レプリカント   作:華麗なイモリ

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 上機嫌に両手を広げ、心底愉快と言わんばかりに出生の真相を語るシーザーをシグマは揺れ動く瞳で見上げる。

 その表情は悲嘆に暮れ、血濡れた口は言葉を紡ぐ事も叶わず開閉を繰り返して、結局ひと言も口に出来ず固く結ばれて終わった。

 

 シーザーはそんなシグマの顔に鼻の頭が触れ合いそうになる程近づき、嗜虐的な表情を隠そうともしないニヤケ面で 「 その被害者ぶった面ァ! 反吐が出るほど瓜二つだぜ !! 」 と吐き捨て、シグマの襟首を片手で乱暴に掴み上げると、今まで寄り掛からせていた石碑へ強く押しつけ睨みつける。

 

 そこで初めて、シグマは自分が寄り掛かっていたのが【エメラルド・タブレット】であったのだと気がついた。

 研究室から切り取られ運び込まれたエメラルド・タブレットは、照明の光を受けて緑色に輝き、無機質な床へその反射光を散らす。

 

 その光が忌々しいと言わんばかりに目を細めたシーザーは、感情の発露を堪えているような搾り出し掠れた声で、嘗ての同僚を語り出した。

 

 

 

「…エスメラルダは鉄みてェに無愛想な女で、優秀な科学者だった。あァ、認めてやるよ。奴は天才だった」

 

「……っ」

 

「15歳にしてMADSに勧誘された奴はベガパンクと並んで数々の功績を残した、このおれの発明を差し置いて…! おれが受ける筈だった賞賛と功績を奴は横から掻っ攫いやがったんだ! だからおれは奴に復讐すると決めた! 殺戮兵器だけは奪われまいと研究に研究を重ね…現・最高傑作の基となる兵器を作りあげたのさ !! 」

 

 

 

 抑え切れず、徐々に感情のボルテージが上がっていくシーザーがひと言一言を口にする度に声音は徐々に高くなり、目を見開き威嚇じみた凶悪な笑みで吐き出された言葉の端々には燻る火種のような怒りがじりじりと滲んでいる。

 

 

 

「さァ! これでブチ殺せる! あのクソ女をブッ殺して復讐を遂げてやる !! …と、あの頃のおれは息巻いてエスメラルダをおれの研究室に呼び出した! …が !! 呼び出したってのに、奴は…奴は !! あろう事かおれの呼び出しを無視しやがったんだ !! 実験体のモルモットのガキ1匹を優先して、そいつを逃す為だけにッッ !!! 」

 

「ぅ、ぐ、…っ !! 」

 

 

 

 完全な興奮状態に陥ったシーザーはシグマの襟首を更に強く握り締め、ギリギリと押し潰さんばかりに力をかけると、シグマの顔は苦渋に歪み顔色も段々悪くなっていく。

 

 

 

「実現出来ねェとてめェで匙を投げてた【賢者の石】を作ってクソガキを解放しようとしたんだ !!

 …で !! どうなったと思う !!? あァそうだ !! 案の定、奴は失敗したのさ !!! おれが一向に現れないエスメラルダに痺れを切らして態々出向いてやった頃には! 奴は! 今のてめェみてェに絶望したような被害者面で! ゴミみてェな囚人共の命が消えていくさまを見てやがった !!! 」

 

「ッッぐゥ、ぁ…!」

 

「シーザー。少し落ち着け。そのままでは圧死してしまうぞ。…君がそれでいいと言うなら止めないがね」

 

 

 

 余りにも感情の制御が出来ていないシーザーを見かねてモネと共にいた男、ヴェルゴがシーザーを宥めようと声を掛けるも、逆効果だったのか更にヒートアップしたシーザーに一蹴されてしまう。

 

 

 

「ッッ! うるせェっヴェルゴ! てめェは黙ってろ !! 誰のお陰で今までやって来れたと思ってんだ !? 全部おれの【SAD】のお陰だろうが!」

 

「…わかった、わかったよ。君のする事に口出しはしない。少し落ち着いてくれ」

 

「……チィッ !! 」

 

 

 

 下手に出るヴェルゴに思うところがあったのか、幾分か冷静さを取り戻したシーザーは盛大な舌打ちと共に、石碑に押し付けていたシグマの襟首から手を離す。

 シーザーから解放されたシグマは、酷く咳き込みながら立っていられずに石碑伝いにズルズルと再び床へ座り込む。そんな彼女を一瞥するシーザーの目は酷く冷たく、歯を噛み締め、嫌悪感に塗れた顔をしていた。

 

 

 

「…出来上がった賢者の石は『出来損ない』だった。それは奴の助手を自称していた居候に持ち出されちまって今じゃ何処にあるかもわからねェ。出来上がった賢者の石…擬き、に奴は鉄仮面を脱ぎ捨てて取り乱してたぜ。『こんな筈じゃない』『こんなのは赦されない』って、なァ?」

 

 

 

 バカバカしいとは思わねェか?

