微かな振動を感じ、意識が浮上したシグマは硬い靴底が床を弾くようなカツンカツンという音で我に返った。
研究所から外へ放り出されてから気を失っていたのか、彼女にそこから先の記憶は無く、ただ症状の悪化と現在誰かに担ぎ運ばれているという事しかわからない。
眼球だけをキョロキョロ動かして周囲を確認するシグマにここ数ヶ月で聴き慣れた声が掛けられる。
「気が付いたか錬金屋」
「ぃ…ぐッ! ゴホゴホッッ!! 」
ローの声にすまない…と、そう発言したつもりのシグマの声は掠れてほぼ吐息のようなものだった。
身じろぎした際に迫り上がってきた血を押さえ込んで咽せる彼女にローは大人しくしていろと咎め、シグマが気を失っていた間に起きた事を掻い摘んで教えると現状の把握を促す。
どうやら檻から抜けた後、無事に研究所へ侵入する事が出来た一行は、はぐれていた仲間とも合流を果たして今は各々が目的を達成させる為にこの研究所内を動き回っているのだと言う。
ローは状況を話し終えると、今度はシグマの現在の体調について説明をするべく口を開く。
シグマ自身、身をもって悪化を自覚してはいるが、専門家の声を遮ろうとは思えなかった。
「お前の身体の中は最悪の状態だ。錬金屋。例の毒が肺だけじゃなくいろんな臓器に回って細胞が壊死しかけてやがる。…解りやすく言ってやると、今のお前は死に掛けみてェなモンってことだ」
「死に、かけ」
「あァ…だが、おれの予想が正しけりゃお前の延命は直ぐに叶う筈だ。そうすりゃシーザーに中和剤を作らせる時間は充分に出来る。問題なく完治だ」
最悪、当てが外れても別のプランがある。心配しなくともお前は助かるさ。安心しろ。
「…ぃま、どこへ? 」
「D棟だ。おれの目的である【SAD】と一緒にお前の延命措置の当てもそこにあるからな…」
「……」
大人しく担がれたまま、シグマは口を閉じて僅かな振動に身を委ねる。
延命措置の当て…その言葉は本来なら喜ばしく思える筈なのだが、シグマの心には不安が渦巻き悪寒が背筋を駆け抜けていく。
何か、とんでもなく悍ましい何かが待ち構えているような気がして落ち着かなかった。
「……ここだなD棟。…さて、鬼がでるか蛇が出るか…」
床にシグマを思いのほか優しく降ろしたローが制御パネルに何処から手に入れたのかパスワードを澱みなく指を動かして入力すると、分厚い鉄の扉がゆっくりと開き室内へと2人を誘う。
ローに腕を引かれて立ち上がったシグマは支えられながらD棟へ足を踏み入れる。円形の部屋に添う様に壁一面には液体で満たされた巨大な水槽があり、そこから零れる淡い薄緑色の光で仄かに室内は明るい。
こんなに巨大な水槽に一体なんの生物が入れられているのか気になったシグマがよくよく水槽の中を注視し……息を呑んだ。
「…っ、」
「まァ、想像通りの光景だ。シーザーの口から『クローン人間』なんて言葉が飛び出て来た時から予想はしていた」
同じく水槽を見上げていたローは胸糞悪そうに、だが努めて表情には出さんと、冷静さを保ちながら何でもない様に振る舞う。
「錬金屋。…ここが、お前の生まれた場所だ」
巨大な水槽の中には揺蕩うように、目視では数えきれない程のシグマと同じ顔と身体を持ったクローン達が意志を感じられない半開きの目で虚空を見つめていた。
思わず後ずさるシグマの腕をローが掴んで放さない。なんのつもりかとシグマがローを仰ぎ見れば、培養槽の光を受けて剣呑に光る鋭い彼の目がシグマを真っ直ぐに見下ろしている。
そうして漸くシグマは思い出す。
D棟へ足を踏み入れる前、目の前の男は何と言っていただろう。…そうだ、内臓が壊死し掛けている己の延命措置を図る『当て』があると言っていなかっただろうか。
