レプリカント   作:華麗なイモリ

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  真っ白な空間にモノリスを彷彿とさせる石造りの巨大な扉のような物体。

 気がつけばその物体の目の前で呆然と見上げたままシグマは突っ立っていた。

 マジマジと見上げる眼前の扉には六芒星に5つ花弁のシンボルが彫られており、それが【セレマ】を意味するシンボルであると彼女は瞬時に理解出来た。

 

 シグマは振り返る。

 嘗てはそこに白いモヤのような人型が存在していた。小難しい事をつらつらと述べる度し難い存在が居たのだ。

 

 

 

『久々に会えたのに、怖い顔をしているね? 』

 

「──君は、誰だ」

 

 

 

 だがそこにはシグマと同じ顔と身体を持つ人間が行儀悪く胡座に片足を立てた体制で座っている。いつか見た霞のような人の形をした何かではなく、同じ肉体を持つ生き物がクローン達とは違う、意志と思想をもつ翠緑の瞳を愉快そうに弓形に歪めていた。

 思わずシグマが口にした疑問に目の前の自分と同じ姿をした女は困ったような表情を浮かべる。内心では仕様のない子だとでも思っているのかもしれない。

 

 

 

『初めて会った時も教えただろうに。仕方のない子だ君は。…いいとも、改めましてだ。

 シグマ、私は君達が呼ぶ世界……或いは宇宙、或いは神、或いは真理、或いは全、或いは一、そして──私は君だ』

 

「……エスメラルダでは、ない」

 

『そうとも。だって、彼女は君の【通行料】の肩代わりをして消えただろう?…ここに居るのは私と君の二人……あぁそうか、君の倫理に沿うならば君達…と言うべきかな』

 

 

 

 「そう背負いこまずとも良いのにね、律儀な子だ」なんて訳知り顔に言ってくる女に嫌悪感が込み上げるが、シグマはその感情に蓋をする。

 それはここでいがみ合っていても何も始まらないからである。一度何も知らずにエスメラルダに導かれるままやって来たこの白い空間は時間の概念を感じさせないが刻一刻と時間は進んでいたのだ。

 

 

 

「──結局、彼女達を食い物にしたのかわたしは。あれほど、彼の提案を拒んだ癖に…己が生き存える為だけに」

 

『それが彼女達の望みだった。君は彼女達の意思を尊重したに過ぎない。結果が同じでもそこにあるのは独りよがりのソレではないんじゃないかな』

 

「それは……でも! それは決して命を弄んで良い理由にはならない筈だ! ケミケミの実は! 錬金術は人の役に立つ為の、人の世を佳くする為の智慧なのに!」

 

『科学の発展には犠牲がつきものと認めながら? ……全く話にならないな。感情論で矛盾を生み出すのは君の悪い癖だ」

 

「っっ! 君に! 何が解るって言うんだよ ‼︎ 」

 

 

 

 激昂するシグマに女は静かに答えた。

 

 

 

『……解るとも。誰よりも解っている。…言っただろう。私は君だと』

 

「──……なんで…どうして、誰かが生きるためには誰かが犠牲にならなきゃいけないんだ? 何で、真理は何でも知ってるんじゃないのかよ! この世の真理なんだろ !? ケミケミの実には! それを実現出来る力があるんじゃないのか !? ……ケミケミの実は、一体──」

 

 

 

 ──何なんだ。

 

 そんな問いは空気に溶けるような小さなと息と共に吐き出された。

 ケミケミの実。超人(パラミシア)系の悪魔の実。これを食した者が錬金術を行使できるのではなく、あくまで錬金術自体、研鑽を積めば誰にだって扱える術式である。この実の最大の利点というのは術式の略化であり、今までメモ用紙に術式を書いて行使していたシグマが死の間際に無意識に研究所の床に術式なしで術を用いて錬成陣を掘れたのがその証拠だ。

 

 シグマの懇願に近い問いに女は答えない。ただ静かに子供に言い聞かせるように言う。

 

 

 

『……今は、まだ知るべきではない。いずれ解るとも。望もうとも望まずとも、イヤでもその時はやって来る。…たとえ君が、眼と耳を塞いでいてもね』

 

 

 

