いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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真夜中の遺伝子

しなる──よじれる──

 

リアタイヤが路面に与えるトラクションの入力、それに対する路面からの応答──スプリングが受けとめ、ダンパーが減衰したそれを、ボディとシャシが反映していく。

 

反映──そのコトバが正しいのか、私にはわからない。

いまこのC1・神田橋でバイパーを追走するFCは、私とアリスを包むハコでありながら、私自身でもある。

その一体感において「反映」という言葉選びは、あまりにも他人事(ひとごと)かもしれない。

 

だけど──奇妙な感覚だ。

私はいま「機械としての」FCと、かぎりなく接近している。

それはよく人馬一体──あるいは人「車」一体とか言われるけれど、これはそんな──願望とか陶酔を伴った気持ちじゃない。

だから私は「反映」と言う。

 

FCが私に、機械として正しい入力をチェックしてくれているような感覚。

クルマという機械に対し、正しく動かすための正しい入力を行う──そんな当たり前のことを教えてくれるような──そんな感覚。

 

もちろん、FCが「それはOK」とか「それはダメ」とか、いちいち言ってくれるわけじゃない。

そうじゃなくて──間違った方にいこうとしたときに、そっと手を添えてくれる感じ。

 

FCと走ってて、こんなに「安心した」ことは──いままでなかったかもしれない。

私のFCでなければきっと、バイパーにちぎられる前に、この神田橋にたどり着くことすらできなかっただろう。

 

FCは、知っているのかもしれない──もしかしたら私のFCは、私の知らないずっと昔に、このC1を知らない誰かと駆けていたのかもしれない。

 

ありえる話だ──私はこのFCの最初のオーナーではないのだから。

 

私は──周囲に思われてるよりもずっと、感情的で繊細な人間だ。

紅魔館のみんなやアリスは──もしかしたら妖夢や鈴仙も──頷くだろうけど、それ以外の人々は「完全で瀟洒なメイド」としての十六夜咲夜しか、きっと知らない。

 

意地っ張りで、頑固で、泣き虫で──すぐ拗ねるくせに、甘えたがりで──結構妄想癖が激しくて、読んだ本に影響されやすくて──物語の悲しい結末を、一週間も引きずる──私がそんな人間だと知ったら、みんなは驚くかもしれない。

 

そんな感情移入しやすい自分だから、私はいつも、クルマはクルマとして──機械として接しようとしている。

「クルマが応える」「クルマを信じて」──言葉を発さないクルマにそう思って、入れこみ過ぎるのがコワいから。

思いこんで思い上がったら──待つのは死でしかないから。

 

それに──私がもし、FCに好かれてなかったら?

そう考えるのは、やっぱりコワいから。

 

私以外の誰もが思ってる以上に、私は臆病な人間だから。

いまでもときどき、時間を止めて「正解」を探したがる──そんな臆病な人間だから。

 

みんなは、簡単に「愛車」という。

言葉を持たない存在に愛を表明するのは楽だ──でも、その愛を相手がどう捉えてるかは、わからない。

自分の愛を表明するのが楽なだけで、それが相互通行だと証明するのは容易くない。

 

だから私は、FCに対してあくまで機械として接する。

私はFCが好きだけど、FCが私を好いているかはわからないから。

 

機械に正しい入力をして──結果として返ってきた速さをまっすぐに受けとる。

そうしてさらに速く、私たちは駆けていく。

 

言葉を持たないFCに、私は言葉で愛を示そうとは思わない──自分だけがわかる手段で愛を示すのは、相手の気持ちを無視しているから──相手が言葉を発さないことを理由に、都合の悪い気持ちの可能性を無視しているにすぎないと、私は思うから。

 

そうして向き合ってきたことが──いま、つながる。

はじめて自分の手足でC1に上がって、はじめてバトルになって──バイパーに引っ張られて、無茶して、反省して──この神田橋で、いま。

 

