レプリカント   作:華麗なイモリ

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 初めて姿を見た時から気にいらなかった。

 

 無垢で、無知で、愚かなあの子……シグマの事が私は大嫌いだった。

 飢える苦しみも、迫害される悲しみも、何も知らないあの子供が疎ましくて仕方ない存在だった。

 

 生きるのに不自由ない環境に身を置きながら、あの子は残酷にも外の話を私に沢山強張ると、羨む様に瞳をしぱしぱと瞬かせて夢を語る幼子みたいにはにかむ。

 

 

 

『世界は滅んでいるんだろうけど、空も海も健在なんだろう? いいなぁわたしも見てみたいなぁ…! 』

 

『うふふ、外なんて…そんな良いものじゃないわシグマ』

 

『そう? でも、わたしはいつか研究所の外へ出てみたいんだ! 』

 

『…』

 

 

 

 人の醜さも、恐ろしさも知らない子供の戯言だ。

 まだビスケットルームにいる子供達の方が賢く世間を知っているんじゃないかと思い、そう言えばシグマは何も知らない赤子の様なものだったと気が付く。

 

 何も知らない赤子が何でも口にする様に、幼子が触ってはダメと言われても火に触れる様に。

 この目の前のコレは何も知らないのだ。

 

 

 

『うふふ…かわいいシグマ。私の…シグマ』

 

 

 

 そう思えば不思議と目の前の生き物が愛らしいものに見えてくるような気がする。

 この腕に閉じ込めて、眼と耳を覆って、口すらも塞いで何も知らないまま、何も感じさせないまま命を奪われるその瞬間まで大事にしようと思えた。

 

 娘では歳が近過ぎる。だから歳の離れた妹。シュガーの後に生まれた私の妹。

 

 

 

『あなたが死ぬ時までずっと側にいるわシグマ』

 

 

 

 シーザー・クラウンからはあの子の寿命…存命を許されている期間は聞いていたから、それまでの間私はシグマの姉を演じ続け、私の知る愛を注いてあげる。

 聞き分けが無ければ足の指を凍らせて切り落とし、言う事を聞かなければ手の指の爪を剥がした。

 

 それでも不思議な事にシグマが私を避ける事も嫌う事もなく、「モネさん」と名前を呼び慕い始めた時は不覚にも『嬉しい』と感じたのだ。

 

 ──なのに。

 

 

 

 …やっぱり、気にいらない子…シグマ……!

 

 

 

 瓦礫が降り注ぐ中、私は爆破スイッチに羽を添えて宙を仰ぎ見た。

 

 

 

『モネさんは、その翼で自由に大空を飛びたくないの? 』

 

 

 

 …鳥は好きだ。自由で、何処にでも行けて、何にも縛られない。

 だが、それと同時に羽根を毟り取って、翼を切り落とし、地面に這う生き物の惨めさを味合わせてやりたいという嫉妬の気持ちもあった。

 

 手術で手に入れた己の翼を見下ろす。

 

 シグマに語った事に嘘はない。

 私は若様が必要とする時に必要な場所へ飛んで行く為にこの翼を手に入れた。

 あの頃の様に地獄から飛び立ちたいからじゃない。全ては若様の…若様を “海賊王” にする為の手段のひとつ。

 決して自分の為じゃない。自由の為なんかじゃない。

 

 …全ては大恩ある、若様の為に。

 

 だから、あの子の言葉が疎ましい…!

 無意識にだろう、何の意図もなく呟かれたあの言葉!

 

 

 

『それじゃぁまるで “籠の中の鳥” だ』

 

 

 

 ……でも、それでいい

 

 

 

 わかってる。本当は少しだけ────いいや、こんな事考えるだけ不毛極まりない。

 だって、若様は私に居場所と力を与えてくれた。……もう、それだけで充分な理由でしょう? 全てを捧げるのに、充分過ぎる理由だと私は思うのよシグマ。

 ねぇ…あなただって、ローと出会わなければ同じだったのでしょう?

 

 

 

「……」

 

 

 

 …さよなら、若様。あなたこそが── “海賊王” になる男… !!!

