『ハートの海賊団と同盟を組む〰〰〰〰 !?? 』
第一第二研究所跡に避難していた麦わらの一味と合流を果たしたシグマとローは個性の強い船員たちの騒ぎ声を聴きながらダンマリに徹していた。
いきなり輪に入って行けるほど流石のシグマも図太くはないし、ローにいたっては慣れ合うつもりなど毛頭ないのか、ハシビロコウのようにじっと微動だにせずルフィを見つめているだけだ。
「それはそうと、彼の隣にいる彼女は? ハートの海賊団のクルーなのかしら?」
「違う…こいつは、シーザーの娘だ」
「シーザー・シグマだ! 好きに呼んでくれたまえ!」
「そうかシーザーの…っえぇ〰〰 !!? シーザーの娘ェ〰〰 !? 」
「と言っても、血は繋がっていないけれどね。拾い子なのさ、わたしは」
胸を張って言うシグマの横顔をチラリとローは盗み見たものの、直ぐにその視線は麦わらの一味に戻される。
憶測で話をややこしくする必要性は全くないとローは喉まで出かかった言葉を飲み下した。
…シグマはただの拾い子じゃない。それだけはローは確信を持って言える。目の前で眠りこける巨大化した子供達がその確証を裏付ける証拠になり得るからだ。
だが、それを今言って何になると頭の隅にソレを追いやる。シグマに対するシーザーの執念を暴くことは、目的を達成する為に必要な歯車ではない。
突いて蛇が出る事が明白な藪を誰が突こうというのか。
「なぁ! シーザーは、お前の父親は何を考えて子供達にこんな仕打ちをしたんだ !? …お前は、この事知ってたのか !? 」
「素敵なグル眉の君。残念ながら…わたしも子供達に関しては今 初めて知ったとも。…ところで、この子達は巨人族なのかな?」
「違うよ! 皆んな元は普通の子供だって言ってた! 薬漬けにして…こんな、何がしたいんだよ !! シーザーは !! 」
目に涙を浮かべて訴える麦わらの一味である『黒足のサンジ in トニートニー•チョッパー』はシグマの肩を掴んで揺さぶるが、シグマの表情には罪悪感も憐れみも浮かびはしない。そこにあるのは無感情に彼を見上げるガラス玉のような瞳だけだ。
「… “人の巨大化” ってのは何百年も前から推進されてる『世界政府の研究』だ。──コレを成功させてシーザーは世界政府やベガパンクの鼻を明かそうってハラだろうが…そうそう、うまくはいかねェよ… 」
「いや、そんな腹づもりは
チョッパーに問われても無反応だったシグマの代わりにローが考えうる可能性を口にしたが、それは即座に養女であるシグマに否定されてしまう。
「…何故そうだと言い切れる」
「遺伝子と言うものは成長すればするだけ拒絶反応が出易くなるのさ。だから、もし、 “人の巨大化” だけを実現させたいのであれば産まれたばかりの赤子にこの子達以上の投薬をすればいい。そうすれば成功率は格段に上がるだろう。いつもの
「…それは、実例があるからか?」
「? 実例以前の話だ。わたしは確率の話をしている。……だから “この程度” で済んでいるのは、
そうあっけからんと言い放ったシグマだが、直ぐに麦わらの一味達の曇ったような表情に気がつくと、慌てて身振り手振りで誤解を解こうと必死になった。
「あ! 違う! ごめんよ! デリカシーが無かった! 倫理的に許されない事だとはわたしも理解している! ただ、
「安心しろ。コレはシーザーの手先じゃねェ。なんたって、コイツ自身、育ての親であるシーザーに命を狙われてるからな」
「命を狙われてるって、何すりゃそんな事になんだよ !? 」
「いやぁ、何したんだろうね? …わたし… 」
長い鼻が特徴的なクルーのウソップにギョッとしたように見られるシグマだが、命を狙われる程の出来事に相当するモノが思い浮かばず、困ったような顔で笑う。
その様子にナミと名乗った鉄人は、自分で引き取った子供すら殺そうとしてるなんて!と底冷えするような低い声で眉間に皺を寄せていた。
「おれ、お前のこと嫌いだ! でも悪い奴じゃねェのはわかる! トラ男と一緒にナミを助けてくれたからな! だから同盟を組む事は変えねェ !! 」
「…ルフィ、私はあなたの決定に従うけど…… 」
