いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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お前はふたたび、爪をアスファルトに突きたてる

血と脂と、鉄とプラスチックの複合体──私の32Rを表現するには、そんな無機質な言葉しかありえなかった。

鉄クズと呼ばれた方がまだマシだ──運転席を中心に、車内には衝撃で飛び散った私の肉が、いまも断片的にこびりついている。

 

グロテスク──だが私はそれ以上に、奇妙な一体感を感じていた。

Rが私を喰らって──私の「いのち」を喰らって、さらに速くなるんじゃないか。

Rの割れたヘッドライトと真っ正面から目を合わせたとき、そんな考えがふと、頭をもたげる。

 

Rがたしかな痛みを私と分かち合い、私を喰らって生き延びる──私はRにいのちを注ぎ、さらに次の速さへと鞭を振るう──

 

不敗神話のR──私はその伝説を前に、無意識に気持ちが引けていたような気がする。

Rのリアバッジに畏怖し、(こうべ)を垂れていた気がする。

マシンに敬意を払うことはきっと、間違いではない──でも、私はRと「対等でいようとすら」しなかったんだ。

 

私はRの声に耳を傾けてきたつもりだった──でもそれは「ゆるされるライン」を尋ねているばかりで、私はRの本音を聞き出そうとしてこなかったのだと、今なら理解できる。

 

段階を踏んで?腕を磨いて?

そして、徐々にパワーを上げていく?

踏める回転数、ブースト圧、最高速度を上げていく?

──すべては小賢しい、安全圏の理屈だ。

いのちをのせた理屈じゃあない──

 

他のRは知らない──もっと「スカイライン」としてジェントルなのかもしれない──でも、私のGT-Rはそれを認めるマシンじゃなかった。

 

私のRは、きっと──

 

モアパワー、そしてモアトルク──それは首都高、そして湾岸における絶対不変の定理。

最速のチューンドとして、禁断のスピードで──お前はきっと、首都高の夜以外では息のひとつもできないんだろう。

 

日の当たる場所では生きていけない──あまりにも繊細で、それでいて鋭く──誰にも認められないまま、

誰の価値観も知らないまま──お前はスピードの破壊神として、首都高の夜に存在し(あり)続ける。

 

GT-R──お前はまだ死んじゃいない、お前の目は死んじゃいない。

お前はふたたび、ラジアルの爪を真夜中のアスファルトに突きたてる。

お前はふたたび、エキゾーストの牙で大気を八つ裂く。

誓う──私が必ず、お前をもう一度走らせる。

 

ここから先、遠慮はナシだ──満身創痍になってはじめて、お前は私に本当の姿をみせた。

復活すればお前はきっと容赦なく、私を殺そうとするだろう。

自分をこんな姿にした愚かな私を、次こそ抹殺しようとするだろう。

 

だがそれは同時に──「死ぬこと」すら引き換えにした姿を前に、お前が初めて「対等になりうる」存在として、私を認めたことの証左でもある。

 

私はお前にそれができるだけの牙を与える、爪を与える──速さを与える、いのちを与える。

GT-R──私はお前で、お前は私だ。

 

教えてやるよ、GT-R──この世で一番、派手でパワフルなスペルカードを持つ幻想少女(おとめ)が誰なのか──それをお前に、教えてやる。

 

「普通の魔法使い」の愛機として、お前は首都高に君臨するんだ──

 

「ヘカーティア……さっきお前が言った『選択肢』──内容は知らねえけど、私はやるぜ。私はこいつを直して、必ず首都高に上がる」

 

私はRを見つめたまま、ヘカーティアにそう宣言する。

返事がないから振り向くと──ヘカーティアは呆けた顔を。

純狐にいたっては安堵と困惑の表情を、顔面半々に担当させている。

 

「……なんだよ、その顔。純狐も……すげえ顔だぜ、お前。前に外界で見たピザ屋の『ハーフ&ハーフ』みたいになってるけど、大丈夫か?」

 

私が問うと、純狐は慌ててさっきまでの柔和な表情に戻る。

 

「あっ……えっ?……ごめんなさい。正直言って、もう立ち直れないかと思ってたから。流石は魅魔の弟子というか……あいつが弟子にしただけのことはあるわ。ほら、ヘカーティアも!しゃんとしなさいな」

 