 若干の哀れみを浮かべる自分の顔からシグマは目を逸らした。

 己が子供じみた癇癪を起こしているのを理解しているからだ。本当は解っている。この世に皆んなが幸せになる魔法なんてものは存在しなくて、『空想や理想を夢想する者に与えられる否定こそが真理である』と言わんばかりに、いつだって現実的で残酷なのが世界だ。

 

 

 

『さぁ、時間だ。【通行料】は既に払われている。……命の答えは真理に頼らず自分で見つけるものだよ。それが、人間ってものだろ?』

 

 

 

 人ならざる者の力に頼った愚か者の末路は私自身が良く知っている。──だから君は、シグマは間違えないでくれ。

 

 

 

「──? 待て、今のはどういう、」

 

 

 

 シグマの問いを遮るように背後の扉が重たい音を立ててひとりでに開くと、音に釣られて振り返ったシグマの目がその両開きの扉から覗いた大きな一つ目の眼と合う。

 俯瞰している様に無関心な眼がシグマを捉え、先の見えぬ闇から無数の手腕が伸びてシグマに絡みつくと物凄い勢いで扉の中へ彼女を引き摺り込んだ。

 

 ──真理の扉。

 この扉を潜った者は世界の真理を見ると言う。

 

 

 

「…待ってくれ! わたしは…まだ…!」

 

 

 

 知識は授けられる。学も与えられる。

 だが、それは全てシグマが今知りたいものではない。

 

 

 

「わたしはまだ! 君の名前も聞けてないのに !! 」

 

 

 

 扉が閉まる刹那。わずかな隙間からシグマは『真理』に手をのばしながら声を張った。相変わらず聞き分けのない子供のような彼女に『真理』は只々口を開かず笑みを浮かべているだけで何も言おうとしない。

 

 完全に閉じ切るその瞬間まで、『真理』は苦笑を隠す事も崩す事もなくシグマが姿を消すまで見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ──戻って、来た…のか?」

 

 

 

 薄暗い部屋、ゴウンゴウンと機械が稼働する音でシグマは目覚めた。

 冷たい床に横になる己の腕の中にはもう、あの彼女は居ない。造り直され驚くほど快調に軽くなった身体を起こして周りの水槽を見ても人の影ひとつ見かけることはなく、シグマは思い詰めたような表情で握りしめていた右手の拳を開く。

 

 

 

「これが…賢者の石」

 

 

 

 手のひらの中には赤褐色の直径5センチにも満たない輝石が周囲の光を受けて仄かに光を放っている。数百の命の、魂の結晶がこんな小さな石のカケラだなんて誰が想像するだろう。

 シグマは苦渋の表情を浮かべ、石を強く握りしめると、誰にも利用されることのないように賢者の石を錬金術で砕いて壊し、この世から消滅させる。

 

 

 

「……探すよ、命の答え。どれだけかかっても、探し出すから」

 

 

 

 そう言って握りしめていた手の平を開き数秒見つめた後、きりりとした顔で製造室へ駆け出した。

 考えることは多いが、今はとにかくこの研究所から脱出する為に自分に出来る事を精一杯するのが正解の筈だからと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 【SAD】製造所にて攻防を繰り広げるヴェルゴとスモーカーの戦いは一方的とも言えるヴェルゴの苛烈極まる攻撃に押されている状態だった。

 攻撃を十手で受けたものの、スモーカーのどてっ腹にヴェルゴの武装色を纏わせた竹竿が叩き込まれた衝撃によって海楼石で出来た十手が真ん中からへし折れ、スモーカーもゴボリと口から血を吐き出す。

 

 ヴェルゴの振り抜いた竹竿はスモーカーを捉えるだけでは勢いを殺す事が出来なかったのか凄まじい衝撃の余波がD棟の鉄壁に叩き込まれると鉄の壁は耳障りな騒音を立てて大きくひしゃげて歪みを作った。

 

 

 

「…… !! 」

 

 

 

 地に臥したスモーカーは激しく咳き込みながら己の限界が近いことに内心舌を打つ。

 

 あと数秒…否、1秒でもいい。

 