船長であるルフィの言葉にニコ•ロビンは “海賊同盟” について簡単に説明し、人を信じすぎる傾向のあるルフィには不向きではないかと進言するも、隣に立つローに直接「え? お前、裏切るのか?」と率直に尋ねればローは首を横に振って裏切りを否定した。
「とにかく “海賊同盟” なんて面白そうだろ !? トラ男はおれ、いい奴だと思ってるし、一緒にいるコイツの事も悪い奴じゃねェと思ってる! もし違ったとしても心配すんな !!! おれには、2年間修行したお前らがついてるからよっ !!! 」
堂々と腕を組み、笑顔でそう言い切ったルフィに仲間達は驚いたように声を上げていたが、それは瞬く間に照れたようなデレデレとしたものに変わり、調子の良いルフィの仲間達にローは「ソレでいいのかコイツら」と頭の中で思いながらも口には出来なかった。
隣のシグマは呑気に「仲が良いんだねぇ、いいなぁ〰︎〰︎」と、ぼやいてチラチラとローを盗み見るも、ローはあえてその視線を黙殺する。
シグマは勘違いしているようだが、ローの口癖である『〇〇屋』は別に親しくなった相手に送る渾名でも何でもないただの呼称だ。
だが、そんな事は箱入り娘のクイーンオブ頂点に君臨するシグマにとっては知らぬ存ぜぬである。
他所から来た人間とソレなりに言葉を交わし、他とは違う呼ばれ方をしたら、もうそれはシグマの中では愛称になるのだろう。シグマの中ではもうすでにローは『友達』であり、ルフィは『友達の友達』なのだ。
「 “シャンブルズ” 」
薄桃色のハートが宙を飛び回り、在るべき所へ戻ると、鉄人ことフランキーは先程の嫋やかさなど始めからなかったかのように陽気な姿になり、何処か愛想の悪い気絶したトナカイ、チョッパーは愛嬌ある表情に変わった。
そして、愛嬌のあったグル眉はいまや嫋やかな仕草と声音になり、ナミと名乗った彼女は未だ本体に戻れていないのだと言う事がわかる。
「なんで私だけたらい回しなのよ !!! フランキーの次はサンジ君 !!? 」
人差し指を噛んで悔し涙を流す彼女をルフィ含めた歳下組が腹を抱えて笑うも、鬼のような表情でナミが怒るが、涙をぬぐいながら起き上がったウソップに仕方がないと宥める。
「しょうがねェよ。お前の体はサンジが侍捜しに持ってっちまったんだから」
「だからって、こんな…! なんとかしてよ、アンタ !! 」
ローに縋るも「体がねェとムリだ」とにべもなく一蹴されたナミが肩を落として項垂れていると、シグマが側にやって来てその肩に手を置くと、元気を出してと言わんばかりにぽんぽんと叩く。
「君、何もそんな言い方しなくてもいいじゃないか。彼女、こんなにも落ち込んで…可哀想に」
「なら、お前の体と交換するか?」
「えっ !? ダメダメ !! ダメだよ! 今はダメ ! 」
「…だったら静かにしてろ箱入り娘。今度おれの言う事に文句つけやがったらバラして袋詰めだからな」
「なんか怖い事言ってる! そんなのヤダ〰〰 !! 」
身体を掻き抱いてヒンヒンと泣き言を言うシグマをナミは思わず半目で見つめた。
その視線気がついたシグマが申し訳なさそうに眉毛をハの字にするが、ナミがその表情に絆されることはない。じっとりと睨むナミにシグマの額に汗が浮かび上がって来て瞳が揺れ動く。
そんな何とも言えない空気を打ち破ったのはローの本気で助けたいのか?という問いで、ナミはシグマを睨むのをやめると、子供達に向き直り、視線を外されたシグマはホッと胸を撫で下ろした。
「…どこの誰だかもわからねェガキ共だぞ」
「ええ。見ず知らずの子供達だけど、この子達に泣いて『助けて』と頼まれたの」
ナミの脳裏に泣きながら「お家に帰りたいよ! 助けて !! 」と助けを求めたモチャという少女の姿が浮かぶ。
シーザーがどれだけ巧妙に子供達を騙そうと、当の本人達はすでに施設のおかしな点の気がつき始めている。…でなければ初対面の、それも施設の人間に追われている不審者に助けなど求める筈がない。
「この子達の安全を確認出来るまでは、私は絶対にこの島を出ない !! 」
「? ……じゃあ、お前1人残るつもりか?」
眠る子供の側に膝をつき、背を撫でるナミに疑問を投げかけるローだが、ルフィの仲間は置いていかないと言う言葉に顔を強張らせる。
