いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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この話と前話の間に、幻想郷走者縁起(五)を投稿しています


ヘタクソ

「やっと帰ってきたのね。おかえり。……あんた、上白沢慧音ね。見舞いに来たの?」

 

霊夢はぶっきらぼうな口調で鈴仙と慧音にそう言うと、不便そうに身体を起こす。

左腕と右足を失った分、バランスをとるのが難しいようだ。

 

「ただいま。慧音さんはちょっと用事があってね……具合はどう?」

 

「どうもこうもないわ。動きづらくて仕方ないの。巫力でバランスを取ることもできるけど、面倒くさいし疲れるのよね」

 

「まあ、そうよね。左右の重量バランスが狂っちゃってるわけだから。……精神面はどう?」

 

「そうね……『魔理沙』って名前がずっとひっかかってるくらいかしら。記憶喪失だかなんだか知らないけど、人が覚えてないものを『あなたにとって、あんなに大切だったのに』って調子で言われると、正直むかつく」

 

霊夢はそう言って眉間にシワを寄せ、鈴仙から目を逸らす。

そして、なんとか聞き取れるくらいの声量で、霊夢は呟いた。

 

「……悪かったわよ、ごめん。……咲夜のこと」

 

思わぬ言葉に鈴仙は驚く。

細かい事情を知らない慧音すら、「しおらしく謝る博麗霊夢」なんて、なにかの間違いなんじゃないかと思ってしまった。

 

「えっ……ええ、私こそごめんなさい。すこし言い過ぎたなって、思ってたから」

 

鈴仙はそう言って、慧音に目配せする。

目覚めてからというもの、どこか様子がおかしい──しかし、いまは早急に片付けるべき用事がある。

 

鈴仙の視線を受けて、慧音が神社より持ち出した木箱を霊夢の前に置いた。

箱を一瞥した霊夢は、慧音が説明するより先に口を開く。

 

「──ヘタクソ」

 

「……ヘタクソ?」

 

霊夢の率直かつ、対象のわからない一言に、慧音は首を傾げた。

箱の置き方がまずかったのだろうか。

 

「すまない。なにが『ヘタクソ』なんだ?これは先ほど博麗神社で見つけたもので、見ての通り封印が施してあるんだが──」

 

「ヘタクソってのは、その封印のことよ」

 

霊夢はそう言って、陰陽太極と八卦の図柄を人差し指で横一直線になぞる。

するとたちまち、五つのぼんやりとした光が図柄の周囲に滲み出した。

青・緑・赤・茶・黄──八卦に重なるそれらの光は、紫色の線で繋がれている。

 

さらに複雑になった図柄を目にして、鈴仙は驚きの声を上げた。

 

「えっ?霊夢、なにこれ……箱が光ってるんだけど」

 

「見たらわかるわよ、光ってることくらい。……この封印は本来陰陽太極だけで成立するんだけど、安定性を上げるために八卦の術式を組み込むの。でも、この封印を施したやつは扱いきれなかったみたい。八卦でも不安定だったから、さらに五行の封印を施したのね」

 

「……ということは、これを施したのは霊夢じゃないってことか?」

 

慧音が問うと、霊夢は頷く。

 

「ついでに言えば、紫とパチュリーも除外していいわ。紫はこの封印を陰陽太極と八卦だけで扱えるし、パチュリーなら五行の代わりに七曜の術式を使うはずよ。──この五行封印、魔力で結んであるわ。妖力でも霊力でもないってことは、封印したやつは魔法使いね」

 

「驚いた……霊夢ってちゃんと『博麗の巫女』だったんだね……ごろ寝して煎餅かじるのと境内掃除、あと異変解決が仕事なだけの環状族だとばかり思ってた」

 

そう口走った鈴仙に、霊夢はじとりとした視線を向ける。

 

「……いや、異変解決してる時点で十分博麗の巫女でしょ。何言ってんのよあんた。……それで、この箱をどうしたいの?もう封印は解けてるけど」

 

「さっきの『すいっ』で解けていたのか。……開けて中身を確認したいんだが、構わないか?お前の留守中に、博麗神社に不審物──場合によっては幻想郷の存続に関わるからな」

 

「ああ……異変の引き金かもしれないってことね。こんなお粗末な封印の時点で、大した魔法使いではないと思うけど。鈴仙、慧音、どちらでもいいわ。開けてみて。片手で開けられる大きさじゃないから」

 

霊夢がそう言うと、慧音が箱の蓋を取る。

中に入っていたのは、大学ノート──それも数冊ではなく、大量の──と、義肢だった。

 

「これは……義肢?左腕と……右足ね。指の形からして。私のワンダーと同じ紅白のツートン……金属製なのね」

 

「こっちは……大学ノート?と言うんだったか。この綴じられた紙の束は、香霖堂で見たことがある。どうやら霊夢、お前宛らしい……どうした、鈴仙」

 

表紙に「霊夢へ──まずこれを読んでくれ」と書かれた大学ノートを観察していた慧音。

彼女はその隣で驚愕の表情を浮かべている鈴仙に声をかけた。

 

「……これが、どうしてここにあるの?霊夢、あなた月人に知り合いっている?」

 

「あんたたち以外にはいないけど……なんでそんなこと聞くのよ」

 

義肢の付け根部分を観察していた鈴仙はため息をつき、口を開く。

 

「……この義肢は月の技術で作られたものよ。現代の外界のテクノロジーならこのくらい実現はできるかもしれないけれど、多分地上の民はこの設計に行き着かないわ。前にお師匠様に見せてもらったものと同じ──月人がまだ『穢れ』を受け入れていた時代、月の民はひどい戦争をしていてね。その頃主流だった義肢と同じつくりよ。神経系を直接接続して操作できる義肢……これなら多分、生身の手足と同じか、それ以上の運動性でしょうね」

 

「ふうん……とりあえず、どうやらこれは私のためにつくられたってことでよさそうね。送ったやつは……その『のーと』に書いてあるのかしら」

 

霊夢はそう言って、大学ノートを見やる。

 

「……目が冴えてるし、これから読んでみることにするわ。多分一晩はかかるし、あんたたちは寝なさい。誰かいたら集中できないし」

 

「そう……そうね。朝になったらまた来るから。……慧音さん、もう夜も遅いし、泊まっていってください」

 

「……ああ、ありがとう、鈴仙。誰の仕業かわかったら、私にも教えてくれ」

 

二人が部屋をあとにしたのを見届け、霊夢は「1」と書かれた大学ノートをそっと開き、読み始めるのだった。

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