『おれもお前も、この事がシーザーにバレるのは好ましくねェ。だからおれに協力しろ、 “錬金屋” 』
『錬金屋…って、わたしのコト? 錬金術師だから? …わぁ、えー !? やった〰〰! コレ、渾名ってヤツでしょ〰〰 !? 仲良くなったヒトに付けるっていう !! 本で読んだから知ってる〰〰 !! すごーい !! 』
『………』
そんな会話を経てシグマとローは協力体制を組んだ訳だが、シーザーの目を欺くため会話は週に一度の診察日に行う事となった。
これまでも診察日以外の会話は無かったが、常識知らずの人を疑う事を知らないシグマに釘は打てるだけ打った方がいいと判断したローによってそう取り決めがなされたのだった。…全くもっての英断である。
もし打っていなければ今頃懐いた仔犬のように自分の置かれた状況も忘れて話し掛けてきていたに違いない。シグマにはそういう所があった。
…話が逸れたが、2人で徒党を組んだとはいえシグマの知るパンクハザードの事などたかが知れているし、ローが望む情報なんてものは一切持っていないのは彼自身承知の上だ。なにしろこの数ヶ月…いやそれより前からローの方が19年間暮らしてきたシグマより詳しい内情を知っているのだから。
なので、あくまで協力体制とは言いつつも実情はただの口止めなのである。
「おれも黙ってるからお前も黙っとけよ」をちょっとかっこよく言ったのが例の「協力しろ」という言葉なのだった。
…兎にも角にも、普段と同じに過ごし、シーザーやモネ、部下たちに違和感を抱かせぬ様、コレまでよりも警戒心を引き上げる事を余儀なくされたローはシグマがポカをやらかさないか気を揉む事もあり、心労がとても酷い。
「……」
「君、なんかくま濃くなってない? わたしより自分の健康を気遣いたまえよ」
「… !! …お前が、もっと警戒心を持っていたら少しはマシになっていたかもな…!」
「いたたた! いたい、いた〰〰い !! 」
人を視線で殺せそうな程に凶悪な目付きで向かい合ったシグマを睨みつけた後、頭を鷲掴みにしたローがギリギリと握力を込めて彼女の頭蓋を締め上げれば、眦に涙を滲ませてシグマはすぐさま痛みを訴えた。
一見すれば八つ当たりを受けているかの様に見受けられる現場である。…だがしかし、これは全てシグマが己で招き入れた自業自得に他ならない。
「錬金屋…… !! お前…何回おれに睨まれた?」
「何回? えーっとぉ……いっぱい?」
「15回だ !! このっバカ !! 」
「15回って、全部数えてたんだぁ! すごーい!」
「…… !! …… !! 」
「いたたたた !!! ごめんなさぁーい !!! 」
べそをかかれながら謝られたため、仕方なく頭を解放したローは呆れた顔でシグマを見据える。
アレだけ釘を刺していた筈がシグマは能天気にもローに話しかけようとしては睨み付けられる…なんて事を何度も繰り返していた。しかも、それだけにとどまらず、シーザーに命を狙われていると知ったにも関わらずシグマはシーザーの言う事に疑問も抱くことを全くしようとせず、聞かれた事に対し1から10まで律儀に答えるシグマの姿に、何度ローは背筋を冷やしたことか。
鎌掛けに引っ掛かりそうになる度睨み付けるも、懲りることの無いシグマにローはほとほと呆れていた。
…この能天気女は本当に自分の置かれている立場が理解できているのだろうか?学者以上の知識を持ち合わせていようと、それに見合った知性が無ければシグマの頭に中はとんだ宝の持ち腐れ直行の代物だ。
シグマに備わった知性が知識に見合ったモノで有るか無いかは判別のしようはないが、ある程度の知性は確実に備わっているだろう。
シーザーは何を思ってシグマに情操教育を絶ち、明確な殺意を抱いているかローにはとんと予想も付かないが、シーザーの目的にシグマの知性…モノを考える力や常識を必要としていない事は理解した。
「お前、本当に自分の立場を理解しているのか?」
「何を言われるかと思えばそんな事。…もちろん理解はしているとも。ただ、理解と納得は別物だろう?まだ
「急ぐもなにも、結末はお前の死で決まってんだろう。下手人はシーザー。お前を計画的に殺そうとしている。これ以上の結論はない筈だ」
「そうなんだけど!………結果とは物事を含めた過程が裏付けされて初めて評価されるものだ。君が教えてくれた世界の歴史がそれを証明しているじゃないか! …だから、結論を急くべきじゃない。わからないんだ、わたしはまだ
「最近知った事を偉そうに口にするな! じゃあなんだ、てめェはシーザーに正当な理由が有れば黙って殺されてやるとでも言いてェのか !? 」
バカバカしい !!