大量のクローン体。同じ遺伝子と構造の…内臓。
「『命のやり取り』に覚悟は出来ていると、そう言っていたな?」
「そ、れはっ…」
「錬金屋。もう解っていると思うが、」
両肩を掴んで身体の向きを変えられたシグマとローは真正面から向かい合う。
医者としての癖か、ローは真剣な眼差しと厳かな言動で患者に医療行為を施す時のように説明した。
「これからおれはお前に臓器移植を施す。ここにいるお前のクローン体を使ってだ」
「ぅ、ぁ」
「痛みはない。同じ構造をした中身を入れ換えるだけで負担も、拒絶反応も生じない。…気を楽にしろ。直ぐに終わる」
「やめ、」
「 “シャンブルズ” 」
どちゃり。
水気と重量のある何かがローとシグマの足下に転がった。
…何かなんて、そんなのはシグマはちゃんと解っている。足下に転がっているのは自分と同じ顔と身体のクローン体だなんて事は解っているが、直視しようなんてものなら何か、何かが壊れてしまう気がしたのだ。
プライドか、自己肯定感か…それとも、
「 “メス” 」
「っやめろ! 」
ローの手を振り払い、シグマはクローン体に覆い被さって濡れた身体を強く抱きしめた。
「やめろ! やめてくれ! …たのむからっ…! 」
「…錬金屋。そいつは命があっても生きてはいない。生かされてるだけだ。寿命だって長くはねェ。こうして培養液に浸して保存しているのがいい証拠だ」
「イヤだ! イヤだイヤだ! やだぁ! 」
「おい! 覚悟は出来ていると言っていたろう! 」
肩を掴んで引き離そうとするローにシグマは情け無くも涙を零しながら血を吐く思いで叫んだ。
「だって! だって知らなかったんだ !! 命が、こんなに重たいなんて! 知らなかったんだ !!! …覚悟なんて出来ちゃいなかった…わたしは! 命を知ったつもりで、半端な覚悟で…」
「…」
「息をしてる! 心臓が動いてる! これで生きていないって言うのなら! わたしだって同じだ !! わたしだって生かされてるだけだった !! 命の価値なんて! 重さなんて! 考えようともしなかったんだ !!! 机上の空論ばかりで真理を知ろうともしなかった !!! そんな奴が、他人の命を使う事は許されるのか !!? 」
「……」
「…っ! 、…っ !! 」
「…ハァ、わかった。…わかった…! このプランは辞めだ…! 別のプランで行く、それでいいな… !! 」
「イヤだ !!! 」
「あァ !? てめェ人が下手にでりゃ調子付きやがって… !! 」
凄むローを見据えながら怯むことなくシグマは腕の中にいるもう1人の自分を抱きしめる力を強めてローに噛みついた。
「きっとGー5や
「じゃあ、おれにどうしろと言う…! 医者にむかって目の前の患者を見捨てろとでも言いてェのか? 」
「君がわたしを
「え !? 」
「特急でやる事やって、君がわたしを
「…それじゃ間に合わねェ」
「気合いでなんとかする! 死なない! 」
「気合いでなんとか出来るモンじゃ……あぁ、もういい…! いいか! おれが戻るまで絶対くたばるなよ! てめェが気合いで何とかすると言ったんだからな! …錬金屋! お前は患者として最悪だ! 」
「いいからはやく行ってくれ! そしてすぐ戻って来て! 」
「お前な…」
呆れた様に顔を顰めたローが深い溜息を吐いて、雑な手付きてシグマの頭をぐちゃぐちゃに掻き混ぜると、シグマに背を向けてカツカツカツと速足で部屋の奥にある【SAD製造室】へ向かう。
小さく「 クソっなんたって、」というぼやきが聞こえて来たが、シグマはその背が製造室に消えるまで黙って見送り、完全に室内からローが居なくなった所で床に崩れ落ちた。
