いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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Very Good

いいメカニックだった。

 

クルマが好きで好きで、寝ても覚めてもクルマクルマ……

はやくクルマが欲しくてバイト三昧。

そして工業高校を退学(クビ)になり、17歳、身ひとつで上京。

 

雑誌で読んで、それからずっと憧れてたんです。紅龍レーシングに憧れてたんです──そう言って彼はウチに転がりこんだ。

 

せいぜい50ccのエンジンくらいしか触ったことのない子だったけど、若さと素直さでみるみるうちに技術を身につけ一人前になった。

 

彼が免許を取った祝いに、私は一台のクルマをプレゼントした。

シルバーのZ31型フェアレディZ。

プレゼントといったって、ボディのマトモな車体を解体屋から譲ってもらって、倉庫にあったVG30を組み直して積んだだけ……

 

でも、彼はそんなZをまるで国宝かのように扱った。

 

「美鈴さん、俺が31のZが一番好きって覚えててくれたんですね。……俺、こいつ一生乗りますよ。お客さんはみんなGT-Rだし、たしかにいまならRB26が一番なんでしょうけど……俺、VGで速くなりますよ。だってVGって、"Very Good"って意味*1なんでしょ?そんなの最高じゃないですか──」

 

それから彼は、仕事が終われば朝まで、休日は一日中、Z31と過ごしていた。

あるときは整備を、あるときはチューニングを……そして組み上がれば首都高へ。

 

もともとVGは高回転が得意なエンジンではない。

しかし、彼の組んだVG30は8000回転を綺麗に回した。

ツインターボ500馬力仕様Z31。

これからさらにレブを引き上げ、ビッグシングル600馬力……そして最終的には800馬力を狙おうとしていた。

 

C1ならRもカモる腕になった彼は、本気でZ31が"Very Good"なクルマと証明するため、湾岸に射程を合わせつつあった……

 

 

──紅美鈴の日誌より引用。

 

 

 

─────

 

 

 

「くっそ、じりじり離される!Z31ってあんなに速いクルマなのか?」

 

江戸橋JCTから始まったZ31とのバトル。

神田橋のハイスピード区間を、Zは鮮やかに駆け抜けていく。

 

「ん、情報が出てきたわ。あのZはVG30ツインターボ仕様……あら、やるわね。8000回転きっちり回る500馬力仕様みたい。メカとしての腕も一流ってわけね」

 

ヘカーティアは携帯電話型の浄玻璃の鏡でZの写真を撮り、画面を読んでそう呟く。

「記憶」の中に登場する事物を撮影することで、情報がわかる仕組みらしい。

 

「その言い方だと、結構有名なやつだってことか?」

 

「まあ、そうかしらね。一時期C1で有名だったシルバーのZ31がいたけど、この子だったみたい。この速さなら現役トップクラスじゃないかしら。ルナティック・パワーでRに乗ってたお客さんも、結構手を焼いてたのよ」

 

ワークスマシン以外は、首都高ご法度じゃなかったからね──ヘカーティアはそう付け加える。

 

それにしても……500馬力FRをこの神田橋で踏んでいくなんて。

腕もあるが、それ以上に度胸がある。

うねるコーナーと荒れた路面で難しい区間なのに、どこに飛ぶかわからない二駆できっちりトラクションをかけていくZ。

 

これが、現役の首都高ランナー──ただアクセルを踏むだけの奴らとは次元が違う。

 

千鳥ヶ淵(ちどりがふち)の直角コーナー──勝負をかける──

 

C1のスピードレンジ自体はRにとって未知の領域じゃあない。

ブラインドコーナーの先にアクシデントがあっても、踏んでかわせる──そう信じて、私はコーナーに飛び込む。

 

千代田トンネル入口は──クリア──

 

リニアなトルクカーブが私に応える──インベタのラインからアクセルをON──リアタイヤがスリップ──なおアクセルをON──

 

Z31は千代田トンネルでマージンをとったラインが響く──二駆の宿命、トラクションのジレンマ──ポジションは入れ替わる。

 

「──ッ!もらったぁ!」

 

シフトアップ──アクセルをさらにON──

短いストレートでも存分にブーストを──

 

「魔理沙!左レーンに寄って!」

 

──かけていこうとしたところに聞こえてきた、ヘカーティアの鋭い叫びではたと思い出す。

 

三宅坂(みやけざか)JCT──4号新宿線からの合流だ──

 

クリアな右車線から踏んでいこうとしていた私は、急ぎブレーキを入れて左へ──一般車の後ろにピタリとつける。

新宿線から猛スピードでトラックがC1に合流──あのまま踏んでいたらドカンのタイミングだ。

 

千鳥ヶ淵コーナーでもたついたZ31は加速するトラックの後ろにつき、トラックが左レーンに避けるのに合わせアクセルを全開──一般車に詰まった私をパスしていく。

 

「あっぶねー……サンキュー、ヘカーティア。言ってくれなかったらドカンだったぜ」

 

「ふふ、まだまだね。三宅坂の合流でクラッシュするビギナーは結構多いの。Z31がもたついたのは半分、ここの合流に合わせた形でしょうね」

 

千代田トンネルを抜けた私とZ31はすぐさま霞のトンネルへ──

 

「ここは踏んでいくぜ!勝負は赤坂ストレートだ!」

 

Z31のスラロームに合わせ、33Rのテンポを揃えていく。

トンネル入口のコーナーで距離を詰め、ストレート区間でスラロームしながらさらに距離を縮める。

どこからでもクイックに向きを変え、そこから加速していく──これこそGT-Rの走り──

 

Z31のスピードは十分──Rのメーターで120m/h──後ろにピタリとつけ、トンネル出口に備える。

赤坂ストレートオールクリアで、左に飛び出しオーバーテイク──これが霧雨魔理沙、勝利への方程式だぜ──

 

どうなる──クリアか──

 

ステアリングがヌルつく──手に汗握るってマジなんだな──

 

霞のトンネルを飛び出す──メーター読みで現在150km/h──

 

震える──奇跡的なシチュエーション──オールクリアだ──

 

「ここで決める!いくぜ!赤坂ストレート、オーバーテイク──」

*1
これは作者のこじつけではなく、日産の整備書に本当に書いてある。

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