海老名PAから爆音とともにマシンが飛び出す。
先頭はSA22C、そしてS30Z──ともに紅龍レーシングのマシンだ。
その直後にはライトニング・イエローのポルシェ・911と──あれはアメ車か?──ミッドナイトパープルのアメ車が続いている。
すこし遅れてスーパーシビック、ミラージュ、ソアラ……まるで走る博物館だ。
路肩にもジャンルは様々だが、それらしいクルマが並んでいて──こいつら正気か?
ギャラリーとして集まったらしい連中が、クルマから降りて手を振っている。
エキサイトしすぎた奴なんて、道路を渡って中央分離帯に立ってる始末。
こいつら、ここが「東名高速」って理解してんのか?
「ほらほら、おいていかれるわよ!踏んで踏んで!」
目の前の「非常識」すぎる光景に、思わずアクセルを緩めてしまっていたようだ。
ヘカーティアの声で私は我に返る。
PAからの合流ポイントで一台のマシンと並ぶ。
あれはスカイライン──「ジャパン」だ。
フル加速で合流したジャパンはそのまま、アクセルを緩めていた私をぶち抜いていく。
「……『先輩』に喝入れられて、ケツまくるわけにはいかないよな。──いくぜ、ヘカーティア!しっかり踏ん張れよ!」
私はふたたびアクセルを開けていく。
焦るな、確実に──Rを「開いて」いくんだ──
前に
タービンのかすかな呼吸がきこえる──
今だ!──そう思ったときには、ジャパンもアザーカーも消し飛んでいた。
一瞬遅れて、自分の身体がシートに張り付けられているのだと理解する。
言葉にならない加速──今何キロ出てんだ?──そんな疑問が頭をよぎるけれど、スピードメーターを見る余裕もない。
アザーカー、街灯、標識──あらゆるものが一挙に迫りくる──と思った次の瞬間には、すべてがスローモーションになる──
「──りさ!魔理沙!……霧雨魔理沙!レブ当たってるわよ!」
ヘカーティアの言葉にはっとする。
慌ててクラッチを切り、シフトアップ──軽量フライホイールに蹴り出されていくタコメーター──だけど、視界はクリアだ。
右へ、左へ──私はアクセルをすこしずつ開きながら、アザーカーを躱していく──最初の加速からここまで、わずか十秒足らず──だけど、ライトニング・イエローとミッドナイトパープルの機影は射程圏内、その一歩手前だ。
バックミラーを見る限り、追ってくるマシンはない──てことは、あのSAとS30Z、それに911とアメ車が飛び抜けて速いってことだ。
すぐに追いついたとはいえ、この先頭集団の平均スピードはおよそ200km/h──私の腕がまだまだとはいえ、600馬力の第二世代Rと「この時代に」タメを張るのか──
ライトニング・イエローの911はカラーリングからして美鈴だろう。
SAとZは紅龍レーシング……となると、あのミッドナイトパープルのアメ車は誰だ?
この時代の美鈴とタメを張るアメ車、ミッドナイトパープル──ドライバーは、まさか──
「ヘカーティア、あのアメ車のドライバーって──」
「あら、いま頃気づいたの?こんな時代にあんな色のアメ車を転がしてるのなんて、一人しかいないわよねん。……あのマシンは、ポンティアック・ファイヤーバード・トランザム。トランザムっていうのはファイヤーバードの最上級グレードね。あれはその2代目、1977年式の『イーグルマスク』ってフェイスよ。ドライバーはもちろん、クラウンピース」
「やっ──ぱりかよ!くっそ!しょっぱなからキツいバトルだぜ!」
その方が張り合いあるでしょ?──ヘカーティアの戯けた問いに、私はアクセルを踏むことで応じる。
アザーカーを躱したあとの再加速──レスポンスはこちらの方が上なはずなのに、あいつらにわずかに離される。
てことは、マシンで勝って腕で負けてるってことかよ!
911とトランザムが並走しながら飛び出す隙をうかがう──それを追走する私の33R。
焦るな私、まだ横浜に入ったばかりだ──ほら、標識に目を配る余裕まででてきた──自分にそう言い聞かせた瞬間、911がトランザムの前に出る。
トランザムはスリップストリームが効く位置まで距離を詰める──図らず、三車線中央に911、トランザム、私が縦列する形だ。
勝利を求めるなら、トランザムの直後でスリップストリームを効かせ、左右どちらかに飛び出してフル加速──それがセオリーだ。
だが、それでいいのか?
昔の私ならそうしていた──でも、33Rのダルなハンドリングが警告してる──
私は半車身右へ、ステアリングを数ミリ切って様子を見ようとした──その時──
「──ッ!門番が『仕掛け』た!」
911が左へ、直後トランザムが右へ──中央車線にアザーカーだ!
