天啓に従って書いていきます
ロクに推敲してなかったので、編集いれました
注釈も増えてます(2025/6/16 01:07)
「あら……『ボーヤ』じゃなくて、お嬢さんだったのね。私はヘカーティア……ヘカーティア・ラピスラズリよん。あなたのお姉さんの
首都高・箱崎PA──午前二時十五分
一足先に駐車を終え、バイパーの側で私のFCが白線におさまるのを待っていた女性は、FCから降りてきた私たちに声をかけてきた。
女性は助手席から降りてきたアリスの瞳を指さして、パチリとウインクする。
宝町ストレートに始まり、汐留S字で決着したバトル──そのまま示し合わせたように、私たちはクールダウンに入った。
そしてバイパーに導かれるようにして、私とアリスはこの箱崎PAにたどり着いた。
「幻のPA」とも称される*1箱崎PA──アリスですら具体的な入り方を知らなかった場所を知っているあたり、この女性はかなり首都高を走りこんでいるのだろう。
二十代前半くらいだろうか?
派手な青髪*2に、センスがいいのか悪いのか──すくなくとも私のクローゼットにはありえない趣味だが、レミリアお嬢様ならありえるかもしれない──判断のつきかねる、"murder♡capital"*3と書かれた赤いTシャツ。
バイオレットに真っ赤なストライプが走るバイパーの車体とあいまって、すごく目がちかちかする人と言うのが、私の率直な感想だった。
一度瞼を閉じて目を揉みたい気持ちを堪え、私は自己紹介する。
「はじめまして、私は十六夜咲夜と申します。こちらは──」
「アリス・マーガトロイドです。──『私』としては初対面かしらね、ヘカーティア」
アリスは私の言葉を遮って、意味深な自己紹介を投げかけた。
表情こそ平静だが、アリスの纏う雰囲気が一瞬にして硬化するのを、私は肌で感じる。
それは些細な変化だった──FCとの走りを通じて泡立った肌でなければ、決して気づけないと思えるほどには。
アリスの言葉を聞いたヘカーティアさんは目を丸くし、おずおずと口を開く。
「……驚いた。こんなところで会うなんて。……いつの間にかそんなに大きくなっていたのね。そう……あなたが……」
ヘカーティアさんは言葉を続けようとしながら、魔法で封じられたように口ごもる。
アリスはこの派手なお姉さんと知り合いなんだろうか?
私の疑問をよそに、アリスが声を放った。
「──『ママ』は、相変わらず?」
その声色は優しく、瞳は知性に満ち──そして口元には、かすかな憎悪が宿っていた。
私の知らない、アリスの表情。
アリスにもまた、私の知らない過去がある──そんな当たり前のことに、私はいま直面している。
「アリス……それは、神綺の『人形遊び』のことよね?」
「ええ、ヘカーティア……もっとも、魔界という名のドールハウスから降りた私には、関係ないといえばそれまでだけれど」
「いえ、あなたには聞く権利があるわ。そうね……神綺は何も変わらない。すくなくとも、あなたが『発生』したときから、なにも」
「そう……悪いけど咲夜、ちょっとなにか飲み物を買ってきてちょうだい。ヘカーティアの分もね。……コークでいいんでしょ?」
アリスはヘカーティアさんの方に目を向けながら、私に空色の薄い二つ折り財布を渡す。
お洒落に気を遣いながらも、無駄なものを省くアリスらしい財布だ。
要は「少し席を外してほしい」とのことなのだろう。
私はそれを受け取りながら、魔理沙のことを思い出していた。
ポイントカードとレシートでパンパンになっていた、魔理沙の黒い長財布──魔理沙だったら、こんなときどうするんだろう。
普段、理知的な淑女の模範のように振る舞うアリス──そのアリスの内側に、獣の吐息を私は感じている。
アリスがどうしてあれほどのドラテクを持つのか、そしてどうしてこれほど「走り」を理解しているのか、私は知らない。
しかし、それはきっといまのアリスの気配と無関係ではないのだろうと、私は直感する──アリスもまた「走り」を通じて、その獣と向き合ったのだろうと。
アリスをヘカーティアさんと二人きりにしたくない私がいる──しかし、タイムリミットだ。
逡巡しているうちに、ヘカーティアさんが口を開いた──「ええ、コークをお願い」と。
私は黙って頷き、自販機の方へ歩き出した。
─────
あれは小学生の頃だったか──防災体験センターに社会科見学に行った日のことを、私はおぼろげに思い出していた。
そこにあった、強風・暴風体験マシーン──強すぎる向かい風の中で人は息をすることができないと、私はその時はじめて知った。
私がまだ黒髪だった頃──そんな遠い記憶がいま、破片と砕け、飛び去りゆく──
エキゾーストノートが、空気を切り刻む。
死と再生──視界の端でピントすら合わないまますれ違うアザーカーたちは、刹那に破壊され、そうしてふたたび、何事もなかったかのように息をしている。
音の波が、視覚を支配する──大気の流れすら、見えるような、夢のようなフィーリング。
プランク時間*4よりも短い一瞬のなかで、万物の生と死を体験する──私は何度も切り刻まれ、そして再定義される。
私は自らの死に気づかないまま、無限回の生を繰り返す。
シフトアップのたびに存在感を増す、何よりも無機質で、何よりも色彩豊かなエキゾーストノート──宇宙の膨張よりもはてしない加速G──呑まれるネイキッド・フィーリング──
世界から次元がひとつ消え、私の存在も消え失せる──
阪神高速・1号環状線──午前二時三十分
「東風谷早苗……どうだった?」
にとりさんの言葉で、私の意識は着地する。
自覚あるスワンプマン*5──私は、いまの私といままでの私が同じなのかどうかすら、わからない。
多分、同じじゃない。
何かを失ったわけではない──はじめから何かが欠けていたように、私は感じる。
「はじめから欠けている状態」で、私が再定義されたように──しかし、それが何か、私にはわからない。
私が答えるよりはやく、にとりさんは呟いた。
「セッティングは、ここまでだね──この
ああ、そうだ。
私は、霊夢さんのために組まれたエスのテストドライバーとして、ここにいるんだった。
セッティングは、出せましたか──?
私は期待されるほどに──霊夢さんが踏みこむであろう「速さ」の領域に、私はこのエスで踏みこめましたか──?
そう問おうとするが、声が出ない。
口蓋からすべての水分が奪われ、貼りついてしまっている──まるで真空じゃないか。
「『すれちがった』だろう──?」
にとりさんは言う。
「世界そのものが、通り過ぎていくだろう?自分のなかに、世界が留まらないだろう?──これ以上は多分、数字の話じゃないんだよ」
そう言いながらにとりさんは窓を開け、マイルドセブンに火をつけた。
「プログラムには、結局触らなかった。……安心しな、謝礼は渡すし──あんたの走行データも、後でプリントアウトしてやるから。あんたくらいのドライバーなら、数字だけで自分の走りを可視化できるだろ。……おめでとう、東風谷早苗。いや、絶望すべきかな……」
にとりさんの言葉が私をすり抜けていく──エスの助手席から漂う紫煙が、私の首筋に優しく手をかける。
「あんたはもう、立派に『
にとりさんの言葉に、私は静かに頷いた。