いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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ヴォイス

鈴仙と妖夢の姿はもう見えない。

先ほどまではバックミラーにヘッドライトがちらついていたが、いま私のFCのバックミラーは紫がかった冥界の夜空を映すのみ。

さすがに私の全開にはついてこれないだろう。

加速は二人のマシンの方が上だが、トップスピードの伸びはこちらに分がある。

最高速寄りのギア比に設定したのは正解だった。

 

空の色に冥界と顕界が入りまじる。

夜空は暗い紫から明るい藍へ──十六夜咲夜のFC3Sは冥界ハイウェイを顕界に向かって駆け下りていく。

今夜最後のバトルとコンポタはいただきね──そう思ったときだった。

 

 

「へー、なかなかやるのねあなた。テールハッピーなFCをあそこまで振り回すなんてやるじゃない」

 

 

私は反射的に時間を止め、ナイフを取り出す──姿は見えないが、声は車内からだ。

FCの車内を見回すが、誰の姿も見えない。

 

冥界ハイウェイで知らない声がするのは珍しいことではない。

特に冥界の区間では、そこらで「遊ぶ」霊が並走しながら走りに意見してくるのはよくあることだ。

 

だが、姿が見えないということはいままでなかった。

話しかけられるほどの霊魂なら姿が見えるし、見えないほど脆弱な霊魂は声を持つことかなわない。

 

姿の見えない声は率直に言って異常事態だ。

いくら幻想郷といえ、相手に気配すら感じさせない透明化ができる妖怪なんて聞いたことがない──新手の魔術師だろうか?

 

私は魔法に明るくないが、戦えば勝てる気がしない。

最悪の場合、時間を止めて離脱──そういう形でFCを失いたくはないが、私はあくまで人間、やむを得ない。

 

私は綿密に離脱のシミュレーション──是が非でも避けたい事態だ──をはじき出し、ナイフをしまって時間を動かす。

まずは相手の正体と真意を探らなくては。

 

「……あなた何者?淑女のクルマに断りもなく乗るなんていい度胸ね。姿をみせなさい」

 

「前見てないと危ないよ。このスピードで事故れば間違いなく廃車だから──そっか、あなたに私の姿は『まだ』見えていないのね」

 

まだ?

助手席から聞こえた声は「まだ」と言った。

ということは、姿が見えていないことは本人が意図している事態ではないのかもしれない。

人間か人外かはわからないが、能力を十全に使いこなせていないのなら、想像ほど強大な存在ではないのかも──油断は禁物だが。

 

「あいにく前なら見てるわ、お世話さま。もう一度だけ聞いてあげる。あなたは何者?答えなければ──」

 

私は片手でナイフを助手席に向ける。

 

「──この一本じゃ済まないと思いなさい」

 

「せっかくの純正バケットシートなんだから大事にした方がいいよ。私には当たらないし。アンフィニの限定装備はもうなかなか手に入らないんだから、ナイフで串刺しにするのはもったいないよ。……そうだね、まだ見えてないなら……うーん、『ロータリーの妖精さん』なんてどう?かわいいでしょ?」

 

ロータリーの妖精さん──鈴を転がしたような少女の声で、助手席の存在は名乗る。

声からして相当幼いが、言動には妙な余裕がある──声が幼いのに言動が落ち着いてる存在は大抵かなりの実力者だ。

幻想郷で学んだ人外の簡単な見分け方が、最悪の状況で役に立ってしまっている。

 

「そう、妖精さん……妖精さんね。あいにくだけど、妖精なら私の家には掃いて捨てるほどいるの。メイド服着てるのに遊んでばかりいる妖精がね。必要なら勤め先を紹介するけど、あなたの担当はこのFCではないわ」

 

「勤め先はいらないかなー。私普通にお嬢様だし、お金持ちなんだよね。家にペットがたくさんいるんだけど、みんないい子だから全然困ってないんだ」

 

「そう。それなら妖精さん、さっさとおうちに帰ったらいかが?『お嬢様』がこんな遅い時間にふらふらするものではないわ。おうちの人が心配するでしょう?」

 

「大丈夫、お姉ちゃんにはちゃんと言ってきたから。外出するの数年ぶりだから、お姉ちゃん泣いて喜んでたよ」

 

「ひきこもりなのね、あなた。だからといって深夜のお出かけは感心しないわね」

 

「いいじゃない。下りきったら帰るからさー。それよりあなたのFCの話聞かせてよ。エンジンは13B-Tをサイドポート加工でタービン交換してるよね……小口径タービンを二基がけしてブーストアップ、350馬力ってとこじゃない?低回転のトルクを補いながら、高回転域での最高速を延ばす──バランスのいい仕上がりね。……でもそれだけ。退屈だわ」

 

どこから見ていたか知らないが、ピタリだ。

私のFCの仕様を正確に言い当てている。

「ロータリーの妖精さん」なんてふざけた自己紹介をしているが、只者じゃない。

 

