ヘカーティアの屋敷の、だだっ広くて何もない、ただただ白が広がるばかりの玄関ホール。
玄関ホールの三つの扉──うち一つはダイヤル式の錠がついている──のうち、何もついていない扉をクラウンピースが開いた。
クラウンピースは扉のなかに入るなり、すたすたと奥に歩いていく。
それに続くヘカーティアが、扉を押さえながら私を手招きする。
「さーさ、入って入って。あ、うちは土足で大丈夫よん。気になるならスリッパ出すけど、いる?──クラウンピース、ドクペ人数分持ってきて〜」
奥から「はいよろこんで〜」と呑気な声が聞こえる。
玄関ホールだけで外から見た屋敷の大半を占めてるように感じたが……結構奥は広いのか?
「邪魔するぜ……って、派手だなおい」
扉の先に広がっていたのは、赤と黒を基調とした部屋だった。
黒い壁紙は赤いラインで縁取られており、血飛沫のような柄で彩られている。
ついでに額縁が二、三……白粉を塗って目の周りを星柄や菱形で黒く縁取った、長髪の男四人組の写真だ。
天井からは黒い陣笠のようなカバーを被せられた照明が吊り下がっている──電球も赤だ。
床は黒と白の大きなチェック柄で、ところどころに滑り止め付きの金属板がはめ込まれている。
右手には……バーカウンター?って言うんだったか。
ちょうど私の胸くらいの高さのカウンターが設置されており、その前には金属の背もたれがついた赤い丸椅子が四つ。
カウンターの奥のガラスケースには、えんじ色の缶が一面に並べられており、クラウンピースがそこから何本か取り出しているのが見える。
私が玄関ホールとのギャップに呆けていると、左の方から「邪魔すんねやったら帰って〜」と声がする。
もう一人いたのか──そう思って私がそちらを見ようとすると──
「いや、あなたが帰ってどうするのよ」
ヘカーティアがそう言って、私の後ろを見ながら苦笑している。
慌てて振り向くと、そこには山吹色の髪の女がいた。
黒を基調に、赤と金を差した服装──昔書物の挿絵で見た、中華の王族を思わせる格好だ。
「ヘカーティア、あなた悪趣味だわ。私まだ『はいよ〜』とも言ってないのに」
「あなたねえ……その『はいよ〜』は魔理沙ちゃんの台詞でしょう?初対面の相手に『お約束』を変形させてキラーパスするあなたの方が、よっぽど悪趣味だわ」
「ふう……仕方ないわね、まったく。……はじめまして、霧雨魔理沙。私は純狐といいます。種族は……神霊ね、多分。最近のマイブームは新◯劇……すこしは緊張解けたかしら。よろしくお願いしますね」
新喜◯?
それはさておき、最初の悪ふざけにしては、ずいぶんと常識的な挨拶をする人物だ。
しかし、人外であることはいまさらとして……自分の種族に「多分」ってつける奴は初めてみたぞ。
純狐が差し出した右手を握りながら、私も挨拶を返す。
「あー、はじめまして。霧雨魔理沙だ。普通に人間の魔法使いなんだが、どうやらさっき死んじまったらしい。……自分の状況もわかってないなかでアレなんだが、『多分』神霊ってどういうことだ?」
私が問うとヘカーティアがけらけらと笑いだし、純狐はむすりとした表情でヘカーティアを睨んだ。
「あー、ごめんごめん、純狐。でも、どうせそのうち殺しにいくんでしょ?だったら笑いにしといたが得よ、得」
「まあ、そうなんだけどね……自分でも、もうよくわかんなくなっちゃったし」
なにやら物騒な話をし始めた二人。
「殺す」って、もしかして魅魔様のことじゃないだろうな、あの人しこたま恨み買ってそうだし──私が戦々恐々としていると、クラウンピースがやってきて私に缶を手渡す。
「はい、魔理沙の分。……細かい話は省くけど、友人様──ああ、純狐様のことね──は怨みが純化した霊なんだ。んで、お二人が話してるのは『××』のことだね」
「……いまなんて言ったんだ?全然聞き取れなかったぜ」
「ああ、そっか。地上の民は発音できないんだっけ。地上ではたしか……『
とりあえず魅魔様じゃなくて安心したが……こいつ、どうして私が「そこ」を案じたことまで察してるんだ?
