前に展開は考えてるとか言ってましたが、予定から展開変えたのでペースはゆるりになりそうです
ゆっくりお付き合いくださいまし
「あー……これはちょっと……よくない流れ、かも」
芝浦JCTより1号羽田線入りしたクラウンピースは、右サイドミラーを見て呟いた。
芝浦JCTで11号台場線と合流した羽田線は、浜崎橋JCTまでの短い区間で四車線に膨らむ。
一番左のレーンをキープしていたクラウンピースはアクセルを緩め、左ウインカーを焚いた。
クラウンピースの真後ろを追走していたエボⅨもそれに合わせるように、ブリッピング*1しながら減速──再加速の準備を整えながら、R35の出方を見る構えだ。
これから浜崎橋よりC1入りするクルマの台数自体は、想定通り──あるいは少ないくらいだ。
目につくのは首都高慣れしているであろう職業ドライバーばかり──一見すれば、C1で本格的なバトルに入るには悪くない流れといえる。
クラウンピースが「よくない流れ」と言ったのは──
「ああ……やっぱりか。『仕掛ける』よね……あたいらみたいなクルマが上がってきたら」
クラウンピースとエボがアクセルを緩めたのを見て、羽田線から芝浦合流したガングレーのクルマがさらにアクセルをON──ミッドナイトパープルのR35の前に躍り出る。
スカイラインGT-R──32Rだ。
芝浦からの加速感からして、おそらく定番のブーストアップ仕様──400馬力くらいの32Rだろう、とクラウンピースはあたりをつける。
「それっぽい」R35とエボⅨを見かけて、バトルを仕掛けようと思ったのだろう。
クラウンピースがさらに減速すると、ガングレーの32Rも合わせて減速──横に並んだり、前で左右に車体を振ってクラウンピースを牽制する。
「バトルしたくて仕方ない、って感じだねどうも……雰囲気からして、買ったばかり……あるいはいじったばかり、って感じか。この二台の空気感に割り込むってことは、まだまだルーキー……特に首都高が長い奴なら、
クラウンピースの無邪気な瞳から、温度が消える。
ミッドナイト・パープルのボディに、東名レースより脈々と受け継がれてきたルナティック・パワーの夜々が走馬灯のように流れゆく。
「こちとらスピードで飯食ってきて──この首都高の最悪な時代、最悪な夜を幾つも越えてきたんだ。死んでも文句言うんじゃないよ。──あたいは、止まらないから」
目尻に一瞬だけひび割れる決意。
クラウンピースは無言で胸に手を当て、バックミラーを見やる。
エボとのバトルはお預けかな──そう思いながらクラウンピースはパワーウインドウを開き、後続のエボに向かってひらひらと手を振り合図した。
32Rを片付けてから「やりなおす」つもりならエボも乗るだろうし、退くならそれもいいだろう。
32Rを先頭に、三台は浜崎橋の分岐を左、C1外回り方面へ──クラウンピースはあえてアクセルを抜いて選択権を与えたが、32Rはそのまま外回りを選択した。
「外回りでいいのか……自信だね。その自信が命取りにならなきゃいいんだけど──」
クラウンピースは冷徹な瞳で32Rのテールランプを見据えながら、浜崎橋の左コーナー立ち上がりで静かに2回パッシングする。
「魔理沙の32Rをつくると決めた以上、ルナティック・パワーは再び首都高で退けない看板を掲げた。だから、いいかい──あんたは死ぬ前に、退くんだよ」
引き金に指はかけられた。
クラウンピースの最後の呟きは、祈りにも似た一言だった。
その言葉は、前方のアンノウン──ガングレーの32Rに届くのだろうか?
