レインボーブリッジより始まった、R35とエボⅨのバトル。
ほぼ横並びでドラッグレースばりの加速勝負を繰り広げた二台だが──芝浦ふ頭に差しかかったところで、エボⅨがアクセルをゆるめ、R35の背後につく。
クラウンピース駆るR35は左車線をキープ──対しエボは、右側のタイヤだけセンターラインを跨がせ、ややイン寄りのポジションをとる。
これは「隙あらば次のコーナーで抜く」という意思表示──というわけではない。
ここがクローズドのコースであれば、エボⅨの電子制御を活かしてイン─イン─インのライン取りでR35をパスできる──立ち上がり加速を加味すれば、無理なライン取りでもそれは実現可能なプランだ。
しかし、エボがそうしないのは──
「ここが『公道』だから──なんだよね。特にこの台場線は、千葉方面から湾岸を走ってきたクルマが東京都心西側にアクセスする役目を持つ道路。だから、あたいなら千代田トンネルまでは落下物を警戒*1する。モノによっては、大井は使えない*2からね。公道は生きている──次の瞬間に、何が待ち受けているかわからない」
コーナー立ち上がりはクリアー──それを見た先行のクラウンピースは、ややイン寄りにノーズを入れる。
それを見たエボは、R35の右リアフェンダーに左フロントを寄せ──二人、阿吽の呼吸で立ち上がりに加速。
ポジションは変わらず、R35が先行の形だ。
一見しただけだと、二台パラレルにコーナリングした──整ってこそいれど、まったく地味なランデブー走行に映ることだろう。
しかし、これは高度な鍔迫り合いだと、当事者同士にはわかっている。
オールクリアを前に、マージンを最大限取りながらエボにインを刺される余地をさりげなく潰したクラウンピース。
コーナリングしながらインを刺すラインに変更できる腕前と、一見がら空きに見えてギリギリスペースはないと判断できる車両感覚を持つ、エボⅨのドライバー。
エボⅨの車幅よりわずかに狭いスペースをイン側につくったクラウンピース──対し、寄せられる幅までノーズをねじ込みプレッシャーをかけるエボ。
公道を主戦場にしながらも生き延びてきた者たち──磨かれた危険への嗅覚に由来する、ハイテクニック。
そう──公道のテクニックはすべて、生き残るため。
彼らのテクニックは速く走るためではない──生き延びた夜が、彼らを速くした──ただそれだけのことにすぎない。
クラウンピースはミラーを通してエボⅨのシルバーのボディを視認し──そして、GT-Rのボディを介して、エボの息遣いを感じる──
「やっぱさ──あんたはわかってるよね。あたいたちは、この首都高の夜でせめぎ合う。
11号台場線よりクラウンピース・R35、そしてエボⅨ──横羽線上り本線合流──
─────
「この音は──20Bターボ。ユーノス・コスモか?──違う、認めろ霧雨魔理沙。この速さで迫ってくるほどのチューンド──間違いない──でも、まさか──ッ」
300km/hオーバーで、五年前この湾岸を駆け抜けたあの羽ばたきが──近づいてくる──
なによりも深く、なによりも速く──そして横羽に
ステアリングを握る手のひらに、力が入る。
私はいま、100km/h程度で巡航する33Rのステアリングを──必死に押さえつけている。
違う──私はいま、しがみついている。
33Rのステアリングに、しがみついている。
後ろから迫るその気配に、吹き飛ばされぬように──すれちがうその速さに、吹き飛ばされぬように──
そして──「どうか気づかれませんように」と──私はいま、怯えている──
それほどのマシンと出会えば、私は昂ぶるのだとばかり思っていた。
本物のチューンド──それを前にしたこころの昂ぶりを教えてくれた、33R・インフェルノスペック。
お前との走りを通じて私は、走りに昂ぶるこころ、そして速さにいのちをゆだねる愚かさを知った──
だけど──ッ!
レミリア、美鈴──そして私の32R。
お前たちは、「こんなの」を追いかけて、走り合って──
これは、スペックとかドラテクとか、そんなチャチな理屈の世界の話じゃない。
聞いた通りのスペックなら、たかだか650馬力──スクランブルブーストで瞬間的に800馬力のFR。
本気で詰めた800馬力のGT-Rでも持ちこめば、勝負は一瞬でつくだろう──スペックだけで語るなら。
だが──違う。
本能が拒否する──あまりにも純粋なんだ。
その愚かさも、禍々しさも──人に許されぬスピードの領域に、禁断の檻に手をかけてきたその純粋さの前に──私はその発される夜に、戦慄する。
湾岸のスピード、その絶対神を前に、誰の感情も嘘はつけない。
そしてその絶対神に、唯一愛されたスカイラインGT-R──そのRという神の剣に真っ向から抗った、もう一つのスピードの化身──人の身ゆえに、赦されなかった──なにより深く夜を纏いながら、最後は夜に滅ぼされた怪鳥──
私が祈る間もなく、一瞬のうちに丸目二灯のテールランプが追い抜いていく──
獲物を探すわけでもなく、軌跡を残すわけでもなく。
私以外のだれにも気づかれないまま、そのマシンは夜に消えていく。
私は網膜に焼きついた、二枚羽の変形GTウイングを反芻する。
間違いない──
「あのマシンは──RX-7・FD3S。ブリリアントブラックの、FD3S──」
しかし、なぜ──?
私がそう思ったとき、ポケットのなかで32Rのキーが震えた。
宿敵──自分がチューンドとして生まれたきっかけを前にして、お前は震えているのか?
私の──R32・スカイラインGT-R──
Rのキーが、私に伝えようとしている──経緯こそわからないが、蘇ったのは事実なのだと。
奴を撃墜すのは自分の役目で──この33Rではないのだと。
蘇った──錯覚じゃない。
ブリリアントブラックのFD3S──夜の怪鳥が、首都高の夜に帰ってきたのだ──