そう吐き捨ててローは椅子から立ち上がりシグマに背を向けた。
ローの背中からは一触即発の空気が感じられ、シグマは息の詰まるような錯覚を覚える。
言葉を間違えてしまったと気付いた頃にはもう既に遅く、ローは眉間をいつもよりこと更に寄せ、谷のように深い溝を刻むと鋭い殺気を含んだような眼光でシグマを睨みつけた。
「今のままじゃ平行線だ。ひと月後にこれだけは決めとけ。死にてェか、生きてェか…2つに1つだ。クドクドとくだらねェ理屈を捏ねずに結論を出せ。いいな」
指をさされ、有無を言わさぬ言葉を投げかけられたシグマは押し黙るほかになく、ローが部屋を後にしてから暫くの間、扉を見つめ続けていた。
「生きるか、死ぬか。生物的本能で言えば、わたしは生きたいんだろう。そう思うとも。死は全ての生き物が忌避するものだ。……でも、わからないんだ」
暫くしてシグマは鼻を啜って誰もいない空間に誰にも言えない弱音を吐き出す。
ローに世界は今も発展を続けていると、今まで知る事のなかった常識を教えられてから、心の内に表れるようになった小さなシコリのような葛藤。
生きる為には養父をなんとかしなければいけない。それはわかっている。わかっているのだが…養父の事情を何も知らぬまま、彼の行動をシグマは否定したくなかった。
…シグマは養父を理解したかった。
物心ついた頃より、彼はシグマの目の前で一片たりとも笑顔を見せた事がない。
いつも気に食わなさそうに顔を歪め、シグマが彼を父と呼ぶ度に苦虫を噛み潰したような苦々しい表情を浮かべた後、嫌悪感を隠そうともせずに表情に出して返事すら返してくれない。
そんな彼が、何を思って自分を殺そうとするのかシグマは知りたくて仕方がないのだ。
殺すタイミングなど幾らでもあった。時間はたくさんあったのだから。…でも、彼はシグマを殺さなかった。
何故? 憎いのではないのか? 嫌悪しているだろうに…何故?
愚かな事だとはシグマも理解している。なにせ、しょうもない好奇心の為にローの気遣いを無駄にしようとしているのだ。それはローも怒るだろう。
しかし、ローの気遣いを無駄にしたくないと思いながらも、シグマは養父に対する理解を捨てたくもない。
「うぅ…どうしたらいいんだ」
「ふふ、どうしたの? 彼にいじめられでもした?」
「…! モネ、さん」
音もなく現れたモネに一体いつからいたのかと、シグマは緊張で心拍数が上がる。
もし、ローとの会話を聴かれていたらと考えるだけで、じっとりとした嫌な汗が背中を伝った。
シグマは二の句を継ぐことが出来ず、モネの言葉をただじっと待つだけになってしまう。
それはあまりにも不自然な姿であったが、運がいい事にモネはそんなシグマの様子をただ単にローにいじめられてどうしたらいいか分からなくて困っている…というシグマにとって大変都合の良い解釈に至ったのか、薄く笑いながら手術によって腕を改造した翼で頭を撫でられた。
「かわいそうに、でも気にしなくても良いと思うの。彼はいつかは此処を発つわ、わたしと
「…う、ん。…わかっているとも。渡り鳥はひとつの場所に留まらないものだ。いつか別れる人に怯えてても仕方がないから、気にしないよ」
「そう、いい子ね。うふふ」
機嫌良く抱きしめるモネの背に腕を添えて抱き返せば、まるで宝物を扱うように羽根でシグマの頭から背中を優しく撫でる。
「わたしのかわいい、もう1人の妹」
「…モネさんは、何故、改造手術を受けたの? 皆んなみたいに身体に不備なんてないのに、何故?」
「ふふ、急にどうしたの?」
「わたし、彼の事を渡り鳥って言っただろう?…でも、本当はモネさんこそ飛んで行っちゃうんじゃないかと思ったんだ。だって、今は飛べるんだもの」
モネさんは、その翼で自由に大空を飛びたくないの?
