「これがGT-Rねえ……自分で運転してみると結構印象違うものね。想像してたよりもずっと軽い動き」
妖怪の山、山頂付近駐車場──午後十一時半
黒いR32型スカイラインGT-Rのそばに、紅白のワンダーシビックが駐車する。
先に上りきっていた博麗霊夢は、ワンダーから降りてきた霧雨魔理沙にGT-Rの感想を述べた。
今回、私の32Rを霊夢が試乗していたんだが──こいつ、本当にRは初めてなのか?
ワンダーとRじゃ車重も駆動方式もパワーもサイズも、なにもかもまるで違うっていうのに……これが才能ってやつなんだろうか。
馬力が違うとはいえ、全然追いつける気がしなかった。
ひそかに落ちこむ私の心中など知るよしもなく、
「なんていうか、独特な動きよね。後ろが蹴り出したあと、一瞬遅れて前が掴む感じがする。動物が走り出すとき地面を四脚でとらえるイメージ?私の言ってることわかる?」
「あー、そりゃあれだ。アテーサE-TSだろ。Rは走行状態に応じて駆動力の前後配分を変えるシステムがついてんだ。鈴仙のエボとはまた違った印象受けたんじゃないか?」
「そうね、なんか違う感じがした、なんか。それに、車重の割にすごく軽くてシルキーな走りするのね。魔理沙みたいな魔法使いが選ぶマシンだからもっとガサツだと思ってたのに」
「どういう意味だヤクザ巫女。ドンガラ直管のワンダー転がしてるお前が言えたことじゃないぜ。……でもそうだな、私ももっと激しい走りするイメージっていうか、本気で攻めてかないとイマイチかと思ってたんだ。だけど、乗ったらすぐにその予想は裏切られた。流すだけでもものすごくスマートなんだ。クラッチの重さがなければ『そういうクルマ』って気づかないかもな。……やっぱりRは最高だぜ」
私は胸を張る。
32Rが褒められると自分のことのように嬉しい。
特に、自分のワンダー以外クルマに興味をほとんど持たない霊夢が私のRに興味を持っている──それだけでRを手に入れた甲斐があったってもんだ。
「……ま、私はワンダーが一番なんだけどね。ターボはいまいち馴染まないわ……ねえところで魔理沙。あんたの『同乗者』は?」
おっと、忘れてた。
アタックの途中で耳をふさいでたからな。
慣れないと霊夢のワンダーはちょっと「刺激的」すぎるかもしれない。
私がワンダーの助手席の窓ガラスを叩くと、ドアを開いて「同乗者」が青い顔で降りてくる。
「うー……なにこれ、耳がキンキンする……」
「大丈夫かフラン。霊夢のワンダーは直管な上にドンガラ──防音材一切なしだからな。私も追いつくのに必死でずっと高回転回しっぱなしだったし……『霊夢が』悪かった。ごめんな、持ち主の頭がちょっとおかしいんだ」
「聞き捨てならないわね魔理沙。悪いのは『前の』持ち主と『借りてきた』あんたよ。私が乗り始めた時から、このワンダーはドンガラなんだし」
「おいおい、レミリアから『さすがにドンガラは、ねえ?内張りやりましょうか?』って言われたのに『お金かかるならパス』って断ったのはお前だろ?その癖B18Cの環状
「エンジンの費用は紫持ち、内張りは軽いほうが良かったから結果オーライよ、魔理沙」
「二人ともどっちでもいいよ……聞こえるようになってきたし。魔理沙とのドライブが楽しかったから来てみたけど、霊夢のワンダーはこりごりかな……」
「だってよ霊夢。フランドール『お嬢様』は私のRの『上品』な乗り心地が好みみたいだ」
「うるさいわねえ……あんたのRも事故車じゃないの……」
「え?それ本当か霊夢」
おいおい、レミリアはそんなこと言ってなかったぜ。
事故歴ありの前のS13がやばすぎて──最初クルマはまっすぐ走らないものと思ってた──気にしてなかったが、大丈夫なのか?
