いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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1983年、東名レース

海老名PAから爆音とともにマシンが飛び出す。

先頭はSA22C、そしてS30Z──ともに紅龍レーシングのマシンだ。

その直後にはライトニング・イエローのポルシェ・911と──あれはアメ車か?──ミッドナイトパープルのアメ車が続いている。

すこし遅れてスーパーシビック、ミラージュ、ソアラ……まるで走る博物館だ。

 

路肩にもジャンルは様々だが、それらしいクルマが並んでいて──こいつら正気か?

ギャラリーとして集まったらしい連中が、クルマから降りて手を振っている。

エキサイトしすぎた奴なんて、道路を渡って中央分離帯に立ってる始末。

こいつら、ここが「東名高速」って理解してんのか?

 

「ほらほら、おいていかれるわよ!踏んで踏んで!」

 

目の前の「非常識」すぎる光景に、思わずアクセルを緩めてしまっていたようだ。

ヘカーティアの声で私は我に返る。

 

PAからの合流ポイントで一台のマシンと並ぶ。

あれはスカイライン──「ジャパン」だ。

フル加速で合流したジャパンはそのまま、アクセルを緩めていた私をぶち抜いていく。

 

「……『先輩』に喝入れられて、ケツまくるわけにはいかないよな。──いくぜ、ヘカーティア!しっかり踏ん張れよ!」

 

私はふたたびアクセルを開けていく。

焦るな、確実に──Rを「開いて」いくんだ──

 

前に一般車(アザーカー)が一台──ジャパンは左へ、私は右へ──

タービンのかすかな呼吸がきこえる──

 

今だ!──そう思ったときには、ジャパンもアザーカーも消し飛んでいた。

 

一瞬遅れて、自分の身体がシートに張り付けられているのだと理解する。

言葉にならない加速──今何キロ出てんだ?──そんな疑問が頭をよぎるけれど、スピードメーターを見る余裕もない。

 

アザーカー、街灯、標識──あらゆるものが一挙に迫りくる──と思った次の瞬間には、すべてがスローモーションになる──

 

「──りさ!魔理沙!……霧雨魔理沙!レブ当たってるわよ!」

 

ヘカーティアの言葉にはっとする。

慌ててクラッチを切り、シフトアップ──軽量フライホイールに蹴り出されていくタコメーター──だけど、視界はクリアだ。

 

右へ、左へ──私はアクセルをすこしずつ開きながら、アザーカーを躱していく──最初の加速からここまで、わずか十秒足らず──だけど、ライトニング・イエローとミッドナイトパープルの機影は射程圏内、その一歩手前だ。

 

バックミラーを見る限り、追ってくるマシンはない──てことは、あのSAとS30Z、それに911とアメ車が飛び抜けて速いってことだ。

 

すぐに追いついたとはいえ、この先頭集団の平均スピードはおよそ200km/h──私の腕がまだまだとはいえ、600馬力の第二世代Rと「この時代に」タメを張るのか──

 

ライトニング・イエローの911はカラーリングからして美鈴だろう。

SAとZは紅龍レーシング……となると、あのミッドナイトパープルのアメ車は誰だ?

この時代の美鈴とタメを張るアメ車、ミッドナイトパープル──ドライバーは、まさか──

 

「ヘカーティア、あのアメ車のドライバーって──」

 

「あら、いま頃気づいたの?こんな時代にあんな色のアメ車を転がしてるのなんて、一人しかいないわよねん。……あのマシンは、ポンティアック・ファイヤーバード・トランザム。トランザムっていうのはファイヤーバードの最上級グレードね。あれはその2代目、1977年式の『イーグルマスク』ってフェイスよ。ドライバーはもちろん、クラウンピース」

 

「やっ──ぱりかよ!くっそ!しょっぱなからキツいバトルだぜ!」

 

その方が張り合いあるでしょ?──ヘカーティアの戯けた問いに、私はアクセルを踏むことで応じる。

アザーカーを躱したあとの再加速──レスポンスはこちらの方が上なはずなのに、あいつらにわずかに離される。

てことは、マシンで勝って腕で負けてるってことかよ!

 

911とトランザムが並走しながら飛び出す隙をうかがう──それを追走する私の33R。

焦るな私、まだ横浜に入ったばかりだ──ほら、標識に目を配る余裕まででてきた──自分にそう言い聞かせた瞬間、911がトランザムの前に出る。

 

トランザムはスリップストリームが効く位置まで距離を詰める──図らず、三車線中央に911、トランザム、私が縦列する形だ。

 

勝利を求めるなら、トランザムの直後でスリップストリームを効かせ、左右どちらかに飛び出してフル加速──それがセオリーだ。

だが、それでいいのか?

昔の私ならそうしていた──でも、33Rのダルなハンドリングが警告してる──

 

私は半車身右へ、ステアリングを数ミリ切って様子を見ようとした──その時──

 

「──ッ!門番が『仕掛け』た!」

 

911が左へ、直後トランザムが右へ──中央車線にアザーカーだ!