身体をはなし、対面したシグマの素朴な疑問にモネは考えるそぶりも無く答えを返した。
熱に浮かされたように、恍惚とした様子で。
「自由? うふふ…そんな風にわたしは飛ばない。わたしは誰かの為に羽ばたくの。必要とされた時に、必要とされた場所へ飛んで行く。これはその為の翼。決して自分の為なんかじゃないのよ」
「それじゃぁまるで──……いや、なんでもない。…モネさんは渡り鳥ではないんだね。安心、したよ…」
「そう? でも、悲しそうな顔をしているじゃない。わたしはウソなんて吐かない。あなたの側に最後までずっといるわ」
「うん…うん。ありがとうモネさん」
…違うんだ。そうじゃないんだよ、モネさん。
シグマは心の中でモネの言葉に首をふる。
モネがウソをついていない事などわかっている。其処をシグマは気にしてなんかいない。隠し事を明かしていないだけで、彼女は間違いなく真実しか話していないのだ。
でも、シグマが悲しんだ理由はそこにはない。
モネは言った。自由に飛ぶのではなく、必要とされる時に飛ぶのだと。
自分の意思ではなく、求められた時に、求められた場所へ…そう言ったのだ。
故にシグマは思う。
…そんなもの、ただ飼われているだけの『籠の中の鳥』じゃないかと。
1番、誰よりも自由を象徴する姿をしたモネはその実、皮肉な事にも誰より不自由な存在だった。
「…ごめんね、モネさん」
「?…なにか言った?」
「ううん。なんでもない!」
…わたし、あなたの言ういい子にはなれないかもだ。
*
月日というのは流れるように過ぎていくもので、気が付けばとうにひと月が経過していた。
約束の日が訪れ、シグマの寿命が尽きようとしている間にも、パンクハザードはまるで何かに呼応する運命のように厄介事を引き寄せる。
──侍と呼ばれるワノ国の戦闘民族の強襲である。
単騎で乗り込んで来たにも関わらず、その侍は1人で多くの部下たちを瞬く間に切り捨てた。話は通じず、会話の意思もなく、ただ『斬る』という信念を掲げる侍は烈火の如く怒り狂っており、その姿はまるで阿修羅と違わぬ様相だったと部下たちは口々に言う。
狐火の錦えもん、それが侍の名だ。
ただ、その錦えもんの進撃も呆気なく終わりを迎える事となる。
というのも、部下が斬られ続けて自分の思うように事が運ばない現状にシーザーの短い堪忍袋の緒が切れた。子供のような理由でブチギレをかましたシーザーは契約のうちだと、ローへ錦えもんを討伐するよう命令を下したのだ。
普段なら「おれには関係ねェ。てめェの島のことはてめェでなんとかしろ」と厄介事を跳ね除けるローも、パンクハザードに滞在する際に交わした契約の事もあるが、その担保として渡した『自身の心臓』が物理的にシーザーに握られている現状では「NO」を選択する事は出来ない。
なので、文字通りバラバラに解体して下半身は灼熱地獄、上半身は極寒地獄、頭部は更に細かく分割した上で研究室の一画に閉じ込めた。
容赦のよの字もない所業である。
完璧に仕事を終えたローにシーザーはご満悦の様子だったが、次々と現れる招かれざる客達に歯を食いしばって言葉にならぬ声を上げた。
「〰〰G–5だとぉ !? アイツは何をやっている! 聞いてた話と全然違うじゃねェか !! 」
「G−5ねェ。おいシーザー。そいつらおれが追い返してきてやろうか?」
「…そういやおめェ七武海だったな、ロー! なんでもいいから早くあの馬鹿共をなんとかしてこい! ………いや、そうだ、いい事を思いついた !! 」
