紅白ワンダー、北浜180
阪神高速1号環状線──午前零時
「霊夢!このスピードはちょっとやばいんじゃないか!?」
霧雨魔理沙は迫るコーナーに目を向けたまま、運転席の博麗霊夢に向かって叫んだ。
霊夢の突っ込みは頭がおかしいが、今夜は特別にぶち切れてる。
私たちは妖怪じゃないんだ。
この速度で壁に刺さったら流石に死んじまう。
「あー!?魔理沙、聞こえない!喋ってると舌噛むわよ!」
やばいやばいやばいやばい!
もう停止するには制動距離が足りないと、本能が全力でアラートを出す。
コーナーをクリアしなくては、私たちに明日はない。
VTECサウンドが直管マフラーから火を吹いてこだまする。
霊夢お前、B18Cに換装したのたしか今日だろ、おい──
「いくわよ魔理沙!北浜180──トライ──」
前転して月まで飛ぶんじゃないか。
そう思えるほどのハードブレーキング。
四点がなきゃ、これだけでフロントガラスを突き破って吹っ飛びそうだ。
車線すべてを使ったライン取り。
紅白のワンダーシビックが右から左へ、そして左から右へ──これはコーナリングじゃない、もはやワープしてるぜ──そのまま全開で立ち上がる。
「……おかしい。生きてるぜ、私」
「当たり前じゃない。死人に口無しよ」
「いや、そういう意味じゃないんだが……」
長堀のあたりでやっと私は正気に戻る。
もう追っ手のサイレンは聞こえてこない。
「撒いたみたいだぜ、霊夢」
「そうみたいね。にしても、あんたが余計なことしたからえらい目にあったじゃない。私たちの免許偽造なんだから、捕まったら洒落になんないわよ」
「悪い。VTECサウンド聞いてたらついテンション上がっちゃってさ」
「『つい』ねえ……停まってるパトカーに『つい』八卦炉向けてしまって、『つい』出力間違えて、『つい』燃やしちゃったのよね。ええ、私もよくあるわ。『つい』助手席を壁にぶつけたくなる、とか」
「勘弁してくれ……悪かったって思ってるよ、本当に」
「まあ逃げきれたからいいけど。次からは勘弁してよね。まだ慣らしも終わってないんだから、このエンジン」
「悪かったって」
ぶちぶち言うわりに、本人はまんざらでもなさそうだ。
霊夢はぶん回さなきゃ気がすまないやつだからな。
全開で走る理由をつくった私に感謝してほしいくらいだぜ。
そんなことを思っていると、携帯電話が着信する。
スキマ妖怪から「こっち」での連絡用に渡されたものだが、なかなか使い勝手は悪くない。
幻想郷でも使えたらいいんだが。
「もしもし?紫か?」
「そうよ、あなたの隣の神隠し、八雲紫よ。あなたたち、随分派手にやったみたいねえ」
「あー……説教なら切るぜ。もう霊夢に十分『絞られた』ところだ」
「まあ私はいいわ、別に。ちょっと藍の抜け毛が増えるだけだから。かわいそうにあの子、そろそろ八尾になっちゃうんじゃないかしら」
「そう言いながら絶対楽しんでるよな、お前。声が笑ってるぜ」
「何ごとも楽しんだほうが得ってことよ……あなたたちいま夕陽丘のあたりよね。そのまま14号に入って、左側車線を走ってちょうだい。阿倍野の手前で回収するわ」
「了解。霊夢に伝えるぜ。じゃな」
私は電話を切り、霊夢に回収ルートを伝える。
環状から分かれ、私たちを乗せたワンダーは阿倍野方面へ。
車線の先に歪みが見える。
紫のスキマだ。
霊夢は素早くミラーに目をやり、一般車が遠いことを確認する。
ライトを消して、2速へシフトダウン。
全開の加速で、紅白のワンダーはスキマに飛び込んでいった。