだからね!……ん? と、言う事は、」
ここで初めてシグマの顔色が変わった。
冷や汗を流して可哀想な程顔を真っ青にした彼女は分割された身体を小刻みに震わせる。
「……わたし、