屋敷へと足を踏み入れ、先導する赤髪の女に着いて行くフリーレンは部屋中を見渡しながら口を開く。
「へぇ……明らかに建物の大きさと室内の広さが違う。これも何かの魔法かな?」
「これは咲夜さん……って言っても分からないか。ウチのメイド長の能力です。」
まるで自分の事のようにえへんと胸を張っている赤髪の女は先程からシュタルクがぷるぷると震えているのを察してか振り返りながら口を開く。
「そんなに怯えなくても、お客さんに手を出したりしませんよ。私はその魔族とかいう奴ではありませんから。」
「それにしても、空間に干渉する魔法ですか。興味深いです。」
この世界の魔法使いは基本的に自身のイメージ出来ない事象を起こす事は出来ない。
先程からフェルンがしきりに感心しているのは空間を拡張するというイメージを具現化出来るメイド長とやらの想像力にだ。
一行がお上りさんの様に周りをキョロキョロ見渡している間に目的の部屋に辿り着いたようだ。
「さて……この部屋の中にお嬢様が居ます。基本的には温厚な方なので、心配しなくても大丈夫ですよ。」
そう言って赤髪の女は巨大な扉を開く。一行は空間を操る魔法使いを従えているこの屋敷のトップの姿を目に焼き付けようと扉を
凝視している。開いた扉のその奥に居たのは……
「……むにゃむにゃ。」
「お嬢様、そろそろ起きて下さい。今日こそは外に出ると言ってたじゃないですか!」
無駄に装飾の凝った椅子にもたれかかって爆睡し、メイドに身体を揺さぶられている子供の姿だった。
「……えぇ。お嬢様まだ起きて無かったんですか。もう昼になりますよ?」
主人が爆睡しているのは赤髪の女も想定外らしく、困った表情を浮かべている。
「ちょっと美鈴……誰よその人達。」
「いやぁ。紅魔館に興味を持っていた様なので連れて来ちゃいました。こっちに来て初めてのお客さんですよ。」
メイドの格好をした銀髪の女は即座に佇まいを正すと華麗に一礼した。
「お客様でしたか、大変失礼致しました。私メイド長の十六夜咲夜と申します。」
「これはご丁寧に……俺はザイン。こっちがシュタルクで」
「フェルンです。よろしくお願いします。」
「私はフリーレン。所で魔導書は何処?」
と、各々挨拶を交わしていく中何処までも自由奔放なフリーレン。それを華麗にスルーする仲間達とメイド長。
「ご覧の通り、お嬢様が起きなくて困っているんです。昨日かなりお酒を呑まれていたので……」
「……なるほど。俺の出番か?」
僧侶のザインが、酔いを覚まそうかと近付くとお嬢様とやらはムクリと起き上がり目を開いた。
「その必要は無いわ。コホン、客人に見苦しい姿を見せてしまったわね。私はレミリア・スカーレット。偉大なる吸血鬼よ!」
バサッ!と翼を開いて本人は格好いいと思っているポーズを取るが周りの反応は
「おー……」
困った表情で拍手しているフェルンとそれに合わせて拍手をするシュタルク。それに無反応のフリーレン。赤髪の女に見惚れているザイン。
そのまま数秒程するとレミリアは顔を赤くして誤魔化すように口を開いた。
「そこの白髪の……あなた、フリーレンって言ったわね?勇者一行の魔法使いと同じ名だわ。」
「同じというか、本人だよ。」
フリーレンがそう言うとお嬢様とやらは数秒考え込む様な仕草をして勝手に納得した様に頷いた。
「あなたが本当に勇者一行の魔法使いなら、パチェに会わせなくてはならないわね。」
「パチェって誰?」
純粋に疑問をぶつけるフリーレンだがやはりまだ警戒しているのか片手に杖は握ったままだ。
「私の友人の魔女よ。魔法使いとしてはまだ若い部類だけれど、その知識量はそこらの魔法使いの比じゃないわ。」
「へー。所でその翼って魔法によるもの?」
フリーレンがレミリアの翼を指さしながらそう訊ねるとレミリアは翼を動かしながらその問いに答えた。
「これ?これは生まれつきよ。というか、あなた達吸血鬼を知らないの?」
「ずっと疑問なんだけど、吸血鬼って何?」
「うーん。改めてそう聞かれると何なのかしら?なんと説明するべきかしらね?咲夜。」
質問で質問に返されたレミリアは困った様な表情を浮かべて咲夜と名乗ったメイド長に助けを求めた。
「……確かに、改めて考えると吸血鬼って何なんでしょうか。」
まさかの本人もその従者も吸血鬼という存在を詳しく説明出来ないという事実にフリーレンはため息を吐いて口を開いた。
「まあそれは置いといて、その魔法使いに会わせてよ。この結界を張ったのもその人でしょ?」
「ええ。ところであなた、何故魔力を制限しているの?」
レミリアが不思議そうに疑問を投げると、フリーレンはビクッとして固まった。
「……なんで分かった?」
「だって、私も外に出る時は魔力を制限してるもの。垂れ流しだと威圧してると思われちゃうし。今だって魔力は制限してるのよ?」
