いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

124 / 144
1分間

有明JCTを──いま、飛びたつ。

湾岸のアスファルト──非合法な最速の空へ。

 

200km/hまで加速して──テイク・オフ──

 

三台、いや──三機の戦闘機がいま、湾岸を戦闘空域と定義する。

本性を表すハイチューンのエンジン、牙を剥く大口径タービン。

 

撃墜(オト)すか、それとも撃墜(オト)されるか──勝者なき真夜中の湾岸、漆黒の夜闇に浮かぶ真理はただ、それだけ──

 

空気が違う。

ここはなんて──冷たいんだろう。

 

私とZ──そしてFC。

私たちのエンジンはこんなに真っ赤に燃えているのに、この湾岸はとても「冷たい」。

 

こころのピアノ線がピンと張っていくような──薄氷の剣先を渡っていくような──

 

250km/hを境に、目に映るすべての動きが止まって見える。

咲夜が見ていた世界は、こういう景色だったんだろうか。

 

だけど──ここの孤独はきっと、ここだけのもの。

この速度域のなかにだけ垣間見える、とびっきりの孤独。

 

高速道路に輝く街灯、一般車のテールランプ、東京都心の夜景──灯りのひとつひとつがつながって、線になって飛び去りゆく──それでいて、窓のひとつひとつ、テールランプの電球ひとつまで見分けられる気がする。

 

終わらないでほしいと願いたくなる。

夜空にたったひとりで投げ出されて、星々に囲まれながら浮かんでいるような心地よさ。

私とZとFC──それぞれの宇宙(そら)は孤独で──そして孤独なまま隣り合う。

 

私は冥界ハイウェイの最後の夜を思い出した。

この心地よさは──そう。

死を目の当たりにした心地よさ。

暖かな春の光に包まれながら、身体の底から冬の冷たさが沸騰する──張りつめた陶酔感。

 

やがて私たちは、死のゴールポストにおもむく。

終わらない加速と終わらないストレートのなかで、私たちは誰よりも速く──そして誰よりも前へと──死に向かってアクセルを踏み抜いていく。

 

生きとし生けるもの、その絶対の宿命──それが「死」──たったひとつだけ変わらないモノ。

その真実を、かぎりなく濃縮して飲み干していく心地よさ。

 

湾岸東行き、有明JCTから辰巳JCT──距離にして4km強。

それを私たちは、たった1分間で走破する──250km/hオーバー、狂気のスラローム。

数字にすればはっきりとわかる──これは絶対に理解されない。

誰にも理解されない、誰にも理解できない──それはいま、エンジンの咆哮に身をやつす私たちとて、同じこと。

 

私はさっきまで、この二台の前に出れば勝者だとばかり思っていた。

だけど、きっとそんな単純な話じゃない──ここに勝者はいないから。

私たち三台は互いを撃墜(オト)そうとせめぎ合う──でもそれは、勝ち負けなんてチャチな感情じゃないんだ。

 

一般車がまばらになっていく──中央車線、最後の一台をFCとZが左右からパス──

オールクリア──

 

全開とパーシャルを行き来していたアクセルを、前へ──RB26エンジンが身を捩る──シリンダーの爆発とタービンの過給──ブースト圧2.0──お前のエキゾーストは苦痛?それとも歓喜?

 

私自身すら透明になっていく──大気からオブラートを、ノーズ越しにめくり剥がしていくような──33Rのノーズが、私の指先になっていくような──

 

──これが、300km/hオーバーの景色。

 

250km/hで止まって見えたクルマたちが、再び動き出す。

まるでこっちに向かって、100km/hオーバーでバックしてくるみたいに──

 

250km/hはすべてのモノが止まって見えた──平等に生命を失うスピードだった。

いまは──私たち以外のなにもかもが、フロントガラスに飛びこんでくる。

死へとおもむく孤独な最高速ランナーに、生あるすべてが飛びこんでくる。

そのたびに、私たちの体温は下がっていく──生の輝きが、私たちは走る死人なのだと定義づけていく。

 

バックミラーの奥で赤いモノが、光った。

300km/hオーバーの世界では、どんな速さよりよく見えるから──私はそれが、Z31の光だとわかった。

 

宙を舞い、爆ぜながら──燃え上がって地に堕ちる。

シルバーのボディが、ガソリンの業火に包まれていく。

500馬力のパワーと、300km/hオーバーの速さに自壊していく最期の姿。

 

私は冷静にそれを、綺麗だと思った。

FCは止まらない──そして私も、止まらない。

敵機であり、戦友だった。

その死を前に、私は止まらなかった。

 

私は辰巳JCTを左──9号深川線へ。

FCは直進し、走り去っていく。

 

その姿を見送りながら私は、夜の雛鳥がいま、産声をあげたのだと理解した。

あのFCこそがレミリアの追った夜の怪鳥であり──死をはこぶ歌声がいま、始まったのだと理解した。

 

私たちはいまこの夜に「死人(しびと)」として、湾岸のアスファルトに見初められたのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。