「……なるほど、そういう展開になったのか」
妖夢と鈴仙、そして大妖精の三人から先のバトル展開を聞いた慧音は、指を組んで天井を見上げる。
「──タービンの熱ダレを予測してスパートをかけた妖夢が一枚上手だったな。それに、ピークパワーを引き出せる回転域の狭さを指摘した鈴仙も見事だ。また課題が見つかったな、大妖精」
「はい。でも、いい経験になりました。追いかけっこのバトルは初めてでしたから。妖夢さん、ありがとうございました」
「普段寺子屋の面々でやっているドラテク特訓は、ドリフトとSS形式のタイムアタック*1だからな。ドッグファイトのなかでマネジメントする重要さがよくわかっただろう」
慧音は大妖精にそう言って、妖夢に顔を向ける。
「それにしても妖夢……噂以上の策士だったんだな。チューニングの追いこみ方からして、てっきり感情的なタイプかと思ってたよ」
「今回はまだ、指南するマージンがあるバトルでしたから。経験値の差で勝てたようなものです。次やったらどうなるか全然わかりませんよ」
「でも私とか咲夜の中じゃ、妖夢が一番理論派かもしれないね。……慧音さん知ってました?私たち三人の中じゃ、咲夜が一番走りに関しては感情派なんですよ?」
鈴仙がそう言うと、大妖精と慧音は驚きの声をあげる。
普段淑やかにレミリアの日傘を持っている姿しか知らない二人には、どうやら信じがたい話のようだ。
「ふむ、あの紅魔館のメイド長が……いや、しかしありえる話か。妹紅が昔言ってたよ、ロータリー乗りは理屈じゃない、って」
「妹紅さんってハチロク乗りなんでしたっけ?最近永遠亭には来ませんから、記憶がおぼろげですけど……」
「ああ、鈴仙は知ってたか。妹紅は普段、クルマを外界に置いてるからな。十年以上前か、妹紅が京都で『チーム』を組んでた頃の話なんだが……とあるサバンナと派手にやりあってたらしいんだ。輸出名のRX-3って言ったほうが伝わるか?」
「いえ、サバンナで伝わりますよ。……随分古いクルマですよね、サバンナって。幻想郷じゃ私のAW11でも旧車に片足突っ込んでるのに……あれ?というか、『チーム』ってなんのチームなんですか?」
妖夢が問うと、慧音と鈴仙はさっと目を逸らす。
ならば大妖精は、と目を向けるが、大妖精も首を傾げるばかりだ。
「……あー、チームはチームだ。まあ、人に歴史ありってやつだよ。そうだな?鈴仙」
「そ、そうですね。妹紅さんのさっぱりしたカッコよさには、きちんと
「なーんか変にはぐらされてるけど……まあいっか。そうそう、人によらないと言えばあのアルテッツァ。慧音さんのマシンなんですか?」
「あ、そうだ、慧音先生。妖夢さん結構興味ありげだったんです。『授業』するチャンスですよ!」
先生を茶化すのはよせ──慧音はそう言って、サイダーを飲みきる。
全員の空瓶を集め、それじゃ解説しようかと、慧音は三人を引き連れて外に出た。
「さて──私のアルテッツァだが、ちょっと変わり種でな。まず、モデリスタって名前に聞き覚えはあるか?」
大妖精は知ってるよな、と付け足して、慧音は妖夢と鈴仙を見つめる。
「私は知らないなあ……妖夢知ってる?」
「まあ、鈴仙は三菱乗りだからあんまり馴染みがないよね……モデリスタはトヨタグループのカスタムパーツメーカーだよ。慧音さん、モデリスタのエアロ組んでるんですか?」
妖夢の答えに、慧音は満足げに頷いた。
アルテッツァのボディを撫でながら慧音は口を開く。
「半分だけ正解かな。これはアルテッツァ・クオリタート──モデリスタが手がけた特別仕様車だ。だから、この外装は純正なんだよ。目立つところだと、フロントのメッシュグリルが違うな。内装も純正で、随所に赤がさしてあるんだ」
そう言って慧音はアルテッツァのドアを開く。
ファブリックのシートの両サイドやステアリングの三時九時のあたり、そしてサイドブレーキレバーやドアの内張りに赤のアクセント。
外からみた限りでは、ダークブルーのカラーもあいまってほどよいサイズのおとなしいセダンだが──外面と内面のギャップは慧音らしい感性だと、妖夢は思った。
「へえ……これが純正って結構攻めてますよね。マツダとかホンダならやりそうですけど、トヨタにしては珍しいかも」
「うん……私もじっくり見るのは初めてだけど、内装のスポーツ感は私のエボⅣより強いかも。エボの内装はちょっと地味だからさ」
それぞれの感想を聞きながら、慧音はさらに続ける。
「ここまではクオリタート共通だな。私のアルテッツァはさらに、クオリタートのオプションが入ってるんだ。外装にクリアテールランプ……それにスポーツサスペンションとタワーバー、前後サスのメンバーブレースだ。オプションのサスペンションが3種類も用意されていたのは、今思えばかなり贅沢なことかもしれないな」
そう言って慧音はボンネットを開く。
エンジンルーム中心を横断するタワーバー……ではなく、その下におさまるエンジンを妖夢は凝視する。
「……慧音先生、妖夢さん気づいたみたいですよ?」
「あ、いや、大妖精。なにがわかったってわけじゃないけど……アルテッツァの3Sエンジンってこんなヘッドだったっけ?でもこれは直4だし……慧音さん、エンジンスワップしたんですか?」