 ヴェルゴのほんの一瞬の隙を作る時間がスモーカーには必要だった。

 全身を煙に変え、ヴェルゴの視界を狭めて懐にあるローの心臓から気を反らせる事は出来だのだ。あとは掠め取りさえ出来ればトラファルガー・ローは心置きなく戦い、本来の力を発揮する事が出来るのだろう。だが、その掠め取る為の最後の一手をスモーカーは打つ事が出来ずにいる。

 それは、ヴェルゴの想像以上の強さによるものだった。

 

 このままでは…と、そう苦渋に歯を噛み締めた時。

 

 

 

「 “EM(エレメンツ)▽▲デュオ ” “アイシクルレイン” !!!」

 

 

 

 ハキハキとした女の声と共にヴェルゴの頭上に冷気が渦巻いたと思えば、そこから人の胴体程太く鋭い氷柱の雨がヴェルゴを串刺しにせんと勢いよく降り注ぐ。

 だがそれはすぐさま竹竿を構えたヴェルゴによって砕かれ、氷の礫が床に散らばる。ついでにと振り抜かれた竹竿は声の主も叩きのめそうと製造室の入り口に衝撃波を叩きつけて歪ませるが、何かしらの力が働いたのか声の主にダメージを与えてはいないようだった。

 

 

 

「…いきなりで驚いたよ。攻撃して来るなんて…おれと君は一緒にバースデーケーキを食べた仲だろう? 」

 

「? わたしの記憶では『けーき』なるものは食していないと思うのだけれど」

 

「そうだった。おれ達はケーキなんて食べちゃいなかった」

 

 

 

 スモーカーが薄目を開き、目を見やった先にはあの死にかけていたシーザーの娘が何事もなかったかのような佇まいでそこに居た。

 風前の灯火のような風貌だった娘がどう言う経緯で此処まで回復出来たかスモーカーには想像もつかないが、彼女…シグマの乱入は彼にとって大変にありがたいタイミングである。

 

 スモーカーは漂う煙に意識を集中させると、ヴェルゴの懐からローの心臓を抜き取り本人の側へ持っていくとソレを手渡し、やり遂げたと言わんばかりにスモーカーが全身の力をぬくと、煙と化していた身体が元に戻り視界が拓く。

 視界の端にローが立ち上がる姿を捉えたスモーカーは体力を回復させるために瞼を閉じたのだった。

 

 

 

「…シーザーには悪いが、君はおれが始末しよう。耳なり鼻なりを削いで後で渡す事にするよ」

 

養父(ちち)に対しお気遣いどうもありがとう。けれどわたしより先にお相手がいるんじゃないかい? よそ見をしていると、痛いめみるぜおじさん」

 

「何の話を、…… !! 」

 

 

 

 カツン。

 靴底が床を叩く音に、ヴェルゴが背後を振り返る。

 

 

 

「おれの心臓…確かに返して貰った。スモーカー」

 

「 !!? 」

 

 

 

 右手に自身の心臓を握ったローがヴェルゴに見せつけるようにあるべき場所へ心臓を仕舞うと、ヴェルゴはスモーカーに向き直り彼が執拗に能力を使う事に納得がいくと同時にしてやられたと苛立ちで額に血管が浮き立つ。

 スモーカーは閉じていた瞳を開き、息を切らしながら貸し借りは無しだとローへと告げる。その声は苛立ちで尖っており、ヴェルゴを出し抜いたのは良いが海兵として気分は最悪だった為だ。

 

 

 

「さっさとケリをつけろ !! 」

 

「そんなに海賊に借りを作るのがイヤか…」

 

「……海兵の恥だ… !! 部下に合わせる顔もねェ」

 

「 ──しかし、助かったのも事実だな」

 

 

 

 ローはスモーカーとの掛け合いながらも能力で吹き飛んでいった帽子を手繰り寄せて被ると、次に呑気に入口で突っ立っているシグマを自身の左後ろへ飛ばした。

 

 

 

「ぅわっ! 」

 

「お前、待っていろと言ってあったろう! 何をしたのか知らねぇが、死にかけだってこと忘れたか! 」

 

「体のことは問題ないとも」

 

「……何? 」

 

 

 

 思わず「どういう事だ」と口を開きそうになったローだが、直ぐにシグマから視線を外してヴェルゴを見据える。

 今は優先すべきことはシグマの経緯ではない。

 

 

 

「…コレで終わりだ。ヴェルゴ “さん” …」

 

「やっと思い出したか。あるべき上下関係を。クソガキ…」

 

「 ──そう思ってろって事だ。いつまでもその椅子に座ってられると思うなお前ら! 」

 

 

 

 聞こえてんだろ? “ジョーカー” !!!