それからのルフィの要求は止まることを知らず、結局ローは麦わらの一味に付き合わざるを得ない状況に流されてしまうと、思い通りに行かない現状に深いため息を吐き出した。
「ああ…いやわかった時間もねェ… !! じゃあ侍の方はお前らでなんとかしろ !! ガキに投与された薬は調べておく。船医はどいつだ一緒に来い、シーザーの目を盗む必要がある」
そう言ったローの頭に括り付けられたチョッパーを見て、本人達とウソップを除いた全員はその光景に腹を抱えて笑い、ローは全く理解できない現状に震える事しか出来ず、言葉が全く頭に浮かんで来ない。
普段通りで在るならば、文句の1つや2つ、彼の口から飛び出すどころか能力で切り刻まれて人間パズルになるところだが、未知との遭遇は余程の衝撃だったという事だろう。
「あっははははは !! あはははははっゥ、ごほ! っごほ !! 」
「おいおい、なんだおめェ風邪引いてんのか?」
「ごほっ! ゴホゴホッ !! バカ言わないでくれ鉄人の君! ゴホッ !! わたしは20年間病気とは無縁な健康優りょ…ッッ」
「おい? どうした?」
明らかに大丈夫そうでない咳をしはじめたシグマに、側にいたフランキーは訝しげな視線を向ける。
未だ他の皆は気付いていないようだが、体をくの字に曲げて苦しそうに脂汗をかくシグマに異常事態だと察したフランキーが付き添い人であったローに声を掛けようとした時だ。
「ガフッッ !! ……ぇ、ぁ…?」
ぬちゃり。
色鮮やかな血がシグマの手を滴り落ちる。
力の入らなくなった身体が崩れ落ちる寸前でフランキーに支えられたが、ぐったりとして血の気のない顔に薄紫色に変色した口唇を伝って流れ出る血はどう見ても重病患者にしか見えない。
「しっかりしろ !! おいトラファルガー! コイツどうしたんだ !? 」
「…今見る! “スキャン”!」
チョッパーを小脇に抱えて駆け寄ったローはオペオペの能力でシグマの全身をくまなく調べるも、肺に異常が起きて喀血をしているという事しかわからず、喀血を起こす原因となった要素を見出せない原因不明の症状に舌を打つ。
「どう言う事だ !? お前は確かに健康体だった! 死ぬとしたらシーザーの手によってと言っていたろう !! 」
「おい喀血にしては出血量が異常だ! とにかく血を抑えないと! おれのカバンに止血剤がある! お前、医者なんだよな !? おれ、今動けねェから代わりに打ってやってくれ!」
「わかってる…!」
横たわるシグマの袖を捲り、血の気を失った青白い腕を手に取ったローは肘正中皮静脈に慎重に針を突き刺すと止血剤をゆっくり注入した。
焦る気持ちを抑え、注射器内の薬液が入れ終わったのを確認したあと、ローは針を抜きシグマの容態を横目で観察する。
眉根を寄せた苦悶の表情は変わらず、気管支から血を吐き続けるシグマの姿が本格的に過去の自分と重なり、ローの額に汗が浮かび上がってこめかみを伝う。
「 ──! ──なぁってば !! 」
「っ! …なんだ」
「大丈夫か !? 何度呼び掛けても返事しなかったんだぞお前!」
「問題ねェ、考え込んでただけだ。…それよりこの体勢じゃ溺水で窒息する。横に倒すぞ」
仰向けから横向きに体勢を変えてやれば、止血剤に含まれていた鎮痛成分が効いて来たのか比較的穏やかな顔になったシグマを見て、船医2人の処置を固唾をのんで見守っていた面々の肩の力が抜ける。
敵の娘という不安要素の塊だった存在だが、その不憫極まる立ち位置にいたシグマを一味の皆は邪険に出来ずにいた。
そんなところに、容態の急変が加わったので既にシグマを見る彼、彼女らの目から疑いの視線は消えている。
「応急処置用の注射だから、薬効はそんなに長くは持たねェ。子供達に投与された薬と一緒にコイツ…シグマの容態の原因も探さなきゃだから、急いだ方がいいよな」
「あァ…。だが、邪魔が入る事は想定しておけ。さっきの2人組の刺客でわかる通り、シーザーはお前達と白猟屋のG−5を消し去りガキ共を奪い返すつもりだ。それが達成されるまで奴の攻撃は止まない」
そう言ったローは一旦言葉を切り、穏やかに眠る子供達と未だ青白い顔で横たわるシグマを視界に収めた後、再び口を開く。