 

 

 

「 !!? …… !? ガフッ… !! 」

 

 

 なん、で、心臓…が……わか、さ…ま…──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 D棟が爆発したのか、腹の底に響くような地響きと共に降り注ぐ瓦礫の数と大きさが増す。

 子供達の頭上に落ちてくる瓦礫をルフィが退けるも、全てを跳ね除けるのは流石のルフィも無茶があるのかトロッコに急げー! と檄を飛ばしている。

 

 トロッコの速度は健在であるのだが、通路が崩れつつある山腹のトンネルはもういつ崩れてもおかしくない状態だ。

 崩れれば全員生き埋めだと、それを声に出すローにウソップが「のんびり語ってる場合か !? 」とツッコミをいれるものの、ローはいざという時の為に能力を使う体力を残しておかなければいけないので、降り注ぐ瓦礫の撤去を手伝うことは出来ない。

 

 

 

「って、あ〰︎〰︎ !!! 瓦礫に塞がれたー !! 」

 

「ぶつかる️〰︎〰︎ !!! 」

 

 

 

 悲鳴がこだまする中、麦わらの一味の剣士である 海賊狩りロロノア・ゾロが抜刀すると同時に一閃、刀を振う。すると、その軌道にあった瓦礫は物の見事に真っ二つに切り裂かれて道が文字通り切り拓かれたのだった。

 

 

 

「すっ、すごーーーーい !! かっこい️️〰︎〰︎ !!! 」

 

 

 

 Gー5の面々と共に黄色い声をあげるシグマにローの納得いかなさそうな視線が突き刺さる。

 目を煌めかせて鼻息荒く、興奮に頬を赤く染めるシグマの頭を鷲掴んだローの喉から低い声が飛び出した。

 

 

 

「おい、刀ならおれも使っていただろう。なんでロロノア屋だけ賞賛する」

 

「え、だって…君殆ど人を斬ってたじゃないか…純粋に怖かったんだもの」

 

「……研究所だって斬っていた。あんな瓦礫なんて比じゃねェ規模だったハズだ」

 

「あの時は怖くて目を瞑ってて…というか! 結局人斬ってたじゃないか! ヴェルゴ! 半分こしてた! それどころか最終的には14等分してた! 趣味の悪いオブジェにしてた !! こわい !!! 」

 

「うるせェ何がこわいだ! お前だって一度切り刻まれているだろう! 今更人の1人や2人斬ったくらいでピーピー喚くな! 」

 

「そうなんだけど、そうなんだけど! やっぱこわいヤダ〰︎〰︎! 」

 

 

 

 頭を掴む手に力を加えられたシグマが半泣きになりながらローの手を剥がそうと奮闘するも、ガッチリ掴まれた指を外す事は叶わなかった。

 そんなシグマの姿を憐れに思ったのか、スモーカーが気になっていた事をローに尋ねる事で助け舟を出す。

 

 

 

「おい、ロー。シーザーは何故おれの心臓を持ってるつもりでいたんだ」

 

「今ここで聞く事か? 」

 

 

 

 眉根を寄せて睨みつけているつもりはなくとも、そう見えてしまう目つきでローはスモーカーに首を向ける。

 

 言外に聞くなと視線で訴えられようとも、スモーカーが引くことはない。

 ヴェルゴを打ち倒した後に心臓を返されたスモーカーだが、ローはシーザーからスモーカーの心臓をくすねる暇などなかった筈だ。

 であればあの時、檻の外からシーザーが見せびらかして来た心臓はスモーカーのものではなく、シーザーは始めから勘違いしていた事になる。

 

 ローは心臓を奪ったが、シーザーには渡さなかった。…何故?

