いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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ここから第五部に入ります。
ゆるりお付き合いください。


第五部
虚像


深夜の電話は不吉の知らせ。

 

ここ数年、そう思うことが本当に増えた。

多いときは毎週のように、私はレッカーを出動させている。

 

デモカーよりも積車の方が、メーターを伸ばしているのは皮肉なことだ。

金回りは以前よりもいいが、チューナーとしてそれでいいのかと思わないわけではない。

 

チューナーが実戦を知らない時代になって久しい。

客は200万で買ったクルマに数百万、あるいは新車のポルシェと同等の改造費を注ぎ込む。

そうしてつくった客車をデモカー(づら)で雑誌に載せる。

 

トリプルプレートの扱いも知らないチューナーが、整備書の理屈でエンジンを組む。

「ウチはマジですよ、谷田部200マイル、ツクバ1分切りイノチなんで」なんて言いながら。

 

「とことん実戦派の紅龍、しかしオーナーは親しみやすい」

「ブーストアップ程度でも嫌な顔はしない。もちろんエンジンまで手を入れるハードチューンもOK」

「記録も出すが、あくまで首都高にこだわるストリートチューン──本気で戦える武闘派ショップ」

 

……雑誌の編集者とともに作り上げてきたイメージ、その虚像に私はもうウンザリしている。

 

「親しみやすいオーナー」?

当たり前だ。

若くて綺麗で優しそうな女──あとは愛想よくさえしていれば、こんな油臭い世界の男は簡単に金を落とすから。

 

「ブーストアップでも嫌な顔はしない」?

当たり前だ。

マフラーとエアクリを換えて、自社のフルコン*1を組みこんで──ハイ、お客さん400馬力、って。

 

エアロだって充実──特にFD3Sはボロい商売だ。

図面引くのはタダ、デザイン重視だから風洞試験はナシ。

原価5万のフルエアロキットを50万で売る。

いまの客はエキゾーストに車高調、エアロ。

 

ホント速そうなマシンですよね、このウイングとかもォ300km/hビシッとダウンフォース効きそうで──バァカ、そのウイング横羽で200km/h出したら引きちぎれたよ……なんて言わない。

リミッターカットしてないクルマなら、そのエアロでもバラバラにならないから……

 

客が一人死んだら、明日には二人増える。

死ぬのはそいつがヘタクソだから──逆に言えばそのくらい速い、って。

紅龍チューンは安いのに死ぬほど速い、って。

違うんだよ、こんなの「死ぬほど遅い」──こんなのはチューニングじゃない。

本気で踏めないから、本気でチューンドに向き合わないから、くだらない理由(公道)でいのちを落とす。

まァ、そんな気持ちなら何が理由でも「くだらない死に方」なんだけど。

 

商売としてはあまりにボロすぎる。

速くて乗りやすくて壊れない400馬力──客が欲しがってるのなんて結局ソレ。

「俺のクルマ速いよ」なんてうそぶいて、湾岸あたりのオールクリアでちょちょいとアクセル踏んで「スゴォい、200キロ出てるぅ」なんてパーな女に言わせて鼻の下を伸ばすためのチューニング。

大人しくアルミホイール噛ませたノーマルのプレリュードあたり乗ってろって、私は思う。

 

「本気で戦える武闘派」

本気……本気って、なに?

毎週のように起こる事故、事故、事故。

深夜の首都高はいつもどこかで事故渋滞。

そんな時代に、大御所となったショップなら武闘派?

危険な時代は本気の時代?

 

違うだろう──本気の客もたしかにいるけど、青山ゼロヨンや東名レースの時代に比べたら、とてもとても。

 

どこまでも本気になれるクルマだ。

でも、ただスピードを出して喜ぶばかり、何もわかってないダサい客が増えたのも、「あのクルマ」が出てきてから……

お前が速いんじゃない、クルマが速いだけ──そう思いながら、私はいつものようにいつもの仕様で作り上げる。

 

ハイ、お客さん400馬力。

ホント速いよ、びっくりするぐらい踏めちゃうよ。

バシッと安定してるからさ。

これで女の子乗せて湾岸クルーズしたら、もう彼女ウットリよ。

──って。

 

はじめて乗ったとき、はじめてエンジンをバラしたとき──あの高揚感は、もはや私の中にはない。

 

