「やっと帰ってきたのね。おかえり。……あんた、上白沢慧音ね。見舞いに来たの?」
霊夢はぶっきらぼうな口調で鈴仙と慧音にそう言うと、不便そうに身体を起こす。
左腕と右足を失った分、バランスをとるのが難しいようだ。
「ただいま。慧音さんはちょっと用事があってね……具合はどう?」
「どうもこうもないわ。動きづらくて仕方ないの。巫力でバランスを取ることもできるけど、面倒くさいし疲れるのよね」
「まあ、そうよね。左右の重量バランスが狂っちゃってるわけだから。……精神面はどう?」
「そうね……『魔理沙』って名前がずっとひっかかってるくらいかしら。記憶喪失だかなんだか知らないけど、人が覚えてないものを『あなたにとって、あんなに大切だったのに』って調子で言われると、正直むかつく」
霊夢はそう言って眉間にシワを寄せ、鈴仙から目を逸らす。
そして、なんとか聞き取れるくらいの声量で、霊夢は呟いた。
「……悪かったわよ、ごめん。……咲夜のこと」
思わぬ言葉に鈴仙は驚く。
細かい事情を知らない慧音すら、「しおらしく謝る博麗霊夢」なんて、なにかの間違いなんじゃないかと思ってしまった。
「えっ……ええ、私こそごめんなさい。すこし言い過ぎたなって、思ってたから」
鈴仙はそう言って、慧音に目配せする。
目覚めてからというもの、どこか様子がおかしい──しかし、いまは早急に片付けるべき用事がある。
鈴仙の視線を受けて、慧音が神社より持ち出した木箱を霊夢の前に置いた。
箱を一瞥した霊夢は、慧音が説明するより先に口を開く。
「──ヘタクソ」
「……ヘタクソ?」
霊夢の率直かつ、対象のわからない一言に、慧音は首を傾げた。
箱の置き方がまずかったのだろうか。
「すまない。なにが『ヘタクソ』なんだ?これは先ほど博麗神社で見つけたもので、見ての通り封印が施してあるんだが──」
「ヘタクソってのは、その封印のことよ」
霊夢はそう言って、陰陽太極と八卦の図柄を人差し指で横一直線になぞる。
するとたちまち、五つのぼんやりとした光が図柄の周囲に滲み出した。
青・緑・赤・茶・黄──八卦に重なるそれらの光は、紫色の線で繋がれている。
さらに複雑になった図柄を目にして、鈴仙は驚きの声を上げた。
「えっ?霊夢、なにこれ……箱が光ってるんだけど」
「見たらわかるわよ、光ってることくらい。……この封印は本来陰陽太極だけで成立するんだけど、安定性を上げるために八卦の術式を組み込むの。でも、この封印を施したやつは扱いきれなかったみたい。八卦でも不安定だったから、さらに五行の封印を施したのね」
「……ということは、これを施したのは霊夢じゃないってことか?」
慧音が問うと、霊夢は頷く。
「ついでに言えば、紫とパチュリーも除外していいわ。紫はこの封印を陰陽太極と八卦だけで扱えるし、パチュリーなら五行の代わりに七曜の術式を使うはずよ。──この五行封印、魔力で結んであるわ。妖力でも霊力でもないってことは、封印したやつは魔法使いね」
「驚いた……霊夢ってちゃんと『博麗の巫女』だったんだね……ごろ寝して煎餅かじるのと境内掃除、あと異変解決が仕事なだけの環状族だとばかり思ってた」
そう口走った鈴仙に、霊夢はじとりとした視線を向ける。
「……いや、異変解決してる時点で十分博麗の巫女でしょ。何言ってんのよあんた。……それで、この箱をどうしたいの?もう封印は解けてるけど」
「さっきの『すいっ』で解けていたのか。……開けて中身を確認したいんだが、構わないか?お前の留守中に、博麗神社に不審物──場合によっては幻想郷の存続に関わるからな」
「ああ……異変の引き金かもしれないってことね。こんなお粗末な封印の時点で、大した魔法使いではないと思うけど。鈴仙、慧音、どちらでもいいわ。開けてみて。片手で開けられる大きさじゃないから」
霊夢がそう言うと、慧音が箱の蓋を取る。
中に入っていたのは、大学ノート──それも数冊ではなく、大量の──と、義肢だった。
「これは……義肢?左腕と……右足ね。指の形からして。私のワンダーと同じ紅白のツートン……金属製なのね」
「こっちは……大学ノート?と言うんだったか。この綴じられた紙の束は、香霖堂で見たことがある。どうやら霊夢、お前宛らしい……どうした、鈴仙」
表紙に「霊夢へ──まずこれを読んでくれ」と書かれた大学ノートを観察していた慧音。
彼女はその隣で驚愕の表情を浮かべている鈴仙に声をかけた。
「……これが、どうしてここにあるの?霊夢、あなた月人に知り合いっている?」
「あんたたち以外にはいないけど……なんでそんなこと聞くのよ」
義肢の付け根部分を観察していた鈴仙はため息をつき、口を開く。
「……この義肢は月の技術で作られたものよ。現代の外界のテクノロジーならこのくらい実現はできるかもしれないけれど、多分地上の民はこの設計に行き着かないわ。前にお師匠様に見せてもらったものと同じ──月人がまだ『穢れ』を受け入れていた時代、月の民はひどい戦争をしていてね。その頃主流だった義肢と同じつくりよ。神経系を直接接続して操作できる義肢……これなら多分、生身の手足と同じか、それ以上の運動性でしょうね」
「ふうん……とりあえず、どうやらこれは私のためにつくられたってことでよさそうね。送ったやつは……その『のーと』に書いてあるのかしら」
霊夢はそう言って、大学ノートを見やる。
「……目が冴えてるし、これから読んでみることにするわ。多分一晩はかかるし、あんたたちは寝なさい。誰かいたら集中できないし」
「そう……そうね。朝になったらまた来るから。……慧音さん、もう夜も遅いし、泊まっていってください」
「……ああ、ありがとう、鈴仙。誰の仕業かわかったら、私にも教えてくれ」
二人が部屋をあとにしたのを見届け、霊夢は「1」と書かれた大学ノートをそっと開き、読み始めるのだった。