博麗神社と人里を結ぶ獣道──それとは別にもうひとつ、最近になって整備された道がある。
その名は博麗坂。
山肌を幅いっぱいに削り取って整備された自動車専用道路。
手始めに750mを超えるストレートが、人里に向かって下りはじめたドライバーを歓迎。
急勾配のストレートをカタパルトにして撃ち出されたドライバー──そのどんつきにはタイトなヘアピンが待ち構え、ヘアピン出口からは高速複合コーナーが連続して揺り返す。
コーナー区間を抜ければ再び長すぎるストレート──例外はあるものの、基本的にこの流れをこれでもかと繰り返しながら、博麗坂を走るドライバーは麓へ向かうこととなる。
博麗坂の舗装は整っているものの、路面は終始大きなうねりをみせる──視覚でとらえたコーナーの曲率はあてにできず、起伏が上りのピークをむかえるポイントにブラインドコーナーの起点が設定されていることはざら。
出口の見えないだらだらとした高速コーナーの繰り返しは、細かい低速S字よりもドライバーの神経を削る。
スピードを落とせば容易いが、そうするとタイムを削れない。
かといって、進入速度を間違えれば人里へ真っ逆さま──コーナー入口でタイム短縮を誘惑し、出口ではじめてスピードの間違いを宣告する悪魔──博麗坂は走る者のジレンマを試す。
博麗坂──午前三時十五分
ここを全開で下る一台の紅白ワンダー。
冷めた目でステアリングを握るドライバーの名は博麗霊夢。
この博麗坂のほとんど全区間で、博麗霊夢はB18Cを高回転域に放り込む──圧倒的な
博麗霊夢のドライビングスタイルはかなり特徴的だ。
右手だけでステアリングを握り、タックインと
左手は常時シフトノブに置かれている──左手の置き場を考えるのが面倒だから、本人としてはそれ以上の意味はない。
発進からの加速を除けば、博麗坂の下りであれば、霊夢は4速と5速しか必要としない。
紅白巫女の頭にあるのはこの理解──コーナー区間は4速、ストレートで5速、またコーナーで4速──
博麗坂で一番タイトなヘアピンは、大抵の走り屋が2速、マシン次第では1速でクリアする。
霊夢と並んで比較される下り屋の十六夜咲夜ですら、FCで3速が限度。
博麗坂のタイムアタックで咲夜が2位の記録を持っているのは、ストレートでコーナーのロスをリカバーしているから──それでも霊夢のレコードから5秒落ちることになる。
霊夢が4速と5速しか使わない理由は至極単純──「面倒臭い」からだ。
クラッチを切り、回転数を合わせ変速し、再びクラッチを繋ぐ──今代の博麗の巫女は、この手間ですら面倒臭いと思う。
ゆえに霊夢はハイスピードでコーナーに突っ込む。
速く走りたい気持ちもある──しかし、それ以上に「面倒臭い」と思う思考とそれを支える才能が、この巫女のイカれた突っ込みを実現した。
もっとも、博麗霊夢が右手だけでステアリングを握るのには地理的な事情がある──ステアリングとシフトノブの間で左手を往復させるのが面倒臭い、その気持ちも否定しないが。
博麗坂は、幻想郷に整備された道路のなかでも、数少ない有料道路だ。
夜間のみ通行料が課され、誰かが走り始めると進行方向に応じ、上りもしくは下りの一方通行となる。
アクシデント対処を除き、夜間の博麗坂は同時に二台以上の通行は不可。
純粋なタイムアタック専用コース。
博麗坂が夜間有料なのは、そのコースの難度に理由がある──しかし、それだけではない。
博麗神社周辺には低級妖怪がぽつぽつ出没する──そしてそれは博麗坂も同様なのだ。
タイムアタック中に飛び出した妖怪を処理できる力量がなければ、タイムを知るより先に命がゴールを迎えてしまう。
霊夢がワンハンドステアを身につけたのは、妖怪を退治しながら走るため。
そして、博麗坂のアタッカーが「それなりに強く」悪意ある妖怪と遭遇した際レスキューするためである。
走りながらお祓い棒や札を使うとき、霊夢は片手だけで運転しなくてはならない。
ワンダーのドアの「鉄パイプ用ホルスター」が有効活用されている理由はこうした事情にある。
左手でステアリングを握り、右手にはお祓い棒、シフト操作は最小限──巫女仕事が霊夢の特徴的なドライビングスタイルを確立した。
もっとも、常時ワンハンドステアである必要はなく、それはただ「面倒臭いから」なのであるが。
ワンハンドステアでつくった最小限の舵角に最大限のスピードをのせ、博麗霊夢は今夜も博麗坂を駆け下りる──重力の自由落下よりも速く──
「スピード?落とさなければいいのよ」
事も無げにそう語る霊夢の走りは、博麗坂と阪神環状の事情にマッチングしたものと言えよう。
妖怪とアザーカー、そしてパトカー──博麗のヤクザワンダーを止められる存在はいない。