放たれた祈りの行方は、踏みこまれたアクセルに吸いこまれ──儚く霧散する。
三台のエキゾーストが絡み合い、チューナーでありランナーでもある地獄の妖精、クラウンピースの祈りを戯言だと嘲笑う。
「あたいはさ──祈りだけは、ついに
クラウンピース・R35およびエボⅨ、32Rと
─────
霧雨魔理沙・33R──芝浦PA・午前二時
「んだよ、クラウンピースいねーじゃん。てか、誰も……って、あれ?」
ぐるりとループする下り坂の先、「小型車」の誘導に従って芝浦PA入りした私は、施設入口近くに佇む人影に目を留めた。
水曜の深夜とはいえ、ここにクルマが一台もいないことなんて滅多にない。
それだけでも変なのに、人がいる──芝浦PAは徒歩で出入りできないはずなんだが……
待ち合わせを約束したはずのクラウンピースもなぜかいないし、私もそのままPAを出ようかと迷ったが……魔法使いとしての直感、もとい好奇心がうずいた。
施設入口の近く、非常電話の前の白線にバックで33Rをおさめる。
アフターアイドルは……大丈夫か──そう思いながらエンジンを落とし、キーをポケットに入れた。
そのまま顔を上げると、バックミラー越しに金色の瞳と見つめ合う形になった。
いつのまにかさっきの人影は後ろに回っていたらしい。
少女と女性、二つの語彙を行ったりきたりするような瞳だ。
目元の気配からして、咲夜と同じかすこし上……ちょうど、咲夜と早苗の間くらい、私と霊夢よりは歳上だと私はアタリをつけた。
くりっとした二重まぶたをいただく金色の視線が、バックミラー越しに私の瞳孔にさしこみ──そのままわずか下に落ちる。
33Rのトランク……あるいはウイングを見つめているみたいだ。
私は降車し、ドアを閉めながら口を開いた。
私の第一声と、33Rの「パタン」という音が重なる。
「よう!お前、クルマに興味があるのか?」
私が声をかけると、少女──「そいつ」とするには透明な雰囲気を纏っていた──は落ち着いた様子で目線を上げた。
「あら、ごめんなさい。勝手にじろじろ見ちゃって。このGT-R、あなたのクルマなの?……私は冴月麟。『さつき』が名字で、『りん』が名前ね」
「冴月麟、か。不思議な名前だな。まるで、名字と名前でひとつの言葉みたいだぜ。私は霧雨魔理沙、よろしく頼む。で、こいつだが……こいつは借り物なんだ。ほとんど自分のクルマみたいになってるし、譲ってもいいって、持ち主からは言われてるんだけどよ。……麟は、クルマが好きなのか?こんな時間の芝浦で、GT-Rって言葉が出てくるくらいだから、そうかなって思ってたんだが」
冴月麟……冴月と呼ぶべきか麟と呼ぶべきか、一瞬まごついた私の心理を見透かしたのだろう。
麟は一瞬おかしそうに笑い、私の問いに答えた。
「どうかしら……詳しいわけじゃないよね、私って。このクルマのリアに"GT-R"ってバッジがついてるから、GT-Rなんだろうって思ったくらいだし。……魔理沙は、このクルマを譲ってもらおうとは思わないの?神秘的な紫色でカッコいいし、速そうじゃない。この羽とか」
そう言って麟は、33Rのウイング──純正だが──を指差した。
譲ってもらおうとは思わないのか?
麟のさも当たり前と言わんばかりの問いが、私の鼓膜の左右をいったりきたりする。
その問いを、どこか受け入れられない自分がいることに私は気づく──麟の言葉は、私の鼓膜をなぞるばかりだ。
なぜ私は、そんな事情を見ず知らず初対面の麟に話したのだろう?
そう思いながら、麟をじっと見つめる。
不思議そうに私の瞳を見つめる麟──気配こそ違うが、その金色は鏡越しに見慣れた自分と同じだった。
それに、洋風の巫女服を彷彿とさせる服装──まるで、霊夢の巫女服をアリスが仕立て直したみたいだ。
そう思うと、ミディアムの長さに整えられた金髪も、アリスみたいな──そう、霊夢の巫女服を自分好みに仕立て直したアリスに、私の瞳をはめ込んだような──
知ってる雰囲気、それも私が信頼し追いかける雰囲気を、麟が纏っているから──自分のプライバシーをあっさり話した動機の推理に結論をつけ、私は口を開いた。
「──迷ってるんだ」
「迷ってる?」
オウム返しに問うた麟に対し、私はゆっくり言葉を紡いでいく。
「ああ。実はさ、私のクルマはいま、事故で廃車同然なんだ。直そうと思えば、直る……というか、直せるツテがあるらしいが、私は迷ってる」
「それはどうして?このクルマの方が速いとか?」
「うーん……それはすこし違うかな。改造すればクルマは速くなるし……私のクルマもGT-Rだからさ。……誰かの過去を知ったとき、そいつを見る目が変わってしまうことって、ないか?ちょうどそんな感じっていうのかな」
麟は一瞬だけ宙を仰いだ。
「……あるかもしれない。魔理沙はそのクルマに対して、向ける視線が変わっちゃったんだ」
断定とも問いかけとも捉えられない、麟の声のトーン──その言葉に、私は動揺する。
心臓のひだにあっさりと痛みもなく、矢を刺されたような──自分でわかってることでも、他人の声で聞くとどこか意味が違って聞こえるのはどうしてだろう?
黙りこんでしまった私に、麟が思いもよらぬ言葉を放った。
「──私はさ、巫女になりたかったんだよね。同じくらい、魔法使いにも」