 

 そう問いかけるシーザーに、シグマは首を振って否定した。

 誰にだって予想しない失敗はある。順風満帆だったエスメラルダの初めての失敗がソレだったに過ぎないのだ。

 

 その答えが気に食わなかったシーザーの瞼がヒクリと、痙攣する。

 

 

 

「本当に、ムカつく()()()()()だてめェは! …シグマ! 教えてやるよ! お前が憧れた『稀代の錬金術師』の成れの果てを…!」

 

 

 

 そう言ってシーザーは石碑を指差して叫ぶように吼えた。

 

 

 

「てめェが背にしているその『石壁』はな! クソ女の無責任が生んだ産物──いや、違ェ! てめェのやった事から目を背けたくて、くだらねェ罪悪感と自己満足の罪滅ぼしと自身の技量を見誤った傲慢の代償で姿を変えたエスメラルダの成れの果ての姿 !!

 つまり、その石は()()()()()()()()なんだよォ !! お前の憧れの錬金術師サマはなァ! てめェでやった事の責任もとれねェ癖に悲劇のヒロインぶった大馬鹿ヤロウなのさ !! シュロロロロロロ !!! 」

 

 

 

 石碑を見上げ、大口を開けて大嗤いするシーザーはもうシグマなど視界に入っていないのか、真っ直ぐにエメラルド・タブレットを見据えて仰々しくも両手を掲げ沈黙する石壁へ語りかける。

 

 

 

「エスメラルダ! おれはこの30年間、兵器開発の片手間で興味のカケラもねェ錬金術とクローン技術を駆使しててめェの入れモンを用意してやったんだぜ !! てめェの尊厳と! てめェが遺したモン全て踏み躙ってズタズタにしてやる為になァ !!! 」

 

「…」

 

「…そう言う点では、お前は大層役に立った…! 成長すればする程同じ顔に、同じ声になっていくお前が心底鬱陶しくて、何度も殺してやろうと思ったが…我慢の甲斐あって、お前はおれの願いを2つも叶えてくれた…!」

 

 

 

 ひとつは石壁の秘密を解き明かしたこと。もうひとつは復讐の機会を与えてくれたこと。

 

 指折り数えながらシーザーが思ってもいない感謝の言葉を口にするも、シグマは口を閉ざし沈黙を貫いて俯くばかりで反応はない。

 そんなシグマの姿に目を弓形に歪ませたシーザーは嘲笑を浮かべた。

 

 

 

「お前が解き明かした “錬金術の奥義” の1つ! …【 人体錬成 】を、シグマ! てめェの精神と魂を代価にエスメラルダをあの石壁から引き摺り出して! 器として大成したその身体にぶっ込んでやるのさ !!

 お前はその為だけに生まれたんだ !! それだけの為に生かされてきたんだ !! 」

 

 

 

 本当は解き明かした瞬間にお前を殺そうと思っていたが、思わぬ収穫にせっかくだからクソ女の死んだ歳と同じ20歳の誕生日に殺すのを先延ばしにしてやったんだぜ。感謝しやがれ! シュロロロロ!

 

 シーザーは笑う。30年越しの宿願が果たされようとしている彼はこれまでの人生の中で最高潮に気分が良かった。

 彼の脳裏にエスメラルダが困ったように笑む顔が浮かびあがる。…その顔はきっと己に対する敗北を認めた顔である筈だとシーザーは妄執した。

 

 

 

「そしてェ !! 器に移し入れたクソ女をこの天才科学者のおれがぶっ殺し !! 嘗ての雪辱を果たす !!! おれが発明した最高傑作でなァ !!! 」

 

 

 

 シーザーの演説じみた独白が終わったあと、水を打ったように静まり返りった室内に、掠れた吐息のような笑い声が響く。

 

 

 

「ふふっ」

 

「……ハァ?」

 

 

 

 俯いて肩を揺らすシグマへシーザーは意味のわからないものを見るような目を向けた。

 

 …何故今笑った? 笑うような事だったか?