 

 

 

『フッフッフッ !! 』

 

 

 

 声を張り上げたローに返答するように、ヴェルゴが身に付けているコートからこの場には居ない人物の声が響く。

 笑い声しか聴いていないというのに、何か薄ら寒いものが首に纏わりついている錯覚を覚えたシグマは無意識に二の腕を寒くもないのに摩った。

 確実に “ジョーカー” という人物はこの場の誰よりも格上の存在であるのだが、そんな事はローには関係ないのか、怯む事もなく…寧ろ相手を煽るような言葉をニヒルな顔で吐き出す。

 

 

 

「ヴェルゴはもう終わりだ。モネも同じく、そしてシーザーは麦わら屋が仕留める──つまり、【SAD】も最も重要な部下も、お前は全てを失うって事だ」

 

『……! 』

 

「この最悪の未来を予測出来なかったのはお前の “過信” だ… !!! いつもの様に高笑いしながら次の手でも考えてろ!!

 ──だが、おれ達はお前の笑みが長く続くほど、予想通りには動かない…! 」

 

『 !!? ……フフッ、フッフッフッフッフッフッフッフ !! イキがってくれるじゃねェか小僧! フフフフ !! 大丈夫かァ !? 目の前のヴェルゴをキレさせてやしねェか !?

 昔…… !! 覚えてるか !? どうなった !? お前、ヴェルゴをブチギレさせて一体どうなった !? フッフッフッフッフッ !!! 』

 

 

 

 ジョーカー…ドンキホーテ・ドフラミンゴの言葉を聞きながらローは上半身が完全に武装色の覇気で覆われたヴェルゴを真正面から睨みつけ静かに鬼哭の刀身を鞘から抜く。

 完全に萎縮してしまっているシグマへ鞘を押し付け、左手で頭を鷲掴み下げていろと言わんばかりに上から力を加えられたシグマの頭がローの腰らへんまで下げられた。

 

 

 

『トラウマだろう !? 消える筈もねェ…ヴェルゴに対する恐怖 !! お前のブッた斬り能力でもこいつの覇気は全てを防ぐ !! 』

 

 

 

 ローは『ROOM(能力)』を展開させ、ヴェルゴは武装硬化させた竹竿を床へ数度打ちつける。

 

 

 

『立場、実力共に! お前はヴェルゴに敵わねェ !!! 』

 

 

 

 ドフラミンゴの言葉を皮切りに、黒い鉄球の如し鋼鉄の身体が弾丸じみた速度でローに肉薄する。

 怒りに歯を食い縛り、額に幾つもの血管を浮き上がらせたヴェルゴの竹竿がローを捉え────────両断されたヴェルゴの上半身と欠けた竹竿が宙を舞った。

 

 それだけではない。

 ローの刀の軌道は水平に研究所まで斬り裂いていた。上下に別れた研究所はローの能力圏内で宙に浮き、その隙間からは外の景色が覗いている。

 

 

 

「頂上戦争から2年… !!! 誰が、何を動かした……? 」

 

 

 

 静寂が場を支配する中、ローの声が痛い程響く。

 

 

 

「お前は平静を守っただけ。白ひげは時代にケジメをつけただけ」

 

『──』

 

「『海軍本部』は新戦力を整えた !!! 大物達も仕掛けなかった──まるで、準備をするかの様に… !!!

 あの戦争は『序章』にすぎない! お前がいつも言っていたな。手に負えねェうねりと共に… !! 豪傑共の “新時代” がやって来る !!! 」

 

 

 

 歯車を、壊したぞ…… !!

