冥界ハイウェイ第一
魂魄妖夢のAW11型MR2を先頭に、車体の半身を右にずらしながら、鈴仙・優曇華院・イナバのランサーエボリューションⅣが続く。
それを十六夜咲夜のFC3S型RX-7が
三人の走り屋
一見平和なランデブー──しかし、その裏側では、高まるテンションが三台のマシンを緊密に結びつけている。
これから始まる下り一本勝負を前に、三人のボルテージは振り切れそうだ。
冥界ハイウェイには下り顕界方面に第一PA、上り冥界方面に第二PAが、それぞれ出口インター手前に整備されている。
どちらのPAからでも上下線に合流することができ、下って第一PAを経由し、上り方面に折り返して第二PA入り──そしてふたたび下り方面へ合流。
冥界ハイウェイの走り屋はこの流れで、一晩中冥界と顕界を往復する──「走り」はPAに挟まれた区間のみ、それが暗黙の了解となっている。
冥界ハイウェイ第二PAが近づく。
十六夜咲夜はFC3Sのダッシュボードに追加した三連メーターに目を移す。
油温良好、水温OK──ブースト圧、問題なし。
FCの走りがタレる気配はない。
ガソリン残量は──三分の一より多いくらい──ビンゴ。
フューエルメーターと私自身の体感は一致している。
ガソリンの重量は無視できるほど軽くはない──しかし、残量ギリギリまで少なくすればいいわけでもない。
冥界ハイウェイの下りなら、私のFCはこのくらいのガソリン残量が一番良い重量バランス──そして、私の身体感覚は絶好調といえるだろう。
AW11が第二PAに進入し、エボⅣと私のFCが続く。
PA内を徐行し、下り方面出口へ。
ループを過ぎ、本線に向かって妖夢のAW11が加速を始める。
スーパーチャージャー特有の甲高い、絞りながら螺旋を駆け上がるような音──妖夢がスーパーチャージャーにこだわっていた本当の理由はこの音にある。
続いて鈴仙のエボⅣが吼える。
筋肉質な喉元を思わせるサウンド──
──さあいきましょうか。
私の
啼けよ、私の
私は
ロータリーサウンドが冥界の空に響き渡る──サイドミラーを確認すると同時に
アクセルを踏みつける。
靴底から指先に伝わるローターの波動。
FCとつながるこの瞬間、時間の流れがゼロになる永遠──
鈴仙、あなたには言わなかったけど、私もあの漫画持ってるの。
だから──そうでなくとも、負けるわけにはいかないわ──
冥界ハイウェイ下り、合流──
─────
「やっぱり上手くなったわね、鈴仙」
グリップとドリフトを的確に使い分けながら、エボⅣがAW11に迫る。
コーナーでは妖夢のAWの軽さとミッドシップレイアウトがキく。
しかし、立ち上がりではエボが一気に距離を詰める。
低段ギアからの鋭い加速において、エボは他車の追従を許さない。
それはこの冥界ハイウェイでも同じだ。
「走り始めた頃に比べると、その利点をよく活かせるようになったわ。多分、コーナリング時のギア選択とブレーキのポイントを試行錯誤したのね。電子制御の扱いにも習熟してる。真面目な性格がマシンによくハマってるわ」
ランサーエボリューションは、公道に持ち込むには反則級のマシンだとよく言われる。
幻想郷においてもそれは例外ではなく、走りと勝利の美学にこだわる走り屋はランエボの存在にいい顔をしない。
何も知らずに「4ドアでカッコいいやつ」という基準だけでエボⅣを選んだ鈴仙は、周りの声に悩んだときもあった──ランエボなら速くて当たり前、すごいのはエボで、お前自身はあくまで「ヘボ」──
だが、ランエボは誰でも簡単に速くなれる魔法のマシンではない。
4WDターボとハイテク電子制御への理解と習熟──クルマじゃない、「ランエボ」を走らせるテクニック──それあってのエボ乗り。
実際、幻想郷にある大半のクルマを手配したレミリアお嬢様は、限られた相手にしかランエボを与えていない。