 

 脳のキャパシティを超えて気でも違えたのかと尻目にシグマを観察しようとして、満面の笑みを浮かべた彼女の顔がシーザーの視界に飛び込んでくる。

 

 

 

「ふふ、ふふふ…! あっはははははッ !! あっはっはっはっはっはッッ !!! …ゴフッ! ゴホゴホッ !! 」

 

「な、何がおかしい !! 頭でも逝っちまったかァ !? 」

 

 

 

 文字通り血反吐を吐いて大笑いするシグマにシーザーは思わず噛み付いた。

 意味がわからない以前に気味が悪いからだ。…まだ、泣いて喚き散らかされた方が全然良かったと思いながら、思わず数歩後ずさる。

 

 

 

「…なるほど、それが…動機(ホワイダニット)、だったという事か…」

 

「何の話だ、何を言ってやがるシグマ!」

 

「いやなに、単純に、思っただけなんだ」

 

「だから! 何を、」

 

 

 

 翠緑の…エメラルドを嵌め込んだような澄んで煌めく瞳と視線が交わる。

 シーザーの脳裏に浮かぶエスメラルダの顔とシグマの表情が重なった。

 

 …負けを認めた困ったような笑み? いいや、違ェ……ふざけんな、ふざけんなよ! エスメラルダァ !! …てめェ !! なに勝ち誇ったような笑みを浮かべてやがる !!

 そうだ! あの笑みは! 奴がいつもおれの研究結果より勝っていた時に浮かべる顔だったじゃねェか !!

 

 シグマは笑みを浮かべたまま静かに言う。

 

 

 

「 ──そんなこと、出来やしないよ」

 

「な… !! このっ! クソガキぃッッ !! …って、ギャアァ〰︎〰︎〰︎〰︎ !!? エスメラルダ〰︎〰︎ !!!」

 

 

 

 掴み掛かろうと、シグマの首に両手を伸ばしたシーザーの目の前でエメラルド・タブレットに亀裂が走り、瞬く間に嘗ての同僚、怨敵エスメラルダの成れ果ては、シグマがこっそりと自分の血で石碑に描いていた錬成陣によって原型を留めることなく木っ端微塵に砕けちった。

 キラキラと光を散らしながら瓦礫へと変貌したその残骸をシーザーは顎が外れるほど大口を開き、呆然と見つめていたが直ぐに錯乱したように瓦礫をかき集めて信じられないと言わんばかりにシグマを睨みつける。

 

 

 

「な、なななっ、何してんだ !? 何してやがんだてめェ !? おまっ、シグマぁ !! てめェにはっ! ヒトの心ってモンがっ !! ねェのかよォッッ !!! 」

 

「あるとも。きっとね」

 

「嘘つけェ !! わかってんのか !? コレは元人間なんだぞ !? まだ精神も魂も宿ってたんだ !!! どーしてくれんだ !!! このォ !!! 」

 

 

 

 半狂乱になって詰め寄るシーザーに息絶え絶えのシグマは余裕の表情を崩さない。

 

 

 

「安心してくれ。あの石碑には、もう既に誰もいなかった。正真正銘、ただの石壁だったよ………彼女の意思は既に、わたしの中にある。4年前からずっとね」

 

「…ハ、」

 

「わたしが、エメラルド・タブレットを読み解けるようになったのは彼女と偶然、邂逅したからだ」

 

 

 

 養父(とう)さん。あなたが4年前、この研究所から姿を消したあの日、わたしは石碑に宿る彼女の意識と交流したのさ。

 

 

 

「最近までわたしは、彼女の言う事の半分も理解出来ていなかった。ううん、正直、今でも少ししか理解出来ていないけれど…この技術は、錬金術の奥義だけは世に明かすべきものじゃないって事だけはわかる」

 

 

 

 だから、彼女の犯した過ちをわたしが繰り返す訳にはいかないんだ。

 

 

 

「だから──あなたの願いは、叶わない」

 

「…シュ、ロロ…シュロロロ !! …なんだ、なんだよ! そう言うことかよ !! 」

 

「?」

 

「あァ…そうだ、そうだとも! そう言うことなんだろォ !? …シグマ! てめェがッ! エスメラルダって事でいいんだなァ !? 」

 

「え !? 」

 

「シュロロロロロロ !! なら何も問題ねェ !! 当初の予定通り、てめェを殺せばそれでおれの宿願は果たされるってことだ !!! …なァ! エスメラルダァ !!! 」

 

 

 

 抱えていた瓦礫を投げ捨て、シーザーは腕を伸ばすとシグマの首根っこを掴み上げてローやルフィ達が囚われている檻へ彼女を投げ入れた。

 勢いよく床へ叩きつけられたシグマは衝撃にうめき声と血を吐き出す。

 何とか身体を持ち上げようともがくものの、起き上がる力は彼女に残っておらず、無様にもべしゃりと崩れ落ちて横たわるシグマを満足そうに見下ろしたシーザーはほくそ笑んで懐から電伝虫を取り出すと、各地に点在する非合法の仲買人達へ繋げる為にダイヤルを回しはじめた。

 

 

 

「あー、各地非合法なる仲買人(ブローカー)諸君…! おれは天才科学者シーザー・クラウンだ!

