いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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後ずさる

巫女になりたかったんだ。

あるいは、魔法使いに──

 

麟の唐突な告白に、私の思考は停止する。

魔法使いと巫女──それじゃあまるで、私と霊夢じゃないか。

 

巫女はまあ……少数とはいえ、現代の外界にもいる。

主に名の知れた神社の一部だが、巫力や霊力、ときに神力さえ扱える者たちはたしかに存在している──外界生まれ・外界育ちの東風谷早苗のように。

 

しかし魔法使いは……正直なところ、フィクションの世界の存在だ。

魔女狩りのおかげで種族としての魔女はもうほとんど残っていないし、人間の身で魔法を扱う者はもっと少ない。

大半は「魔法使い」ではなく「錬金術師」であって、その錬金術師たちはいまや「科学者」に置き換えられてしまった。

 

「変なこと言ってるなって自覚はあるよ……でも、それは本当の話。折り合いがついた『はず』のことだったんだけど、ね」

 

麟はそう言ってうつむき、草履のつま先で小さく円を描いた。

赤い鼻緒がちょこちょこと、そして滑らかに踊る──私たちが午前二時の芝浦PAに不似合いな少女であると示すかのように。

 

「それでも──いや、『だからこそ』過去に手を伸ばしてみようと思ったの。現代では、過去を振り向かず、前向きに生きることが良しとされてるけれど……私はそうは思わない。後ろ向きに、過去へ過去へと手を伸ばす──もう二度と届くことのない過去へ、ちぎれるほど手を伸ばしながら、私は後ろ向きに──未来へ『後ずさって』みようと思ったの」

 

麟は言いきったところで顔を上げ、私をじっと見つめた。

その瞳は問いかけていた──お前はどうするんだ、と。

麟はどれだけ「わかって」いるんだろう──私の正体とか、私がどこから来たかとか、他にも色々……

 

私には麟が、同じ人間には思えなかった──八雲紫や魅魔様、ヘカーティア──駆け出しの頃、霊夢と行った魔界で遭遇した、神綺とかいう魔界の創造主──そういう人外と同じ瞳だったから。

 

でも私には、麟が何者かなんて、正直どうでもよかった──それは藪蛇が嫌な気持ちもあったけど、なにより麟に同じ空気を感じたから──

 

「麟……お前も『走る』のか──?お前も、首都高ランナーなのか──?」

 

いま、聞きたいことは──言葉にしたいことはそれだけだった。

私の問いに対し、麟が答える──代わりに、一台のエキゾーストが芝浦PAの景色を引き裂いた。

 

たかが音、されど音──なのに、黒い闇が閃光のようにきらめき、芝浦PAそのものを真っ二つに切り裂く──そんな錯覚。

そのマシンは私たちからすこし離れて停車した──アイドリングだけで、視界がズレる──それほどに、鋭利に切り裂かれた空気。

 

「魔理沙、紹介するわ。あれが私のマシン──」

 

麟がマシンに向かって手を伸ばすと、運転席から銀髪の女性が降り、私に会釈した。

 

夜の怪鳥──大きな黒い鳥を思わせる、ブリリアントブラックのFD3S。

3ローターツインターボの心臓をこともなげに走らせていた、銀髪の女性──その真っ赤な瞳が、私を見つめる──

 

「そして、その『チューナー』──稀神サグメよ」

 

 

─────

 

 

「……まいったな。仕事が増えちまった」

 

エボⅨのフロントガラス越しにクラウンピースのR35……そして乱入してきた32Rの動きに目を配りながら、男は呟いた。

 

「ルナティック・パワーの新しいデモ車とちょっと遊ぼうと思っただけなのにな……まったく、若いのは血が多くていけねえや。とりあえず連絡しとくか……」

 

エボⅨの男はそう独りごち、左手で携帯電話のダイヤルを回した。

1コール……2コール……3コール目で、スピーカーが男の左の鼓膜を震わせた。

 

「はい」と応じた声は女性のもの──それほど年端のいかない女性の声だ。

 

「……おう、俺だ。いまC1外回りに入るとこなんだが、『同業者』とちょっと遊ぼうとしたら乱入されちまってよ。とりあえず連絡したんだが」

 

《そうですか……何台です?》

 

「『同業者』のR35……東雲(しののめ)のルナティック・パワーってわかるか?アメ車で有名な──あそこのR35のデモ車一台に、乱入者はガングレーの32R……多分400馬力・ブーストアップ仕様だ。おそらくだが、ルーキーだな」

 

《ルナティック・パワー……ええ、知っていますよ。ドライバーはわかりますか?……『同業者』の方です》

 

「ああ、知ってる……クラウンピースって名乗るふざけたガキだ。雑誌にはメカのチーフ出してるからほとんど顔も知られてないが……アイツは速いぜ。そして、遠慮がない。むやみに仕掛けることはしないが、売られたケンカはきっちり買う──そして、相手にサービスはしない。無理に追いかけて事故った奴は多いぜ。──お前、いま東京にいないんだろ?」

 

スピーカーから聞こえる女性の声には、どこか苛立ちの色が混じっていた。

男はそこから、電話相手の状況を言い当てる。

 

《──ええ、そうです。いま大阪なんです……だから、間に合いませんね。どうにかできそうです?》

 

男は芝のS字を抜けながら、前方の状況を確認する。

電話している間に離されてしまったが……テールランプの形からして、いまだ32Rがリードしているようだ。

 

「……無理だな。わかってるだろ?32Rが気づいて退()くのを祈る──それしかない。お前の領分だぜ、どちらかといえば」

 

電話相手の女性は盛大にため息をついた後、男に指示を飛ばした。

 

《──『奇跡』にも限度はありますよ。とりあえず、後ろから様子を見ておいてください。何かあれば、お伝えした電話番号に報告だけして……あとは下道に降りて大丈夫です。『上』にあなたのことは話してありますから》

 

その言葉に、男はにやりと笑う。

 

「いいねえ、警察(ポリ)を味方につけてるっていうのは。大手を振って暴走できる。これも、姪の警察バイト様々ってわけだ。なんだっけ……特別交通機動隊だっけ?警視庁の」

 

《警視庁じゃなくて、警察庁です。*1まったく……亡くなったお父さんが聞いたらなんて言うか。いい大人なんですから、ほどほどにしてくださいよ──東風谷叔父さん》

 

東風谷叔父さん──そう呼ばれた、エボⅨを駆る男はわずかに唇をめくり上げながら、結びの言葉を発した。

 

「お前も『東風谷』だろうよ……それじゃ、諏訪子様と神奈子様にもよろしくな──早苗」

*1
雑にいえば警視庁は東京都を管轄、警察庁は日本全国の警察をまとめる。

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