シュロロロロ! と機嫌を良くしたシーザーは下がっていた口角をにこりと上げて笑みを深くする。
「いい機会だ。ヤツら…麦わらもG−5も纏めておれの開発した殺戮兵器の実験台にしてやる! そうと決まりゃ、ロー! G−5のゴミ共を無力化してこい !! 戦艦バラして足を無くしゃぁ此処から出られやしねェ !! シュロロロロロロ !!! 」
「まて、麦わら屋だと? …シーザー、この島に麦わら屋が来てるのか」
「ああ、バカなヤツらだぜ! この島にやって来て直ぐにおれが開発した催眠ガスを嗅いでおねんねした所を研究所の一室に閉じ込めてやったのさ!」
あとのヤツらは今頃サメの餌になっているだろうよ!
そう言って高笑いするシーザーをローは静かに見据えると、平坦な声音で忠告…否、警告を口にした。
「閉じ込めた位であいつらがおとなしくしているとも思えねェがな。もう少し警戒した方がいいんじゃねェのか」
「あぁ? モネといい、お前といい、少し過大評価し過ぎじゃねェのか? 現に! 今こうして麦わらの一味はほぼ壊滅状態 !! たいしたこたぁねェよ!」
「…おれは確かに警告したからな。あとからグチグチ文句を言うんじゃねェぞシーザー」
「誰がいうかっ !! いいからさっさと行け !! おれは忙しいんだっ !! ようやくあのクソ女の全てをズタズタにしてやれるって時に…邪魔ばかり入りやがって !!! 」
癇癪を起こすようにがなり散らすシーザーをローは一瞥するとそれ以上声を掛けることなく正面玄関へ歩みを進める。
シーザーは『クソ女』とやらに随分と執心しているようだが、ローはそのクソ女が誰を指すのか知らない。…いや、予想はつくが、コレまでの行動を見てシーザーの態度に違和感を感じていた。
おそらくだが、クソ女とはシグマの事なのだろう。モネに対してシーザーがそんな事を思っているとはローは思えない。だが、シグマに対してもそうだ。そう思う理由は有り体に言えば、シーザーはシグマを潜在的無意識で無いもの扱いしている節があった。
自身が自ら話しかけない限りシーザーはシグマへ憎まれ口も暴言も一切吐かないどころか、シグマから掛けられた問いを問答無用で黙殺していたのだ。
だからシグマに対して『クソ女』と思っているとは考えにくい。…で、あればだ。
…シーザーはシグマを通して彼女のなかに『クソ女』とやらを見ているのだろう。
シグマは自身を拾い子と言ったが、シーザーが本当の事を伝えているとは思えない。何かしらある筈だ。…と、そこまで考えてローはかぶりを振る。
「シーザーの事情なんざ、おれにとっちゃどうでもいい事だ」
頭に浮かんだろくでもない考えを振り払い、足を動かせば正面口の直ぐ目の前まで来ていたらしい。思考に没入していて気が付かなかったが、扉の外側ではGー5の面々が吠え立てている声が聞こえてきて、その随分と躾のなっていない野次に正義だなんだとお高くとまっちゃいるが、動物みたいなやつらだなとローは思った。
下っ端は大した事のない奴らだ。吠える事しかできない弱者でしかない。厄介なのは、そのバカ共を纏めているスモーカー中将ただ1人である。
彼は勘が鋭く、頭も回る。まさに猟犬と言った活躍ぶりも耳にしている。なんでも、きな臭い事にえらく鼻が効くのだ。
…今回も嗅ぎつけて来たのだろうと、ローはいつも通り感情を読ませない笑みを浮かべて扉を開いた。
海軍の中将だろうと関係ない。
利用出来るものは遠慮なく利用させてもらうに限る。
