いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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新世代の波

時は少々遡り──

 

 

C1内回り・江戸橋JCT──午前一時四十五分

 

 

「……ええ、そうです。9号から湾岸入りして、有明からレイブリ経由で。多分3周も回る前には合流できると思います。……いまの仕様で、セッティング出しきってから踏むのは初めてですからねー、もっと早く追いつくかもですけど。いやー、あたいもいまいち底が見えてないんですよ、マジで。やばいですよねー……でも、いけそうな気がするんです。……ええ、それじゃまた」

 

そう言って、少女は一度電話切り、別の番号にかけ直す。

どうやらツレがいるようだ。

 

「……あ、もしもし?あたいだよ。今度はちゃんと取れたみたいだね……違うって、バカにしてないよ。そっちが一度間違えて『切る』ボタン押したのは事実でしょ?……はいはい、わかったわかった。とりあえず用件言うよ?これから9号経由で湾岸に入るから、無理しない範囲でついておいで。はぐれた場合、芝浦PA集合──そこからC1外回り入りで。それじゃ、れっつらごー──」

 

二度目の通話を切り、少女はC1より箱崎JCT──9号方面へと舵を切った──

 

 

─────

 

 

「ったく……私はメカ音痴じゃねーっての……まだこの機種に慣れてないだけ……って──おい!いきなり全開かよ!」

 

電話を切るなり加速を始めた、前方の四灯テール──その姿に慌ててギアを落としながら、霧雨魔理沙は叫んだ。

 

いま、魔理沙が駆るマシンはR33型スカイラインGT-R──かつての「記憶の旅」をともにした、600馬力仕様のチューンド。

ミッドナイト・パープルに彩られたその戦闘機は、ルナティック・パワーの「裏の顔」を象徴するデモカー──インフェルノスペックだ。

 

しかし──今夜を最後に、その座を明け渡すことになるだろう。

魔理沙は確信する──デビューから一年を待たずに、首都高に新世代の波が訪れてしまった、と。

 

資金に余裕のあるショップは、おそらく発表と同時に予約を入れたことだろう。

ルナティック・パワーも、そうしたショップの一つだった。

そしていま、魔理沙が把握する限り業界初となる首都高チューンとして、その黒船はローンチした。

 

「スカイライン」の檻から、直列6気筒2.6Lの枷から──ついに解き放たれてしまう──

 

その制作に携わった魔理沙は、戦慄する──不愉快なほどの速さ、ゆるされないキャパシティ──

 

かつて外界では世界規模の戦争が起き──そこではレシプロエンジンを持つ戦闘機たちが戦ったという。

しかし時代は流れ──いま、戦闘機の主力はジェットエンジンだ。

 

魔理沙は拙い外界知識のなかで、第二次世界大戦とやらを戦ったパイロットを想起した。

彼らが現代の戦場を飛んだなら──きっと、いまの自分と同じ感情を味わっただろう、と。

 

「あれが──」

 

魔理沙は加速するその姿を前に、言葉を切り、唾を呑む。

 

一瞬とはいえ、出遅れただけで──そして自分が得意とする9号で──

 

600馬力の33Rを、たやすくバックミラーから消してしまうその加速。

今夜はけして、流れがいい方とは言えない──なのに、そのもう一つのミッドナイト・パープルの影はあっさりと33Rを引き離し、一般車の奥に消えてしまう。

 

なんなんだ、あのマシーンは──

 

「あれが──R35──GT-R──」

 

 

─────

 

 

「うはー──これ想像以上にやばいわ。デモカーにしとくの、ちょっと危ないかも。マジで──死んじゃうって──」

 

そう言いながらも、R35のステアリングを握るその少女はアクセルを緩めない。

 

「スゴいよね──市販で300km/hを想定してるだけのことはあるって──大丈夫かあ日産──ホントにルナティック──あんたら日本のメーカーでしょうがあ──」

 

終わらない加速G──クラッチペダルを廃し、それでもシフトチェンジのラグを縮めたいと言わんばかりに、デュアルクラッチ*1で武装したR35は、継ぎ目なくそのパワーを発し続ける。

