いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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無限回廊

「……ねえ、そろそろあんたの質問攻めにうんざりしてきたんだけど」

 

博麗霊夢はしかめっ面でそう言うと、布団の上に仰向けに倒れこんだ。

 

「ていうか、話すか遊ぶか、どっちかにしなさいよ。そのピコピコ鳴ってるやつ、一人でしかできないんでしょ?」

 

「そうね。一人でしかできないし、そもそも両手がないと遊べないわ。だから、あなたが退屈しないように話しかけてあげてたの」

 

霊夢の傍らで座布団に座り、ワンダース◯ンで遊んでいた蓬莱山輝夜は涼しげな顔でそう答えた。

 

先刻、永遠亭に帰ってきた輝夜は、その足で霊夢のいる部屋に向かい、そのまま居座っていた。

そうして輝夜は、ワ◯ダースワンで遊びながら、沈鬱な表情の霊夢に環状の走りについて質問攻めにしていたのである。

 

「なによ、嫌味?右腕しかない人間の隣で両手遊びするって、気分悪いわ。ほっといてくれたらいいのに」

 

霊夢はそう言って、輝夜に背を向ける形で寝返りを打つ。

 

「別に、嫌味じゃないわ。あなたが走りたくて走ったように、私もそうしたいからそうするの。それに、あなたの左腕が吹っ飛んだのはあなたの行いのせいよ。……後悔してるの?」

 

「……どうかしらね。正直、簡単な巫術(ふじゅつ)でモノを扱うことはできるし、不便って感じはしないわ。歩くのだって、浮いてればいいわけだし。でも……」

 

「でも?」

 

輝夜はここにきて初めて、カラー液晶から顔を上げる。

一切表情を変えることなく質問攻めにしていた輝夜だったが、その瞳には好奇の色が浮かんでいた。

 

「もう──シフトノブを握り、アクセルを踏むことはできない。別に、練習すれば巫術で左腕と右足の代わりをすることはできるけど──そうね……走る理由が、なくなった気がするの。ううん、すこし違う……こころに穴が空いた、っていうより、こころのまんなかが、はじめからなかったような気がする。……『最初からなかった』ことに、手足を失って気づいたように思うの」

 

「以前は、気づいてなかったのかしら。だから『走れた』のかしら?あなた、そもそもそんなに深く考えたり、理由を欲するタイプだったかしら」

 

「……走るなかで私は、『最初からなかった』ものを埋めていった気がするの。ワンダーのスピードが、私の『まんなか』に反響していた気がする──『欠けたもの』に気づかないままアクセルを踏み、ワンダーが知らぬ間に私を『埋めて』くれてた気がするの」

 

「『満たされてた』のではなく、『埋めていた』のね。ふうん……」

 

優しいスピードだったのね──霊夢に聞こえない声量で、輝夜は呟く。

そして、なにかに気がついたように、片眉を上げた。

輝夜はおもむろに立ち上がり、障子の隙間から月を垣間見る。

 

「──須臾(しゅゆ)*1のほどだけど、『ズレてる』わね。そのうち物理法則に吸収されるでしょうけれど、なにかしら」

 

障子の隙間に、そう言葉を吹きこんだ輝夜は、胡乱げな瞳で見つめる霊夢の方を振り向く。

 

「なによ、いきなり立ち上がって。外に何かいたの?」

 

「特に何もないわ。ちょっと月を見たくなっただけ。……私、永琳に用事思い出したから行ってくるわ。そのうち鈴仙が帰ってきて様子見ていくでしょうから、まだ寝ちゃだめよ」

 

「はいはい……手足がないのは面倒だけど、入院はそれ以上に面倒臭いわね……まったく……」

 

霊夢がふたたびごろ寝したのを見届けて、輝夜はその部屋を後にした。

 

 

─────

────

───

──

 

 

「どうぞ、上がってください、慧音さん」

 

「ああ、ありがとう。お邪魔する……これはすごいな。私は中に入るのは初めてだが、永遠亭の廊下はこんなに長かったのか。先が霞んでるぞ」

 

「え?霞んでる?」

 

履物を靴箱におさめていた鈴仙は、慧音の一言に反応して振り向いた。

 

そこに広がっていたのはいつものけやき張りの廊下だ

──しかし、気が遠くなりそうなほど、ひたすら真っ直ぐに伸びている。

 

鈴仙はそれを見て、げっ、と蛙が潰れたような声を出した。

 

「……大丈夫か?淑女にあるまじき声が聞こえた気がしたが」

 

「……いまの声は忘れてください。あーあ、『無限回廊』かあ……」

 

鈴仙はそうため息をつくと、靴箱のなかから金属製の箱を取り出す。

箱の上面には複雑なダイヤルとキーパッドが備わっており、鈴仙は呻きながら入力を始める。

 

「えーっとたしか、暗証番号は……あ、違った。いまは……これだっけ?……よかった、合ってた」

 

ピーッと音が鳴り、箱の鍵が開く。

中に入っていた銀縁の眼鏡をかけた鈴仙は、慧音の手をとり口を開く。

 

「慧音さん、いまの永遠亭には防衛装置が働いています。なので、私の手を離さないようにしてください」

 

「防衛装置?この廊下のことか?」

 

慧音の問いに、鈴仙は頷く。

 

「ええ。永夜異変のときに機能させていたものです。機能というより、姫様の『永遠と須臾を操る程度の能力』の『須臾』の方ですね。無限に小さい空間を繋ぎ合わせているので、どこまでいっても、一つを除きどの襖を開けても同じ景色が続きます。でも、永遠亭の身内向けに、姫様は意図的に空間同士に隙間を作ってくれていまして……その『通り道』を抜けた先にある襖が、本当の永遠亭の廊下につながる入口です」

 

「そして、その眼鏡が『通り道』を見つけるための道具か」

 

「そういうことです。秘密にしておいてくださいね?」

 

わざわざ口外するわけないだろう──慧音はそう言って、木箱を肩にのせる形で抱え、鈴仙と連れ立って歩きだした。

 

「ちなみに、『通り道』から外れたり、間違った襖に入ったりするとどうなるんだ?」

 

「基本的には何も起きませんが、正解の襖はリセットされます。……でも、無限回廊自体永夜異変でしか使ってないので、なにかしらの罠が仕掛けられている可能性がありますね。姫様が『通り道』に設定したところは、何も罠がないという保証でもあります」

 

「ふむ……さすがは月人の技術だな。私も最近はチューニングや香霖堂を通して外界の技術を調べているが、外界でもここまでは進んでいまい。河童ならわからんが……」

 

「河童の技術はかなり偏っているみたいですよ?河城にとりが外界に拠点を移した影響が出ているらしいと、椛さんから前に聞いた覚えがあります」

 

「河城にとりか……以前から外界と行き来していた数少ない存在の一人だな。私は河童はどうも……いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

「河童と人間の価値観は色々ズレてますからね……あ、ここです」

 

鈴仙は慧音にそう言って、無限に続く襖のうちの一つを開く。

 

その先は廊下ではなく、一つの和室だった。

鈴仙の目に飛びこんできたのは、ふてくされた顔でごろ寝する紅白巫女の姿だった。

*1
隙間、他の存在が認識出来ないほどの一瞬。1/1000000000000000、千兆分の一。

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