合間見えた猟犬の目が鋭い視線となってローを貫いた。
「おれの別荘に…何の用だ、白猟屋……」
*
Gー5を惨敗に追い込んだローは、研究所に戻るとシーザーに「スモーカーの心臓だ」と偽ってモネの心臓を手渡せば気の利いた土産だとシーザーは上機嫌に笑う。
モネやシーザーと同じく、ドカリとソファーへ腰を下ろしたローが麦わらの一味を見たと言って、シーザーへ「どうするんだ?」と尋ねれば、怪しい笑みを浮かべてもう手は打ってあると答えが返ってくる。
イエティ・クール・ブラザーズ。
優秀な殺し屋である2人を向かわせたと語るシーザーにモネが言う。ついさっき連絡が入ったと。
「殺したと連絡があったわ……うふふふふ…期待はずれ…。ローと同じ “最悪の世代” で、政府が “黒ひげ” に劣らず危険視している一味よ? 『完全復活』なんて記事になっていたからもっと骨のある奴らかと…──ね? ロー… ──よく知ってるんじゃない? 2年前のシャボンディ、そしてマリンフォードであなたは麦わらと二度関わってる」
「なに?」
モネの発言にシーザーが懐から銃を取り出してローへ突きつけ「お前が呼び込んだって事はねェよな…」と、ローを疑うが銃を突き付けられているにも関わらず涼しい顔をしたローに「何故おれがアイツらを呼ぶ」とふてぶてしい態度で返されてしまった。
「ここがバレる事はおれにとっても都合の悪い事なんだぞ…それにおれは警告してやったなシーザー。あいつらを閉じ込めた位で安心するなと、結局グダグダと文句を垂れてるじゃねェか」
「ぐぬゥ… !! …………まァ、仲間を呼ぶならもっと上手くやるよな…悪かったな疑ってよ」
「わかりゃいい」
銃を背けて素直に謝罪を口にしたシーザーを一瞥したローがソファーから立ち上がって何かあれば呼べとモネに伝えると、踵を返し部屋から離れる。
その足で外へ出て麦わらの一味と合流する前にシグマの最終意思確認をするため、彼女が居るであろう研究室へローは向かった。
優柔不断なシグマに痺れを切らし、一方的に選択肢を与えてひと月が経つ…もう、答えは出ている筈だろう。
自由を羨むように瞳を輝かせながらも、自ら檻の中に居座る事を良しとするシグマの思考がローは堪らなく気に食わなかった。
ローは思う。
アレは何だかんだと理屈や屁理屈を捏ねて、自分の願望に見て見ぬふりを決め込んでいるだけの拗ねたクソガキなのだと。
本当は望む事がある癖にどうせ手に入らないからと強がっているに過ぎないのだ。…そんな所まで嘗ての己を思い出させるシグマにローは苦虫を噛み潰したような心地になった。
…とは言っても、ローの中でシグマが出すであろう答えはわかり切っている。あれだけの知識欲に塗れた人間が簡単に死を受け入れる筈がない。それが自分の世界は狭いと知った者であるなら尚更。
シグマは生を選ぶ。そんな確信を持ってローは研究室の扉を前とは打って変わり、静かに開いた。
「 ──『汝の意志する事を行え、それが法の全てとなろう』……君は、コレがどんな意味かわかるかい?」
エメラルドの石碑に手を当てながらシグマは振り返ることなく、部屋に足を踏み入れたローに世間話の様に訊ねる。
声を掛ける前に訊ねられたローは心底どうでも良さそうに息をついて「さぁな、おれは医者だ。錬金術師じゃねェ」と吐き捨てた。
そんなローの言葉に苦笑いを人知れず浮かべたシグマだが、その笑みは次第に自信に満ちたものへ変わり、キラキラときらめく瞳がローを捉え、細められる。
