用賀から東名に乗って西進する私たち。
ミッドナイトパープルの33Rは、多摩川を越え、神奈川に入る。
防音壁に遮られた川崎の街を見透かすような瞳で、ヘカーティアは語りはじめた。
「"R.D.I."……"Red Dragon Industries"。またの名を『
「ガンショップ?『ガン』っていうと、外界の銃ってやつか。昔見たことがあるぜ。亜音速で金属片を飛ばす武器だろ?」
たしか香霖が無縁塚から拾ってきたやつだ。
香霖にしては珍しく、うかない顔で「戦利品」を炉に焚べていたから記憶に残ってる。
店に並べないのか聞いたら、「僕は銃が嫌いなんだ」って、ただ一言だけ。
あんなに取り付く島もない香霖を見たのは、あとにも先にもあれっきりだ。
「そうよ、その『ガン』のことね。紅美鈴は19世紀の中頃に、清国──いまの中国ね──からアメリカに渡ったみたい。アヘン戦争が終結し、清が開港。ほどなくしてゴールドラッシュ*1が始まった──そういう時代の話。彼女もまた、新大陸に集まった
「随分空くんだな。その間って、何してたんだ?」
私が問うと、視界の端でヘカーティアが首を振る。
「わからないの。彼女自身、何かと謎の多い妖怪なのよね。中華の出身で、武闘家であり、少なくとも春秋戦国時代には発生していて、いまは吸血鬼に仕えてるってことくらいしか……話を戻すわ。そうしてニューヨークに拠点を移していた紅美鈴は、当時ランドリー業を営んでいたの。要は洗濯屋ね。そしてガンスミスに転向……当時は世界情勢が不安定で、銃がそれなりに売れたのよ。それが紅美鈴の1970年代、R.D.I.の始まり」
ヘカーティアはそこで言葉を区切ると、一度浄玻璃の鏡を開く。
美鈴の資料を確認しているのだろうか。
話しているうちに私たちは横浜に入っていた。
厚木までの距離がわからない以上、標識を注意深く確認しなくては。
「うん……やっぱり。この頃に紅美鈴は魅魔と接触してるわね。あのチューニングは魅魔仕込みよ。いうなれば、あなたの姉弟子かしら。……あと、クラウンピースが"Eclipse Tuned"を立ち上げたのも、同じくらいの時期ね」
「……なあ、聞きたいことは色々あるんだけどよ。人外がそんな同時期にクルマに熱上げるもんなのか?こいつは偶然なのか?」
「……それは、魅魔が噛んでるとわかったから?」
ヘカーティアに問われ、私は当然だと首肯する。
偶然にみせかけた必然の伏線を張り巡らせるのは魅魔様の
人外にとって居心地の悪い──パチュリーは「神秘が薄い」と形容していた──新大陸で、そんなにぽんぽん人外が出会うものなのか?
そして青山ゼロヨンには河城にとりがいて、ヘカーティアと純狐はもはやカタギとは言い難い車種を愛車にしている……なにか、裏がありそうなんだよな。
私の首肯を受けたヘカーティアは苦笑する。
「まあ……ある意味では『信頼』かしらねえ。魅魔をよく知る人は絶対疑うと思うもの。……一応言っておくと、魅魔本人は『偶然』だと言ってたわ」
「……つまり、私たちには確認しようがないってことだな」
「そうね。でも、幻想郷の内外問わず──特に外界の人外にクルマ好きが多いのは、きちんと理由があった。それは時代の必然──魅魔に言わせれば『偶然』ね」
「さっき言ってた『クルマが最先端技術』だったから、ってやつか。人間を理解する手段にクルマを選んだ人外が多かったってやつ」
私が言うと、ヘカーティアは鼻のあたりを「くいっ」と上げる仕草をする。
どうやら眼鏡を上げるジェスチャーらしい。
「その通り。それは新大陸でも例外ではなかったわ。一部の人外はバイクだけど、エンジン付きの乗り物ってとこは共通よね。科学が発達した外界──あらゆる未知が既知に代わった世界で人外が生きていくには、その環境に適応しなくちゃいけなかった。そこで人外たちはクルマを理解することで、遊びながら存在の根幹に『常識』を取り入れようとしたの」
「外界ではクルマが『男性的な趣味』って知ってびっくりしたけど、あらためて理由を聞くと、人外が興味持つのも納得なんだよな。ほら、幻想郷じゃクルマは弾幕ごっこと並ぶ『女の子の遊び』だからさ。……私なりに外界で色々調べたんだけどよ、21世紀の現代ならその『先端技術』がクルマじゃなくてインターネットになるのかな」