純狐はそう言ってヘカーティアの頭を勢いよく(はた)く。

 

「痛っ……わかってるわよ。私も正直、予想外。前向きな子だとは、浄玻璃の鏡を見て感じてたけど……クラウンピースが一番見る目があったってことかしらね。妖精って純粋だし。──さて、魔理沙。『選択肢』っていうのは『Rを直すか否か』だったけど、問う必要はないわね。技術的なこととコストについては心配いらないわ。……おっと、質問は今はナシよん。物事には順序があるし、あなたの真っ直ぐな瞳をみてると、私までほだされそうになっちゃうから」

 

私が質問しようとすると、ヘカーティアは真面目な顔から一転、「お茶目に」ウインクしてそれを遮る。

……「ばちこん」って音と一緒に星が飛びそうなウインクだったが。

 

「あなたが『リーインカーネイションの未解決』に取り組むにあたって、糸口になるのはおそらく『走り』か『魔法使い』よ。Rを直さないなら、『魔法使い』を提示するつもりだったけど……うん、魅魔が32Rを依代にしたのなら、多分『走り』でしょう」

 

真面目な顔に戻って話していたヘカーティアは一度言葉を切る。

そして、なにかをぐっと呑みこんだような表情の後、ふたたび口を開く。

 

「……ここからは、ヘカーティア・ラピスラズリ個人の意見として聞いてちょうだい。地獄の女神としてではなく、ね。……『あの』魅魔のことよ、あなたに『リーインカーネイションの未解決』を使ったことには、必ず意味がある。あの悪霊──いや、大魔女魅魔は絶対に意味のないことはしない。ただ享楽にふけってるように見えても、必ず回りまわってそれに意味を持たせる。だから、32Rと向き合うことは正解のはずよ。これを依代にしたのは、多分魅魔からの特大ヒントね。……私にもRをよく見せて。もしかしたら、他にもなにかヒントを残しているかもしれない」

 

私が黙って頷くと、ヘカーティアはRの──特にエンジンルームを念入りに確認し始める。

ボンネットはまだ一応ついたままだったが、ぐしゃぐしゃに潰れて外れかけていた。

だからエンジンルームは外からでもよく見える──RB26の心臓も、まだそこに埋め込まれたままだ。

 

その姿を見て、私は妖怪の山のシェイクダウンを思い出していた。

クラッチ越しに感じた「怪物の息遣い」──お前はもう一度、目を開けるのか?

勢いよく「直す」なんて啖呵を切ったものの、ヘカーティアの真剣な眼差しを見ていると決意がくじけそうになる。

 

RB26なら探せばタマはあるが──私はできることなら、スワップせずにいたい。

同型のエンジンだとしても、こいつがこいつでなくなってしまう──そんな気がしたから。

 

「魔理沙……ヘカーティアの言う通り、たしかに魅魔はそういうやつよ。一見したらニヤニヤしながらくだらない屁理屈ばかり投げつけてくる嫌な奴だけど……魅魔の行動には必ず意味があるわ。重大な意味がね。良いか悪いかはさておき、あいつが誰かの前に姿を現すってそういうこと。そして魅魔が『わざわざ』Rをここに運びこんだってことは、きっと直る──大丈夫よ。気になるなら、ヘカーティアに聞いてみたら?何かわかったことがあるかもしれないわよ?」

 

私が不安そうな顔をしていると、純狐がそう言って私の背を叩く。

ランボルギーニ・ディアブロ──私にはよくわからないが、コンディション管理の難しそうなクルマに乗る純狐が言うのなら、間違いないだろう。

正直、そう思わなければ気持ちがもたない。

 

「ありがとよ、純狐。──ヘカーティア!なにかわかったか?」

 

私がヘカーティアに駆け寄って尋ねると、ヘカーティアは神妙そうに口を開いた。

 

「今の段階でわかったことは二つ……いや、三つね。一つ目は、エンジン本体はおそらく大丈夫だろうってこと。細かいパーツはダメになってるかもしれないけど、ブロック自体は目立った損傷がないわ。二つ目は、もう一度まっすぐ走るかはわからないってこと。そのくらいボディ損傷が激しいわ。でも、そもそも今までまっすぐ走ってたこと自体が奇跡みたいなボディね。それだけ過去に修復を重ねてきてる。だから裏を返せば、もう一度まっすぐ走る可能性はゼロじゃない」