確かに、言われるまで気が付かなかったが魔力が不自然なまでに周囲に漏れていない。でも見るからに戦士では無さそうだし。
「……なるほど、分かった。とりあえずその魔法使いに会わせてほしい。」
「良いわよ。咲夜、彼女達を案内してあげて。」
「畏まりました。では皆様、此方へ。」
レミリアが咲夜にそう指示を出すと咲夜は先導するようにして歩き出した。
先程通った廊下を歩きながら、フェルンは気になった事を咲夜に訊ねる。
「いつからここに住んでいるんですか?」
「そうですね……もう此方に来て50年は経ちます。実は、私達はこの世界の人間では無いんです。」
軽く返ってきたその言葉に、衝撃の余り固まるフリーレン一行。その後、咲夜は事情を説明していく。
別の世界で暮らしていたが、屋敷ごと転移する際に誤って魔力を込めすぎてしまいこの世界に来てしまったという。
「そんな事が……」
「それで、何故こんな森に結界を張って閉じこもっているの?」
驚きを隠せないフェルンとは対照的に表情を動かさずに咲夜へと訊ねるフリーレン。
「それは敵対勢力を作らない為です。土地の所有権で揉めたりするのも面倒だとお嬢様が。
それに魔族という存在が居ることも知りました。角は生えていませんが明らかに人間ではないお嬢様の容姿なども考えて大人しくしていたんです。」
「へぇ。……ところで、咲夜は人間なの?」
フリーレンの疑問は当然だ。ただの人間が50年もこの容姿のままの筈がない。
「私は人間ですよ。能力の影響で歳を取らないだけです。」
「……その能力って何か聞いてもいい?」
「時間を操る程度の能力です。」
またしても軽い感じに返ってきたが、今このメイドはとんでもない事を言わなかったか?
「……程度?」
思わずといった感じでフェルンが口を開く。
「ああ、失礼しました。私達の居た土地では固有の能力をこのように呼称していただけです。この能力をこの程度などと思った事はありません。」
「そんな能力が……」
更に詳しく話を聞くと、どうやら彼女達の居た土地では固有の能力を持つ存在か数多く居たらしい。それに人間以外の種族も有り触れていたという。
「この先がヴワル図書館です。お嬢様のご友人であるパチュリー様がここで生活していらっしゃいます。」
「図書館で生活してるのかよ……」
ザインが驚きと呆れの表情を浮かべているが、対照的にフリーレンは先程から楽しそうにしている。
「この先に貴重な魔導書が!」
「フリーレン様、落ち着いて下さい。」
先程から鼻息を荒くしているフリーレンを叱りつけるようにフェルンが言う。
「だって魔法使いが住処にしている図書館だよ、これにわくわくしないなんてフェルンは本当に魔法使いなの?」
「フリーレン様、私は失礼の無いようにと言っているだけです。楽しみでないなんて一言も言ってません。」
そして咲夜は巨大な扉をノックする。勿論返事など返ってこない。
咲夜はそのまま扉を開くと、中には本、本、本、本、本の山。
本の積まれた棚がそこらじゅうに広がっており、まるで本棚が壁のようになっている。
「ひゃっはー!お宝の山だー!」
「フリーレン様! 失礼ですよ!」
最初の警戒心は何処にいったと言いたくなるほどフリーレンははしゃいで踊り狂い、フェルンに怒られている。
だが普段ならばすぐに言うことを聞くフェルンのお叱りですら意に介さずフリーレンははしゃぎ倒している。
「ここがヴワル図書館です。フリーレン様、図書館では静かにするものですよ。」
「ごめんごめん、楽しくなっちゃって。ふぅ……少し落ち着くね。」
そう言ってフリーレンは目を瞑り精神統一を図る。
「でも、本当に圧巻ですね。フリーレン様がおかしくなるのも分かる気がします。」
「なぁ、俺は腹が減ったんだが?お前もだろ?シュタルク。」
「確かに、そういや今日は朝から何も食べてないな。」
ザインがそう言うが、フリーレンとフェルンは本の山に夢中らしく聞こえていない。
「なぁ、メイドさんよ。腹が減ったんだが、なんかあったりする?」
「でしたら、昼食を用意しますので1度戻りますか?」
「なぁフリーレン!本を読むのは飯食ってからにしようぜ。」
シュタルクがフリーレンに声を掛けるがブレーキ役のフェルンですら本の山に夢中になっている。これは暫くここを離れたがらないだろう。
「どうやらアイツらは飯より本らしい。俺らだけで食いに行こうぜ。」
「そうだな……フェルンがあの調子じゃあ当然フリーレンも帰ってこないだろうさ。」
「では、私の方で4人分用意して参りますので、此処でお待ち下さい。」
咲夜が気を利かせてそう言うと、能力を使い姿を消した。
「うおっ!いきなり消えた。……なぁシュタルク。あいつらどうするよ?」