「…ゼェ、ヒュ… !! もって、くれたまえよ…わたしの身体…… !! 」
脂汗の浮かぶ額に張り付く前髪を鬱陶しく思いながら、シグマは腕の中の自分を見つめた。
もう1人の自分はあいもかわらず虚な眼差しだが、その目はシグマをじっと見据えており、2人の視線が交わる。
シグマはヘラリと安心させる様に苦悶の表情を抑え込むと、腕の中の自分の頭を先程のローの様に乱雑に掻き混ぜた。
「君も、ね。…ごめん、寒いだろうに…」
「…」
「だい、じょぶ…だいじょう、ぶ…」
「…」
「 ──── 」
*
──パンクハザード、R棟 1階。
「この島、なんなんだ !!! 」
眉間に皺を寄せ、口を一文字に引き結んだルフィはシーザーに向かい、この島…パンクハザードが何なのかを尋ねる。
救いの神と崇め、盲目なまでにシーザーを慕っていた茶ひげは地に伏して涙を流しているし、外にいて毒ガスから逃れられなかったシーザーの部下達は白いヒト型に変貌してしまった。
それなのに、R棟にいる残りの部下は未だにシーザーを良き科学者だと信じて疑うことをしない。
ルフィにとって、この島には理解の出来ないものばかりだった。
仲間を…そして家族を大切にしないシーザーの事が本気で解らないのだ。
「シュロロロロ…そうだな……まるで “
息を切らしながらシーザーは笑みを絶やさずに答えを口にした。
きっとソレはルフィの聞きたかった答えではないが、彼は黙ってシーザーの言葉を聞いている。
「ここは闇の科学の拠点だ !!! 許されねェ実験も! 必要な実験体の調達も !!! ……好き放題だ !! 全ては強力な後ろ盾によってその存在自体もみ消される !! 全てなかった事になる !! …泣き叫ぼうが! 喚こうが! クソガキが反抗しようと…! ここには助けなど来ねェ !!! 何人たりとも島からは逃げ出せねェ !!! 」
「…」
「ハァ、ハァ……お前はこの島のなにもわかってねェんだ !! “麦わら” !!! ハンパな気持ちで首ィ突っこんじゃ命が持たねェぞ !? 『同盟』もそうだ !! ローは【SAD】に手を出そうとしている !! アレを作れるのがおれだけだから誘拐をも企てた !!! 」
【SAD】は、あの “王下七武海” で最も危険な男… !!! ドンキホーテ・ドフラミンゴの持つ工場で【SMILE】という果実に変わる…… !!!
シーザーの口は権威を誇示するかの如く止まらない。
そして、如何にこの島と己に手を出す事が愚かしい事かを朗々とシーザーは語る。
「奴はこの【SMILE】…
だが、それだけじゃねェ! ウチにあるクローン体の余りもドフラミンゴはビジネスに使えないか検討している! 若い女の臓器を! 各地に散らばる様々な好事家に売り付けてやるんだと! まさに錬金術だよ! 不要な生ゴミが、一攫千金に早変わりだ !! ……話のデカさが理解出来たか !? 奴のビジネスを邪魔する事で、お前らがどれだけの大物達をブチギレさせるか !! 」
「………」
「大物達が動き出せば…世界がうねり始める !! ローはそれを狙ってるんだ! バカめ !! お前らなんか一溜りもねェレベルさ !!! 」
大口を開けてシーザーは笑う。
出来るはずがないと、たかを括り呼吸が引き攣るまで笑った。
「つかまえてみろ… !! おれは守られてる… !! “ドフラミンゴ” !! “四皇” !! お前、こいつらにケンカ売る度胸あんのかよ !!! 」
瞬間。
シーザーの顔面に武装色を纏ったルフィの拳がめり込むように打ち付けられる。