 

そういえば霊夢が以前、事故歴があるって一目で見抜いてたっけ。

その話をすると、ヘカーティアは驚愕の表情を浮かべる。

 

「本当に?ろくにクルマを知らない子が?……でも、今代の博麗の巫女ならありえるかもしれないわね。でも、それはいま大事な話じゃないわ。──純狐!あなたもこっちに来て!……魔理沙、『ここ』見えるかしら」

 

ヘカーティアはそう言って、エンジンルームの右奥を指差す。

焦げてかなり見えにくいが、なにか彫りこんであるようだ。

 

「えーっと『紅龍(こうりゅう)』か?……その隣に書いてあるのは──"R.D.I."?なんだこれ」

 

ヘカーティアが指さした先には「紅龍 / R.D.I.」の刻印があった。

魅魔様の暗号かなにかだろうか。

 

「ねえ、ヘカーティア……これって例の」

 

「うん。十中八九、あの32Rだね。──魔理沙、それが三つ目。この刻印でこの32R……少なくともボディの出どころはわかったわ。この32Rは『紅龍レーシング』──紅美鈴がオーナーを務めたショップ、そのデモカーよ」

 

「はっ……えっ?紅美鈴って、紅魔館の門番の『あの』紅美鈴か?」

 

武人だが何の妖怪かは不明で、紅霧異変のときですらのほほんとしていた──ときどき立ったまま昼寝して咲夜に刺されてる──あの、紅美鈴?

たしかに、咲夜のFCの整備やチューンをやってるとは、咲夜自身の口から聞いたことがあったが……

 

「……たしか美鈴は、同居人の咲夜ってやつのFCをチューンしてたはずだ。だからそれもわかるかもしれねえ。13B-Tで350馬力出してて、咲夜は私が事故死した冥界ハイウェイの下りじゃ最速候補の一人だった」

 

私がそう言うと、ヘカーティアは静かに首を振る。

 

「たしかにFCで350馬力なら結構出てるけど、紅美鈴にとってはライトチューンに過ぎないわ。紅美鈴はロータリーなら、FD3Sの20Bスワップ──3ローターツインターボで650馬力、最大800馬力超の『実戦マシン』を作った実績がある。それに、彼女は2JとRB……特にGT-Rのチューンを得意としてたわ。ロータリーは『専門外』なのよ、本当はね」

 

3ローター最大800馬力?

ただでさえ耐久のシビアなロータリーでそれをやっておいて「専門外」?

理解が追いつかないことだらけだ。

それなら、得意なGT-Rだと──

 

「気づいた?首都高最速──そう呼ばれたマシンの裏側にはいつも、紅美鈴の影があったわ。特に32Rが登場してから『紅龍レーシング』が廃業するまで──紅龍チューンは首都高の帝王そのものだったといえるでしょうね。……純狐。そういうことよね、やっぱり」

 

私に語り終えた後、ヘカーティアは純狐に何かをちらつかせながら問う。

あれは、クルマのキーか?

 

「多分、ね。クラウンピースはそういう勘がよくはたらくから。魔理沙に『自分』をわかってもらうには、それが一番だし──」

 

「──それしかない、そうだよね。……魔理沙、『死にたてほやほや』で申し訳ないけれど、これからあなたにはもう一度走ってもらわなくちゃいけない。あなたが現世に戻るために、そして現世ですべきことのために。──マシンは、それよ。カバーを取ってみて」

 

32R、バイパー、ディアブロ──いまだカバーをかけられまま、沈黙している一台をヘカーティアが指差す。

 

さっきのキーはクラウンピースがヘカーティアに渡したものだろう。

となると、これはクラウンピースのクルマか?

それなら、あいつはどこに行ったんだ?

 

しかし、それ以上に──

 

「正直、ずっと気になって仕方なかったんだ。なんていうんだろうな──アイドリングもしてないのに、すげえプレッシャー感じるんだよ。まるで『そこにいないかのように』扱えば、私を噛み殺しそうなくらいの圧力っていうか。でもようやく、ご対面か。──お前は、『誰』だ?」

 

私は霧雨魔理沙──「普通のR乗り」の霧雨魔理沙だと念じながら、私は銀灰色の覆いを取り払った──

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