「シーザーは4年前の大事件で犯罪者に成り下がった元政府の科学者だ。立ち入り禁止のこの島に誰かがいるという事実がもれれば、あいつは絶好の隠れ家を失うことになる。だから、お前らを全力で殺しに来る……そこに錬金屋が居なくなったとバレればその勢いは更に増すだろうよ」
「なぁ、シーザーは自分の娘が死ぬ事を望んでんなら今のあいつを放っとくんじゃねェか?…こうなる事を想定してたってんなら胸糞わるいけどよぉ…」
ウソップの言い分は最もなものであったが、前提が違う為、ローは首を横に振った。
「いや、それはねェ筈だ。シーザーは自らの手で錬金屋を殺す事に意味を見出している様子だった。だから、逆に考えればあの容態の急変がシーザーの仕組んだものならあいつの命にはまだ猶予があるって事になるな」
「自分の子供を手にかけようとするなんて…シーザー、本当に最低な奴…!」
「よくわかんねェけど、出来るだけ急いでおれ達とお前でその “
「そういう事だ。…だが、奴はただの科学者じゃない。懸賞金3億ベリー、殺戮兵器を所持する “ガスガスの実”
「こっちで覇気使えんのは、おれとゾロとサンジ…あとお前だろ」
「まァ充分だ。おれは一足先に研究所へ戻る」
そう言って踵をかえしかけたローを引き留める声が投げかけられ、億劫そうにローは声を掛けて引き留めたナミに向き直る。
「誘拐って言うけど、誘拐して誰から身代金取んの?」
「…目的は金じゃない。 “混乱” だ。……成功してもいねェのにその先の話を今する意味はない。とにかく、シーザー・クラウンの捕獲に集中しろ。決して簡単じゃない。…おれの計画はその時ゆっくり全員に話す。……野暮な確認だが、」
ローはルフィを真っ直ぐに見据え、シーザーの誘拐に成功した時点で事態はおのずと大きく動き出し、そうなるともう引き返せなくなると告げる。
「考え直せるのは今だけだが?」
「大丈夫だ、お前らと組むよ! あいつの事もチョッパーが気にかけてるなら放っておけねェしな!」
「 ──なら、おれもお前達の希望を飲むとする。残りの仲間もしっかり説得しとけ」
「ああ! わかった !! 」
こうして、麦わらの一味とハートの海賊団の船長によるシーザー・クラウン捕獲作戦が始まった。
*
「 ──グマ。──シグマ」
耳に水でも詰まっているかのようにぼんやり鮮明に聞こえない音で意識が浮上する。
朦朧と靄の掛かった思考でその音の正体が自分の名前を呼ぶ声だという事に気付き、酷く重い瞼を無理やり抉じ開ければ、そこは20年間見慣れた研究所の室内だった。
「……?」
おかしい。確か、医者の彼に手を引かれて外に飛び出していった筈ではなかったか?
…まさか夢? じゃあ、ずっと眠っていたのだろうか?
「 ──! ── !! 」
騒がしさに目を向けると、その先には大きな檻があって、その中に6人の人影を確認する事ができる。
何度も瞬きを繰り返し、漸くはっきり視界が晴れたこの目が映したのは、顔見知り4人と全く知らない2人が捕まっているようで麦わらの彼が何故か必死の表情で声を掛けているみたいだ。
…あ、よかった。夢じゃなかったんだ。
そう安堵したが、すぐに違和感に気がつく。
「…ぁ、れ? 君達、なんでそんな所に…ゥ、ゴホッ! ゴホゴホッッ !! 」
口元が濡れる感覚に、完全に意識と記憶がハッキリし始めて、状況を把握しようと身体に力を入れるが、指一本満足に動かす事が出来ずに焦りが生まれる。
四苦八苦して身体を動かそうとするも、ジクジクと蝕むような痛みを感じる身体は言う事を聞いてくれない。
そうしている間に、目の前に養父の顔が映り込んで、いつもの癖で「
「その面と声で! おれの事を父と呼ぶんじゃねェ !! 虫唾が走る !!! 」
それは初めての事だった。養父が己に対して感情を爆発させるのは20年間、育てられて来て一度も無かった事だ。
眼を血走らせ、鼻息荒く拳を握りしめる養父をモネさんがやんわりと咎める。「うふふ。確かにシグマは悪い子だけど、せっかくの誕生日にそんな事したら可哀想よ “
それを聞いた養父は鼻から息を長く吐き、だいぶ落ち着いたのか今度は怖いくらい満面の笑みでわたしの腕を掴み上げると倒れた身体を元に戻してご機嫌に聞こえる声音で話始めた。
