いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

126 / 144
スープラ

「入るわよ」

 

幼いソプラノが投げかけられると同時に、襖が開かれた。

声に秘められた、尊大ともいえる威厳と自信──それに対し、襖を開く音はぎこちなく、拙い。

 

そちらには目もくれず、障子からこぼれる陽光を見つめたまま、博麗霊夢は口を開いた。

 

「……布団よりあっち側にはいかないことね。和室はカーテンがないから焦げるわよ、レミリア」

 

「わかってるわ、それくらい。……嫌ね、和室は不便だわ」

 

レミリア・スカーレットはそうこぼして、羽をたたみながら霊夢の脇に正座する。

 

「……最初の見舞客は、あんたなんじゃないかって気がしてたの」

 

霊夢はそう言いながら、レミリアの方に向き直る。

 

「……それは、いつもの勘ってやつ?」

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。……スペルカードルールの幕開けとなった紅霧異変──そして、クルマと走り。幻想郷と私の、運命の分岐点にはあんたがいた。『だから』今日、レミリア……あんたが来る気がしたの。違うかしら」

 

霊夢の答えに、レミリアはくすりと笑った。

五百年の歳月を生きた老獪さが、弧と歪んだ幼い三日月に浮かぶ。

 

「さあ?どうかしら。それが『運命』というのなら、私も、そして霊夢──あなたもまた、踊り手にすぎないわ。そうだとしたら、私とあなたの赤い糸は、まだ切れてないってことになるのよね。……ねえ、霊夢。あなた私のモノにならない?」

 

レミリアはそう言って、わずかに目を細めた。

その瞳はほのかに紅く、輝いている。

 

「……なに?レミリアあんた、そっちの()があるの?」

 

「あなたはないの?」

 

「さあ?私にとって、男も女も大して変わらない気がする。だから、わからないわね」

 

「そう、それなら私も『わからないわ』」

 

霊夢が「わかりません」と両手をあげるジェスチャーに合わせ、レミリアも同じジェスチャーで応じる。

そのまま、レミリアはくすくすと笑い出した。

 

「なにがおかしいのよ」

 

霊夢は表情を変えず、瞳にだけ胡乱(うろん)げな色を浮かべて、レミリアに問うた。

 

「ふふ……いや、ね。あなたが思ったよりあなたのままだったから、すこし驚いただけ。手足失っても、あなたは『博麗霊夢』なのね」

 

「手足が機械になってたら、普通そっちに驚くんじゃない?」

 

「驚かないわよ、そんなことでいちいち……だって、ほら」

 

言うやいなや、レミリアは右手で自身の左腕を引きちぎる。

肩口から勢いよく鮮血が吹き出し、霊夢の全身に降りかかる。

 

「きったな」

 

霊夢は血を浴びながら、そう言って不愉快そうに顔を歪めた。

当のレミリアは痛がる素振りもなく、自分の左腕を一口かじった。

 

「どうすんのよ。畳も布団も、そして私まで血まみれじゃない。あんたがトンズラしたら私が鈴仙に殺されるんだけど」

 

「そしたらあなた、私を殺しにくるわよね。間違いなく、絶対に。でも、大丈夫……ほら、元通り」

 

レミリアがパチンと指を──引きちぎれた左手が指を弾くと、吹き出た血がすべて肩口に吸いこまれ、最後左腕が接着する。

 

それをみて霊夢は気のない拍手を送った。

 

「ふうん。ホント、よくできた身体よね。人里で披露したら一儲けできるんじゃない?」

 

「今のご時世、グラン・ギニョール*1は流行らないわ。それに、あなたその新しい手足、カッコいいわよ。21世紀の殺人サイボーグって感じで」

 

「何言ってんだか。あんたの『カッコいい』なんて、紅いかどうかだけでしょうに」

 

それもそうね──レミリアは短く応じて、目を伏せた。

障子の向こうで、雀が小さく──そして短く、一度だけ鳴いた。

霊夢は障子の方を見やる。

 

責任を感じているの?

──霊夢は、そう問おうとして、やめた。

昨夜までの自分なら、きっとそれを問うていただろうと、考えながら。

 

「ねえレミリア……頼みがあるの」

 

レミリアの沈黙を、霊夢は是と捉え、続ける。

 

「クルマが……チューンドが、ほしいの。環状も、湾岸も制することのできる──博麗の巫女、そして、博麗霊夢のための……とびっきりのチューンドが」

 

そう言いながら、霊夢は振り向く──その流した瞳に、レミリアは追憶の雫をみた。

かつての自分と同じ瞳──美鈴は私に、この瞳を見たのだろうと、レミリアは想像する。

 

あなたは箱根の夜に──いや、いままでに、一体何を見て「しまった」の?

レミリアは、問いかけようとして、口をつぐんだ。

 

もう霊夢は──戻れない夜に一歩を踏み出してしまった。

私の知らぬ間に、霊夢は夜に半身を浸してしまった。

もはや、私と霊夢の間に、言葉でわかり合えることなど存在しないのだ。

 

レミリアはそこまで考えて、瞑目した。

もう、引き返すことはできない。

瞼の裏側で、昨夜大阪で見たF型エンジンが胎動する──乗り手の時がいま、あの直列4気筒に追いついたのだ──

 

「……一週間後、迎えにくる。そのとき気持ちが変わっていなければ──あなたに翼を授けるわ」

 

レミリアは目を開き、霊夢の両目をしかと見すえて、言葉を放った。

 

「──わかったわ。それまで養生しておく」

 

霊夢はマシンの詳細や経緯について、問いを挟まなかった。

レミリアはその様子を見て、それじゃあ、と立ち上がる。

 

レミリアが襖に手をかけたとき、ふいに霊夢が問うた。

互いの背中越しに、その問いは投げかけられた。

 

「ねえ、レミリア。──あなたは『見果てた』の?その……速さの、向こうに」

 

レミリアは振り向かないまま、口を開いた。

 

「霊夢──私も問うわ。私の『本当の』マシンは、何?」

 

「──スープラ。JZA80……スープラ」

 

「そう──スープラ(超えて)。……その続きは、機会があればいずれ。それでは、ごきげんよう」

 

襖が音もなく開かれ、再び閉じられた。

はたして、沈黙が訪れた。

*1
19世紀末から20世紀半ばにかけて存在した、フランスの見世物小屋。バラバラ殺人などのスプラッタ系の芝居を、特殊効果付きで興行した。




短め&ペース遅めで申し訳ないです。
展開探り探りで書いてます……

第◯部の区切りを一度整理しようかと考えてます。
手を加えた場合、トップの作品概要で期間限定アナウンスする予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。