 

 スモーカーは心臓を返されて今に至るまで、そんな疑問を抱いていたのだ。今此処で聞かなければ、もう聞けるタイミングはないだろう。

 

 

 

「……」

 

 

 

 シグマの頭から手を放して、暫くの間思案していたローはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

 

 

「…おれも人間だ。お前の心臓を渡したつもりが、間違って(・・・・)秘書モネの心臓を渡しちまったのかもしれねェな? 」

 

「お前がそんなミスをするとは思えねェが」

 

「じゃあこうだ、よく言うだろ。人に親切にしときゃあ…てめェにいい事があるってよ」

 

「……もうそれでいい」

 

 

 

 白々しく煙に巻く様な発言をするローに呆れた視線を寄越したスモーカーだが、かく言う本人はそんな非難じみた視線などお構いなしにフンと鼻を鳴らし、もう話は終わりだと言わんばかりにトロッコの正面へ顔を背けた。

 

 

 

「素直じゃないなぁ君は」

 

 

 

 そう呟き、半目で見上げるシグマの頭を小突きながらローは出口にもガスが待ち受けている筈だからと言って、続け様に「 誰か風を起こせる者はいねェか? 」とトロッコに乗っている全員に問いかけた。

 その問いはそんな特殊能力者が簡単にいるものか! とツッコミを受けていたが、ナミの「 あ…私できるけど 」と言う言葉にローの発言にツッコンだ面々はいるのかよ! と仰天する。

 Gー5といい、シーザーの部下といい、彼らはノリがよく騒がしいヤツらであった。

 

 

 

「……あーー! 出口が見えたぞ !!! 」

 

 

 

 目を凝らしてトンネルの先を見据えていたウソップが声を張り上げた。

 視界の先に現れた芥子粒程の小さな光は、トロッコが進めば進む程に大きくなり、出口に近づいている事がわかると皆は大手を振って喜ぶ。

 

 

 

「ってェ! 喜んでる場合じゃねェ !! 風を送れナミー !! 表は毒の世界だぞー !! 」

 

「うっさいわね! わかってるわよ! … “魔法の天候棒(ソーサリー・クリマ・タクト)” “突風(ガスト)ソード” !! 」

 

 

 

 ナミが先頭に立ち自身の武器である天候を操る棍棒『魔法の天候棒(ソーサリー・クリマ・タクト)』を出口へ突きつけると、筒の先からシャボンが現れてすぐさま弾けた。

 その瞬間、そこからは小規模な竜巻もかくやな勢いの風が巻き起こり、正しく突風の剣と呼ぶに相応しいソレは目の前の毒ガスを見る見るうちに散らして行く。

 

 

 

「すごいすごい! 科学の結晶ってカンジ !! …じゃあ、後ろから迫り来る毒ガスはわたしが請け負おう! 」

 

「後ろ? っギャアアアァ !!! 本当に後ろからも来てるー !!? 」

 

「心配無用だ長鼻の君! “(シルフ)” ! 君の力を貸しておくれ! 」

 

 

 

 掬う様に掲げられたシグマの両手の平から萌黄色に淡く輝く小鳥が現れる。

 『 (シルフ) 』と呼ばれたその小鳥は背後から迫る毒ガスに向かって真っ直ぐに飛んでいくと、その身を風に変えてガスを風圧で押し返した。

 

 

 

「此処にも特殊能力持ちが !!? 」

 

「ふふん! “▼▽△▲(地水火風)” は錬金術師(わたし)の十八番だからね! どうだい! コレがケミケミの実の力だ! 」

 

「流石お嬢! “M(マスター)” とは大違いだ! 」

 

 

 

 腰に手を当てて、胸を張るシグマにGー5やシーザーの部下の面々は大絶賛を浴びせた。

 褒められて有頂天になっていたシグマだが、“M(マスター)” の名が出て微妙な顔をするも、部下の彼らにとってソレは事実以外の何物でもないので困ったような笑みを浮かべるに留める。

 

 

 

「出ェたァ〰︎〰︎〰︎〰︎っ !!! 外だァっ !!! 」

 

 

 

 あまりの眩しさに目を細めながらも皆が外へ出れた事を喜んだ。大人も子供も関係なく歓声を上げて空に向かって拳を突き上げる。

 次第に眩しさに目が慣れてきた頃、麦わらの一味であるルフィ、ウソップ、チョッパーが目を輝かせて雄叫びをあげた。

 

 

 

「おお !! あれ見ろ !!! 」

 

「うおお〰︎〰︎ !!! 」

 

