ゆるりお付き合いください。
虚像
深夜の電話は不吉の知らせ。
ここ数年、そう思うことが本当に増えた。
多いときは毎週のように、私はレッカーを出動させている。
デモカーよりも積車の方が、メーターを伸ばしているのは皮肉なことだ。
金回りは以前よりもいいが、チューナーとしてそれでいいのかと思わないわけではない。
チューナーが実戦を知らない時代になって久しい。
客は200万で買ったクルマに数百万、あるいは新車のポルシェと同等の改造費を注ぎ込む。
そうしてつくった客車をデモカー
トリプルプレートの扱いも知らないチューナーが、整備書の理屈でエンジンを組む。
「ウチはマジですよ、谷田部200マイル、ツクバ1分切りイノチなんで」なんて言いながら。
「とことん実戦派の紅龍、しかしオーナーは親しみやすい」
「ブーストアップ程度でも嫌な顔はしない。もちろんエンジンまで手を入れるハードチューンもOK」
「記録も出すが、あくまで首都高にこだわるストリートチューン──本気で戦える武闘派ショップ」
……雑誌の編集者とともに作り上げてきたイメージ、その虚像に私はもうウンザリしている。
「親しみやすいオーナー」?
当たり前だ。
若くて綺麗で優しそうな女──あとは愛想よくさえしていれば、こんな油臭い世界の男は簡単に金を落とすから。
「ブーストアップでも嫌な顔はしない」?
当たり前だ。
マフラーとエアクリを換えて、自社のフルコン*1を組みこんで──ハイ、お客さん400馬力、って。
エアロだって充実──特にFD3Sはボロい商売だ。
図面引くのはタダ、デザイン重視だから風洞試験はナシ。
原価5万のフルエアロキットを50万で売る。
いまの客はエキゾーストに車高調、エアロ。
ホント速そうなマシンですよね、このウイングとかもォ300km/hビシッとダウンフォース効きそうで──バァカ、そのウイング横羽で200km/h出したら引きちぎれたよ……なんて言わない。
リミッターカットしてないクルマなら、そのエアロでもバラバラにならないから……
客が一人死んだら、明日には二人増える。
死ぬのはそいつがヘタクソだから──逆に言えばそのくらい速い、って。
紅龍チューンは安いのに死ぬほど速い、って。
違うんだよ、こんなの「死ぬほど遅い」──こんなのはチューニングじゃない。
本気で踏めないから、本気でチューンドに向き合わないから、
まァ、そんな気持ちなら何が理由でも「くだらない死に方」なんだけど。
商売としてはあまりにボロすぎる。
速くて乗りやすくて壊れない400馬力──客が欲しがってるのなんて結局ソレ。
「俺のクルマ速いよ」なんてうそぶいて、湾岸あたりのオールクリアでちょちょいとアクセル踏んで「スゴォい、200キロ出てるぅ」なんてパーな女に言わせて鼻の下を伸ばすためのチューニング。
大人しくアルミホイール噛ませたノーマルのプレリュードあたり乗ってろって、私は思う。
「本気で戦える武闘派」
本気……本気って、なに?
毎週のように起こる事故、事故、事故。
深夜の首都高はいつもどこかで事故渋滞。
そんな時代に、大御所となったショップなら武闘派?
危険な時代は本気の時代?