私はトランザムに続いて右へ──
中央車線、アザーカーの先はクリアだ。
911は中央を躱した直後、左のアザーカーを躱すラインを取った──中央車線に戻ってはくるが、縫うようなラインはロスだろう。
対しトランザムは踏み抜いていく──加速は十分だが、私のRの方が速い。
一応美鈴が入るスペースを確保して──ステアリングを左へ入れようとする。
SAとZは、それぞれ左と右──中央車線前方はクリアだ──
そのままアクセルをON──やや無茶な体勢からでもトラクションをかけていけるのはRの強みだ。
「ぐっ──」
このRB26は、ここからでもまだ伸びるのか?──どのくらい、伸びるんだ?──そう思った刹那、私はリアタイヤが気にかかった。
いまは、これ以上踏めない──私はゆっくりアクセルを抜く──引き離したはずの911とトランザムが、中央車線にためらった私を左からぶち抜く。
そのまま息を合わせたように縦列飛行へ──今度はトランザムが前だ──数秒もしないうちに、四台は赤い光点となって消えていく。
そのまま景色が白黒になり──他のマシンはすべて消えてしまった。
「──っ、はあっ……」
ずっと息を止めていたらしい。
私は深呼吸しながら、Rを巡航速度へ──
「汗。目に入ったら命取りよん」
ヘカーティアのその言葉で、私は額に当たる布の感触に気づく。
汗が目に入らないよう、ハンカチを当ててくれていたらしい。
「サンキュ、ヘカーティア。ちょっとエアコンつけるぜ」
「どうぞ。ハードチューンでもエアコンがあるって、いい時代よねえ」
ヘカーティアの呑気な声を聞きながら、私はエアコンのスイッチを入れる。
「……ねえ、魔理沙。あのときどうしてアクセル抜いたの?あのまま踏み続けたら四台ごぼう抜きに出来てたと思うけど。……怖くなった?」
「そうだな……怖い気持ちもあったけどさ、それ以上にリアタイヤが気にかかったんだよ。なんていうのかな……これ以上踏んだらリアが『滑る』気がしてさ」
「ふう……ん?ふんふん……魔理沙、あなた32Rが一台目だっけ?」
うん?
私そんな大したこと言っただろうか?
むしろ、アテーサが介入するRなら*1あの状況はアクセルをONにすべき──R乗りとして失格な走りだったと反省してるくらいなんだが……
「いや、その前はS13だ。クルマを手配してるレミリア──美鈴の今の主人だな──に、R乗る前にこいつで走りこめって言われてさ。ドリ車上がりでまっすぐ走らねえやつだったけど、いいマシンだったよ」
「なるほどねえ……なかなか策士ね、今のスカーレット家の当主は。噂通りといえば噂通りかしら」
噂?
なんのこっちゃ私にはわからんが、ヘカーティアはどうやらレミリアのことを知っているらしい。
「ヘカーティア、お前レミリアのこと知ってんのか?」
「んー……スカーレット家の当主、って意味では知ってるかしらね。人外たちの中じゃ、あの子わりと有名人よ?……とまあ、それはおいといて」
……なんだよ、そのジェスチャーは。
ヘカーティアは「おいといて」のところで、右から左に箱を動かすような手振りをする。
「レミリアちゃん、あなたのことをしっかり『R乗り』として育てるつもりだったみたいね。……先に言っておくと、その理由でアクセルを抜いたのは正解よん。あなたにはとても鋭いFR乗りの感覚が備わってるってことだから」
「FR乗りの感覚?リアが滑りそう、って思ったことか?」
「そうよん。釈迦に説法とは思うけど、スカイラインGT-Rって基本思想はFRなのよ。同じ四駆でもエボやインプとは違って、前輪の介入は後輪の状態しだい。だから、いうなればあなたが『滑りそう』って思うところからがRの真髄──さらにアクセルをONにすべきところなの」
スリップを感じとったところから──ってことは……
「シルビアで『やべっ』って思うようなところで、さらにアクセルをONってことか?」
「ピンポーン、その通りよん。雑に言えば、だけどね。FRの基本がよくできていると、アテーサを『使いこなす』ことができるわ。ただアテーサに助けられるだけでなく、自分からアテーサを引き出していけるの。特にシステムがまだ成熟してない32Rに乗るのなら、その感覚は特に大事になるわね」
「なるほどなあ……R乗りとしてはまだこれからだけど、きちんと入口には立ってるってわかっただけ上出来かな。……ちなみに、次の行き先はどこなんだ?」
「そうね……青山ゼロヨン、東名レースときたら、あとはもうひとつしかないでしょう?このまままっすぐ──用賀料金所は通過するわよん」
次のエピソード──ということは、いよいよ首都高か。
いまが1983年……32Rのデビューはその6年後。
2J・RB──湾岸最高速の時代が近づいてくる。
私の32R──お前の過去がどうあれ、いまは私のGT-Rだ。
私はお前との未来を決めるために、次の夜に進むんじゃない──お前との未来を歩むために、私は次の夜へアクセルを踏むんだ──