三宅坂JCTでバイパーが一瞬ブレーキランプを光らせた理由──それはおそらく、あそこが坂の頂点だからだろう。
FCの挙動に気を配りながら、助手席のアリスはそう分析する。
C1外回りでは、三宅坂JCTの分岐が終わると同時に、上り坂が下り坂に転じる──そしてそのポイントは、そのままコーナーのクリップでもあるのだ。
霞が関トンネルを抜け、溜まった閉塞感はクリアに──その気持ちのまま、回転数を上げていきたい上り坂。
だが──三宅坂JCTで一瞬変わる交通の流れ、下りに転じた瞬間目に入る千代田トンネル入口──膨らんだ情報量を前に、ルーキーはつい、コーナーの形状を見落としてしまいがちだ。
C1外回りを走り慣れた者にとっては至極当たり前のことであるが、このポイントでヒヤリとする──あるいはヒヤリで済まないルーキーも多い。
上り坂に合わせて加速したマシンを、下りに転じてすぐの状況に対応させるのは、けして容易いコトではないからだ。
この瞬間、千代田トンネル入口は偶然にもクリアー──あのときブレーキを入れなくても、咲夜なら問題なく処理できるスピードだった。
しかし、それは結果論にすぎない。
もしあの先に、二台一般車が並走していたら?──首都高C1を攻めるというのは、常に一寸先の闇に向かって踏みこんでいくことと同義。
こういうことは、走りの中で理解していくほかないし──先行するバイパーはおそらく、
本当は止めたい気持ちと、これ以上ない経験の機会の狭間で、アリスは唇を噛むのだった。
─────
「──本当に、やるわねこのボーヤ。ただの走り屋コゾーじゃない──まさしく『ロータリー乗り』ってわけね」
千代田トンネルを飛び出しながら、バイパーの女性はそう独りごちる。
霞が関から続いてきたトンネル区間が終わり、C1は地上区間へ──外回りでは緩やかな千鳥カーブを、理想的なラインでバイパーは抜けていく。
後ろのFCは離れない──灯りが少なくなる地上区間に出ても、バイパーのバックミラーはいまだ明るい。
アクセルを緩めながら走っていたとはいえ、FCは千代田トンネルで距離を詰めている──トンネルの閉塞感をものともしていない。
「さて──どうしようかしらん。ちょっと試してみたくなるわよねん──あなたの走りが、他で積み重ねた努力なのかそれとも──
三宅坂JCTで4号新宿線より合流したクルマたちは、千代田トンネルを経て、いまこの瞬間のC1に十分馴染んでいる──つまり、「流れ」は仕上がった。
この先の竹橋JCTで5号池袋線からの合流がある*1が、それまで流れは変わらない。
さァ──踏んでいこうか──バイパーの女性は一瞬そう思い右足を沈めようとするが、思い直す。
「──ダメダメ。FCの馬力的に、ここで踏んだら多分ちぎっちゃうわ。ダメよ──それじゃ、ツマンナイわ。神田橋あたりで、FCの足の仕上がりも見ておきたいし──」
阪神環状仕様のガチガチの足であれば、このC1ではとても踏んでいけない。
あのFCはパワーこそ峠、あるいは阪神環状にピタリとハマる程度だが──あの足はおそらく、首都高──それもC1を意識したものだと、女性はアタリをつける。
霞から千代田の区間で離されなかったのはおそらく、250馬力をC1でキッチリ使いきれる足回りがあったからだ。
いびつで、不気味で──そして興味をそそる。
「ついてこれたら、色々話してみたいわね。多分2周目には合流するでしょうし」
そう言って女性は、先ほど通話していた人物のことを思い出していた。
湾岸を「流してくる」だなんて──あのマシンなら、9号から湾岸、そして台場線を一体何分で走破するのやら──
「とんでもないわよね、ホント──首都高新時代の幕開けは、ルナティック・パワーからかしら──」
─────
──コホン。
小さく聞こえたアリスの咳払いで、私は我に返る。
夢中で千代田トンネルを抜け、千鳥カーブを突破したあたりのことだった。