「「「 “ショーグン” だァ〰︎〰︎〰︎〰︎ !!! 」」」

 

 

 

 『ショーグン』という単語に皆が首を傾げるが、毒ガスの切れ間から覗くその重厚なボディと光沢ある鉄の表面が光を弾くように輝く姿に衝撃を受けたように目が釘付けになる。

 

 

 

『 ロ ・ ボ ・ だ ーーーーっ !!! 』

 

 

 

 男子諸君は大人も子供も例外なく瞳を星の様に輝かせてトロッコから身を乗り出すと興奮冷めやらぬ歓声と賞賛を目の前のロボットへ惜しみなく注ぎ込む。

 

 一方、男子が「きゅうきょくだー !! 」と騒ぎ立てる横では女子たちが真顔でただ無感動にロボを見つめている。

 だが、そんな中1人の例外がいた。そう、シグマだ。

 

 

 

「わァああー !!! 科学の力ってすごーーーーい !!!! 」

 

 

 

 大興奮のシグマは横にいるローの腕を掴んでめちゃくちゃに揺らした。それはもう遠慮もなしに揺さぶった。その姿は20歳になったとは思えぬガキっぷりである。

 

 

 

「っは! …バッファロー !! …… !! お前は……ベビー5か !!? 」

 

 

 

 正気に戻ったのか、何事もなかったかのように振る舞いシグマを押し除けたローがショーグンと対峙する2人の名を呼ぶ。

 …しかし、シグマは興奮していてもしっかり見ていた。ローの瞳もまた、ロボを目の前にして輝いていた事を。

 

 

 

「…ロー !!! …あなた本当にジョーカーに盾つく気 !? 」

 

「この裏切り者がァ !! ジョーカーはお前の為にまだ “ハート” の席を… 」

 

 

 

 ベビー5と呼ばれた黒髪にホワイトブリムを装着し、丈の短いメイドのような装いをする女性と、プロペラのような頭部が特徴的で大柄な男バッファローがローを責め立てるも、その言葉を遮ってルフィはローへ訊ねる。

 

 

 

「ん? 誰だあいつら、友達か? 」

 

「 ──いや “敵” だ」

 

 

 

 そう宣言したローに今まではしゃいでいた面々は正面の二人組をキロリと睨みつける。

 シーザーの仲間であろう2人に此処にいる彼らは容赦などする筈もなく、物凄い数の敵意がベビー5とバッファローの身を串刺しにせんばかりに突き刺さった。

 

 そんな2人が取った行動は当然、逃げの一手に限る。

 相手が動き出すより前にシーザーの首根っこを掴んだベビー5が高速離陸したバッファローの背へ飛び乗り、兎にも角にもシーザーの身柄をドフラミンゴへ渡すべく逃走した。……が、簡単に逃がして貰える筈もなく、ベビー5、バッファロー、シーザーの3人は空中で撃墜されると極寒の海へ叩きつけられたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に何ともねェんだろうな」

 

 

 

 タンカーの一室。そこでローと向かい合うシグマはいつかの様にバラバラに解体されていた。

 親の仇を睨みつける剣幕でシグマの肺や各内臓を診察するローへ呆れたような目を彼女は向ける。

 そうもしたくなるだろう。なにせ、もう3回以上も組み立ててはバラされるのを繰り返しているのだ。

 死にかけていたとはいえ、錬金術の奥義(人体錬成)で再構成された内臓は健康そのものである。

 

 

 

「も〰︎〰︎! 何回も問題ないって言ってるじゃないか! 君もその目で確かめているだろう !? それに子供達も君の挙動で萎縮……していないけど! むしろワクワクした顔してるけど! 時間が無いんだろう !? 効率よく行こうじゃないか! 」

 

「効率ね、それは問題ねェ。この中で1番重症だったお前を除きゃあ、あとは直ぐに済む予定だ」

 

「そ、そう…腕が良いようで何よりだ…! じゃあ早く組み立てておくれよ、さぁ早く! 」

 

「わかったわかった」

 

 

 

 投げやりな返事を繰り返してローがシグマの頭部を持ち上げた瞬間、シグマは扉の隙間から覗くチョッパーの目と視線が交わった。

 