 ローは鋭い眼光に口角を釣り上げて笑みを浮かべた。

 

 事態は坂を転がる石の如く、盆から溢れ出た水の如し。勢いは増すばかりで誰にも止める事は叶わないしそんな事は絶対にさせやしない。

 

 

 

「もう、誰も引き返せねェ !!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その頃、R棟一階にて。

 

 一瞬覗いた外の景色に揺れる建物、上から崩れた瓦礫が降り注ぐ中シーザーは上部を睨みつけながら下手人を思い浮かべて痛む鼻を気遣うことなく歯軋りを立てた。

 

 

 

「こんなマネしやがるのは… !! ローだな…… !!? ぺ、ヴェルゴは何をしている… !! Gー5の事といい、今と言い! ふざけんなよ !! 」

 

 

 

 思い通りにならないと喚き散らしながら、ルフィを睨みつけ己の楽園をメチャクチャにされた事を腹に据えかねて、シーザーはわちゃわちゃと煩いモルモット達を無視すると、2階の管制室に換気口を今すぐに開く様に命令した。

 もう、形振り構ってなどいられない。優しい科学者もモルモット達の “M(マスター)” もおしまいだ。

 

 この目の前のクソ共さえやっちまえばおれの楽園をまた築き上げることは容易い。ジョーカーの後ろ盾さえあれば!

 部下なんて幾らでも代えが効く。おれ以外の奴ら全員 “シノクニ” で一網打尽だ… !!!

 

 

 

「『シノクニ』をこの部屋に流し込むんだ !!! おれは “ガス” ! 死ぬ事はない !!! 」

 

『 ──了解 !! では1階の同志を上に上げてから──』

 

「すぐだ !!! 」

 

『 !? 』

 

「今すぐやれとおれは言ったんだ !!! グズグズするな !!! 『シノクニ』こそがおれの実力 !!! 」

 

 

 

 狼狽しながら、まだ1階には100人以上の兵がいると反論した部下へシーザーの化けの皮が剥がれた顔が曝け出される。

 

 シーザーは言う。

 

 

 

「構うかバカ !!! おめェらみてェな “モルモット” が何百匹死のうが誰も悲しまねェよ! 社会のクズ共め !!! てめェらの代わりなんざいくらでも調達できるんだ !!! さっさとやれ !!! 聞こえねェのか !!! 」

 

 

 

 2階の管制室にいた部下達の瞳からは涙が溢れ、茫然自失とした様子で渇いた笑いしか出てこない。

 1階にシーザーと共にいた部下達は瓦礫が降り注ぐ中、声を奪われてしまったかの様に黙り込み、信じられない気持ちでシーザーを見つめていた。

 

 ──だって、ありえない!

 “M(マスター)” はいつだって優しかった! 自分達の為に仕事を与えて、歩けない者には気球で動き回れるように気を回してくれて…直近では、裏切った奴だけれど医者を連れてきて全ての部下を治療してくれた !!

 そんな “M(マスター)” が、あんな言葉を言うなんて…そんな、事は……。

 

 妙な静けさに気が付いたシーザーが背後にいる部下達を振り返れば、そこには失望した様な眼差しを向ける1人の部下がいて視線が交わる。

 シーザーの記憶を揺さぶるその眼差し、それは嘗てベガパンクに向けられたソレを彷彿とさせる眼差しだった。

 

 忌々しい4年前のあの日。ベガパンクが己に向けた──…心底疲れたと言わんばかりに呆れと失望の入り混じる…異常者を見る()()()…!

 

 

 

「…何だ、オイ…その目は…」

 

「え…ぃ…いや、え… ?? 」

 

 

 

 あまりにも温度のないシーザーの眼差しに部下は直視していられず、反射的に視線を逸らして言い淀む。

 冷や汗が噴き出して心臓が口から飛び出そうなほど暴れ回った。

 

 シーザーは部下の1人を暫くの間、無表情で見下ろしていたが管制室からの換気口を開いたと言う報告に気をよくしたのか部下から視線を逸らして侵入してきた『シノクニ』を見上げ、両手を掲げる。

 

 

 

「シュロロロロ !! そうだ! 始めから言う通りにしろ !! ゴミは物を考えるな !! …さァ! おれの力となれ『シノクニ』 !! 」

 

 

 

 毒々しい色をしたガスがシーザへ纏わりつくと、モコモコとその身体が膨張していく。

 

