川の
小町は
「……思ってたより、近かったね。あんたは目の周りを赤く腫らしてるっていうのに」
小町はそう言うと、櫂を上げてどかりと座りこむ。
「『思ってたより』?どういうことだよ。距離を操れるお前が言うなんて、変だぜ」
「いや、なに……こっちの話さ。……吸うかい?気持ちがほぐれるよ」
私の質問をはぐらかした小町は煙管を差し出すが、私は手を振って断る。
人里や外界ではちらちらと見たことはあるが、幻想郷で煙草を吸うやつは少ない。
「いや、私は吸わないんだ。……てかお前、煙草呑みだったんだな。幻想郷の人外で煙草呑むやつを見たのは初めてだ」
私がそう言うと、小町はおかしそうに笑う。
「……なんだよ」
「くっく……悪いね。いやあ、魔理沙……お前さんは人外たちに、きちんと『子供扱い』されてたんだなって思っただけさ。この『未練のなさ』も、その純粋さゆえかねえ……」
小町はそう言って来た道を見やると、煙を吐き出した。
小野塚小町──ちゃきちゃきとした、気の良いサボり魔の死神……そうだとばかり思っていたが、瞳の流し方には、私の知らない「人外としての一面」を思わせるなにかがある。
なんとなく口を挟めない私をよそに、小町は屋敷を見つめて目を細める。
「そういうことかい……いやだね、あたいまで情が湧いちまうよ、どうも。博麗の巫女は別にして……たしかにこいつは、『ほだされ』ちまうね……さて」
小町はそう言って灰を落とすと、静かに立ち上がり、舟を屋敷の岸に寄せる。
間近で見ると大きな屋敷だ──いや、中洲の方が小さすぎるのか?
島いっぱいに屋敷が建っているせいで、船着き場は一段目から階段になっている。
「あたいはここまでだ。ここからはあんた次第だよ。……次に『ここ』で会うのは、ずっとずっと後にしたいもんだねえ」
舟から降りて階段に立った私に、小町がそんなことを言う。
次って、どういう意味──聞き返そうとした私の唇に、小町が人差し指で蓋をした。
「次は次さ……自分を信じるんだよ、魔理沙」
小町はそう言うやいなや、姿を消す──いや、水平線の彼方から、ヤンマーエンジンの音が聞こえる。
どうやら能力を使って距離をとったらしい。
目覚めてからずっと振り回されてる気がする──ヘカーティアってやつが、すこしは説明上手だったら助かるんだが。
私はそう思いながら、イカれた色遣いの屋敷の扉をゆっくりと開いた。
─────
「地獄へようこそ、魔理沙ちゃん♡ううん、随分おぼこい顔立ちねえ……あのクソ悪霊の弟子って感じが全然しないわ。もっとこう、極悪そうな顔だと思ってたのに」
……扉を開いた瞬間、私の視界は真っ暗になった。
どうやら感触からして、私はこのふざけた調子ではしゃぐ奴の胸に顔を
やばいぜ……このままじゃ……
「……ご主人様〜?そのままだと魔理沙、窒息して死んじゃいますよ?……死後審判、二回やるつもりですか?」
「あら、それは嫌ね。書類を改ざ……作り直すのも大変なんだから。一回で済ませましょう」
もう一人が出してくれた助け舟のおかげで、私は無事に解放される。
昔人里で見た毒蛇使いの大道芸みたいな巻き付き方だった。
私は深く息を吸い込みながら、「殺人未遂」の実行犯を見やる……こいつがヘカーティアか?
にこにこと後ろ手で私を見ている赤髪の女──「Welcome♡Hell」と書かれた肩出しの黒いTシャツに、赤青緑のミニスカート。
なんというか、外界の……
違うことといえば、頭に謎の球体を乗っけてることくらいか。
その後ろで呆れた顔をしているやつは、星条旗柄のぴたりと張り付いたような服を着ている。
被ってる帽子は紫色──レミリアが寝ぼけて被りっぱなしだった「ないときゃっぷ」とやらを、何回かひねったようなデザインだ。
金髪こそ私と同じだが、こいつは明らかに人外だろう。
見た目は幼いが、異変に首を突っ込んできた私にはわかる──こいつは「やばい」。
レミリアやフランよりよっぽど、だ。
そしてそんなやつに「ご主人様」と呼ばれている赤髪の女はもっとやばいと考えていいだろう。
頭の球体さえなければ外界の女と変わらないが──一見して強そうに見えないのは「強大すぎる」人外にありがちな特徴だ。
そんな胡散臭い奴、間違いなく──
「──お前、八雲紫のダチだろ」
私はじとりとした目で見つめながら、赤髪の女に指摘する。
女はぱちくりとまばたきしてから、からからと笑い出す。
「ふふ……なるほどね。あの極悪魔女のクソ悪霊も、なかなかどうして節穴じゃないわ。……私はヘカーティア・ラピスラズリ。素敵な地獄の女神様で、特技はビリヤードとピンボール。好きなものはドクター・ペッパー。嫌いなものは特にないけど、紫と魅魔なら、魅魔の方が嫌いかしら。紫はそうねえ……暇なときは好きよ?これでどう?」
「……まあ、いいんじゃないかな。いや、何がいいとかわかんねえけど。てか、お前魅魔様と知り合いなのか?」
思わぬところで飛び出した名前に、私は反射的に反応してしまう。
「まあ、知り合いといえば知り合いかしら。それが数万年前からか、昨日からか、ついさっきかはさておいて……ね?あなたは霧雨魔理沙ちゃん。魅魔の弟子で、魔法が使える人間、人間の魔法使い見習い……合ってる?」
「合ってるが……答えになってないぜ……」
「また」この調子か、と私はため息をつく。
くそっ、これだから強大な人外は疲れるんだ。
私がそう考えていると、星条旗柄の女が私の肩に手を置く。
「まあ、話は部屋に入ってからにしましょうよ。立ち話もなんですから。……魔理沙、あたいはクラウンピース。そうだね……先に答えておくとあたいは『妖精』だよ。よろしくう」
肩にのしかかるプレッシャーに身構えた私に対し、クラウンピースはこともなげにそんなことを言う。
妖精……妖精だって?
幻想郷をたやすくひっくり返せるレベルの存在感のこいつが「妖精」?
お客人一名ごあんなーい!れっつらごー!──陽気に騒ぎながら先頭を歩き出すクラウンピース。
そしてそいつを従えているヘカーティア……もしかしたら、四季映姫の説教聞いて、地獄にでも落とされたほうがマシだったんじゃないか?
私はそう考えながら、ヘカーティアの後ろで一歩を踏み出した。