凄まじい打撃音と共に、シーザーから迸る血と抜けた歯が宙を舞う中、ルフィは歯を剥き出し鋭い眼光でシーザーを見据えて言った。
「そんなもん、いくらでも売ってきた !!! 」
吹き飛ばされたシーザーはあまりの痛みに床をのたうちまわっていたが、何とか起き上がると涙を流しながらルフィに話を聞いていたのかと尋ねるも、ルフィはその問いに答えずシーザーとの距離を歩いて詰める。
「あいづは悪の火種 !! あらゆる闇の大物達と通じているんだぞ !? …ハァ、ハァ…い、今ならまだ許ひてやる… !!! 今謝れば !!! ……おでに手をかける事が…どれ程の怪物達を怒らせる事かをよく考えろ !!! なァ !!! … “ガスティーユ” !!! 」
ジリジリと後ずさって懇願を口にしていたシーザーは不意打ちを狙って、口から鉄をも溶かす高温の熱射砲をルフィに向かって撃ち出した。
凄まじい熱風と爆発に、完全に殺したと確信したシーザーはザマーミロと笑う。
「消し飛ん…ギャアアア〰︎〰︎〰︎〰︎ !!! 」
喜んだのも束の間で、いつの間にか背後に立っていたルフィにシーザーは目が飛び出す程驚いて、腕をぐるぐると回して殴ろうとするルフィに両手を突き出し説得を図ろとする。
「ハァ…そうだろうな !! 実感がわかねェよな話がデカ過ぎる !! だが研究所内にも “怪物” がいるぞ… !! ヴェルゴだ !!! シュロロロ !! 奴の武装色には誰も敵わねェ、スモーカーも…ローも死ぬ !! エスメラルダの奴も既にくたばってるだろうよ! お前も、一味も、全員…死ナゴフッ !!!! 」
諦めの悪いシーザーを再びルフィの拳が捉えた。
*
トラファルガー・ローと会話して初めに抱いた印象は『生きづらそうで変な人』だった。
当時のわたしからしてみれば常に眉間に皺を寄せていなやそぶりをする癖に世話を焼いてくる彼は大変面倒くさい相手だったので、正直苦手意識を抱いていたのだと思う…そこら辺、本当に無意識だったから鮮明に覚えていないけれど。
わたしはと言えば、かの石碑の解読に文字通り全身全霊を掛けていて他人の機敏に興味など全くなかった為、何が彼の癪に障ったのか理解が及ばず、常時なにをそんなに苛つく事が有るんだろう〰︎? なんて呑気な事を思っていたのである。
他人の生死感にとやかく言う癖に、自分自身に対する執着みたいなものがあまりなさそうな彼は…何と言うか、義務感? いや、脅迫概念じみた執着はありそうなのだけれど自分の身は案外ぞんざいに扱っていて、まあ、なんとなく、そんなところが息の詰まりそうな人だなと感じた。
身内に自己愛と自己承認欲求の塊みたいな
警戒心が強く、馴れ合いはしないと正面向かって投げ掛けられたにも関わらず、彼は先述どおりやけに世話焼きだった。
わたしと顔を合わせて言葉を交わす度に、彼は養父の様に苦虫を噛み潰したような顔で不快感を顕著にし、一際大きく舌を打つとストレートに「お前の言動も考えも不愉快だ」と何度も言うのに何故か関わるのをやめる気配がない。
何か狙いが有るのかとも思っていたが、彼がわたしに問い掛けることと言えば1に倫理、2に倫理、3、4飛ばして5に倫理。偶に道徳も混ざるが、大体はそんな会話ばかりだった。
海賊が倫理だの道徳だの今思えばおかしな事だが、研究所を破壊するという目的を達成すればわたしは世間を知らぬ一文なしの非常識箱入り娘なので、世話焼きの彼の義務感とやらが刺激されてしまったのかもしれない…だなんてね。
あまり彩りのない人生の中で、恐らくだが初めて触れた優しさが…なんか、こう、嬉しかったんだ。
だって、それって…わたしの事を1人の人間として見てくれているってことなんだろう?