そして、「地上の民」って言葉からして、こいつらが殺したがってる相手はおそらく月人……私と同じ部屋にいる三人は、私の想像を遥かに上回る「危機的な存在」なのかもしれない。
「ほら、ご主人様も座ってください。……あ、友人様はセブンアップの方が良いんでしたっけ?」
「ちょっと待ってねクラウンピース……今日の審判はKISS*1で始めましょうか……オーイエー!やっぱ"Strutter"は最高ね!」
「せっかく持ってきてくれたし、いただくわ。ありがと、クラウンピース。おかわりはセブンアップでお願い……ヘカーティア、すこしボリューム落としてよ。あなた死後審判やる気あるの?」
……危機的状況ではあるが、やっぱり命を取られる心配はなさそうだ。
天井に埋め込まれたスピーカーからシャキシャキとしたギターサウンドが流れ始める。
ひとまず落ち着こうと、私は缶を開けて一口飲む。
……甘ったるくて、薬くせえ。
─────
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───
──
「……形式的なことはこのくらいかな。魔理沙ちゃんが死んだ経緯は大体わかった……というか、
そう言いながら、ヘカーティアは携帯電話──じゃなかった、浄玻璃の鏡を折りたたむ。
見た目には画面が横に回転する折りたたみ式携帯電話だが、どうやらこいつが浄玻璃の鏡らしい。
いま地獄で最新の機種なんだとか。
「あなた、本当に裏表ないのね。正直っていうか、
クラウンピースとなにやら札遊びをしていた純狐に、ヘカーティアがそう問いかける。
この札は紅魔館で見たことがある──「トランプ」ってやつだ。
札を切ったクラウンピースに「……23。友人様のバスト*2です」と言われ、頭を抱えていた純狐が顔を上げる。
「あーあ……次はいけると思ってたのに。これでもう二千の負けよ、まったく。で、ヘカーティア……その話、私に振るの?」
「二千って、あなた日本円で?……違うわね、クラウンピースがホクホク顔なあたり、米ドルか。ブラックジャックは回転が早いんだから……って、それはいいのよ。魔理沙ちゃんのこと。聞いてた?」
「まあ、賭けの片手間くらいには、ね。……私ほどじゃないけど、イマドキ珍しいかもね、こういう人間は」
純狐はトランプをクラウンピースの方に寄せ、おかわりとして渡されていた「7up」と書かれた緑の缶を傾ける。
あれが「セブンアップ」ってやつか?
「悪くない……そう、『悪くない』プレイヤーよね。私は『アリ』だと思うけど、器はどうするの?この子の肉体、もうウェルダン通り越して消し炭でしょう?ヘカーティア……あなた、アテがあるの?」
セブンアップの缶で口元を隠しながら、ヘカーティアに問う純狐。
それに対し、ヘカーティアは「ちっちっ」と指を振って応じる。
「そこはまあ、どうにかなってるわ。あの稀代のトリックスター、もといクソ悪霊がちょっと仕掛けを施したからね。ねえ、クラウンピース、あなたはどう思う?」
純狐に押しつけられたトランプを片付けていたクラウンピースは、ヘカーティアに名前を呼ばれて顔を上げる。
「うえ、あたいですか?……あたいも友人様と同意見ですかねえ。『悪くない』とは思いますよ?でも、それ以上でも以下でもないでしょ。『どうにかなる』と思います?ご主人様」
「そこをどうにかするのが私たち……というかあなたの仕事でしょ。あなたの腕なら間違いないし……なにより、R乗りよ?この子」
「……ご主人様、絶対面白がってるでしょ。というか、『面白そう』以外の動機ないでしょ」
「そんなことないわよん。21世紀になってもうすぐ十年経つわけだし、『××』を殺しにいく前に旧世紀の宿題を片付けとこうと思ってね……さて、魔理沙ちゃん」
私を置いてきぼりに、よくわからないやりとりをしていたヘカーティアは急にこちらを向いて、口を開く。
その眼差しには、先ほどまでの「遊び」は一切ない。
「こんな調子の流れから言うのはどうかと思うんだけど……主文後回しにしましょうか。……こほん」
主文後回し?