「【セレマ】だ。意思を意味する思想だよ。コレはこう言いたいんだ。『あなたが真に欲すべきことをして、あなたの真の意思を持ちなさい』ってね」
「ヘェ…そいつはご立派な思想だな、結構な事だ。で、…そんな事より宿題をとりに来た。おれも急いでる、
「相変わらず、ノリが悪いなぁ。…あぁ、そう睨まないで。実はね、あれから凄く考えたんだ。そうしたら
シグマの答えを聞いたローは鼻を鳴らすと、わかりきっていた答えに満足したのか、片手をシグマへと差し出す。
「その答えでいいんだな?」
「ああ。……わたしを、外へ連れて行ってくれ!」
力強く、筋張ってささくれだつ大きな手を握ったシグマと小さくなまっちろい手を軽く握り返したローの視線が交わる。
片や希望に満ちた瞳、片や無感動な瞳、とチグハグな2人だが、初対面の時のような拒絶感は一切ない。
「…ある海賊と合流する。お前は黙って着いて来い」
「はぁい…え !? 海賊って、あの海賊 !? 本当にいたんだぁ! すごーい!」
「………おれも海賊だ」
「へぇー! …あれ、でも君、医者だろう?」
「医者で海賊だ」
「えぇ !? 医者で海賊って、欲張りセットじゃないか! …全く君ってヤツは…この、欲張りさんめ !! 」
「欲張りで何が悪い。おれは海賊だぞ………まて。欲張りセットってなんだ。ソレも本の知識か? 変なモンばっか覚えやがって…」
「本? いや、
「どうでもいいモン覚えるのやめろ。忘れちまえ」
え〰〰? 語呂がいいのに〰〰欲張りセット。
そう言ってブー垂れるシグマをローが睨みつけ、次にその言葉を口にしたら置いて行くと脅しを掛ければシグマは直ぐに口を閉ざした。現金なヤツである。
そんなくだらない会話をしていればあっという間に研究所の裏口に辿り着き、経験した事のない寒さがシグマの全身を包んだ。
「さ、さむ〰〰い! でもすご〰〰い!コレが雪かぁ! 冷た〰〰い !! 知ってたけど生の自然ってすご〰〰い !! 」
「おい、はしゃぐな!」
「ごめーん! ついテンションが上がってしまった! これからは態度を改めるとも! え〰〰︎……空は、なんか灰色っぽい! 青じゃないんだね!」
「1ミリも改まってないじゃねェか …空は晴れたらちゃんと青い」
「ふぅん。晴れって、太陽も見えるの? ねぇ、月や星は見えないだけで空に浮かんだままって本当?」
「矢継ぎ早に聞くな! クソっなんたっててめェの疑問に一々答えなきゃいけねェんだ !? 黙って着いて来いと言ったろう !! 」
子供のようにはしゃぐシグマの襟首を掴み、引き摺りながら歩くローに「ごめんなさーい」と反省の色が見られない謝罪を投げ掛けるシグマの声にローのこめかみからビキリと音を立てて青筋が浮く。
バラしてやろうかとシグマを睨みつけた瞬間、背後から掛けられた声にローは掴んでいた襟首を放り投げた。
蛙の潰れたような声と共に「つめたーい !! 」と非難を浴びたが、ローの目線は声を掛けてきたシーザーの部下1人に固定されている。
「ローさん? どちらへ…って、お、お嬢 !? 何故ここに !? 」
「何故って? 決まっている、島の探検だとも! 人生は冒険だって顔も名前も知らない誰かが本に綴っていた! それに、ロマンを追い求めることは誰しもが夢見るもの…人間って、そういうものだろ?」
「いや、雪に埋もれながら何言ってんだあんた !? バカみたいなこと言ってないで研究所へ戻ってくださいお嬢 !!