 

 

「あ」

 

「あァ? 」

 

「ひ、ひ…! 人殺し〰︎〰︎〰︎〰︎ィ !!! シグマが殺されたァ〰︎〰︎〰︎〰︎っ !!! 」

 

 

 

 目をぐるぐると回し錯乱した様子のチョッパーが覗き込んでいた扉を叩きつけんばかりに力を込めて閉めると、弁明の余地もなく仲間の方へ叫びながら走り去ってしまった。

 

 

 

「あいつ、覗くなとあれ程」

 

「いやぁ古今東西『見るな』と言われたら見たくなるものだ。鶴にしろ、雀にしろね」

 

「…ラインナップが偏り過ぎてるな。誰が用意したか想像がつく」

 

「あぁ、まぁ想像どうりだとも。…彼女はわたしにとって姉の様な人だった。いろいろしてくれたよ。……抑揚や感情は彼女に習ったと言っても過言じゃないさ」

 

 

 

 駄弁りながらも身体を組み立てていくローを傍目にシグマはモネを脳裏に思い浮かべる。

 

 タンカーの側に落ちていた破片が突き刺さった心臓を見た瞬間から、あぁもう彼女は死んでいるのだとシグマは察していた。

 スモーカーも医者の彼も生きている。ならもう消去法で心臓の持ち主はモネ以外にありえないからだ。

 悲しみは勿論ある。命の重みも感じるが、不思議と涙が出ることはない。恐らく感情が追い付いていないのだろう。

 

 そんな淡々とした思考でシグマは思う。結局、あの自由を体現した人は不自由なまま死んでしまったのだと。

 

 

 

「鳥籠の鳥は…籠から出たら死んでしまうのかな」

 

「さァな。それはお前次第だ」

 

「わたし? 」

 

「? お前の事だろ。箱入り娘」

 

 

 

 組み上がった身体を伸ばしながらシグマが呟けば、ローは彼女へ指差してお前の事だろうと言う。

 

 

 

「えぇ? 違うよ、モネさんのことさ。彼女、翼なんて自由の象徴を手にしたのに、自由なんて必要ないと言っていたんだ。

 だから、自由がわからなくて籠から出たら死んでしまうと思いこんでいるから出ようとしなかったのかなって」

 

「くだらねェ、考え過ぎだ。……ジョーカーの部下達はみな奴にそう洗脳…いや、“教育(・・)” されている。だからジョーカーの命令なら喜んで命を平気で捧げる奴らばかりだぞ。……ドンキホーテファミリーってのはそう言う海賊団だ」

 

 

 

 初めに会った時のお前みたいにな。

 

 

 

「!」

 

「今の話を聞いて全て繋がった。ジョーカーの “教育” を受けたモネがお前の教育係だったって訳だ。そりゃ、あんなクソみてェな面にもなる」

 

「クソみたいな面って、酷い言われようなんだけれど…」

 

「事実だ。人形みたいな面しやがって、今のバカみてェなアホ面のが万倍マシだな」

 

「な… !? バカって言った !! アホって言った… !! 」

 

 

 

 顔を真っ赤にして怒るシグマを横目にローは帽子の鍔に隠れてひっそりと笑みを浮かべる。

 思えば随分と人間らしくなったのものだと感心すらしていた。

 

 

 

「死に掛けちゃいたが、お前は今生きている。

 ……もう自由なんだお前は。好きにすりゃ良い。ご大層な…何だった、思想があっただろう」

 

「【セレマ】だよ」

 

「そう、それだ。やりたい事やって、好きに生きろ」

 

 

 

 お前は人間なんだから。

 

 そう締め括ったローはシグマの頭を乱雑に掻き混ぜると、鬼哭を担ぎ子供達の方へ歩いて行った。

 ボサボサになった頭を抱えてシグマは自嘲の笑みを浮かべる。

 

 

 

「…わたしは、咎人なんだぞ……」

 

 

 

 自由かぁ、と天井を仰ぎ見るもそんなんで答えが出る筈もなく、再びチョッパーが突撃して来るまでシグマは物思いに耽っていた。

 