それは、昨夜のもみじラインで、自分とロータリーに向き合ったからかもしれないし──それでも私はFDではなくFCがいいと、選びとったからかもしれない。

レミリアお嬢様にメイド長を任された日の喜びを、私はいまでもはっきりと思い出せる──走りを通じて私はいま、FCにその気持ちを伝えたい──その喜びを知ってほしいと思う。

 

アクセルの入力──FCの出力──ボディとシャシを通じて伝わる、FCとC1のコミュニケーション──そして私とFCのコミュニケーション。

 

13Bの回転が、私とFCを介していま──とめどないC1外回りの円環とつながっていく。

 

FCが私に応える──言葉にしなかったことが、いま実を結び、報われていく。

その実感は、きちんと自分で考えたから──自分で選んだから──だから私はいま、FCにいのちをのせていける。

 

FC──私はあなたのことをもっと知りたい。

さっきまで私は、あなたを「バイパーを追う手段」にしてしまってた──それはきっと、あなたへの小さな──そして無視することのできない裏切り。

だけど、いまならわかる──ロータリーは首都高環状線にて最速──その意味が、きっと。

 

FCは私を裏切らない──機械は裏切ることができないから。

私はFCを裏切らない──FCは私を裏切れないから。

 

「もう」裏切らない──なんて、私には言えない。

きっと私はこれからも、悩んで、迷う──FDに乗り換えるべきか、ロータリーをヤメるべきか──きっと速さを求めるかぎり、悩み続ける。

 

でも、私は誓う──何度間違っても、私はあなたとの関係をつくっていくのだと。

私を正し、導くFC──あなたのその速さを、私は信じていく──人としての私、機械としてのあなた──言葉はいらない、走りのなかで──そして速さのいやはてで──

 

ロータリーの繊細なこころが私に響く──それは、私のこころに唯一響く、無二のエキゾースト──

 

 

──このFCは元々、ブリリアントブラックのボディだった。

クリスタルホワイトに塗り替えられたいまも、エンジンルームにその名残がある。*1

 

流れが良ければ普通に走って一五分──本気で踏めば六分ほどの、首都高C1という円環の夜──目の前の毒蛇(バイパー)すら、FC(あなた)にとってはその夜の一部にすぎないということ。

 

そう──エンジンルームのそれはきっと、真夜中の遺伝子。

 

それは、最速の遺伝子。

その夜はきっと──私の二重螺旋にも、刻みこまれてる。

 

 

─────

 

 

「──なにかに、気付いたみたいね。本当はミラー越しに観察するつもりだったけど──そうも言ってられないかしら」

 

バイパーの女性はそう呟く──視線を(せわ)しなく、バックミラーとサイドミラーの間で行き来させながら。

 

「FCが──離れない。5号からの合流*2が思ってたよりも多かったからかしらね。バイパーのサイズとパワーだと無理ができないけど……そういえば、セブンでもFCはまだ5ナンバー*3──無茶も効く、か。しかし、このタイトなC1であの走り──ナーバスにゆらめく、それでいて流れるような──」

 

女性はふと何かに思い至り、携帯電話を取り出してクイックダイヤルからコールする。

 

「──もしもし?私よ。ちょっと調べて欲しいことがあるの。……90年代半ばに姿を現した、あのFC。そう……過去の記憶で魔理沙と私が遭遇した、あのブリリアントブラックよ。ルナティック・パワーのツテで車台番号*4を割り出した*5でしょう?それをメールで送っておいてほしいの。……詳しいことは後で話すわ。いまちょっとC1で『マジ』だから。それじゃ」

 

そう言って女性は一方的に通話を切る。

 

「──さてさて。おまたせ、FCのボーヤ。始めましょうか──お姉さんとの楽しい夜を──」

 

呟きながら、江戸橋のキツい右を片手ドリフトで抜けつつ、空いた右手でオーディオをON──

 

「今夜のナンバーは、Deep Purpleで"Highway Star"──Oooh it's a killing machine!*6

 