バイパーがペースを落とし──それでもメーターは120km/hをオーバーしているが──無理せずともついていけるくらいになった頃。
──アリスはハラハラしながらも、ここまで黙って見守っていてくれていたのだ。
「──ごめん、アリス」
アリスは何も言わない──私は続けて、コトバを放つ。
「力量も、マシンも全然違うのに、無理してたって今気づいたよ。──横に人を乗せてやることじゃないよね」
私のドライビングを仕込んだのは、隣のアリスだ。
幻想郷に移住するより前、私は裏六甲で腕を磨いていた。
紅魔館がまだ神戸・六甲山の山中に位置していた頃──横羽線の事故の後、私がお嬢様に引き取られてからのことだ。
私が走りはじめてすぐ、アリスに教えられたこと──同乗者のいのちを握るのは、ドライバーの私なのだということ。
同乗者の緊張は、ドライバーに伝わる──誰を乗せるか次第ではあるが、同乗者の方が走りの空気を掴めていることが多い。
同乗者に身構えさせているということは、走りが危険域に入りつつあるというコト──
私の言葉を受けて、アリスの空気が緩む。
声色には「怒ってますからね」というニュアンスこそあるが、演技だろう。
レミリアお嬢様と負けず劣らず、アリスは私に甘いから──本当はいつも優しい言葉をかけていたいけど、それは大人としてはダメなことだから。
「……わかってくれたようで、なによりだわ。あのバイパー、相当の走り手よ。あなたがルーキーなことを見抜いたうえで、周りを俯瞰しながら、教授するように走ってる──バイパーはノーマルでも500馬力、このC1で走るなら息苦しくて、普通ならそんな余裕なんてないハズなのに」
「そうだよね。……ねえ、アリス──私はどうしたらいいんだろう。バイパーは多分、わざとアクセルを緩めてるんだと、私は思う──意図はわからないけれど、FCを待っているように感じる」
私がそう言うと、「お決まり」の──私にとってはもはや予定調和に等しい言葉を、アリスは投げかける。
まだ私がアリスより背が低かった頃は、しゃがんで私の手を取りながら──私の背がアリスと並んでからは、私の方を向きながら──そしていまは、FCの助手席──首都高C1、そのスピードのはざまで──
「──咲夜は『どうしたい』の?」
──安心する。
私は、アリスのこの言葉が好きだ。
自由の暗闇へ踏みこむとき──私のそばにはいつも、その問いかけがあった──そして、私は昨夜、思い出したのだ──その問いかけは、常に私のそばにあったのだと。
FDの助手席から、FCの運転席へ──自らステアリングを握るようになってからもずっと──その問いかけはいつだって、ロータリーサウンドを伴っていた──
「私は──追いたい。この直感が正しいかわからないけど──ロータリーは『追う者』に応えるエンジンだから──そして私とFCはいつでも、その時を待っていたから──」
──わかる。
いまアリスが頷いた──その華奢な顎が引かれ、わずかに空気が揺らめいたことすら、いまの私にはわかる。
「──いいでしょう。追ってみなさい。……ひとつ、アドバイスよ。あのバイパーはおそらく、江戸橋JCTより先──銀座シケインあたりになにか仕掛けを『用意する』つもりだわ。悪意は感じられないけど、こちらを試してるのは確か──そのつもりでね」
アリスが言い終わるのを待っていたかのように、バイパーのリアが沈む──加速に移る構えだ。
私は頷きに替えて、FCのアクセルを踏みこんだ──
十六夜咲夜
RX-7・FC3S:神戸
紅魔館は基本的に神戸ナンバーで取得
スカーレット貿易が神戸に本社を持つため
検切れ当時は横浜ナンバー
東風谷早苗
S14:松本→諏訪
当初は松本ナンバー
平成18年に諏訪ナンバーが誕生したため再取得
フランドール・スカーレット
34R:横浜
スカーレット貿易の横浜支社で取得