いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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ビハインド

宝町(たからちょう)ストレート、フラットアウト──ッ

 

一車線の窮屈な江戸橋コーナーを抜け、視界が開ける。

バイパーは江戸橋の合流車線から一気に一番左へ──ここが私のあるべき場所だと周りに示すかのように──飛ぶ。

 

アクセルは緩めない。

バイパーは左前方への強いベクトルを与えられながら、なおも前へ──さらに前へと自らを押し出していく。

 

右二車線を塞ぐ一般車は、バイパーの放つテリトリーへの自己主張に気付かない。

あまりにも、速すぎる──視界にすら捉えられない──ただ一台の例外を除いては。

 

追走するFCだけが、バイパーの紫色のボディを捉えている。

しかし、それももう時間の問題──十六夜咲夜はいま、3速(サード)から4速(トップ)へとシフトチェンジ──クラッチをつなぐその刹那すら、もどかしい。

 

バイパーが離れていく──八重洲線との分岐を過ぎ、銀座シケインにそびえる二つの橋脚、その一つ目右側にバイパーが飛び込んでいく。

 

水曜日の26時──大都市の一瞬の空白。

東京の大動脈──その血が入れ替わる、ほんの一瞬。

 

この街で生きる一般車たちが赤血球で、パトカーが白血球だとしたら──バイパーとFC、彼女たちは一体何と定義されるのだろう?

 

自我を持ち、常軌を逸したスピードでこの血管を駆け巡る、彼女たちは?

はたして──?

 

 

─────

 

 

「ビハインドは──およそ5秒、かしらね」

 

汐留トンネルを抜けたところで女性はぽつりと呟く。

采女橋(うねめばし)をくぐったあたりから、バイパーのアクセルはパーシャルへ。

 

采女橋より汐留S字までは、この銀座エリアにおけるハイスピード区間。

本来ならば、ここで馬力差を活かしFCを振り切るシチュエーション──銀座シケインの閉塞感も相まって、一番アクセルを開けていきたいところだ。

 

だが、バイパーの女性にそうする気配はない。

 

「5秒──FCのビハインドは、およそそんなところでしょう。私の体感に狂いはないはず。ゴールは汐留S字──その5秒を埋められなければ、汐留S字を脱出するときに私の姿を捉えられない」

 

女性はアクセルを踏みこみたい気持ちをぐっとおさえながら、一気に5速へシフトアップ──このバイパーでC1を攻めるなら、ほとんど使うことのないギアだ。

 

それはすなわち、女性が「待ち」の姿勢に入ったことを意味する。

馬力の差は250以上──女性の実力ならば、あのFCをちぎることなど容易いことだった。

しかし、女性はいま、試している──

 

「追いつけるかしら、FCのボーヤ。私とバイパーの視界に映るだけの価値があなたにあるのなら、あなたは汐留S字で再び私を捉える。その資格がなければ、私は浜崎橋より横羽線へ──大師(だいし)の料金所にたどり着くまでもなく、私はあなたの前から消え失せる。二度と、そして永遠に──会うことはないでしょう」

 

C1の流れはクリアー──今夜という夜は、バイパーとFC、双方に味方している。

ロータリーサウンドは──まだ、聞こえてこない。

 

姿の見えぬ敵機を、お前は再び捉えきれるか──?

5秒のビハインドは、この首都高C1において軽くはない──

 

「その5秒を──ボーヤ、あなたは越えられるかしら?そのビハインドは、ただの時間単位じゃない──あなたに5秒間の暗闇を、切り裂くことができるのかしら──?」

 

 

─────

 

 

やっぱりか──アリス・マーガトロイドは、一気に距離を離すバイパーの後ろ姿を見て、内心で独りごちる。

 

宝町ストレート──谷町と並び、このストレートは難しい。

江戸橋から一気に開ける視界、本線後方より接近する一般車──そしてC1では例外的な、三車線。

 

加速した先では八重洲線との分岐があり、一般車のアクションに気が抜けない。

ストレートの終わりでは、渋滞が発生しているかもしれない。

タイトな銀座シケインのプレッシャーが、一般ドライバーを介して──伝播(でんぱ)する。

 

それなのに、下り勾配と三車線がフラットアウト*1を誘惑──そして何より、ここで踏まなければ、タイムは縮まらない。

 

だが──ここまでの流れからしておそらく──

 

「咲夜。返事はしなくていいから聞いて。──バイパーはおそらく、汐留S字をこのバトルの区切りとするつもりよ。ビハインドは──私なら、5……あるいは6秒。銀座シケインの先で、FCにそのビハインドをつけるペースだと思うわ。汐留S字までに追いつけるか、どうか──ってこと」

 

そう言いながら、アリスは運転席の咲夜をちらりと見る。

集中している──が、声は聞こえてる。

その証拠に、咲夜がかすかに頷く。

 

一般車にまぎれて、バイパーがついに姿を消す──だが、咲夜に焦りはない。

捉えている──咲夜は姿の見えぬ敵機を、正確なGPSのように捉えている──

 

京橋JCTを前に、八重洲線に入るハイエースが右へ──同時に咲夜はFCを左へ飛ばす。

ラインをクロスさせながら、並走──そして、前へ。

今のハイエースにはおそらく、FCが消えたように映ったろう。

もしかしたら、気づいてすらなかったかもしれない。

 

純白のFCが、夜を(まと)う──夜そのものとなり、いま──黒い波となって、バイパーを呑みこもうとうねりを呼ぶ──

 

まだ小さく、そしてかすかな夜の雛鳥だ──しかし、アリスはあらためて確信する。

咲夜はまさしく、最速の遺伝子を受け継いでいるのだと──その夜の遺伝子は、いま──このC1にふたたび帰ってきたのだと。

 

撃墜(オト)すなら、いましか──今夜しかないわよ──?

アリスは銀髪の妹分に気づかれないよう、姿の見えぬ毒蛇(バイパー)にウインクする。

 

次会うときにはきっと、手に負えない「夜」だから──

 

「咲夜。──あなたなら、できるわ」

*1
アクセルを床まで踏みきること。




魂魄妖夢
AW11:長野

鈴仙・優曇華院・イナバ
エボⅣ:横浜
オシャレなイメージがあるから

アリス・マーガトロイド
アルピーヌA110:EU(フランス)の上から品川ナンバー
自称・都会派だから
フランスのナンバーは取得し直している(歳がバレるため)
品川ナンバーは検あり
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