江戸橋JCT出口──脱出姿勢もロクに整わないうちに、女性はアクセルを床まで踏みこむ──この先は3車線の下り勾配、宝町(たからちょう)ストレート──

 

2速から3速へ──3000回転すら越えぬうちに、バイパーのリア20インチのタイヤはたまらずホイルスピン──それすら気にもとめず女性は、暴れるバイパーを華奢な両腕でいとも簡単そうにいなしていく──

 

ホイルスピンでロスする加速──そんなものはいま、どうだっていい──

トラクションが回復するにつれ、アスファルトに押しつけられていくリアタイヤ──沈め、沈め──もっと沈め──穴を空けるほど沈みこめ──兜町(かぶとちょう)の下道に陥没するほど、もっと──強く、そして激しく──

 

V10サウンドが、遅れて江戸橋を立ち上がったロータリーサウンドをかき消していく──

まるでまだか細くゆらめく夜の雛鳥──そのいのちを断つかのように──

 

宝町ストレートから撃ち出された二台は、銀座シケインへ突入していく──それはバイパーがFCに叩きつける試しの一手──それはさながら、地獄の門──

 

「我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠の苦患あり、我を過ぐれば滅亡の民あり*7──」

 

激しいギターリフと、呼応するように回転数を上げていくバイパーのV10。

しかし、それに伴う女性の呟きは──ひどく静かで、そして冷たい。

 

呪うように──そして祈るように、女性は結びの言葉を、かすかに放つ──

 

「汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ──」

*1
オールペン=全塗装としてクルマのカラーを変えるとき、エンジンルーム等、外から見えない部分を塗らないことはよくある。これは素のボディだけにしてから塗ると、積み下ろしの工賃がかさむため。

*2
竹橋JCT。

*3
ここでは車幅のこと。ナンバーの地域名の後に続く分類番号の一番大きい桁が「5」であることを「5ナンバー」という。全高・全幅・全長・排気量の一定基準をすべて下回っていれば5ナンバー、ひとつでも上回れば3ナンバー。一般的にこの話題が出る場合、全幅と排気量。全幅1700mm以下、排気量2L以下の場合5ナンバー(ロータリーの場合、排気量にロータリー係数1.5を乗ずる。そのため13Bは1308ccのエンジンだが、自動車税等の計算では1962ccとして扱われる)。FCは全幅1690mm、FDは1760mm。バイパーは1920mm。体感として、1800mmを超えると日本の公道では持て余し気味。

*4
クルマのフレームごとに割り当てられた、固有のシリアルナンバー。同一個体かどうかは、この車台番号で特定できる。FC3Sの場合、エンジンルーム左奥に書いてある。

*5
現在では難しい。ナンバープレートと車台番号、持ち主の住所氏名は紐付けられており、陸運局で管理されている。しかし、平成19年の個人情報保護法制定以降、ナンバーの情報だけで情報照会はできなくなった。現在はナンバー・車台番号・裁判所の許可くらいは必要な模様。昔はナンバーだけで他人の車検証のコピーを入手できた。

*6
Highway Starの歌詞の一節。ここでのkilling machineは「イカしたマシン」くらいのニュアンスか。Deep Purpleはイギリスのハードロックバンド。

*7
ラストの一文と合わせ、ダンテ『神曲』(訳:山川丙三郎)。




レミリア・スカーレット
S15、80スープラ、エリーゼ:神戸ナンバー

パチュリー・ノーレッジ
ロータス・ヨーロッパ:イギリス(Suffix series)
アルファベット3つに数字3桁、黒地に白字
外界に登録していた時はその上から神戸ナンバー
現在は両方検切れ

紅美鈴
C3コルベット:アメリカ(ニューヨーク州)
日本では練馬ナンバー
32R(紅龍レーシングデモカー):練馬
紅龍レーシングは東京都練馬区に所在していた

小悪魔
フィアット・X1/9:神戸

紅魔館
アルファロメオ・ブレラ:神戸
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