「そうかな〰️?」
「そ う で す !!! それに、ローさん! 今…近くに海軍の奴らが… !! 」
そう言ってシーザーの部下がローへ身振り手振りを交えて敵がいると伝えるも、温度のない目に射抜かれた彼はまるで蛇に睨まれた蛙の如く身体を硬直させた。
「…知らねェよ」
「え !? 」
それは一瞬の出来事だった。
ローが刀をスラリと抜いてその場で3、4回刀を振り回し鞘へ刀身を収めれば、部下の彼の身体は瞬時にバラバラになって雪に埋もれる事となる。
助けを呼ばれないよう口を斬られた彼は声にならないうめき声をあげていた。
シグマ自身、バラされる事を経験したがあそこまでされてはどうしようも出来ない。このままでは凍死しまうと目でローに訴えかけるが、ローはシグマを一瞥すらしない。
「どこへ行こうと、おれの自由だ」
「だからって、ここまではしなくとも良かったんじゃぁ…」
「連れ戻されてェなら好きに組み立てろ。その場合ここでおれとお前はさよならだがな」
「……すまない、顔も名前も知らない君! 成仏してくれ!」
「……… !! 」
「何事にも代価はつきものだ、それが、等価交換ってヤツだろう」
「覚悟は決まったか?」
「ソレは生命のやり取りを? だったら、もともと決まっていたとも。己を科学者と自称した時からね。だから再確認と言ったところさ」
試すような目で見下ろされたシグマは不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。それでも2人の身長差はそこそこあるが、立っていて見下ろされるのと座っていて見下ろされるのとでは心境が全く異なるものである。
「では行こうか! 君の協力者の所へ !! …ごほごほ!」
「……おい」
「え、いや? わたしは20年間風邪のひとつもひいたことがない健康優良児だとも! 君のお墨付きのね! ごほごほ! だから雪に埋もれた位で風邪をひくなんて軟弱な免疫はしていない! ごほごほ!」
「はぁ…お前が案外打たれ弱い身体なのはよくわかった。生憎だが今薬の手持ちはねェ、合流したら分けて貰え」
「っ…、ああ!っ…、わかったとも!っ…」
「悪化させたくなきゃはしゃぐんじゃねェぞ、いいな!」
「…ごほごほ」
「返事はしろ、横着するな」
「はぁーい」
そうしてローの能力を駆使して雪山…と言っても殆ど施設の残骸のようなものを登りきったある場所でローは立ち止まった。
疑問に思ったシグマだが、直ぐに下から雪男が現れて合点がいく。
先程の部下同様、シグマを連れて外を出回っている事を報告される訳にはいかないから口封じをするのだろう。
「オォ !! お前… !! いい所に、今 “麦わらのルフィ” がここに…」
雪男が言い切る前にローが動く。
能力を発動し、一閃。そうすれば雪男の胴体は真っ二つに別れて雪面に倒れ伏す。彼の手から人間のようなものが投げ出されたがシグマはよく確認する事なく懐から冊子状になったメモ用紙を取り出し、1枚千切ると今まさにローへナイフを突き立てんとしている雪男へソレを掲げた。
「わたしも、少しは有用性を見せとかないとね!」
メモ用紙からパチパチと光が弾けると、それは瞬く間に雷光の如き眩しさへと変貌する。
「そこを動かないように! “
文字通り光の速さで飛来する雷の矢は雪男の持つナイフへ吸い込まれると、落雷に打たように雪男の身体を感電させた。
黒焦げになり雪に埋もれる雪男を見て、咳き込みながらもシグマは誇らしそうにローへ胸を張り、どうだと言わんばかりの表情を向ける。が、ローは驚いた顔をするばかりで賞賛の声をシグマに浴びせようとしない。
「もぅ! 凄いのひと言でも言ったらどう !? コレがわたしの科学の力、錬金術だ !! 」