これは紅魔館内の秘密だが、数ある基準の一つとして「真面目で勉強家」と認めた相手にしか、依頼されてもエボを手配しないとお嬢様は決めている。
お嬢様がそうするのは単純に「事故が増えるから」だ。
まだまだ未舗装路の多い幻想郷において、4WDの需要は強い。
走り屋
お嬢様がクルマを手配しはじめた当初、エボは比較的多く流入したが──同時に事故が劇的に増加。
その高性能ゆえに過信したドライバーによる事故が多発、八雲紫とお嬢様の間で取り決めがなされ、ランエボシリーズは名指しで「幻想入り規制リスト」に載ることになった。
鈴仙のエボⅣは幻想入り規制後に流入した個体だ。
周りの声は、実際のところ嫉妬と羨望によるものが多い。
しかし、鈴仙の性格と努力なくして、エボⅣは速く走れなかった。
ドライバーあってのマシン、マシンあってのドライバー。
そして、どれだけ反則級といわれようが、そのマシンは市販され、既にここにある。
すべての走り屋は、厳粛にその現実を受けとめなければならない──ランサーエボリューション──合理性を厳密に追求し、結果生まれたアスファルトの怪物──すべての非難を速さでねじ伏せてこそ、本当のエボ乗り──
「走りは上手くなった。エボ乗りとしても一流……でも鈴仙、まだまだね。あなたの駆け引きは『青すぎる』わ」
アイセルブルーのエボⅣとシルバーのAW11による熾烈なデッドヒート。
コーナー立ち上がりで鈴仙が前へ、コーナー突っ込みでは妖夢が前へ──ストレート区間ではコーナー脱出速度のわずかな差で、次のコーナーでの優先ポジションが決まる。
「鈴仙、あなたは速い。でも、先行がまだ苦手みたいね」
コーナー脱出から先行を取れたとき、鈴仙の走りはわずかに揺らぐ。
鈴仙は冥界ハイウェイを私や妖夢ほど走ったわけではない。
そのハイペースは、妖夢に引っ張られている部分も大きいだろう。
実際、ここを一番走り込んでいる妖夢は、約束組手のように「バトルにおけるラインの潰し合い」を鈴仙に指南する走りをしている。
本気で攻めてはいるが、ライン取りは本気のタイムアタックのそれじゃない。
「妖夢に任せて、私はそろそろ先に行かせてもらいましょうか。鈴仙、あなたの弱点は先行時にバックミラーを気にしすぎること。パッシングした位置と相手のマシン性能から、後続車の位置を把握することがバトルでは大事。ミラーだけに頼るとこういうアタックの餌食になる──いいかしら鈴仙、一度きりよ」
次の右コーナーで決める。
このコーナーは車線幅が一時的に広くなり、複数のラインがある。
FCの動きで私の目的を察した妖夢が、大きくアウトからスピードを乗せるライン取りの準備をする──鈴仙はそのややイン側へ──予想通り、スピードを殺しきらず、タイトに立ち上がれるラインだ──ランエボでレコードタイムを出すならそのラインが正しい──鈴仙は妖夢がラインを外したように見えただろう。
だが、バトルではレコードラインがすべて正しいとは限らない──ラインはバトルの状況次第でいくらでも変化する──鈴仙、あなたはミラーで私のFCを捉えていた、それが命取りよ。
私はタイミングを合わせ、エボⅣのミラーの死角に飛び込む。
コーナー進入前にミラーを見て私との距離を確認し、レコードラインの優先権を取ったことに安心──あとはエボの旋回に集中して、妖夢との立ち上がり勝負だ──鈴仙、あなたはそう考えていたことでしょう。
これも勉強よ、鈴仙──
「消えるライン」ミラーの死角をついてパッシングするテクニック。
──いまあっさりインから抜かれたあなたは、何が起こったかわからなかったでしょうね。
出口で全開の加速──たちまちロータリーターボが吹けあがり、エボとAWのヘッドライトをバックミラーの点にする。
下りきってPAで待ってるわ──コンポタを飲みながらね。
クリスタルホワイトのFCが次のコーナーに消えていく。
妖夢はやっぱりかあ、と苦笑する。
鈴仙は状況がわからず呆然としたまま、そのコーナーを見つめていた。