「……当たってるわ。ロータリーの妖精さん、なんて名乗るだけのことはあるじゃない。私のFCに意思が宿ったのかしら。にしても、退屈って言葉は聞き捨てならないわね」

 

「危ないなー。人にナイフを向けちゃいけないんだよ?あなた、意外と感情的なタイプ?クルマの意思──走り屋もチューナーも、そういう人はいるよね。でも、クルマは機械でドライビングは物理。あなたの思想は否定しないし、そういう感情で速くなる走り屋はいるけど、機械と物理を甘く見た乗り手を待つものは──オーバースピードと破滅、ただそれだけ」

 

思っていた以上に動揺、いや、感情的になっていたらしい。

FCのシートを通して腰に伝わる感触が、ラフなドライビングをたしなめる。

──大丈夫よFC、いまクールになったわ。

こんなわけのわからないやつのせいで、あなたを失うわけにはいかないもの。

 

「妖精さん」は続ける。

 

「『退屈』って言われて怒った?仕上がり自体はね、いいんだよ。ロータリーをよくわかってる人間が組んだんだろうって思う。誰が乗っても楽しく、そして不満が出ない仕上がり。これならロータリーを毛嫌いした人も、考えを改めるだろうね。組んだ人間は、あえてここで抑えてる。良さを伸ばすより悪さを打ち消す、乗りやすく扱いやすく、それでいて速い13Bチューン──FCと、それ以上にあなたを大事に思ってるチューナーだね」

 

言葉を切り、でも、と「妖精」は言う。

 

「でも、私に言わせれば、これはロータリーの姿じゃない。か細いトルク、ガラスのように繊細で、ただ生きるだけで命を絞りだしているように──どこか頼りない、揺らめく炎を見つめ続けるような走り──このエンジンは、あなたがロータリーを嫌いにならないように組まれてる。だけど、ロータリーはそれを望む存在じゃない。選ばれるべくして選ばれるエンジン──自分を選ばない者にはけして振り向かない、それがロータリーよ。FCはこの姿に満足していない。……あなたは満足してる?」

 

「私は……」

 

正直、わからない。

走り出すと決めたとき、私はFCを選んだ。

ロータリーの存在を本能が選んだ。

美鈴がチューニングを施した13Bは乗りやすく、ロータリーの不満点を解決している。

でも、どこかに物足りないものを感じているのは事実だ。

いまのままでも、十分速い。

霊夢にも魔理沙にも、この冥界ハイウェイの下りなら負ける気がしない。

だけど……

 

「……私は、わからない。満足しているのかもしれないけれど、満足していないのかもしれないと、あなたに問われて思ってしまった」

 

「ロータリーは『追う』ために生まれてきたエンジン。追う存在を持たない者に、ロータリーの声は聞こえない。そして、自分が追うものがわからないあなたに、ロータリーは応えない。……この13Bターボを組んだチューナーは誰?」

 

「……紅美鈴」

 

「紅美鈴……『紅龍レーシング』の紅美鈴か。ふーん、なるほどね。いろいろ合点がいった」

 

紅龍レーシング?

初めて聞く名だ。

 

美鈴は私が拾われた以前のことをはぐらかす。

春秋戦国時代や南北朝時代の話は喜々として話してくれるのに、私が生まれてから出会うまでの話は避ける。

ただクルマいじりが得意なお姉さんとばかり思っていたが、違うのか?

 

「ねえ、紅龍レーシングって……」

 

「第一PAが近づいてきたよ。この話はここでおしまい。……あなたが追うものを見つければ、あなたと私はまた出会う。そのときは私の姿が見えるといいね。いい走りをしてるから、名前だけ教えてあげる。私は古明地こいし。私の名前と『紅龍レーシング』って単語は、紅美鈴に言わないほうがいいよ。多分知られたらあなたのFC取り上げられちゃうし」

 

「古明地こいし……?それに言うなってどういう……」

 

──いない。

姿は見えないが、さっきまであった気配が消えている。

車内から出ていったのだろう、それははっきりとわかる。

 

 

私はPAに入り、妖夢と鈴仙を待つ。

ほどなくしてAW11とエボⅣが入ってきた。

二人がマシンから降りる。

 

「ねえ咲夜、あれ何が起きたの?あなたがミラーから消えたと思ったら抜かれてて……どうしたの?」

 

「あれは『消えるライン』だよ、鈴仙。咲夜の十八番(おはこ)といえるテクニックね……って咲夜、なんか顔色悪いよ?」

 

「……なんでもないわ。すこし疲れが出たのかしらね。今日はすぐ帰ることにする。それじゃあね」

 

私は言い残し、FCを発進させる。

鈴仙と妖夢が不安そうにこちらを見つめているのが、ドアミラー越しにわかった。

 

顕界インター前で月を見上げる。

低く赤い月の夜だった。

晴れていた夜空を分厚い雲が横切り、月にかさなり始めていた。

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