「…驚いた。お前、そんな事出来たのか……」
「そう! 出来たとも! 稀代の錬金術師には及ばないが、静電気を風と火の力で無理矢理発電させ、集めて解き放つ! まぁ、本当はもっとちゃんとしたプロセスがあるんだが、ソレは割合だごほごほ」
ローの言葉にぴっかぴかの笑みを浮かべて鼻の下を擦るシグマの身体に突如、長くしなやかな腕が巻き付く。
腕?誰のだとローを見ても離れていて届く距離になく、そもそもロープのように腕は巻きつくものだったかとシグマが思案した瞬間、気が付けばシグマは宙を舞っていた。
「えぇ〰〰〰〰 !!? 」
「ししし!お前すんげェな!魔法が使えんのか !? 」
「魔法だって?バカな事はよしてくれよ、無から有は決して生まれない。錬金術の絶対法則だ!」
「ヘェーよくわかんねェけど、トラ男もお前もナミを助けてくれてありがとな!」
「あ…ありがとう…、…あ、違う !! ちょっと、そっちのあんた! 私の身体返してよ !! 」
「おっ、お礼なんてぇ〰〰 !! ……身体って? 君にはその素晴らしいボディがあるじゃないか! なんか、スーパーってカンジ !!! ごほごほ」
「お前っフランキーを知ってんのか !? 」
「知らない。個性的な君の事?」
「だぁれが、フランキーよ !!! 私はナミ! もともとは女の身体だったのに、そこのソイツに中身を入れ替えられちゃったのよ !!! 」
「えぇ〰〰 !? 君、そんな事も出来ちゃうのぉ !? すごーい!」
「おう! トラ男はすげーぞ! たぶん! なんたっておれの命の恩人だから!」
「すごーい! ごっほごほ」
「………」
怒号の勢いで展開される嵐のような会話に押し黙っていたローだが、雪が降り積もって出来た小丘に足をかけて登りながらある提案をする為、麦わらの一味の船長であるルフィに話しかける。
「……少し考えてな………お前に話があって来た…! 麦わら屋」
「?」
「え !? 麦わら屋って…もしかして、友達…ってコト !? 」
外野が的外れな事を言っていようが、鎖を噛みちぎっていようと気にせずにローは続けた。
「お前らは偶然ここへ来たんだろうが、この島には “新世界” を引っ掻き回せる程の──ある、『重要な鍵』が眠ってる」
「………?」
「……… ??? 」
真剣に聞いているのが1名、聞いているが何を言ってるのか理解していないのが2名。
背を向けていたローが、その様子を見なくて済んだのはある意味、幸運だったかもしれない。
もし正面を向いていたら「おい、ちゃんと話を聞いているか?」と突っ込まずにはいられなかっただろう。
それはさておき…ロー曰く、 “新世界” で生き残る為には『四皇』と呼ばれる強い海賊の傘下に入るか、その強敵達に挑み続けるかの2択であると言う。
「誰かの下につきてェってタマじゃねェよな、お前」
「ああ!おれは船長がいい!」
元気いっぱいに答えたルフィに、だったらとローは同盟を結ぶことを持ち掛ける。
「……同盟?」とおうむ返しのようなルフィへローはニヒルな笑みを浮かべて衝撃的な事を口走った。
「四皇を1人… !!! 引きずり降ろす “策” がある」
【補足】
シグマの技であるEM・◯◯は本来、錬金術記号の四大元素を使っていたのですがハーメルンさんでは対応文字ではないので急遽別のもので代用しました。
▲=空(風) 本来は△の上部に─が入ったような記号。
△=火 これは本来の記号とほぼ同じ。
▽=水 こちらも火同様ほぼ同じ記号。
▼=地 風(空)同様▽の下部に─が入った様な記号。
組み合わせとしては作中に出てきた『▲+△=雷』とか他に『▲+▽=氷』とか。
理科の内容で某RPGのFOF変化技みたいなことしてます。