「入るわよ」
幼いソプラノが投げかけられると同時に、襖が開かれた。
声に秘められた、尊大ともいえる威厳と自信──それに対し、襖を開く音はぎこちなく、拙い。
そちらには目もくれず、障子からこぼれる陽光を見つめたまま、博麗霊夢は口を開いた。
「……布団よりあっち側にはいかないことね。和室はカーテンがないから焦げるわよ、レミリア」
「わかってるわ、それくらい。……嫌ね、和室は不便だわ」
レミリア・スカーレットはそうこぼして、羽をたたみながら霊夢の脇に正座する。
「……最初の見舞客は、あんたなんじゃないかって気がしてたの」
霊夢はそう言いながら、レミリアの方に向き直る。
「……それは、いつもの勘ってやつ?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。……スペルカードルールの幕開けとなった紅霧異変──そして、クルマと走り。幻想郷と私の、運命の分岐点にはあんたがいた。『だから』今日、レミリア……あんたが来る気がしたの。違うかしら」
霊夢の答えに、レミリアはくすりと笑った。
五百年の歳月を生きた老獪さが、弧と歪んだ幼い三日月に浮かぶ。
「さあ?どうかしら。それが『運命』というのなら、私も、そして霊夢──あなたもまた、踊り手にすぎないわ。そうだとしたら、私とあなたの赤い糸は、まだ切れてないってことになるのよね。……ねえ、霊夢。あなた私のモノにならない?」
レミリアはそう言って、わずかに目を細めた。
その瞳はほのかに紅く、輝いている。
「……なに?レミリアあんた、そっちの
「あなたはないの?」
「さあ?私にとって、男も女も大して変わらない気がする。だから、わからないわね」
「そう、それなら私も『わからないわ』」
霊夢が「わかりません」と両手をあげるジェスチャーに合わせ、レミリアも同じジェスチャーで応じる。
そのまま、レミリアはくすくすと笑い出した。
「なにがおかしいのよ」
霊夢は表情を変えず、瞳にだけ
「ふふ……いや、ね。あなたが思ったよりあなたのままだったから、すこし驚いただけ。手足失っても、あなたは『博麗霊夢』なのね」
「手足が機械になってたら、普通そっちに驚くんじゃない?」
「驚かないわよ、そんなことでいちいち……だって、ほら」
言うやいなや、レミリアは右手で自身の左腕を引きちぎる。
肩口から勢いよく鮮血が吹き出し、霊夢の全身に降りかかる。
「きったな」
霊夢は血を浴びながら、そう言って不愉快そうに顔を歪めた。
当のレミリアは痛がる素振りもなく、自分の左腕を一口かじった。
「どうすんのよ。畳も布団も、そして私まで血まみれじゃない。あんたがトンズラしたら私が鈴仙に殺されるんだけど」
「そしたらあなた、私を殺しにくるわよね。間違いなく、絶対に。でも、大丈夫……ほら、元通り」
レミリアがパチンと指を──引きちぎれた左手が指を弾くと、吹き出た血がすべて肩口に吸いこまれ、最後左腕が接着する。
それをみて霊夢は気のない拍手を送った。
「ふうん。ホント、よくできた身体よね。人里で披露したら一儲けできるんじゃない?」
「今のご時世、グラン・ギニョール*1は流行らないわ。それに、あなたその新しい手足、カッコいいわよ。21世紀の殺人サイボーグって感じで」
「何言ってんだか。あんたの『カッコいい』なんて、紅いかどうかだけでしょうに」
それもそうね──レミリアは短く応じて、目を伏せた。
障子の向こうで、雀が小さく──そして短く、一度だけ鳴いた。
霊夢は障子の方を見やる。
責任を感じているの?
──霊夢は、そう問おうとして、やめた。
昨夜までの自分なら、きっとそれを問うていただろうと、考えながら。
「ねえレミリア……頼みがあるの」
レミリアの沈黙を、霊夢は是と捉え、続ける。
「クルマが……チューンドが、ほしいの。環状も、湾岸も制することのできる──博麗の巫女、そして、博麗霊夢のための……とびっきりのチューンドが」
そう言いながら、霊夢は振り向く──その流した瞳に、レミリアは追憶の雫をみた。
かつての自分と同じ瞳──美鈴は私に、この瞳を見たのだろうと、レミリアは想像する。
あなたは箱根の夜に──いや、いままでに、一体何を見て「しまった」の?
レミリアは、問いかけようとして、口をつぐんだ。
もう霊夢は──戻れない夜に一歩を踏み出してしまった。
私の知らぬ間に、霊夢は夜に半身を浸してしまった。
もはや、私と霊夢の間に、言葉でわかり合えることなど存在しないのだ。
レミリアはそこまで考えて、瞑目した。
もう、引き返すことはできない。
瞼の裏側で、昨夜大阪で見たF型エンジンが胎動する──乗り手の時がいま、あの直列4気筒に追いついたのだ──
「……一週間後、迎えにくる。そのとき気持ちが変わっていなければ──あなたに翼を授けるわ」
レミリアは目を開き、霊夢の両目をしかと見すえて、言葉を放った。
「──わかったわ。それまで養生しておく」
霊夢はマシンの詳細や経緯について、問いを挟まなかった。
レミリアはその様子を見て、それじゃあ、と立ち上がる。
レミリアが襖に手をかけたとき、ふいに霊夢が問うた。
互いの背中越しに、その問いは投げかけられた。
「ねえ、レミリア。──あなたは『見果てた』の?その……速さの、向こうに」
レミリアは振り向かないまま、口を開いた。
「霊夢──私も問うわ。私の『本当の』マシンは、何?」
「──スープラ。JZA80……スープラ」
「そう──
襖が音もなく開かれ、再び閉じられた。
はたして、沈黙が訪れた。
短め&ペース遅めで申し訳ないです。
展開探り探りで書いてます……
第◯部の区切りを一度整理しようかと考えてます。
手を加えた場合、トップの作品概要で期間限定アナウンスする予定です。