R32型スカイラインGT-R──チューニングを知ってから、夢にまでみた理想の体現。

こんなチューニングベースがほしかった──ほしかったはずなのに。

GT-Rは、私のチューナーとしての熱をすべて、奪い去ってしまった。

 

私もまた、Rで「いのち」を落とした者の一人なのかもしれない。

 

 

──紅美鈴の日誌より引用。

 

 

 

─────

 

 

 

用賀より3号渋谷線を経由、谷町JCTからC1内回り入り──

 

C1周回ももう3周目に突入していた。

ヘカーティアの解説はわかりやすく、おかげでC1の概観は3周目にして十分つかめつつある。

 

「どう?魔理沙。首都高は」

 

「そうだな……思ってたより狭い、ってのが一番の感想かな。それに、レイアウト以上に路面の()ぎ目が跳ねてしかたないぜ」

 

芝公園のコーナーを抜けて、浜崎橋JCT──下り勾配がついた左のブラインドコーナー。

Rのキツさも相まって、最適なライン取りが難しい。

コーナーの途中に一般車がいたらドカン!──一巻の終わりだ。

 

どこに一般車がいてもかわせるスピードで──ノーズを早めに入れて、低めに抑えたスピードは立ち上がりで稼ぐ。

 

クラウンピースの33Rは中回転域のツキがいい。

それに、C1に入って気づいたのだが──ブーストにターボラグとは違う「谷」がある。

これは意図的なものなのか?

 

「なあ、ヘカーティア。この33R、ブーストの効き方に『タメ』がないか?ほんの一瞬以下──中回転域でブーストを薄めにかけたとき、『ターボ』ってより『大排気量NA』みたいなフィールになる『谷』がある気がするんだ」

 

「あら、もう気づいたの?あなたガサツに見えて、結構繊細な感性してるのね。……そう、その通り。実はこの33R、ツインターボ仕様なのよねん。クラウンピースのお手本はあくまでアメ車──大排気量NAの大馬力大トルクだから。下*2を切り捨てて上まで回し、ビッグシングルでパワーを絞り出すってのは好みじゃないのよ。それに、公道では扱いにくいしね」

 

ツインターボ仕様か。

私はビッグシングルは乗ったことがないが、たしかあれだと下がスカスカになるはずだ。

 

汐留S字から銀座シケインへ──橋脚に怯むことなく、このRなら踏んでいける。

いつ、どこからパワーが出るのかが掴みやすいからだ。

 

イメージしてたよりC1は狭いが、全然クルマが大きく感じない。

私が乗ったことあるクルマの中じゃ33Rはかなり大柄な部類に入るが、手の内にきちんと入る感覚──おそらくノーマルのRだとこうはいかないだろう。

 

コンパクトと言われる32Rですら、C1のレイアウトからすればデカすぎる。

600馬力も出ているのに、エンジンの仕上がりひとつでクルマが小さく感じる──これがプロのチューンド──

 

銀座シケインを抜けて宝町ストレート──レイアウトも頭に入ったし、踏んでいくか──そう思ったとき、純狐のディアブロがハザードを出しているのが見えてきた。

 

C1に入ってから先行していた純狐。

二周目に入る頃には一般車に紛れて見えなくなっていたが、スローダウンしていたらしい。

ハザードってことは故障か?

 

私が横につけると、ディアブロの前を走るマシンを指差してパッシングする──「ちょっとやってみろ」ということらしい。

マシンはシルバーのフェアレディZ……Z31だ。

知り合いとかだろうか?

 

「いいか?ヘカーティア。どうも『やれ』ってことらしいが」

 

「宝町から乗ってきたらしいシルバーのZ31……ああ、なるほどね。いいんじゃないかしら。やってみなさいな。このRの真価はクルージングなんかじゃ見えてこないし、ね」

 

ヘカーティアの言葉を受け、私は意識をバトルモードに切り替える。

江戸橋の分岐の行き先次第でテンションは変わるが……オーケイ、C1なら望むところだぜ。

 

先輩、ちょっとバトルってやつを教えてくれよな──深呼吸して、ギアを2速へ。

息を吐きながらRとの呼吸を合わせていく──江戸橋のコーナーを抜けながら息をもう一度吸いこみ──

 

Z31の車体が震えるのに合わせ、私は一気にアクセルを踏みこんだ。

 

C1内回り──バトル開始──

*1
フルコンピュータ。エンジンの点火タイミングなどを制御するコンピュータ。ここでは純正を外し社外のものに置き換えている。

*2
低回転域。

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