 急な実験で申し訳ないが…これを目にする君らは運がいい…! これより見せる毒ガス兵器は、諸君らも既にご存知だろう、4年前のソレにさらなる新たな効果を加え、とても政府のカス共では作り出せねェ代物になっている… !! 」

 

 

 

 国盗り、戦争、支配……用途は様々──気に入って貰えたら…取引をしようじゃないか… !!

 

 

 

「…と、言う訳だ! てめェらは全員おれの作った殺戮兵器の実験台になるンだよ !! シュロロロロロロ !! …モネ! 映像を出せ! 直だ…!」

 

「はい」

 

「んー…ん〰︎〰︎?」

 

 

 

 映像電伝虫を用意する為、腰掛けていたソファーから飛び立ったモネを横目にシーザーは腰を屈め、極めて不機嫌ですと言わんばかりに口をへの字に曲げて眉根を寄せるローをニヤついた顔で覗き見る。

 えらい機嫌の変わりようは、漸く自分の思い通りに事が進む事への余裕の現れなのだろう。

 相手が手出し出来ないのをいい事にシーザーは煽るような言動で言葉を吐き出した。

 

 

 

「お前もいいザマだ…ロー! ヴェルゴには “手も足も” 出なかったんじゃねェかァ !? お前との “契約” が役に立ったようだ…」

 

「……」

 

「だんまりかよ! シュロロ! …だがまァ、やはり人は信用するものじゃねェなァ、互いによ! 自業自得というやつだ……身をもってわかっちゃいると思うが、お前の心臓はヴェルゴが持っている」

 

「 !! …うわァっ !!! 」

 

 

 

 シーザーの側にやって来たヴェルゴが左手に持つキューブ状に薄い膜の張った心臓を押し潰せば、ローは突如襲いかかって来た痛みに身体を跳ね上がらせる。

 脂汗を浮かべ、怒りの入り混じる呻きを吐き出すローにシーザーは笑みを深めると、姿を変えたモネがずっと尾行していたのだと種を明かし、計画や話は筒抜けであったと語った。

 

 

 

「おれは残念だぞ、ロー…せっかくいい友人になれたと思っていたのに… !! 」

 

「優秀な秘書に救われたな…もっとモネを警戒しておくべきだった。 “M(マスター)” があんまりにもマヌケなんでナメきってたよ」

 

 

 

 本気か冗談か…おそらくは半分本気で友人になれていたと思っていたシーザーに、ローは脂汗を浮かべながらも煽られたままでは辛抱ならなかったのか、不敵な笑みを浮かべてシーザーを煽り返した。

 

 …側から見てバカな事だとか、不利になるなんて事を言われようと、ローの中のプライドは好き勝手されたまま、終わる事を良しとする程低くはないらしい。

 

 シーザーもシーザーで精神成熟度が55歳とは思えぬ程低いので、ローの煽りが直ぐさま頭に来た彼は、歯を食いしばり眦と眉を吊り上げて言葉にならない怒りを唸り声と共に拳に乗せると、ヴェルゴが掲げたローの心臓へとソレら諸々を叩きつける。

 

 

 

「口を慎め小僧がァ !!! 」

 

「うァア !!! 」

 

「どいつもこいつも! おれにナメた態度をとりやがって… !! エスメラルダ! お前もだ !! そんな目でおれを見てるんじゃねェ !! おれはてめェより優れてンだぞ !!? 」

 

「がァ !!! ……く…… !! 」

 

「! …他人(ひと)の心臓に、八つ当たりするなんてサイテー !! っゴホゴホ !! 」

 

「うるせェ! ローの心臓をもっと痛めつけられてェのか !? そうでなきゃ大人しくそこでくたばってろ !! クソガキ !! 」

 

 

 

 シグマとシーザーの言い合う背後では、ルフィがローの心臓が奪われているのにもかかわらず生きている事に驚き、海軍Gー5所属の大佐である女性、たしぎの身体と入れ変えられた彼女の上司、スモーカー中将は「 てめェの能力を利用されてちゃ世話ねェな 」と呆れたように痛みの余韻で満足に動けないローを横目に見る。