 

 

「ロー〰︎〰︎〰︎〰︎ !! 出て来いロー︎〰︎〰︎〰︎ !! 中で何してる︎〰︎〰︎ !! 」

 

 

 

 ボケっとしていたシグマは後ろから響く足音に振り返ると、もう終わったのかと驚いた。

 

 

 

「言ったろう。直ぐに済むと」

 

「や、まぁそうだけど…あ、トナカイの彼が君の事呼んでるよ」

 

「あんな大声出されりゃイヤでも聞こえる」

 

 

 

 扉へ向かうローの後に何となくついて行ったシグマの目に、怒りながら目に涙を溜めたチョッパーの姿が飛び込んだ。

 

 

 

「お前、一体シグマと子供達に何をしたァ! あいつらにもしもの事があったらお前ェ !!! ってシグマの幽霊ーーーー !? 」

 

「生きてるとも」

 

「え !? そうか生きてるのか! 良かった !! じゃあ子供達も… 」

 

「 ──今、ガキ共の身体を切り刻んできた… !! 」

 

「ギャーーーー !! 」

 

 

 

 誤解を生む言葉に、案の定誤解したのか続けて伝えられた覚醒剤だから辛い長期治療は避けられないと言う言葉を聞く間も無くチョッパーは奥の部屋へ走って行った。

 

 

 

「……」

 

「今の絶対わざとだ! 可哀想に! 」

 

「嘘は言ってねェ。切り刻んで薬を取り除いたからな」

 

 

 

 非難の目を向けられようと、悪びれる事もなくそう言ったローはシグマを振り返る事なく何処かへ歩いて行ってしまう。

 

 

 

「あ、」

 

 

 

 伸ばしかけて行き場をなくした腕を数秒彷徨わせた後、シグマは深いため息と共に降ろすと、タンカーの柵に寄りかかって眼下のドンちゃん騒ぎを見渡した。

 鼻腔を擽る良い香りを肺いっぱいに満たしながら、目にとまったある2人の親子の様子をシグマは見つめる。

 

 父親らしき男に諭された子供が涙を流しながら食事に食らいつき、男もまた号泣しながら頬いっぱいに飯を詰め込んでいた。

 

 

 

「父親…か」

 

 

 

 シグマの目がある一角に向けられる。

 其処には海楼石の鎖で何重にも縛られた養父と、その仲間達の姿があった。

 濡れたまま放置されたその身体には薄く雪が積もり、髪の毛や服は霜が張り巡らされて凍結している。そんな3人を見て、シグマは純粋に寒そうだと場違いな感想を抱くも、かと言って暖を取らせる事も拘束を解く事も禁じられている為、こうして眺める事しか出来ない。

 

 

 

「初めから養父として認識しなければこんな気持ちは抱かなかったのかもしれないなぁ」

 

 

 

 あの2人を見た瞬間にシグマが抱いた感情は間違いなく羨望寄りの嫉妬であり、シーザーへ父親としての役割を求めてはいない筈なのに何故か胸が苦しくなる。

 シグマは自身が憶えている中で1番古い記憶を思い浮かべた。

 それはまだ喃語しか話せなかった赤子の頃、手袋に包まれた大きな指を握った時の記憶。

 

 今思えば、きっと大層嫌悪感に歪んだ顔をしていたのだろう。しかし、気まぐれに差し出された指の存在をシグマは今でも憶えている。

 

 

 

「うん。わかっているとも。…タラレバなんて考えるだけ無駄だ」

 

 

 

 どれだけ羨もうが、どれだけ父性に焦がれようと、過去は誰にも変える事は出来ないのだ。

 

 ──子は親を選べない。

 

 逆も然りではあるが、そんな言葉がシグマの脳裏を過ぎる。

 …ナイーブになったものの決してシグマは自分を不幸で可哀想な存在だとは思っていないし、その様に振る舞うつもりもない。

 

 両手で挟む様に頬を数回軽く叩き、大きく吸った息を一気に吐き出すと、何処か吹っ切れた表情のシグマが薄雲のかかった空を見上げた。

 

 

 