聞き慣れない言葉に私は首をかしげていると、いつの間にか私の後ろに立っていたクラウンピースが、耳打ちで教えてくれる。
「主文──つまり、判決の内容を後に話すってことだよ。普通は主文を言い渡してから、その理由を話すんだけど……今回は逆だね。死後審判の判決言い渡しだよ」
クラウンピースの説明を聞いて、一気に緊張が走る。
この流れからは予想外だ。
なあなあにして「それじゃあ生き返りましょうか。そーれ!」みたいな流れを期待してたわけじゃないが……
「霧雨魔理沙──あなたは十五年といくらかの人間の生のなかで、様々なものを見聞きし、体験し、味わい、学んできたことでしょう。本分ではないといえ、博麗の巫女とともに異変解決に尽力──そして意図せずとも、幻想郷の人妖の架け橋となったことは賞賛に値します。また、人里の名家である霧雨家の一人娘でありながら、魔法使いとしての修行を怠らず、走り屋の世界に身を投じてからは常軌を逸したともいえる努力で、あなたは現在の評価を勝ち得てきました。それは幻想郷の有力者のみならず、その行く末をときに地獄から、ときに異界から、ときに月面から、見届けてきた我々とて同じです。……あなたの存在は、幻想郷にとってかつてない『財産』だったと、是非曲直庁として評価しています。……しかし」
……思っていたより良い評価じゃないか?
正直、幻想郷のトラブルメーカーな自覚はあったから、この評価は僥倖だ。
私が期待に胸を膨らませた矢先、ヘカーティアの「しかし」という針がそれを刺す。
「しかし──あなたは自分の価値を見誤ってしまった。若い命を無知ゆえに、無謀さのなかで散らすのは大罪と言わざるをえません。判例では『賽の河原行き』となる大罪ですよ?霧雨魔理沙。それだけならまだよかった。……あなたは、残される者たちのことを考えて行動しましたか?あなたはあのとき、博麗霊夢を追うべきではなかった。あなたの死は、十六夜咲夜、博麗霊夢。そしてフランドール・スカーレット、東風谷早苗……四人の若き走り屋たちの心に、消えない傷を残しました。……そして、あなたのGT-Rにも。事故死は走り屋の宿命です。博麗霊夢が喜連瓜破で説いた『役割』とやらも正論です。私たちは、見ていました……」
ヘカーティアはそう言って、自分の両目を指さし、私の目に向ける。
「もちろん、あなたの死後も。十六夜咲夜は、自暴自棄にエンジンを組み直し、さらなる速さを得ようとFCを痛めつけています。フランドール・スカーレットは、R34型GT-Rで首都高へ……あなたは知らなかったでしょうが、あの子はあなたに憧れてR乗りになりました。希望の翼とでもいうように……しかし今は壊し屋として、首都高で数多のマシンと……そして走り屋たちを殺して回っていますよ。博麗霊夢は巫女の役目を放棄して、環状で大暴れ。東風谷早苗は彼女らをなんとか元気づけようとしながら、空回りしては過去に苦しめられています。……主要なところだけでも、これだけ。霧雨魔理沙……これがあなたの『走り』がもたらした結末です」
私はうなだれるばかりで、言葉を紡ぐことができない。
いつだってわかってたつもりだったし──「わかったつもり」になることをなによりおそれて、クルマと走りに向き合ってきたつもりだった。
それをレミリアに認められた証が、GT-Rなのだと思っていた。
私は自分の死に絶望するばかりで、Rのリアバッジを背負うこと、その意味を、まったくわかっていなかった──
「さて、ここまでの事情を勘案した場合──あなたはあまりある『善行』と、一夜でそれを帳消しにしかねない『罪』を背負っているといえます。判例にはない、まったく稀有なケースと言わざるをえません。それを鑑み、また、現在進行形の『事情』から、あなたにヘカーティア・ラピスラズリの名において、判決を言い渡します」
天国行きか、地獄行きか──もしかしたら……
「生き返る」可能性に、私は
私はあの夜で──そして「走り」のなかで死んではいけなかった。
レミリアが言いたかったのは、「残される者」のことだったのだろう。
生き返ることがかなうなら、せめて──
ヘカーティアが区切るほんの刹那が、千の夜にすら感じられる──まるで、あの冥界ハイウェイでの、最後のブレーキングみたいに──
私がRのことを思った瞬間、ヘカーティアが口を開いた。