 

 

 

「 ──じゃあ、おれのは何処にある」

 

「シュロロロ…」

 

 

 

 スモーカーの疑問にいち早くシーザーが反応して笑いを零しすと、懐からあるモノを取り出す。

 あるモノ…ローの能力によって摘出されたスモーカーの心臓と偽って渡されたモネの心臓がシーザーの拳の中で脈動していた。

 

 

 

「こ〰︎〰︎こ〰︎〰︎だ︎〰︎︎〰︎よォ︎〰︎〰︎! スゥ〰︎〰︎モ〰︎〰︎〰︎、」

 

M(マスター)、映像の準備が出来ました」

 

 

 

 拳の中にある心臓を握り締めようとしたところで、映像電伝虫の用意が整ったモネに話しかけられたシーザーは、屈めていた身体を起き上がらせて手に持った心臓を懐へ仕舞うと、待ちわびた様子で映像電伝虫へ近寄った。

 

 

 

「そうか…よし !! 映せ !! 」

 

 

 

 何処かシーザーを彷彿とさせる映像電伝虫は、両の眼から「 カッ !! 」という音を鳴らして、予め用意されていたスクリーンへと “PH(パンクハザード)内” 氷の土地『中央部』の映像を映し出す。

 

 暗い室内、檻に捉えられた面々にも見えるよう…否、見せ付けるかのようにスクリーンに映し出された映像は、画面いっぱいにデカデカと存在感を主張するキャンディーだった。

 だが、その映像が映されていたのはほんの数十秒程で、画面はキャンディーの映像と同じ間隔で各地別の視点に移り変わる。

 シーザーは電伝虫を再び手に取り、実況・説明を行うべく解説を始めた。

 

 

 

「先程から、炎の土地より散り散りに飛んできた『スマイリー』の分身『スマイリーズ』が土地の中央に向けて集結し──まさに今、その『スマイリーズ』が合体し、『スマイリー』となった為、実験を執り行う。

 『スマイリー』は4年前にこの島を殺してみせた毒ガス爆弾 “H₂Sガス” そのものだ!! だが、そんな優れた兵器にも問題点はあった。『毒をくらった者達が弱りながらも安全な場所へ移動できた』という点だ !! 」

 

 

 

 ──そこで、4年前の兵器『スマイリー』に巨大な『エサ』を与えることで、その毒ガスにある効果を追加し、完璧な【殺戮兵器】を完成させる !!

 

 

 

「今日、誕生する新しい兵器は島を殺して見せた毒ガス爆弾の進化系…それはまさに! 生き残りを決して許さなねェ国すらも死で満たす恐ろしい兵器 !! その名も…『シノクニ』 !!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 映像から鳴り響く悲鳴と慟哭。

 助けを求める声と手はガスに呑み込まれた側から白いオブジェと成り果てて沈黙に没する。

 

 

 

「 ──なんだ、これは、」

 

 

 

 シグマは目の前に晒されている映像の中の出来事を理解出来ずにいた。…否、理解はしているのだろう。だた、受け入れられないだけで、彼女はしっかり理解している。

 しかし、本と会話で得た知識は現物とは想像以上にかけ離れていた。

 箱庭で育ち、戦争も抗争も、この世のあらゆる血生臭いモノを知らずに育てられたシグマにとって、目の前の映像はこの世の悪を煮込んだ地獄絵図に他ならない。

 

 本当の意味で、シグマは『生命の死』というモノを知らなかった。死ぬという事がどういう事か理解していなかった。

 彼女がローと共に外へ出ると決意したあの時に、シーザーの部下の命を簡単に切り捨てられたのは真に生命の価値を理解出来ていなかったから出来た無知ゆえの愚か極まりない所業だったのだ。

 

 シグマのちっぽけで上っ面だけな覚悟を嘲笑うかのように、新しい世界は人の命など芥子粒だと言わんばかりに呆気なく奪っていく。世界とは不平等で残酷で、恐ろしいモノだと眼前に突きつけられている。

 

 

 

「これは、これは一体なんなんだ! 養父(とう)さん !! 」

 

「おれを父と呼ぶな !!! ……教えてやっただろう、コレは【殺戮兵器】だよ !! …あァ、そーいやァお前にゃ戦争もこの世の仕組みも教えて無かったなァ。知る必要のねェ事だからとほっといたが…このおれの偉業を理解出来ないまま死なれるのはプライド的に許せねェ。

 ──教えてやろうじゃねェか、エスメラルダ。

 この世はな、戦争と! 支配と! 略奪で回ってんのさ !! 綺麗事だけじゃ生きていけねェ !! 富と力と名声だけが! この世で最も信頼できるモノなんだよ !! 」

 

 

 

 だから! その中でも戦争というカテゴリーで活躍できるおれはスゲェんだ !! 誰よりも人を殺す兵器を作成出来るおれはこの世で唯一の存在と言ってもいい!