 元々3メートル弱あったシーザーの身体が『シノクニ』を取り込んだ事で今や何倍にも膨れ上がり、対峙するルフィなんて丸呑みに出来る程の大きとなっている。

 頭頂には王冠を模したような石灰の塊がツノの様に生え、胸部にはデカデカと『死国』と文字が浮かび上がった。

 

 

 

「シュロロロロロロ !!! これがおれの…科学の力 !!! 」

 

 

 

 『シノクニ』と一心同体となったシーザーは自分の研究成果がいかに凄く、どれだけ必要とされているのかを、まるで自分に言い聞かせるように大声で語る。

 シーザー曰く、此度の公開実験で『シノクニ』に飛び付いた2つの国は争いも飢饉もないごく平和な国だと言う。

 

 

 

「人間はみな、本気でてめェの身を守ろうと考えた時、敵を殺す手段を欲する !! 和解も、対談も、お呼びじゃねェ !! 兵器をブっ放し! 敵を皆殺しにしちまえば自国の平和は保たれる !! この世に必要なのは武力だけだ !! みんなおれが必要なんだよ !!!

 世界を兵器まみれにしておれは死の国の王となるのさ !!! シュロロロロロ !! 」

 

 

 

 シーザーは声高らかにそう言って毒ガスに変えた左手を立ち竦む部下達に向けて振り下ろすと、阿鼻叫喚の嵐がシーザーの掌の中で渦を巻く。

 

 

 

「 “M(マスター)”! やめ、て……! 」

 

「ギャアアアァ…… !! 」

 

 

 

 涙を流して懇願する部下も、逃げ惑う部下も、皆等しく、苦悶と悲嘆の表情を浮かべたまま白い石灰に覆われて物言わぬ像に成り果てた。

 

 その光景を直に目の当たりにしたルフィの纏う空気が変わる。

 

 

 

「シュロロロロロロ !! 我ながら素晴らしい出来だ !! この神経に働きかける速度たるや! もはや芸術… !!! クソ女の『失敗作(賢者の石)』なんかとは雲泥の差の科学の結晶だぜ !!! 」

 

 

 

 自画自賛に浸っていたシーザーだが、通路へ駆けていく豆粒のようなルフィを視界に収める。

 その行動を敗走と認識したシーザーがみっともねェ男だと好き勝手に煽ろうがルフィの足は止まらない。

 漸く通路の半ばで来た所でルフィが立ち止まり、両手の親指を噛み締めて両腕を風船の様に膨らませる。その腕に武装色の覇気を纏わせたルフィはシーザーに向かって駆け出した。シーザーの悪辣極まるニヤケ面目掛けて、一直線に。

 

 

 

「お前の顔は! もう、見たくねェっ !!!! 」

 

 

 

 いつの間にか眼前に現れた鬼気迫るルフィの表情と言葉に、今までの痛みを思い出したシーザーの両目から涙と冷や汗が滝の様に流れ出す。

 

 

 

「 “ゴムゴムの”ぉ…… !!! 」

 

 

 

 途轍もない張力が両腕に掛かり、ルフィは歯を食い縛って顔中に血管を浮き上がらせながら重い拳を引き寄せる。

 ギギギギギギ… !!! と音が近づくにつれてシーザーの顔色は抜けていき、顔面蒼白になりながら命乞いの様な赦しを乞う言葉を口にするも、ルフィはソレに耳を貸す事なく、両手の拳をシーザーへ撃ち込んだ。

 

 

 

「 “灰熊銃(グリズリー・マグナム)” !!!! 」

 

 

 

 勢いよく隔壁に叩きつけられたシーザーの身体は鋼鉄で出来た頑丈な壁を突き破り勢いを殺さぬまま通路の奥の奥へ吹き飛んで行った。

 ローの計画ではシーザーを無力化して捕らえなければいけなかったが、ルフィの中で既にシーザーは見たくもない顔にカテゴライズされてしまったので嫌いな奴は嫌い! と考えるルフィはシーザーがどっかに行ってしまっても気に留める事はなかったのである。

 

 それから暫くして、R棟に仲間が集まりだすとすっかりルフィの機嫌は直り喜びを露わにした。

 

 ワイワイと騒がしい中、ガラガラと何かを引き摺る音と共に、麦わら屋! と声が掛けられたルフィが音の出所へ視線を向ける。

 そこには巨大なトロッコを引くローとスモーカー、そして顔を真っ赤にしてトロッコに繋がれた鎖を引くも、何ひとつ役に立てていないシグマがいた。

 