「養われていたのは事実なのだし! 今となっては過ぎた事だ! 」

 

 

 

 そう言ったシグマは随分と物思いに没頭し過ぎていたのか、再び辺りを見渡した時にはいつの間にやらドンチャン騒ぎの宴は撤収が始まっていてGー5の面々と子供達がタンカーへ乗り込んで来たので、彼らとすれ違う形でシグマは地へ降り立つ。

 

 さりげなく麦わらの一味の方へ身体を寄せて、やいのやいの騒ぐ彼らの喧騒を聞きながら出航する子供達を見送った。

 途中、Gー5の面々が悪口でも言わないと海賊なのに好きになっちまうよォオ〰︎〰︎ !!! だなんて泣き出してしまったので、シグマは思わず「ヘンなの! 海軍なのに! 」と笑ってしまったが、一部を除き、誰も彼もが笑顔だったのでそのまま遠慮なく彼女は笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ねぇ、本当にコレこのまま流すの…?」

 

「なんだ、文句でもあるのかお前」

 

「や、文句っていうか〰︎〰︎限りなく野蛮な所業っていうか〰︎〰︎ 」

 

「はっきり言え、鬱陶しい」

 

「正直言って生首島流しは趣味が悪いと思うっ…て! いたーい !! 何でゲンコツ !!! 」

 

 

 

 おれに意見するな。と、横暴甚だしいローの振る舞いに理不尽だ! と訴えかけるシグマだが、再び握られた拳をスっと掲げられてしまえば先程までの威勢の良さは瞬く間に萎んでしまう。

 

 タンカーに積んであった救命ヨットへ置かれた2つの生首のうちの1人、ベビー5は目に涙を浮かべたままローを睨み付けて啖呵を切った。

 

 

 

「ロー !! あんた! こんな事してタダじゃ済まないんだから !! あんたなんか若にかかれば直ぐに… 」

 

 

 

 悔し紛れにそう叫び散らすベビー5だったが、ローに睨みつけられると、しゃくりを上げて泣き出してしまう。

 

 

 

「小僧共! 絶対に後悔させてやるだすやんっ! 」

 

「ちくしょう !! 本当に許さないから !! 」

 

「憎まれ口より、まず自分の身を案じたらどうだ? せいぜい助けが来ることを祈ってろ…じゃあな」

 

「あー…えと、お達者で…! 」

 

「敵の無事を祈ってどうする… 」

 

 

 

 沖へ流れていく救命ヨットに手を手を振るシグマへ呆れたローはやれやれとしょうもない奴を見る目で彼女を見下ろした。

 そんな視線に気付かないシグマを放置して、今度は満身創痍でフランキーに首根っこを掴みあげられているシーザーの方へローは歩み寄る。

 

 口を戦慄かせ、精一杯の虚勢を張るシーザーは一味に紛れるシグマを目敏く見つけると手錠をかけられた腕を大きく振ってシグマの名を叫んだ。

 

 

 

「シグマ… !! あぁ、おれの愛娘 !! お前の養父(ちち)がこんな扱いを受けているぞ! 乱暴するなとこのバカ共に言ってやれ !!! なァおい、シグマ !! 聞こえてんだろ !!? 」

 

「ほんっと、清々しい程のクズね! 殺そうとしてた癖に虫がよすぎよあんた !! 」

 

「うるせェ!バカ女! おれが造った命だ !! おれの好きにして何が悪い !! ッブヘァ !!! 」

 

「サイテー !!! シグマ! こんな奴相手にしなくていいから !! 先に船に乗りましょ! 」

 

「わぁ、いいの? 助かる〰︎〰︎! 此処からどうやって出ようか迷っていたんだ! 次の島までお邪魔しまーす! 」

 

「せ、拙者達も乗せてはくれまいか! 」

 

「この通り! 数々の恩を受けながら誠に厚かましい限りだが! 何卒! 何卒! 行きたい島がある故! どうか!」

 

 

 

 変わった出たちの例の親子、錦えもんとモモの助が頭を直角に下げればルフィから「いいぞー! 」なんて気楽な声が掛かると、かたじけない! とダバダバと涙と鼻水を流した。