 

 

 

「この世界の裏側に潜む仲買人(ブローカー)共にとって、おれの存在──科学力は喉から手が出るほど欲しい力だ !! エスメラルダ! てめェと違ってなァ !! 」

 

「そんなもの、どうでもいい!」

 

「な、なにィ !?」

 

「科学の発展に犠牲は付き物だ。理解はしている! 仕方のない事だ! けれど、これは、あまりにも……! …わたしには、コレがもたらす文明の発展が想像出来ない! 死体の山を築くだけの科学なんて、そんなのは人の…世の為の科学じゃないだろうに!」

 

「なにが『世の為人の為』だ !! 闇金ヤロウの慈善事業じゃねェんだコレは !! ベガパンクもお前も世界平和だなんだとくだらねェモンに固執しやがって! 全部吹き飛ばしちまえば『()()()()()』だろうが !! おれとお前らの違いは犠牲者の数! ただそれだけだ !! 何も違わねェ! 天才は! おれひとりだけでいいんだ !! 」

 

 

 

 肩を怒らせ、唾を飛ばしながらがなり散らしたシーザーは、檻の中に居る面々へ順に目を向けると、凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

「誰ひとり生き残れやしない !!! お前ら含めてなァ…! この殺戮兵器 “シノクニ” の前では…錬金術師も、4億の賞金首も……海軍の中将も !!! “王下七武海” でさえ何も出来ないと世界に証明してくれ !! 」

 

 

 

 シーザーがそう言うやいなや、「ガコン!」と重機の起動音と共に、ルフィ達の囚われている檻が外界へ投げ出された。…とはいえ、クレーンのようなもので吊り下げられているので地面に落下する事はなく、檻は宙に留まっている。

 身を刺す冷気と吹雪が吹き荒れる中、眼下で騒ぐGー5の面々の声を聞いた たしぎ は綱に身を寄せて部下達の様子を伺う。

 見た目はスモーカーだが、彼らは彼とたしぎの中身が入れ替わっているのを知っているので「たしぎちゃーん!」「大佐ちゃーん!」と声援が響いた。

 

 

 

「みんな…!」

 

「ぅ !! ガハァ !!! ……ッッ !! ゴホゴホッ !!…うぅ、ゥ…!」

 

「ッ !? 大丈夫ですか !? 」

 

 

 

 室内にいて落ち着いていたシグマの容態は、再び外気に晒された事で悪化を始める。

 血を吐き出し、呼吸をする度に襲い掛かる激痛に涙と脂汗を浮かべる彼女へたしぎが声を掛けるも、酸素を取り込む事に必死なシグマは返事をする余力などない。

 

 

 

「その小娘はシーザーの娘、とやらだったな。細かい事情は置いといて、このままじゃあの毒ガス以前に死ぬぞコイツ」

 

「ッ! なんて事を言うんですか! スモーカーさん !! 」

 

「事実だろうが。…そうだろ、死の外科医」

 

 

 

 壁に背を預けながらそう問いかけたスモーカーにローはフンと鼻を鳴らし「このままじゃ、な」と意味深に呟いた。

 

 足下で横になるシグマの肌は血の気が引いて青白い。だが、シーザーの言う “インビジブル ” が生成する毒物質によって熱も出ているのか、真っ青な顔なのに頬や鼻が真っ赤になっており、見ているだけでこっちも体調が悪くなりそうな酷い顔色をしているとローは思う。

 

 雪に、吹雪く風。それと余命いくばくの病人。

 

 ……本当に、重なり過ぎて嫌気がさす。

 

 

 

「……ヴェルゴの登場は想定外だったが…麦わら屋…おれ達は()()()()でつまづくわけにゃいかねェんだ… !! 作戦は変わらず」

 

 

 

 ──今度はしくじるな… !!