違うだろう──本気の客もたしかにいるけど、青山ゼロヨンや東名レースの時代に比べたら、とてもとても。
どこまでも本気になれるクルマだ。
でも、ただスピードを出して喜ぶばかり、何もわかってないダサい客が増えたのも、「あのクルマ」が出てきてから……
お前が速いんじゃない、クルマが速いだけ──そう思いながら、私はいつものようにいつもの仕様で作り上げる。
ハイ、お客さん400馬力。
ホント速いよ、びっくりするぐらい踏めちゃうよ。
バシッと安定してるからさ。
これで女の子乗せて湾岸クルーズしたら、もう彼女ウットリよ。
──って。
はじめて乗ったとき、はじめてエンジンをバラしたとき──あの高揚感は、もはや私の中にはない。
R32型スカイラインGT-R──チューニングを知ってから、夢にまでみた理想の体現。
こんなチューニングベースがほしかった──ほしかったはずなのに。
GT-Rは、私のチューナーとしての熱をすべて、奪い去ってしまった。
私もまた、Rで「いのち」を落とした者の一人なのかもしれない。
──紅美鈴の日誌より引用。
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用賀より3号渋谷線を経由、谷町JCTからC1内回り入り──
C1周回ももう3周目に突入していた。
ヘカーティアの解説はわかりやすく、おかげでC1の概観は3周目にして十分つかめつつある。
「どう?魔理沙。首都高は」
「そうだな……思ってたより狭い、ってのが一番の感想かな。それに、レイアウト以上に路面の
芝公園のコーナーを抜けて、浜崎橋JCT──下り勾配がついた左のブラインドコーナー。
Rのキツさも相まって、最適なライン取りが難しい。
コーナーの途中に一般車がいたらドカン!──一巻の終わりだ。
どこに一般車がいてもかわせるスピードで──ノーズを早めに入れて、低めに抑えたスピードは立ち上がりで稼ぐ。
クラウンピースの33Rは中回転域のツキがいい。
それに、C1に入って気づいたのだが──ブーストにターボラグとは違う「谷」がある。
これは意図的なものなのか?
「なあ、ヘカーティア。この33R、ブーストの効き方に『タメ』がないか?ほんの一瞬以下──中回転域でブーストを薄めにかけたとき、『ターボ』ってより『大排気量NA』みたいなフィールになる『谷』がある気がするんだ」
「あら、もう気づいたの?あなたガサツに見えて、結構繊細な感性してるのね。……そう、その通り。実はこの33R、ツインターボ仕様なのよねん。クラウンピースのお手本はあくまでアメ車──大排気量NAの大馬力大トルクだから。下*2を切り捨てて上まで回し、ビッグシングルでパワーを絞り出すってのは好みじゃないのよ。それに、公道では扱いにくいしね」
ツインターボ仕様か。
私はビッグシングルは乗ったことがないが、たしかあれだと下がスカスカになるはずだ。
汐留S字から銀座シケインへ──橋脚に怯むことなく、このRなら踏んでいける。
いつ、どこからパワーが出るのかが掴みやすいからだ。
イメージしてたよりC1は狭いが、全然クルマが大きく感じない。
私が乗ったことあるクルマの中じゃ33Rはかなり大柄な部類に入るが、手の内にきちんと入る感覚──おそらくノーマルのRだとこうはいかないだろう。
コンパクトと言われる32Rですら、C1のレイアウトからすればデカすぎる。
600馬力も出ているのに、エンジンの仕上がりひとつでクルマが小さく感じる──これがプロのチューンド──
銀座シケインを抜けて宝町ストレート──レイアウトも頭に入ったし、踏んでいくか──そう思ったとき、純狐のディアブロがハザードを出しているのが見えてきた。
C1に入ってから先行していた純狐。
二周目に入る頃には一般車に紛れて見えなくなっていたが、スローダウンしていたらしい。
ハザードってことは故障か?
私が横につけると、ディアブロの前を走るマシンを指差してパッシングする──「ちょっとやってみろ」ということらしい。
マシンはシルバーのフェアレディZ……Z31だ。
知り合いとかだろうか?
「いいか?ヘカーティア。どうも『やれ』ってことらしいが」
「宝町から乗ってきたらしいシルバーのZ31……ああ、なるほどね。いいんじゃないかしら。やってみなさいな。このRの真価はクルージングなんかじゃ見えてこないし、ね」
ヘカーティアの言葉を受け、私は意識をバトルモードに切り替える。
江戸橋の分岐の行き先次第でテンションは変わるが……オーケイ、C1なら望むところだぜ。
先輩、ちょっとバトルってやつを教えてくれよな──深呼吸して、ギアを2速へ。
息を吐きながらRとの呼吸を合わせていく──江戸橋のコーナーを抜けながら息をもう一度吸いこみ──
Z31の車体が震えるのに合わせ、私は一気にアクセルを踏みこんだ。
C1内回り──バトル開始──