いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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手紙

霊夢は大学ノートをゆっくりと読み進めていく。

一文字も取りこぼさないように、時々ページを戻ったり、立ちどまったりしながら、霊夢は上質紙に書かれた文字をなぞっていく。

 

この書き手のことはよく知らないが、これだけの分量──ノートは全部で十二冊だった──の「手紙」を自分に宛てたのだ。

相応の理由と事情があったのだろう。

 

普段の、あるいは今までの自分だったら間違いなく読まなかっただろうと、霊夢は思う。

本の類には興味がなかったし、読み切る忍耐も霊夢にはなかった。

なにより、数(ページ)も読めば結末がわかってしまう霊夢にとって、「過程に付き合う」のは時間の無駄でしかなかった。

 

博麗霊夢──彼女の「世界に対する理解」の深さは、およそこの世界の重力の範疇にはなかった。

 

やや丸っこく癖があるものの、整ったバランスの字がノートに踊る。

この手紙は、筆者が体験してきた半年間を伝えるものらしい。

 

手紙のはじまりは、いまからおよそ九ヶ月、あるいはそれ以上前のこと。

筆者の名は、霧雨魔理沙。

 

 

 

─────

 

 

 

生ぬるい風が鼻先をかすめ、私の意識が覚醒する。

どうやら眠っていたらしい。

私はゆっくりと身体を起こし、あたり一帯を見渡す。

 

「……どこだ?ここ」

 

空はベージュ色に染まっているが、朝とも夕方ともいいがたい。

まわりは水?あるいは煙のようなもので満たされている。

私はどうやら舟に乗っているらしい──ってことは、この下は水なのだろうか。

 

しかし、まるで雲みたいな質感だ。

好奇心から私が川らしきものに手を突っ込もうとすると、後ろから「やめときな」と声がする。

振り向いた先にいたのは──

 

「よお、小町じゃんか。お前何してんだよ」

 

小野塚小町──幻想郷担当の死神だった。

小町は「鬼ころし」と書かれた紅白の紙パック片手に、ぼんやりとした目で煙管(きせる)をふかしている。

 

「いや、それはあたいの台詞だよ。久々に暇だったから釣りでもしようと思ってたところに、いきなりあんたが降ってきたんだ。おかげであんたが目覚めるまで、あたいは煙草を呑んで待ちぼうけってわけさ。魔理沙、あんた何して死んだんだい?……最初に銀紙をめくるんだよ」

 

小町はそう言って、私にも「鬼ころし」の紙パックを投げてよこす。

どうやら中身は酒らしい。

 

小町の方に向き直り、私は言われた通り銀紙をめくってストローを挿す。

ふむ……なかなか美味い。

萃香(すいか)瓢箪(ひょうたん)の味よりは落ちるものの、あれよりは飲み口が軽い。

 

一息ついたところで、私は記憶を振り返る。

 

「何って、私はたしか……さっきまで冥界ハイウェイを走ってて──ああ、クソッ。てことはあのとき私、曲がりきれなくて死んだのか。お前さっき、『何して死んだ?』って聞いたよな?」

 

「聞いたよ。ここは三途の川で、あたいは死神。てことはあんたは死者だろ?違うのかい?」

 

「違わない……んじゃないかな、多分。わかんねえけど。自分じゃ『死んだ』ってはっきりわかんねえんだよな」

 

「ふうん?まあ、死者ってのはえてしてそういうもんさ。にしても魔理沙、あんたやけに落ち着いてるね。普通あんたみたいな若さで死んだやつはみんな、絶望するか喜びに満ちてるかのどっちかなんだけど」

 

小町はそう言いながら、煙管に煙草を詰め始める。

 

小町は「落ち着いてる」と言ったが、正直なところ、私は内心動揺していた。

まさかここで死ぬなんて、思いもしなかった。

走り屋として霊夢とケリをつけないまま、魔法使いとしても中途半端なまま──こんなところで終わるなんて。

 

霊夢だったら、どうするんだろうか。

私は小町の手前、平静を保っているが──正直、暴れて泣き喚きたい気分だ。

 

喜連瓜破(きれうりわり)のコンビニで「役割」を説いた霊夢の横顔は、ぞっとするほど綺麗だった。

それは、霊夢が死を「隣人」として受け入れていたからだろうか。

 

走り屋をやる以上、死の影は常についてまわる。

わかってたはずだけど、わかった気になってただけかもしれない。

死んではじめて、自分の愚かさを噛みしめる。

愚かさの味を知る。

 

「さて、と」

 

コツン、と軽い金属音が響き、私の意識は現実に引き戻される。

小町が煙管の灰を、煙草盆の灰落としに捨てた音だった。

 

「そろそろ、舟を出そうかね。とりあえず死因は『事故死』で処理しておくよ。詳しい状況は閻魔様から聞きな。最近予算申請が通って、新しい浄玻璃(じょうはり)の鏡を導入したからね──ハイビジョンの大画面だよ」

 

小町はそう言いながら、渡し舟後部のマリンエンジンに火を入れる。

エンジンはヤンマー……三途の川でも「走り」かよ、と私は小さくため息をつくのだった。

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