 

専用に設計された新世代V6エンジン・VR38。

ツインターボによって市販状態で既に480馬力*2を発生するその心臓に、底は見えない。

 

実際に、いま少女が駆るR35は──

 

「──800馬力。あれこれやったとはいえ、エンジン本体には手を入れなくてこれだもんね。手作業組み立て*3とやらの仕上がりを見てみたくてバラしてみたけど──ああ、これを市販するかあってなったもん。腰下*4に手を入れずに800馬力を狙えるエンジンが、いままで日本車にあったかな。腰下やれば900馬力オーバー狙えるって──」

 

そう呟きながら、少女は9号深川線を縫うように走る。

息苦しい──首都高のなかではテンポよくハイスピードに乗せていける9号なのに、こんなにも息苦しい。

 

だけど──

 

「──全然、窮屈ではないっていうか。パワーを使い切れないフラストレーションは結局乗り手の都合だもんね。スタビリティは正直、第二世代GT-Rの比じゃない。排気量とサイズが上がったの、モロに効いてるよね。──9号で220km/hオーバーなのに、クルーズ感覚だもん。……って、うわあ──9号ってこんなに短かったあ──?もう木場(きば)のコーナーじゃん──」

 

少女がR35の出来を確かめている間に、9号で一番急な、木場の120Rコーナーが迫る。

120R──サーキットなら高速コーナー、高速道路ならば急カーブ*5

マシン、そしてシチュエーションによって、その認識がはっきり分かれる曲率といえるだろう。

 

木場の120Rは、先の見通し自体は悪くない。

イン側にゼブラゾーンが引かれているおかげで、クリッピングポイントはややアウト寄りに膨らむ──よって、アウト・イン・アウトのライン取りでも、コーナー出口の状況を早めに知ることができる。

 

折よくコーナー前はクリアー──二車線をフルに使ってアプローチできる。

 

少女はハードにブレーキを入れながら、小気味よいリズムで指を動かし、瞬時にシフトダウン──

ステアリングを入れると、ノーズが吸い寄せられるようにゼブラゾーンの端に張りつき──そのままコーナー出口、アウトに向かいながら前へ──

 

ベクトルの合成をイメージさせる動き──GT-Rは前に進もうとする。

GT-Rはいかなる状況でも、自らを前へ押し出そうとする。

それは、第二世代Rから変わらない、GT-RがGT-Rでであるゆえん──しかし──

 

「アテーサのセッティングが、結構大人になった感はある気がする。第二世代RのアテーサがFRの弱点を補うためのものだったなら、35のアテーサは4WDを曲げるためのものっていうか──」

 

少女は一度ペースを落とし、120km/hの巡航に入る。

たちまちにGT-Rは9号の流れに溶けこむ──先ほどまで走りを見ていなければ、一般車からすれば「なんか高そうなスポーツカー」それ以上でも以下でもないだろう。

 

「──うーん。まだ出たばかりでノウハウが蓄積されてないのもあるだろうけど、チューニング業界がR35に興味持たないのもわかる気がするかな。逆に、ルナティック・パワーには商機があるかも。うちはハイパワーな高級アメ車がメインだし、多分お客さんの大半には、第二世代RよりR35の方が受けがいい……600馬力モードも試してみるかな。こっちは魔理沙にセッティング取らせた*6から、あたいはまだなんだよね……」

 

そう言って少女はインパネに後付けしたスイッチをON──600馬力、少女がこの首都高で最適と考えるパワーだ。

 

「きちんと自分の言葉で、過不足なくクルマを語ること──クルマとの対話、そしてCPUをイジる人間との対話──その二つができてない奴が実走セッティングでドライバーをやると、エンジンとクルマはゴミになってしまう。『ダイヤも黒鉛も炭素でしょ?』──あたいが言った意味、魔理沙はわかってるかな──それっ」

 

600馬力にモード変更してから、少女が最初に行ったアクションは「シフトアップ」──高段ギア低回転で、VR38をイジメる──そこから、アクセルをON──

 

「おっ……これはなかなか、いいんでない──?」

 