 

 

 

「反撃に出るぞ」

 

 

 

 そう言ったローに何処か気の抜けた会話をしていたフランキーやロビン、ルフィはローの言葉を鸚鵡返しに尋ねれば、ローは横たわるシグマを視界に収めながら頷き、言う。

 

 

 

「…さっさと片付けよう… !! 」

 

 

 

 シーザーを捕まえる事が出来れば心臓を抜き取るなりなんなりして脅しをかけ、 “インビジブル ” の中和剤を作らせる事が出来るだろう。

 そうすればシグマの命は助かる。…最悪間に合わなかったとしても、ローの能力でシーザーの部下なりスモーカーの部下から肺を摘出し移植してやれば良い。

 

 人間、肺がひとつ無くなろうが生きては行ける。海兵や海賊を続けられない身体にはなるが、普通に生きる分なら何も心配はいらない。

 海兵なら尚のこと、一般人…? …一般人でいいだろう。その無辜の人民の為なら肺のひとつやふたつ渡せる筈だ。

 

 ローにシグマの命を救う義理などないが、ここまで来たら彼の中では意地の領域だ。

 外に連れ出した結果、死なれたなどと余りにも目覚めが良くない結末である。

 

 

 

「この中で誰か物を燃やせる奴は? 錬金屋には頼れねェ、いなきゃ別にいいが」

 

「あいつ死にそうだもんな、だったらフランキーだ! ビームも出るぞ! そうだお前、ビームでこの鎖焼いてくれよ !! 」

 

「 “ラディカルビーム” は両腕しっかりキメねェとでねェ !! 今出せるのは尻から『クー・ド・ブー』 !! くらいだ」

 

 

 

 フランキーの言葉に、ビーム? 尻? と微かな疑問を抱いたローだが、敢えて触れずに右下にあるオブジェの残骸と化した軍艦を燃やせるか訊ねれば、フランキーは「それはお安いご用だ兄ちゃん」と息を吸い、「 ボウッ !!! 」と、火の玉なんて可愛い物ではない火球を口から放った。

 

 

 

「…お前、パシフィスタだったのか?」

 

「パシフィスタぁ… !?? んなモンとおれを一緒くたにするんじゃねェ !! おれは! サイボーグだ !! スゥ〰︎〰︎パぁ、ゲホ !! ゲホ !! おいこらトラファルガー !! 煙がこっちに来たじゃねェか !! 」

 

「お前がやったんだろう」

 

「おめェがやらせたんだよ !! 」

 

 

 

 2人のやり取りに、咳き込みながらもルフィは爆笑する。

 

 煙が完全に檻を覆い尽くした頃、かん高い音を立ててローを縛っていた鎖が床へ崩れた。

 

 

 

「さて──これで映像電伝虫には映らねェ……すぐにはバレずに済みそうだ…」

 

「えーーーー !!? 何だ、お前……どうやって “海楼石” の鎖取ったんだ !!? 」

 

「なに、初めからおれのはただの鎖だ。能力で簡単に解ける」

 

 

 

 いざって時にすり替えられる様、普通の鎖を研究所内にいくつも用意しておいた。

 何かの間違いでおれが捕まった時、 “海楼石” だけは避けられる様にな…。

 

 そう口を動かしながらも、能力で己の武器である大刀『鬼哭』を研究所内から手繰り寄せたローは、麦わらの一味である3人を縛っていた鎖を刀で壊し解放する。

 

 

 

「さァ、お前らを…どうしようか……少し知り過ぎたな。お前らの運命はおれの心一つ…」

 

 

 

 ローがたしぎとスモーカーに向けて能力発動時と同じ構えを取れば、縛られたままの2人は厳しい表情で身を固くした。

 身動きの取れない海兵2人に対し、相手は自由の身となった海賊4人。…明らかに勝ち目などわかりきっている。

 海兵である彼らの現状は悔しくも目の前の海賊に握られているままなのだ。

 

 

 

「どうするかは もう決めてあんだろ。さっさと…」

 

 

 

 凄みを利かせながら悪態を付いたところで、ふと スモーカーは違和感を感じた。

 壁に背をつけて腰を下ろしていた筈が、いつの間にか床に転がっているのだ。たしぎ も同じ違和感を抱いたのか、スモーカーと彼女の視線が交わる。

 

 

 

「え」

 

「あァ !? 」

 

 

 

 瞬きの間、呆然としていた たしぎ だが、直ぐに今の自分の格好を思い出したのか、絹を裂いたような悲鳴をあげながら床へ倒れた。

 

 

 

「何を女みてェな声出しやがって、小娘が…」

 

 

 

 スモーカーのそんな呆れた声も聞こえないのか、たしぎ が膝で顔と開いた胸元を隠しながらローへ懇願に近い言動を取れば、スモーカーから 「海賊に媚びてまで命が惜しいか !!? 」 と一喝される。