「ふふ……話せば話すほど、魅魔があなたを弟子にした理由がわかる気がするわ。そうよ、その通り。最近だとインターネットが人外の明暗を分けつつある。……言ってしまえば、最近幻想郷に移り住んだ人外の大半は『インターネットに適応できなかった』ってことね。そうして人外は淘汰されてきたのよ」
人外に『いつ』幻想郷に移り住んだのか聞くのって、なんとなくタブーな雰囲気があったけど……そういうことか。
紅魔館や守矢神社は外界でもうまくやってたみたいだけど……よそう、気軽に聞くことじゃない気がする。
「そうなんだな。……話を戻そうぜ。もう厚木が近いんだろ?」
「そうね、もうそろそろだわ。……紅美鈴が魅魔と接触して、R.D.I.はガンスミスと並行しながらカーチューニングを始めたの。青山ゼロヨンに持ち込まれたコルベットはその時代の作品ね。……そして1980年に来日。アメリカ時代のチューニングは正直、情報がほとんどないのよね。V8をメインにやってたってくらいだわ。……あ、そこのインターね。下りてUターン、上りに乗りなおすわよ」
ヘカーティアが「厚木」と書かれた標識を指差す。
ループを静かに旋回し、料金所を通過する。
環状では朝潮橋PAか湊町PAに直接出してもらってばかりだったから、料金所はまだすこし慣れない。
「オーケー、Uターンして上りだな。……ちなみに、いま──1983年の美鈴は何のエンジンをやってたんだ?『紅龍レーシング』の黎明期には。V8はこの時代あんまいねえだろ?」
「この頃はたしか、日産・L型とロータリーがメインだったと思うわ。どちらも当時メジャーだったチューニングベースね。特にL型は全盛期のはずよ」
「L型とロータリーか……ロータリーは今と変わんなそうだけど、L型ってどんなエンジンだったんだ?」
厚木インターをふたたび上り、東京方面へ。
料金所でチケットを受け取りながら、ヘカーティアに問う。
「端的に言えば、軽快ではない代わりにとにかく頑丈な直6エンジンね。後継が直6のRB型とV6のVG型ってあたりから、なんとなく察せるんじゃないかしら。この頃の紅龍レーシングのデモカーはL型がS30型フェアレディZ。ロータリーがSA22C型RX-7の13Bペリ仕様だったはずよ。ルーチェかコスモあたりからエンジンスワップしたやつ」
「なんだか時代感じるよな。Zとセブンの初代が現役張ってるんだもんな……」
アクセルを滲ませ、本線に合流する。
軽すぎず、そして重すぎないノーズの入り。
33Rが自分に馴染んできたと感じる。
──悔しいけれど、私がブーストアップした32Rとは出来が違う。
この感覚は、33Rというクルマの出来がいいからなのか、それともクラウンピースの仕事が優れているからなのか──おそらく、両方だろう。
日産とルナティック・パワー──これが本当の、プロの仕事ってやつなのか。
ロードノイズが心地良い──これなら踏みたくなるし、踏める気がする。
でも忘れちゃいけない──それは、この33Rが「本当に速い」マシンだからなんだ。
ストリートチューンの速さのキモはきっと、最高速や加速性能じゃない。
「きちんと踏みきれる」マシンであること、それがストリートチューンの絶対条件──でも、いくらマシンを信じていけても、スピードはいつでも私とRを裏切ろうとする。
どれだけ優れたマシンでも、手を離さないでいようとする──それ以上のことはできない。
すなわち、スピードとはいつでも「対峙するもの」であること──私たちがどれだけ信じ合っていても、スピードという第三者はその関係を簡単に引き裂く。
公道を走ること、それはアクシデントに向き合うということ──
東名の夜闇に待ち受けるものを前に、33Rが私にそう強く念押しする。
感じる──この先に「いる」。
ステアリングの振動と私の震えがシンクロする。
始まる──
「……ヘカーティア。このあたりからか?」
「……ええ。ゴールは東京料金所。スタートは──」
私は無意識に右車線へ舵を切る。
──左側から飛び出す機影。
三台、四台──もっとだ──爆音を響かせ、「ヒストリックカー」たちが次々と本線に合流する。
「──海老名SA。魔理沙──始まったわよ──」
咄嗟にギアを落とし、私は押し広げるようにアクセルを踏みこんでいく。
私とRの決意を、この1983年のアスファルトに染みこませていくように──
東名レース──本線合流──
設定集と『小悪魔さんのクルマ選び』の順序を入れ替えるかもしれません
入れ替える場合、部で区切って末尾に入れるかと