 

 

 

「そんじゃ! 全員『サニー号』に乗れー! …んん? なートラ男ー、全員ってシーザーも含まれてんのか? 」

 

「当然だろう! そういう計画だと言ったハズだ麦わら屋! …おれの計画から降りないと言ったのはお前だぞ、忘れてねェだろうな! 」

 

「ケーカクかー、乗せなきゃかー」

 

「麦わらの君!養父(ちち)の面倒はわたしがみるとも! だから目的地まで乗せてくれないだろうか、お願いだ! この通り! 」

 

「んーー。おう、わかった! ちゃんと世話しろよ! 」

 

 

 

 渋るルフィに船から身を乗り出したシグマが両手を合わせて懇願すれば何故か呆気なく許可を出したルフィにローの顔が理解不能だと言わんばかりに歪む。

 どうやら人枠ではなく、ペット枠であるなら許せるらしい。不思議な感性である。

 

 そんなこんなでパンクハザードを出航した一同はローの指示のもと、ドレスローザに向けて船を進めていた。

 新世界と言うだけあり、これまで渡ってきた【偉大なる航路(グランドライン)】の破天荒さに輪を掛けて摩訶不思議な現象に見舞わるルフィは数々の新体験に誰よりも笑ってはしゃぐ。

 

 船よりも何倍も大きい隕石のような雹の雨、何処からともなく現れた下り坂…これは “海坂” と言って、ロー曰くよくある事らしいが即座にウソップに「ねェよ !! 」と否定されていた。

 

 シグマも生まれてはじめて目にする光景ばかりでとても興奮しているのだが、逆に一周回って冷静になっていた。

 潮風を全身に浴びて上下青の世界にシグマは心地よさを感じながら瞳を閉じて微笑んだ。

 

 

 

「おいクソゴム! 何よりも始めにてめェに聞かなきゃいけねェ事がある…! ……この麗しいお嬢さんは一体どこのご令嬢だーーーー♡」

 

「そいつはシグマ! シーザーの娘だ! 」

 

「シーザーの娘だとォ !!? この地に舞い降りた女神の様に麗しいレディにクソ野郎の血が混じってるなんておれは認めねェ !!! 」

 

「素敵なぐる眉の君、わたしは拾い子だから養父(とう)さんとは血は繋がっていないんだ」

 

「おれの勘に間違いはなかった! 神様ありがとう !! ……失礼レディ。不愉快な思いをさせてしまったかい?」

 

「そんな事はないとも。嬉しい言葉の数々、感謝するよ」

 

「んメロリーーーーン♡♡♡」

 

「あはは! 鼻血すごーい! 」

 

「何やってんだあいつ」

 

 

 

 鼻血を噴き出した勢いで宙を舞うサンジを見上げて無邪気に笑うシグマと、幸せそうに目をハートにしたサンジを見据えてゾロは呆れたように呟いた。

 

 

 

「私たち錦えもんさんの体探して別行動でしたから、彼女の事なにも知らないんですよねぇ…ヨホホ。それにしても綺麗な目をしたお嬢さんですねぇ。私、目無いんですけど! あ、パンツ見せて貰ってもよろしいですか? 」

 

「やめんか! 」

 

「すごーい! 妖怪って存在してたんだー! 」

 

 

 

 妖怪 !? やだ、コワイ! なんて事言うんですかあなた !! と挙動不審に辺りを見渡すブルックにおめェの事だろとフランキーからツッコミが入るもブルックは聞こえていないのか「妖怪コワイ !!! 」と騒ぎ散らしている。

 

 

 

「で? こいつは結局誰なんだよ」

 

 

 

 腕を組んで真っ直ぐにシグマを見据えるゾロに少しの威圧感を覚えながら、シグマは気圧されないよう胸を張り答える。

 

 

 

「わたしは、シグマ…ただのシグマだ! この世で最も優れた錬金術師がこのわたしだ! 」

 

 

 

 何でもは出来ないが、それなりの役にはたてるとも! 次の島まで、どうぞよろしく!

 そう言ってシグマはとびきりの笑顔で頭を下げたのだった。

 

 

 

 

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