シフトアップしたとき、なめらかに回転数が下がるとは感じていたが──エンジンに苦しいこの状況でも、吹け上がりは滑らかだ。

出力特性はフラット──似た特性を持つルナティック・パワー33Rの影響は否定できないが、600馬力という数字に魔理沙は偏見なく取り組んでいると、少女は評価する。

 

「魔理沙は──ガサツだけど、丁寧なんだよね。順序を素早くこなしても、手順を省くことだけはしない……一年にも満たない付き合いだけど。……第二世代Rの600馬力なら、もっと過激な仕上がりにしてもいいと思う。あたいの33Rも同じような特性だけど、あれは『速いチューンド』──乗りやすさが速さにつながるから、ああなっただけ。乗りやすいとはいっても、それは600馬力のチューンドにしては、ってだけ──お気楽なクルマじゃない」

 

少女は言葉を切り、アクセルのフィールとエンジンの呼吸に耳を澄ませる。

 

「心地いいよね──車格も価格も上がったこと、プレミアムの意味をわかってる。ハイパワーなチューンドを日常の足にしたい──そういう属性の人を、魔理沙は否定しない。このR35は、ドライバーを技量で差別しない──下手なことを理由にハイパワーを出し渋ることはしない。ギア選択が曖昧でも走りきれる味付けに、魔理沙の意思が見える。器用貧乏になりがちなV6というエンジンレイアウトのなかで、どこをどれだけ伸ばすといい味が出るか、魔理沙はわかってる。けして天才なワケじゃない──それは一足飛びに『速さ』を求めなかったから。とりあえずパワー出して、とりあえず気合で踏んで──それでも速さは手に入る、だけどモロい。魔理沙はクルマと人に丁寧に向き合う──だから、こんな風に仕上がる。セッティングは嘘をつかない」

 

辰巳JCTの右コーナー──この先は、湾岸線──

 

「さあ──この35の最終テストだよ、魔理沙。それがチューンドなら、100馬力だろうが、一千万馬力だろうが──湾岸で踏んでこそチューンド、踏みきれてこそチューンド!──イッツ、ルナティックターイム!」

*1
R35は奇数ギアと偶数ギアそれぞれにクラッチを搭載している。そのため、奇数ギアで走行時には偶数ギアが、偶数ギアのときは奇数ギアがスタンバイ状態で接続されている。この機構はVWが「DSG」で使用し、欧州メーカーに波及した。作中時点の日本車では、R35のほかエボXも同様の機構を搭載している。

*2
作中時点、初期型モデルの数値。2024年モデルでは570馬力、2014年NISMOモデルは600馬力を発生する。

*3
R35はエンジン手作業組み立て。専門スタッフがクリーンルームで仕上げ、全機に品質検査が行われる(通常は無作為に抜き取って検査)。その上で慣らしを行って出荷。

*4
クランクシャフトやピストンのこと。エンジンブロックを開けた中身。いうなればエンジンの中核部分。

*5
Rが小さいほどキツいコーナー。参考値を述べると、鈴鹿サーキットの130Rコーナーは高速コーナー。それに対し、東名高速の難所といわれる大井松田IC〜御殿場区間IC(山間部)で一番キツいコーナーでも、実は300Rしかない。東名高速の300Rは下り線の鮎川PA付近に所在。

*6
エンジンの燃料噴射や点火タイミングを制御するCPU、その制御マップの設定。




ナンバー目録、続きます

藤原妹紅
AE86:京都
藤原運送は京都市南区、地下鉄十条駅付近に所在

河城にとり
CR-X:練馬→大阪
河城スピードは東京時代は北区に所在、大阪に移転してからは東大阪市
NSX、S2000:神戸
レミリアが登録してから引き渡したため神戸ナンバー
スーパーシビック:練馬

洩矢諏訪子
2000GT:松本→諏訪
平成18年に諏訪ナンバーが誕生したため再取得
ファミリア・ロータリークーペ:松本

八坂神奈子
S130Z:松本
エンジン載せ換え後は申請せずそのまま検切れ
エボⅠ:諏訪
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