ザインの指さす先には字が読めなくて落胆……いや、絶望しているフリーレンの姿が。
「ちょっと……誰かしら?私の図書館で大騒ぎしている馬鹿は。」
遂に倒れ込んだフリーレンをどうするかシュタルクとザインが考えていると、機嫌が悪そうな女がふよふよと浮きながら現れた。
「……パジャマ?」
「違うわよ。失礼ね。それより、誰の許可があって此処にいるのかしら?」
「ん?ああ。レミリアお嬢様?って人?からここに来るように言われたんだが。」
ザインがそういうと、女はあからさまにため息を吐いた。
「またレミィね、いつも厄介事を私に押し付けて。……で、あそこに居るのはお仲間でしょ?何であんなに落ち込んでるの?」
「それはだな……」
シュタルクが事情を説明しようと口を開いた瞬間、ムクリと起き上がったフリーレンがこちらに歩いてくる。
「……字が読めなかった。」
「なるほどね。あなた、魔法使いでしょ?大方魔導書の文字が読めなくて落胆していたって所かしら。」
「……その通りだよ。同じ魔法使いのよしみで私に字を教えてくれない?お願いします。」
世界を救った勇者パーティの魔法使いとは思えない綺麗な土下座を見せるフリーレンにシュタルク達はドン引きしていた。
「……初対面の相手に土下座してるぜ、これが勇者パーティの魔法使いの姿って誰が信じるよ。」
「あの、私からもお願いします。」
フリーレンに着いてきたフェルンも女に頭を下げている。その姿を見てシュタルクが思った事は。
「……生き別れの姉妹?」
「違うわよ。」
不機嫌そうな表情のまま女はそう言うが……
あまりにもそっくりなのだ。全体的な色合いであったり髪の色であったりが。
そして奇しくも同じ魔法使い。確かに他人にしては属性が似通いすぎている。
「まあ、話くらいは聞いてあげるわ。」
「感謝するよ。私はフリーレン!こっちはフェルン。」
相変わらず情緒不安定なフリーレンが自己紹介をする。
「……パチュリーよ。とりあえず、客人としては認めてあげる。」
そう言ってパチュリーが指を振るうと、何処からか机と椅子がふよふよと浮いてきてフリーレン一行の前に落ち着いた。
「さて……じゃあまずはあなたの1番好きな魔法を教えて貰いましょうか。」
そうして着席したフリーレンにまるで面接官の様な質問を出すパチュリー。
「花畑を出す魔法……かな。」
「それは何故?」
「私の
フリーレンがそう答えるのを見て、ターゲットをフェルンへと変えたパチュリー。
「……あなたは?」
「私は……この魔法です。」
そう言ってフェルンは魔法を使い、綺麗な蝶々を出した。
「なるほど、じゃああなたにとって魔法とは何?」
再びフリーレンに対してそう問いを投げるパチュリー。
「魔族を殺す為の手段。」
フリーレンは迷いなくそう答えた。
「……嘘ではないけど本音でもないわね。まあいいわ、あなたは?」
「……私が私である為の、生きていく為の術です。」
「あなたもね。何故本音を話さないかは置いておくとして、貴方達、2人揃って魔法使いとしては失格よ。」
反論しようとするフェルンだが、それよりも早くパチュリーが口を開いた。
「魔法使いにとって魔法とは。これは確かに魔法使い個人によって違うでしょう。でも……いや、やっぱりいいわ。」
「だったらパチュリーにとっての魔法って何?」
フリーレンがそう問いを投げると、パチュリーは迷いなく答えた。
「知識。魔法使いとは知識を求める生き物。魔法が手段である事は否定しないわ。でも、私にとっての魔法っていうのは研究の副産物。」
「……結局、文字は教えてくれるの?」
パチュリーの答えに対する感想ではなく、個人の欲求を口にするフリーレンに対してパチュリーは。
「あなた達が求めているのは知識ではなく魔法そのものでしょう?ならこれで充分のはずよ。」
そう言ってパチュリーは何処からか眼鏡を2つ持ってきた。
「それを着ければ読めない文字は自動で知っている言語に翻訳される。騒いだり、私の邪魔をしなければこの図書館を利用しても構わないわ。」
「……ありがとう、恩に着るよ。」
「ありがとうございます。」
そう言ってパチュリーは何処かへと浮いて行ってしまった。
「……さて、フェルン。」
「はい、フリーレン様。」
2人は師弟のコンビネーションを遺憾無く発揮して自分の読みたい本を探す作業に入った。
「……なあ、シュタルク。」
黙ってパチュリーとのやり取りを見ていたザインが口を開く。
「何だ?」
「俺らの寿命が来る前に此処を出られると思うか?」
「……怖い事言わないでくれ。」
フリーレンの時間のルーズさは身をもって知っている2人。
ブレーキ役のフェルンもあちら側である事を考えると、此処を出られるのは何時になることやら。
2人は大きくため息を吐いた。