「ふふ……スワップはしてないよ。これはあくまで、元から積んであった3S-GEだ。ただ、『すこし』チューニングしてあるだけさ」
慧音はそう言って説明を始めた。
「このエンジンは2Lの3Sを2.2Lにボアアップしたものだよ。ロングストローク化で低中速トルクを強化してあるんだ。さらに、エキマニにバイパスパイプを設けてトルクを底上げ……フルコン制御で高回転域の伸びの良さも確保してある。……アルテッツァの弱点は車重に対するパワーとトルクの不足だからな。NAメカチューンの制約のなかで、それを解決しようとした結果だよ」
「過給機チューンではなく、ボアアップによるアプローチですか。アルテッツァはボルトオンターボもメジャーですけど、慧音さんはNAにこだわったんですね」
「ああ……私は3SのNAフィールが好きだったから。今の仕様で、実測220馬力くらいか。馬力だけで比べたら純正とさほど変わらないけれど、トルクが太くなった分別物だよ」
慧音がそう説明すると、鈴仙が疑問の声をあげる。
鈴仙は一度だけ、慧音と冥界ハイウェイで遭遇していたのだが──彼女はその夜の走りを思い出していた。
ひとつ、腑に落ちない点がある──
「……あれ?そのくらいしかないんですか?前に冥界ハイウェイの上りで私のエボと走ったとき、かなりパワーあったように感じたような……あのときはターボ、あるいは妖夢みたいに過激な軽量化をしたのかなくらいに考えてたんですけど、どっちも違うし」
もしかして私って遅い?──不安げに問う鈴仙に、慧音は困った顔で答える。
「それは……秘密があるんだよ。大妖精、チルノたちには内緒だぞ?これは正直『お手軽』すぎるからな」
慧音はそう言って、アルテッツァのトランクを開く。
トランクの左隅に、青色のボンベが収まっている。
妖夢はそのボンベに覚えがあった。
「ああ……なるほど、たしかにこれは『お手軽』ですね、慧音さん。鈴仙、ターボ?って思ったのはあながち間違いじゃないよ。慧音さんのアルテッツァ、ナイトロ仕様だったんだ」
「ナイトロ?このNOSって書いてあるボンベのこと?」
「あ、それ阿求さんのところで読んだ雑誌に特集があったやつです。そのボンベの中身をエンジンに噴射してパワーを出すんですよね」
「その通りだ、大妖精。NOS……通称ナイトロ。空気より酸素比率の高い亜酸化窒素を吹き込んでパワーを出すチューニングだな。ここぞというときのスパートだけパワーを出したい私には、NOSが最適解だったんだ。そういえば……」
トランクを開けて思いだした慧音は、その横に置いてある箱を指差す。
縦幅1メートルはある大きな木箱だ。
その上には八卦に重なる陰陽太極の紋様が刻まれている。
「霊夢が目覚めたと人里に報があったから、さっきまで博麗神社の掃除に行ってたんだ。そうしたらこんな箱が神社で見つかってな。お前たち、なにか知らないか?この間来たときにはなかったんだ」
「いや……知らないです。妖夢と大妖精は知ってる?」
鈴仙が問うと、妖夢と大妖精は首を横に振る。
「実は私たちも、博麗神社の掃除に行くつもりでここに来たんです。だからこんな箱は知らないんですが……中身は確認しました?」
「いや、まだ確認していない……というより、『できない』と言ったほうがいいか。この八卦に陰陽太極の図柄は、博麗の巫女に代々伝わる封印術だ。封印するだけなら、複雑とはいえ術式を知っていれば誰でも使えるんだが……解除できるのは博麗の巫女だけなんだよ。本来は殺せない妖怪を封印しておくための術だ。たとえ八雲紫でも、この封印術を食らえばひとたまりもないだろう」
「それは……解除できても、おいそれと開けるわけにはいきませんね。何が出てくるかわからないし。それなら、永遠亭まで運びませんか?霊夢なら開けられるし、お師匠様と姫様がいる分、安全だと思うんです」
慧音はしばし思案した後、わかった、と口を開く。
「永遠亭の面々なら、最悪退治して分析までやってのけるだろう。妖夢のAW11に乗せるのは厳しいし、私のアルテッツァで運ぶとしよう」
慧音がそう言ったとき、一陣の風が吹く。
雲が押し流され、月が露わになり──慧音は、妙だ、と呟いた。
「──私は満月で変身する体質だから、月の暦には気を配っているんだが……変だ。月の満ち欠けの周期がわずかにずれている。それに、幻想郷の地形で、この季節に突風が吹くことはめったにないんだよ。歴史書を紐解くかぎりだが……」
慧音の言葉を聞いて、妖夢と鈴仙の表情に緊張が走る。
霊夢が目覚め、今夜にかぎって咲夜は行方知れず──「あまりないこと」が重なるのを異変に結びつけるのは早計だが、この幻想郷は「そういう土地」なのだ。
予感や胸騒ぎ──それらの主観は外界のどんな天気予報より、幻想郷では信用に足る「根拠」だ。
この土地で生まれ育った者なら──人里の
「大妖精は、チルノたちに今夜くらいはガレージに籠もっておくよう伝えておいてくれ。妖夢は白玉楼に──西行寺幽々子ならなにか掴んでるかもしれないからな。鈴仙、私たちは永遠亭に行くぞ。助手席に乗ってくれ」
慧音は素早く指示を飛ばし、アルテッツァのキーを挿し込んだ。