 

 

「トラ男!! ケムリン〰〰〰 !! それとシグマ! そっちにいたのか」

 

 

 

 手を振るルフィを無視してR棟の室内に目をくまなく配るも、目的の人物が見当たらない事態にローの語気が強まる。

 

 

 

「シーザーはどこだ!! 見当たらねェ !! 」

 

「ああ…あの扉ごとあっちの方へブッ飛ばした !! どこまで飛んだかな」

 

「…おい !! お前… !! 」

 

 

 

 言葉も出ないとはこの事かと、ローは語気を強めたまま、約束は誘拐だった筈だ! とルフィに詰め寄るも、ルフィはルフィで「あんなやつもう捕まえるのもイヤだおれ !! 」と暖簾に腕押し状態だ。

 

 

 

「イヤだろうがなんだろうがそう言う計画だ !! ──もし逃げられたらどうしてくれる !!! 」

 

「いーじゃん別にあんなの! なァ! シグマもそう思うだろ !? 」

 

「え !? いやぁ…その、あれでも一応育ての親だし…? 」

 

「あんなもん! 親なんかじゃねェ! 」

 

 

 

 顔を顰めるルフィに苦笑いを浮かべるシグマだが、小匙程度には恩を感じてはいる為に滅多な事を口にはできなかった。

 そんな2人の会話を聞いていたローは自由奔放が過ぎるルフィに苦言…というよりは色々と気に入らない事が多すぎるので文句に近い言葉を投げつける。

 

 

 

 

「気分で作戦を変えんじゃねェよ !! お前を信用するんじゃなかった !! 」

 

 

 

 その言葉はコレまでの彼の印象とは異なるずいぶんと子供っぽいものだった。

 いままでもそれらしき言動は極々稀にあったが、ここまで露骨なモノを所詮ふた月程度の付き合いとは言え、シグマは聞いたことがない。剥き出しにされた感情に驚いたシグマだが、一方的に怒りを露わにするローを宥めるべく間に割り込む。

 

 

 

「ま…まぁまぁ、落ち着いて君! …あの隔壁を打ち破ってもなお遠くへ飛んでいったんだ、意識を保っては居ないだろう。逃げる事は出来ないさ」

 

「箱入り娘は黙ってろ! ジョーカーが増援を呼んでいる可能性を考慮出来ねェのかこのバカ!」

 

「あぅ、それを言われるとぉ…」

 

 

 

 怒りの矛先を向けられたシグマがへにょりと力なく項垂れれば、ローは少しばかり気まずそうに口をつぐむ。…八つ当たりをした自覚があるからだ。

 しかし、ローは謝るでもなくツンとそっぽを向くばかりでシグマの方を見ようとしない。

 

 

 

「おいトラ男! シグマをいじめんなよ!」

 

「っもとはと言えばお前が約束を守らないからだ!麦わら屋 !! 〰︎〰︎〰︎〰︎っ! とにかくさっさと追うぞ! 全員トロッコに乗れ!」

 

 

 

 シーザーを追う為だけでなく、生き埋めにならない為にも早急にこの研究所から脱出する必要があった。

 …というのも、実を言うとD棟はもう少ししたら爆発してしまうのだ。

 【SAD】製造所が爆破すればD棟と隣接するR棟もただでは済まず、外へ繋がる通路諸共崩落に巻き込まれだろう。

 

 だから1秒でも早く脱出しなければならない。

 

 しなければ、ならないのだが……。

 

 

 

「おい !! 麦わら屋の一味 !! 何してる全員急いで乗れ !!! お前の吹き飛ばしたシーザーに逃げられたら作戦はここで失敗だぞ !!! 」

 

 

 

 けたたましいアラームが鳴り響く中、未だにトロッコへ乗ろうとしない麦わらの一味にローは声を張り上げた。

 そんなローの言葉をルフィは「何言ってんだ !!! まだ仲間が来てねェ !!! 」と一蹴する。

 

 

 

 不安そうな顔で恩人である一味の面々とローを交互に見る子供達をたしぎが安心させる様に大丈夫だと声を掛けるものの、不安は拭えていないのか目に涙を浮かべる子供も現れる。