「おぉ! そうだった! 我が愛しの娘シグマ! せっかく最高のプレゼントを用意してたのに愛娘のお前が消えたと聞いた時は…もう、胸が張り裂けそうでェ… !! 」
「……」
「あァ、そうだとも! 胸が張り裂けそうなくらい気掛かりだったんだ! どうだシグマ! おれが開発した毒の味は !? “ガスガスの実” の力で生み出したおれの第二の傑作 “インビジブル ” はどんな事をしても発見できない不可視の毒 !! 引き篭もってる分にゃ無毒だが、外に1歩でも出ちまえばあら不思議! あっという間に全身に毒が回ってじわじわ衰弱死へ導く素敵な猛毒 !! 」
クルクルと踊りながら、急に現れた体調不良の原因を歌うように語り出した養父に色々と合点がいった。
養父は、わたしが外へ脱走する事を前提に毎日のサプリメントにその毒を混ぜていたのだ。
「硝酸塩エアロゾルと化合する事で毒素を生成する “インビジブル” は、エアロゾル摂取量が35ug/m3を超えると肺細胞を攻撃して初期症状に喀血を引き起こす! 空気を吸うだけでも激痛が肺を襲うってのに、更に酸欠と溺水による窒息で踠き苦しみながら外へ出た事を後悔して…シグマ !! てめェはここまで育ててやったおれに恩を報えなかった事を泣いて詫びながら野垂れ死ぬんだよ !!! 」
指を突きつけ、唾を飛ばす勢いで捲し立てる養父は再び落ち着きを取り戻したのか「だが、お前は運がいい」と穏やかな声音で語りかけてくる。
「何故なら今日はお前の誕生日 !! 特別に死に方を選ばせてやろうじゃねェか !! ここに “インビジブル ” の中和剤がある。おれの言う事を素直に聞くってんなら苦しい死に方はしなくていい。…カワイイ愛娘が苦しんで逝くのは流石のおれも心が痛ェ。親心ってのは、そういうモンだろ? シュロロロロロロ !! 」
「 “
「あー? そうだな、じゃぁこうしようシグマ! おれがバースデーソングを歌い終わる迄にどうするか決めるんだ、いいな?」
「…わ、かった」
「シュロロロ! いい子だ!」
身体を動かせない事にはどうしようもないので、取り敢えず頷いて中和剤を手に入れる事を考える。なんで皆んなが捕まっているのかはわからないが、彼らの事だ、きっと何か考えがある筈だ。
そのいざという時に動けないようでは足手纏いになってしまう。だから、今は素直に頷いて中和剤を入手しなければ。
養父の歌声が室内に響き、モネさんともう1人の知らないおじさんの手拍子が場の雰囲気と合わなくて少し狂気じみている。
牢に閉じ込められている彼らもその気味の悪さから顔を顰めてボソボソと何かを言っているようだ。
「ハッピバースディ、ディア、シグマ〰〰! ハッピバースディ、トゥーユー !! 」
「おめでとう」
「おめでとう、シグマ」
「20歳の誕生日おめでとう、シグマ !! そしてさようなら… !! シュロロロロ !! さぁシグマ! 優しいお前ならおれの言う事を聞いてくれるよな?」
「…う、ん」
声を出すのも辛くて、たったひと言に1回頷いただけになってしまったが養父は気にしていない様子で、ニコニコとした笑顔で中和剤の入った小瓶をわたしに渡そうとして……床に叩きつけた。
「え、」
「バァーカ !! どうせ殺すんなら中和しようがしまいが関係ねェ! シグマ! てめェはおれを怒らせたんだ…! 苦しまずに逝ける筈がねェだろ、なァ !? 」
割れた小瓶と床に広がる中和剤から目が離せない。
養父はそんなわたしの様子に満足したのか溜飲を下げたように上機嫌に高笑いしながら、感極まって独白のように誰に聞かせるでもない言葉を重ねている。
「……漸くだ。本当にめでたい日だぜ! 待ちに待ったこの瞬間… !! 30年…30年だ !! クソ女の残した遺物を調べるのに5年! クローンを作るのに更に5年 !! 最後はソイツを使えるようにするのに20年 !!! 」
「く、ろーん? …わたしが?」
「うん? あァそうだ、考えりゃわかんだろ! 新世界にあるログのねェ島に! どうやってガキを乗っけた小船が無事漂着するってんだ !? …シグマ! お前はおれがあのクソ女、エスメラルダ・