「おい霊夢。お前がお祓い棒差してるワンダーのあれ、本当は鉄パイプ差すとこらしいぜ」
紅魔館図書館──午前十時半
霧雨魔理沙は一冊の書物を読みながら、博麗霊夢にそう呼びかけた。
魔理沙が開いている書物の名は「幻想郷
表紙には初代マツダ・ロードスターが水墨画風のタッチで描かれており、右下隅に「著者︰稗田阿求、取材︰射命丸文、監修・協力︰レミリア・スカーレット」の文字。
「そうなの?鉄パイプ載せるとワンダーって速くなるのかしら……不思議ねぇ」
霊夢は呑気にあくびをしながら、外の世界のクルマ雑誌をぱらぱらとめくっている。
なんで鉄パイプ積むんだろうな?
お祓い棒の方が軽いのに──こいつはミステリーだぜ。
そう思ってると、図書館奥の机に積まれた本の山が疑問に答える──違うな、正確には本の山の「向こう」からだ。
「それは環状族のシビックだからよ。鉄パイプはチームの抗争のときに使う凶器。阪神環状の全盛期は抗争が日常茶飯事だったからね」
「いたのかパチュリー。環状族は走りで勝負するんじゃないのか?」
「『いたのか』はこっちの台詞よ。私は48時間730日はここにいるわ。……もちろん走りでも競ってたけど、それと同じくらい腕っぷしで競っていたのも事実ね。魔理沙あなた、この間大阪でパトカー燃やしたそうじゃない。あれも環状文化といえば立派な環状文化ね」
「パチュリー、もうお前ひきこもりってレベルじゃないな。……だってよ、霊夢。私がパトカーにマスタースパークを撃ったのは、環状族的にはどうやら正解らしいぜ」
「私は気持ちよく走った結果追われるのは構わないけど、わざわざ追われる理由をつくるのは性に合わないの。だから『不正解』よ、魔理沙」
流石霊夢だ。さすれいむ。
こいつはいつもゴーイングマイウェイ──数日前射命丸文を乗せて環状に上がったとき、シビックってだけで進路妨害してきたパトカーを潰したらしい。
エンジンを夢想封印で潰した挙げ句に、霊力弾でタイヤ四つ全部バースト──コメントは一言「邪魔」。
ある程度なら面白がって記事にする文も、あればかりは引いてたぞ。
わざわざ私のところに来て「あれは霊夢さんにとって『あたり前』なんですか……?」って聞いてきたくらいだ。
私はとりあえず「あたり前田のクラッカー」とだけ返しておいた。
私は次のページをめくる──おいおい、随分内容が薄いな。
私の愛車32RとS13のことが書かれてるんだが……私は文の取材にきちんと答えたはずだ。
特に私の32Rは、幻想郷初のスカイラインGT-R。
一番注目を集めるページのはずなんだがな。
そう思いながら、私は32Rのイラストとともに書かれた文章の下の、不自然な余白を無意識になぞる──なんだこれ。
余白がわずかに盛り上がっている。
私はページを灯りに透かしてみる──なにか書かれているようだが、読めない。
そう思っていると、視界の端で赤い髪が揺れる。
こっちを見て目を見開いた小悪魔が、パチュリーに駆け寄りなにかを耳打ちしている。
──なにか隠してるみたいだな。
隠し事は性に合わないぜ、聞いてみるか。
「おいパチュリー。私の32Rが書かれたページ、なんか不自然に消された跡が見えるんだが。お前なんか隠してないか?」
「ああ、そのページね。……レミィがトマトジュースこぼしちゃってね。修復魔法をかけても綺麗にならなかったから、修正液で整えたの。私は読んだから問題ないと思って。外の道具って便利よね」
「──嘘ね」
私の言葉を待たず、霊夢が口を開く。
「……いつもの勘かしら」
パチュリーがそれに応じる。
「そう、勘よ。でもまあそれ以上に、パチュリー、あんたいつもそんなに口数多くないでしょ?」
「いつもこんな感じよ……それで?なにか隠してたらどうするの?」
「それが幻想郷に害をもたらすのならここであなたを退治するわ。レミリアも連帯責任ね。紅魔館経由のクルマ絡みなら、大体あいつが噛んでるし。害をもたらさないのなら、なにもしない」
「……なにも隠してないし、仮に隠してたとして『幻想郷に』害をもたらすものでもないわ」
「……嘘は言ってないわね。最後の質問──魔理沙と32Rの関係は『問題ない』んでしょうね」
「レミィの判断を信じなさい。……私にはそれ以上のことは言えないわ」
「……なら良し。魔理沙、気になるのはわかるけど、ここはおさめなさい。これ以上問い詰めたところで情報は増えないわ。……気に入ってるんでしょ?あのR」
「気に入ってるが……いいのかよおい。32Rは私のクルマだ。釈然としないぜ」
「クルマとの関係は走りの中でつくっていくものよ……あんたがいつも言ってることじゃない。それに、あのレミリアのことだから、あなたに扱えないマシンならはじめから与えないでしょ」
「そうね。ブローカーとしてレミィ以上に信用できる人物はいないと、彼女の親友として断言するわ。乗り手に釣り合わないマシンを、レミィは絶対に手配しない」
「……そういうこと。前向きに捉えたほうがいいわ。あなたは幻想郷初のR乗りになったんだから」
それはそうだが、と言いたい気持ちを私は飲み込む。
ポケットの中でRのキーが、チャリ、と音を立てた──私は身動き一つしていなかったのに。
GT-R──お前は自分の気持ちを抑えた私に語りかけたのか?それとも──お前を一瞬でも疑った私に、何かを言いかけたのか?
ただの偶然だったかもしれない──しかし、私とRのまっさらな関係に、得体の知れないなにかが一滴の黒い水を落としたように、私は感じた。
その一滴が私から出たのか──それともRから出たのか──私にはわからない。
だがGT-R、お前にどんな過去があったとしても、私は受け入れてみせる──だからお前は、未来の私を信じる私を──霧雨魔理沙を信じてくれ。
私は霊夢には見えないように、ポケットのキーを握りしめる──赤いRの文字が一瞬熱くなる──今度ばかりは錯覚じゃないと、私は思った。