 雲行きが怪しくなって来たその時、

 

 

 

「ル〰︎〰︎〰︎〰︎フィ〰︎〰︎〰︎〰︎ !!! 」

 

 

 

 大きな少女、モチャを担ぎながら走るGー5の海兵達と大きな声でルフィの名前を呼ぶチョッパー、そして白い何かを抱えて走るアフロが特徴的な動く摩訶不思議な骸骨、ブルックが狭まる扉の先からやってくる。

 

 

 

「どわああああ〰︎〰︎〰︎〰︎ !!! 」

 

「間に合った〰︎〰︎〰︎〰︎ !!! 」

 

 

 

 閉まり切る間一髪で滑り込んだ彼らと同時に、2階から降りて来たウソップとシーザーの部下達が合流した。

 

 

 

「よし揃ったな! とにかく乗れーーーー !!! ここぶっ壊れるぞ〰︎〰︎〰︎〰︎ !!! 」

 

 

 

 笑顔で拳を振り上げながらルフィは飛び上がって大声を張り上げる。

 

 

 

「急げー !!! 逃げるぞ野郎共ォ !!! 」

 

 

 

 ルフィの声に合わせて子供達もGー5の面々も揃って雄叫びと歓声をあげたのだった。

 トロッコに乗り込む面々を横目にシグマはそんな空気に混ざる事なく、隣で不機嫌そうにブスくれるローに苦笑いを溢す。

 

 

 

「納得いかない顔をしているね」

 

「…別にそんなんじゃねェよ。シーザーが気掛かりなだけだ」

 

「ふぅん、じゃあそう言う事にしておこう。……って、なにその顔? 」

 

 

 

 なんとも言えない、複雑な表情を浮かべるローに思わず「ヘンな顔! 」とデリカシーにかける言葉がシグマの口を衝いて出た。

 咄嗟に口を両手で押さえるが、出てしまったものは取り消す事が出来ず、怒っているだろうなと恐る恐る逸らしていた視線を再びローへ向ける。

 

 

 

「…よかったのか」

 

「え? ……────あぁ。わたしが…自分で決めた事だ。矛盾を理解した上で、行った悪行だ」

 

 

 

 ローは怒っていなかった。寧ろ若干、申し訳程度では悔いている様な顔をしていて、マジマジと目を見開いたシグマがローの顔を凝視するが、その驚いた顔は次第に様々な感情が入り混じる複雑な笑みに変わていった。


 トロッコを運ぶのに三人は例の部屋を通った。水槽から消えたクローン達、床に掘られた錬成陣。何があったかなんて明白で、直ぐにローはシグマがどんな理由かは知らないが、錬金術の奥義とやらを行使したのだと理解したのだ。


 ローは思う。自分と同じ姿をした人間を殺す。それはこの子供のような女にはさぞ荷が重かったのではないかと。

 

 

 

「……君は正しかった。──うん。そう、君の判断は正しかったんだ。何も間違っちゃいなかった」

 

 

 

 唇をへの字にひん曲げるローに、「だからこそこちらも言いたい事がある」とシグマは言う。


 片眉を器用に上げてローは横目にシグマを伺い見た。

 

 

 

「ありがとう」

 

「……」

 

 

 

 一瞬何を言われたか理解出来なかったのか、表情を崩さなかったローは次第にその言葉の響きが己への感謝だと理解したのか、途轍もなくイヤそうに顔を歪めるとシグマから顔を背けて「ケッ! 」と悪態をつく。

 

 

 

「お前の為じゃない…! 全部おれの為にやった事だ! 勘違いも程々にしろ胸糞悪りぃ! 」

 

「えぇ…? 」

 

 

 

 シグマの困惑を置き去りにトロッコは爆走する。
 瓦礫が降り注ぐなか風を切る勢いで突き進むトロッコの行き先はまだ暗闇ばかりで何も見えないが、きっと外へ辿りつけるだろうと言う根拠のない安心がシグマの中にはあった。

 麦わらの一味、そして医者の彼。

 心強い人達がこの島に来てくれて本当に良かったとシグマは笑みを浮かべたのである。

 

 

 

 

 

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