本当に…嬉しかったんだよ───────────
「 ── っハ! …死にかけ、てた…! 」
止まりかけた呼吸に意識が急浮上したシグマはバクバクと暴れる心臓に浅い呼吸を繰り返して冷や汗を流す。アレは絶対走馬灯とかいうやつだったと。
「ハァ…ひゅ、ハッ…! 死ね、ない…しねる、ものかよ…ハァ……ハァ……! やく、そくっ…ハァッ、した…… !! 」
「…」
「ハァッ…ハァ…ご、めん。……ハひゅッ…ハァ…驚い、た、かな…? 」
「…」
呼吸だけでも体力を消耗するシグマをクローンは静かに、人形の様に瞬きする事なく見つめ続けている。
光をまだ失っていないものの、半目になって視線の合わない目の下には疲労からかくまが浮き上がり、冷や汗と脂汗で濡れる身体はまるで水から這い出た様に髪の毛やら服が貼りついていた。
クローンのカサついて薄紫に変色した唇が動く。
「…こ…ろし、て」
シグマはその言葉に虚になりかけていた目を見開くと、死に掛けているとは思えない程の力でクローンの顔を掴み、ギラギラと燃え尽きる蝋燭が最後に見せる一際明るい火のような眼光で彼女を睨みつける。
「バカを! 言うんじゃ…ない!! ゼェッ! 死は! ハァッ…! 生物全てが! っ…! 忌避する、ものだぞ… !! 生き物である、事を…! 自らっ、否定すると、言うのか !!? ゼェっハァッ !! 君はァ !! 」
「ころ、して」
「ふざ、けるなァ !! 生きてる…! いき、て! るんだ…ッ、“君達” もッ! はぁッ !! 生きてるんだぞ !!? 人間、なんだぞ !!? 」
涙を滝の様に流してシグマはクローンを責め立てる。
何故わかってくれないのか、どうして自ら死を望むのか、シグマにはこれっぽっちもわからない。
だって彼女達は何も知らない。自分達がどの様な存在でどんな風の思われているかなんて知らない筈なのだ。しがらみ無く生を求めていい筈なのに…!
何でだ! と泣き喚きながら責めるシグマをクローンは凪いだ様に静かな瞳のまま言う。
「 ──ころして」
ふと、クローンの虚な眼から涙が零れる。
その涙と切実な懇願にまるで心臓を突き刺された様な衝撃が突如シグマを襲った。
──ころして。
明確な言葉でなくともシグマは悟ってしまった。頑なに殺してくれと懇願するクローンの彼女がシグマとローの会話を本能的に理解して命を譲ろうとしてくれていることに。
…彼女達は薄々気付いていたのだ、己が何者でどんな価値を持つ存在であるかを、培養槽越しに見聞きした養父の言動と態度で、言葉を知らずとも察していたのかもしれない。…そして衰弱して死へと向かっているシグマの姿を見て解ってしまったのだろう。自分の命の使い道に、この短い時間で彼女は気づいてしまった。
命を差し出し献身することのみが己の価値であると。
「こんな、ッ…! ごん、なごとッ……! どう、じでェっ…… !!! 」
死ぬ事でしか己の存在証明を果たす事が出来ないクローンを憐れんで咽び泣くシグマの手をクローンが冷たい手で握りしめると、シグマの良心へとどめをさすのだ。「ころして」と。
本当は違う言葉を伝えたいのかもしれない。しかし、言葉を知らぬクローンにはそれを伝える術はない。
「ご、めん…! ごべん、なさいっ…… !! 」
…シグマは死ぬわけにはいかず、クローン達は死を望んでいる。だから、シグマは葛藤の末、禁忌である錬金術の奥義である【人体錬成】に手を伸ばす。
全員が望む結果を得るために、シグマという存在が “ Σ” になるために。シグマは禁忌を犯す。あれだけ忌避しておきながら罪に手を伸ばさざるを得なかった。
だがそれは所詮言い訳にしかならないのだとシグマは脳裏で理解しながらもこれから奪う命達に懺悔する。冷めた脳裏で「そんなこと、自己満足でしかないのに」と思いながら。
「みんな、ごめんなざいっ !! ……わだしにっ !! 命をっ、くださいッ !!! 」
錬金術で部屋の床に術式を掘る。
5つの太陽。
5つの月。
5つの星。
2頭の竜。
3つの円に星と太陽のそれぞれを線で結んだ正五角形、陣の真ん中には完全なる存在の雌雄同体…四大元素を用いらない錬成陣。
これこそが【人体錬成】……否、【賢者の石】を作る錬成陣なのだ。
【賢者の石】とはその実、人の命…魂を1つの石に凝縮した悍ましい代物の事だった。
「…っ」
錬成陣が眩しく発光する。
視界が白い光に呑み込まれる瞬間、クローンの彼女は瞳を閉じて呟いた。不思議と湧き出る心からの言葉。それはある種の奇跡だったのかもしれない。
「…ありがとう」
『やぁ…また来てしまったのかな? 身の程知らずの大バカ者』