 その喝に たしぎ は恥を捨てて上司であるスモーカーへ詰め寄り 「今は !! 土下座をしてでも命を乞うべきです !!! 」 と反論した。

 だが、 たしぎ の言葉は己の命の惜しさによる物ではない。

 真実を知る自分達が命を落とせば部下を見殺しにするだけでなく、裏切り者を海軍にのさばらせる事になるリスクを考えての事だ。

 

 

 

「子供達や、今ここで倒れている彼女も助ける事が出来なくなります… !! 」

 

 

 

 たしぎの剣幕にスモーカーが押し黙っていると、会話をずっと聴いていたローは、たしぎの方がいくらか利口だと評価した。

 …とはいえ、その評価は皮肉に近いモノであるが。

 

 

 

「おい、白猟屋。お前を助ける義理はねェ。だがお前らが生きて帰る事でヴェルゴが立場をなくせばおれにも利が出来る……でもそれは『おれの安全が確立されていれば』の話。──今から言うコレは “頼み” じゃねェ “条件” だ… !! お前の命と引き換えのな」

 

「…さっさとその “条件” とやらを言え」

 

「……おれの話、それからジョーカーの話については全てを忘れろ」

 

「 !? …海兵であるおれに、目を瞑れと言いてェのか?」

 

「それが出来なきゃここで()()()だ、海軍の白い野犬…白猟屋」

 

「いちいち煽らねェと気が済まねェのかてめェは」

 

「スモーカーさん !! 」

 

「……チッ! 」

 

 

 

 嗜められた事で、舌を打ち首を背けたスモーカーのその態度を “是” とみなしたローは、麦わらの一味同様に2人を鎖から解き放った。

 

 

 

「おーい! トラ男ー !! 」

 

 

 

 何故か遠くから聞こえるルフィの声に海兵2人を見下ろしてしたローが弾かれた様に周囲を見渡せば、檻から遠く離れた真下からローへ向かって両手をふるルフィの姿と、側に立つロビンの姿を見つける。

 

 

 

「おい !! なんであいつ檻の外に !? 」

 

 

 

 思わず金網に齧り付く勢いで身を寄せたローに、フランキーが網は海楼石じゃないので破って出たと伝えれば 「勝手なマネを !! 」 と出鼻を挫かれたローが苛立たしげに唸ると、背後のフランキーからサニー号…彼ら麦わらの一味の船をなんとかしたいという自由奔放な意見を聞き、ローの血管が切れそうになる。

 まぁ、まだ相談するだけフランキーは良心的ではあるが、自由に振る舞っている事に変わりはない。

 

 

 

「…もう好きにしろ…! だがシーザーの誘拐が成功した暁には、次の指示は絶対に厳守だ! いいな… !! 」

 

「保証は出来ねェが、気には留めとくぜ」

 

「…留めとくだけじゃなく、努力をしろ…! なんたって上手くいかねぇ! 」

 

「そりゃおめェ…いや、気にすんな。ウチの船長はいつもああだから兄ちゃんが悪い訳じゃねェよ」

 

 

 

 それじゃぁ、おれは行くぜ。

 

 そう言って檻から飛び降りたフランキーは臀部からオナラに近い…否、オナラそのものを噴き出すとその推進力で船の方へ飛んで行った。

 

 

 

「……」

 

 

 

 もう何でもありな麦わらの一味に、1周回って冷静になったローは深い溜め息を吐くと、力なく横たわるシグマを俵を担ぐ様に抱え上げてスモーカー達を振り返った。

 

 

 

「おれの能力で今から再び研究所内へ侵入する。…が、白猟屋。お前はとにかくシーザーに手を出すな !! 『心臓』の潰し合いが始まるとデメリットの方がでかい。おれ自身の心臓をヴェルゴから取り返すまで勝手なマネは許さねェ。この島にいる間はおれに従って貰う。いいな」

 

「従うもなにも、おれに選択権はねェんだろうが」

 

「…わかっているならそれでいい」

 

「おーい! 何処から研究所に入んだ! トラ男ー! 」

 

「お前…! 少しは静かに出来ねェのか麦わら屋ァ !! 」

 

 

 

 遠くに怒鳴り返したローの声も中々に大きかったが、彼の心情を察してスモーカーは敢えてソレを指摘しなかった。

 

 

 

「とにかく! 研究所内へ向かうぞ! 」

 

 

 

 シグマを抱えたローがスモーカー達ごとルフィの側へ能力で移動する。

 

 

 

「 “ROOM” 」

 

 

 

 青い球体の膜が現れると、分厚い鉄製の壁に綺麗な円型の穴がローによって作り出され、面々はその穴を潜って研究所へと再び足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

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