「嘘言ってどうすんのよ……別に走りに問題があるわけじゃないわ。なんていうのかしら、なんか角張ってる?って言うの?変に走りががっしりしてるのよね。すこししなりがない感じ……骨折したところに添え木するでしょ?あんな感じがするのよね。運転席ドアの開閉にわずかに違和感があるし、フロントグリルもなんか気になって触ってみたけど、気づかないくらいに歪んでる……まあ、いままで気づかなかったならいいんじゃない?そのくらい綺麗に修復してあるし」
こいつの説明はふわっとしすぎてるな。
天才ってやつはこういうものなんだろうか。
気づかなかったのは事実だが……この間の紅魔館図書館の一件以来、
そう考えていると、フランが口を開く。
「……関わっていくのにすべての過去を知る必要はない。残酷な過去があったとき、それを受け入れる覚悟を持てないのなら、はじめから知らない方がいい。知れば、相手が次に求める気持ちは『受容』。そしてそれが叶えられなかったとき、その気持ちは残忍な感情に変わる。裏切られた、ってね。……魔理沙、それは人も妖怪も、そしてクルマも同じなんじゃないかしら」
「……そうだな。私はゆっくりRと向き合うよ。この前そう決めたばっかだし。……ごめんな、R。そして、サンキューな、霊夢、フラン」
フランドールは見た目こそ幼いし、まだまだ他者との関わりも経験値不足だが、495年生きているだけのことはある。
引きこもっていたときに相当読書したようで、知識量も頭の回転も、思考の深さも凄まじい。
まだ私たち以外には人見知りするし、精神的に不安定だから調子の良い夜にしか連れ出せないが……走りを通じてフランの世界を広げられたら、と私はひそかに思ってる。
「礼はいらないわ……そうね、今度幻想郷の外に出たとき『そふとくりーむ』を奢ってちょうだい。紫と外に出たらいつも奢ってもらうのよ。私のお気に入りは『み◯すと◯ぷ』のやつだから、よろしく」
「そふとくりーむ?霊夢なにそれ」
「甘くて冷たい素敵なものよ。『楽園の素敵な』って枕詞は、そふとくりーむのためにあるようなものね」
「いいなあ、私も食べてみたい。ねえ魔理沙、お姉様の許しが出たら私も『み◯すと◯ぷ』連れてって」
「霊夢いいのかよお前それで……フランも、一緒に外の世界行ったら食べような。……おっと、指切りは勘弁だ。お前こないだ力加減間違えてレミリアの腕ごとちぎってたからな」
私はこの前、フランと指切りしたレミリアの惨劇を見ちまったからな。
レミリアは「ちょっとフラン、痛いじゃないの」なんて笑いながら腕生やしてたが……吸血鬼であれなら、人間はよくて半身ねじ切れてる。
私は身体半分生やす魔法使えないし、指切りするなら妖夢にしてほしい。
半人半霊だから大丈夫だろ、多分。
そんなことを考えていると、天狗たちが住む方角の駐車場入口から、一台のクルマが入ってくる。
白いEK型のシビック、通称「ミラクルシビック」。
……赤エンブレムってことは、タイプR。
EK9か。
霊夢を見ると……おいおい、誰が乗ってるかも知らないのにやる気満々じゃねえかお前。
シビック乗りとしては、初代シビックタイプRは意識せずにはいられないか。
これまでのスポーツグレードとは一線を画すスパルタングレード「タイプR」。
専用にチューニングされたB16Bエンジンに足回り、軽量化、飾りじゃないエアロ。
その走りは「公道はサーキットに行くための道」と形容されるほどだ。
チャンピオンシップホワイトと赤エンブレムは最速の証──この
EK9が停車し、エンジンを切る。
ドライバーが降り、私たち三人に口を開いた。