 

私はトランザムに続いて右へ──

中央車線、アザーカーの先はクリアだ。

 

911は中央を躱した直後、左のアザーカーを躱すラインを取った──中央車線に戻ってはくるが、縫うようなラインはロスだろう。

対しトランザムは踏み抜いていく──加速は十分だが、私のRの方が速い。

 

一応美鈴が入るスペースを確保して──ステアリングを左へ入れようとする。

SAとZは、それぞれ左と右──中央車線前方はクリアだ──

そのままアクセルをON──やや無茶な体勢からでもトラクションをかけていけるのはRの強みだ。

 

「ぐっ──」

 

このRB26は、ここからでもまだ伸びるのか?──どのくらい、伸びるんだ?──そう思った刹那、私はリアタイヤが気にかかった。

 

いまは、これ以上踏めない──私はゆっくりアクセルを抜く──引き離したはずの911とトランザムが、中央車線にためらった私を左からぶち抜く。

そのまま息を合わせたように縦列飛行へ──今度はトランザムが前だ──数秒もしないうちに、四台は赤い光点となって消えていく。

 

そのまま景色が白黒になり──他のマシンはすべて消えてしまった。

 

「──っ、はあっ……」

 

ずっと息を止めていたらしい。

私は深呼吸しながら、Rを巡航速度へ──

 

「汗。目に入ったら命取りよん」

 

ヘカーティアのその言葉で、私は額に当たる布の感触に気づく。

汗が目に入らないよう、ハンカチを当ててくれていたらしい。

 

「サンキュ、ヘカーティア。ちょっとエアコンつけるぜ」

 

「どうぞ。ハードチューンでもエアコンがあるって、いい時代よねえ」

 

ヘカーティアの呑気な声を聞きながら、私はエアコンのスイッチを入れる。

 

「……ねえ、魔理沙。あのときどうしてアクセル抜いたの?あのまま踏み続けたら四台ごぼう抜きに出来てたと思うけど。……怖くなった?」

 

「そうだな……怖い気持ちもあったけどさ、それ以上にリアタイヤが気にかかったんだよ。なんていうのかな……これ以上踏んだらリアが『滑る』気がしてさ」

 

「ふう……ん?ふんふん……魔理沙、あなた32Rが一台目だっけ?」

 

うん?

私そんな大したこと言っただろうか?

むしろ、アテーサが介入するRなら*1あの状況はアクセルをONにすべき──R乗りとして失格な走りだったと反省してるくらいなんだが……

 

「いや、その前はS13だ。クルマを手配してるレミリア──美鈴の今の主人だな──に、R乗る前にこいつで走りこめって言われてさ。ドリ車上がりでまっすぐ走らねえやつだったけど、いいマシンだったよ」

 

「なるほどねえ……なかなか策士ね、今のスカーレット家の当主は。噂通りといえば噂通りかしら」

 

噂?

なんのこっちゃ私にはわからんが、ヘカーティアはどうやらレミリアのことを知っているらしい。

 

「ヘカーティア、お前レミリアのこと知ってんのか?」

 

「んー……スカーレット家の当主、って意味では知ってるかしらね。人外たちの中じゃ、あの子わりと有名人よ?……とまあ、それはおいといて」

 

……なんだよ、そのジェスチャーは。

ヘカーティアは「おいといて」のところで、右から左に箱を動かすような手振りをする。

 

「レミリアちゃん、あなたのことをしっかり『R乗り』として育てるつもりだったみたいね。……先に言っておくと、その理由でアクセルを抜いたのは正解よん。あなたにはとても鋭いFR乗りの感覚が備わってるってことだから」

 

「FR乗りの感覚?リアが滑りそう、って思ったことか?」

 

「そうよん。釈迦に説法とは思うけど、スカイラインGT-Rって基本思想はFRなのよ。同じ四駆でもエボやインプとは違って、前輪の介入は後輪の状態しだい。だから、いうなればあなたが『滑りそう』って思うところからがRの真髄──さらにアクセルをONにすべきところなの」

 

スリップを感じとったところから──ってことは……

 

「シルビアで『やべっ』って思うようなところで、さらにアクセルをONってことか?」

 

「ピンポーン、その通りよん。雑に言えば、だけどね。FRの基本がよくできていると、アテーサを『使いこなす』ことができるわ。ただアテーサに助けられるだけでなく、自分からアテーサを引き出していけるの。特にシステムがまだ成熟してない32Rに乗るのなら、その感覚は特に大事になるわね」

 

「なるほどなあ……R乗りとしてはまだこれからだけど、きちんと入口には立ってるってわかっただけ上出来かな。……ちなみに、次の行き先はどこなんだ?」

 

「そうね……青山ゼロヨン、東名レースときたら、あとはもうひとつしかないでしょう?このまままっすぐ──用賀料金所は通過するわよん」

 

次のエピソード──ということは、いよいよ首都高か。

いまが1983年……32Rのデビューはその6年後。

 

2J・RB──湾岸最高速の時代が近づいてくる。

私の32R──お前の過去がどうあれ、いまは私のGT-Rだ。

私はお前との未来を決めるために、次の夜に進むんじゃない──お前との未来を歩むために、私は次の夜へアクセルを踏むんだ──

*1
アテーサE-TSは後輪のスリップ量(それに加え車速と横G)に応じて前輪のトルク配分を決める。雑に言えば、FRなら踏ん張るのに精一杯でも「Rなら踏めば前に進む」。

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