いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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四連スネークヘアピン

バトルがスタートした。

二台のシビックが、二股に分かれた駐車場出口のうち、左側の方に飛びこんでいく。

 

私は魔理沙に疑問を投げかける。

 

「あれ?二人とも迷わず左の出口を選んだね……話し合ってる様子もなかったのに」

 

魔理沙は32Rの加速Gに顔をしかめながら答える。

 

「まだこいつの加速には慣れないぜ……ああ、そうか。フランは妖怪の山は初めてだったな。よしよし、この魔理沙さんに説明は任せな」

 

魔理沙はそう言い、霊夢たちのシビックから目を離さずに説明を始める。

 

 

いまから私たちが走るコースは二つの道路を繋いだものであり、人里側から見て右に通っているのが「法起坊線(ほうきぼうせん)」、左が「三郎清滝線(さぶろうきよたきせん)」という名前らしい。

 

法起坊線と三郎清滝線は麓側の円形コーナーで繋がれており、頂上付近駐車場でもそれぞれ合流している。

麓から頂上に向かう入口は三郎清滝線に、頂上から麓に向かう出口は法起坊線に、それぞれ両線を接続する円形コーナーより頂上寄りに設置されている──つまり、先ほど霊夢が32Rの試乗を行った上り区間は、三郎清滝線ということになる。

 

入口および出口の出入りは左折のみ──幻想郷も外界と同じく左側通行だ。

片側一車線の対面通行だが、三郎清滝線から入って駐車場、そして法起坊線から麓へ、という時計回りのレイアウトの関係上、センターラインこそあるものの、実情は一方通行に近い。

 

円形コーナーは大蝦蟇(おおがま)の池を囲うように設置されており、そのまま「大蝦蟇コーナー」と呼ばれるドリフトの見せ場だそうだ。

このコースでのバトルは、下りを法起坊線、上りを三郎清滝線で行うのが暗黙の了解らしく──対向車が出にくいからだ──大蝦蟇コーナーを走るために、頂上付近駐車場をスタートおよびゴールの上下両線とすることが多い。

 

 

魔理沙の説明を聞いて、私は納得する。

 

「そういうことだったんだ。ありがと、魔理沙。だから二人とも迷わず法起坊線の方に飛び出したのね」

 

「そういうことだ。峠の走りはローカルルールが多いからな。フランも走り始めたら、初めての峠じゃ常連っぽいやつに聞いたほうがいい……にしてもあいつら飛ばすなあ……」

 

魔理沙は細かく修正舵を当てながら二台のシビックを追走している。

霊夢も椛もまだまだウォーミングアップといったところか──十分常軌を逸したペースだが、二台とも余裕そうだ。

低段ギアからの加速はGT-Rの強みとはいえ、このタイトかつ不規則な低速コーナー区間では思うようにアクセルを開けられない。

大柄なボディサイズもあいまって、この区間ではシビックの方が有利だろう。

 

「NAエンジンならターボラグを気にせず踏んでいけるし……VTECもよく効いてる。FFの安定性と全長の短いハッチバックボディを活かした走りだね。二人ともシビック乗りのプライドをぶつけ合っていただけのことはあるよ」

 

「そうだな……こういう区間でGT-Rはきついぜ。車重の割に動きは軽いが、シビックのクイックさには敵わない……てかフラン、お前妙に詳しいな。実は走ってんのか?」

 

「んーん、私は走ってないよ。お姉様が昔走ってたから、影響受けて自分でもすこし勉強したんだ」

 

「そういやレミリアのやつ、昔は首都高に上がってたらしいな。たしか80のスープラだっけか。私は見たことないけど、フラン知ってるか?」

 

「私も知らないんだよね。地下に引きこもってた頃の話だし。いま自分名義のクルマはロータス・エリーゼだけだと思うけど……」

 

「まあ、走り屋(そういうの)は卒業したってことかね……っておいおい、二台に引っ張られてたから気づかなかったけど、もうこのあたりかよ」

 

先頭を走るEK9のヘッドライトが、この先の短いトンネルの中を照らす。

トンネルはやや湾曲している──幻想郷でトンネルを見るのは初めてかもしれない。

 

「このトンネルまで来たってことは、法起坊線は中盤だな。この先にトンネル出口がクリッピングポイントになる左のヘアピンがあって、立ち上がりはすこしワイドに膨らむ構造──法起坊線の難所の一つだ。トンネルのおかげでブレーキングポイントが掴みづらいし、ラインの正解は一つじゃない──コーナー出口も見えないからな。対向車の恐怖とも戦うことになる」

 

魔理沙がそう言う間に、三台はトンネルに突入する。

 

「フラン、私たちはやわらかく突っ込むぜ。今回はギャラリーだからな、離されなきゃいいし、Rの立ち上がり加速ならこの先のストレートですぐ追いつける。二人の駆け引きをよく見てな」

 

二台のブレーキランプがトンネルの壁を赤く染める──霊夢のブレーキングポイントがわずかに遅い──椛のEK9は左フロントをかすめるようにトンネルの縁をなぞり、そのままセンターラインを重心に立ち上がる。

霊夢はそれよりもワイドに立ち上がり──嘘でしょ?

姿勢を整えながらワンダーの右リアをガードレールにヒット──その反動からVTECサウンドを響かせ、椛のインを刺そうと試みる。

EK9の方が車体半分前──すかさずワンダーのラインを潰し、シフトアップ──ポジションは入れ替わらずに、長くはないストレート区間へ。

 

「……魔理沙、霊夢はミスしたわけじゃないんだよね?」

 

「あー……フランは『あれ』を見るの初めてか。霊夢はマシンをヒットさせることにさほど抵抗がないんだ。パッシングするときも、スピンさせない程度に相手のマシンを押してラインを確保することもある──腕がないと事故るから相手は選ぶし、今回はFF同士だからやらないと思うがな。……にしても、あそこまでやるってことは霊夢かなり本気だな」

 

「霊夢が本気って珍しいよね。EK9がそれだけ速いマシンってこと?」

 

「マシンもいいが、それ以上に椛の腕が抜群にいい。でかい口叩くだけのことはあるぜ。正直、Rじゃなかったら私たちギャラリーの前にちぎられてるな。──さあフラン、そろそろストレートは終わりだ。麓への出口を通り過ぎて──次が法起坊線一番の見せ場、四連スネークヘアピンだぜ」

 

言っている間に二台のシビックがスネークヘアピンに突入する。

よく見るとこのヘアピン、曲率と曲がり方が一つ一つわずかに違う──クリッピングポイントも進入スピードもバラバラだ。

コーナー間のストレートは立ち上がりの姿勢づくりくらいの長さしかない──立ち上がりが早すぎれば脱出スピードが足りず、次のヘアピンはスローイン──遅すぎれば姿勢づくりが間に合わず、次のヘアピンで深く突っ込めない──これは見せ場と言われるのも納得だと、私は思う。

ヘアピンのわずかな処理の差が、四連を過ぎたあとのスピードで大きな差になる。

 

ヘアピンの攻防──霊夢もかなり走れてはいるが、椛の方が一枚上手(うわて)だ。

背後に迫るワンダーのプレッシャーに崩れることなく、レコードラインを丁寧になぞっていく。

霊夢も椛のラインをなぞろうと試みるが──後出しでのトレースには厳しいものがある。

数センチのラインの差が、スネークヘアピンを半分過ぎた頃には数メートルの差になっていく。

 

ワンダーのリアハッチに焦りが映る。

スネークヘアピンをEK9が脱出──ワンダーは十五メートルほど離されて後を追う。

 

「さすがの霊夢でもスネークヘアピンで差がつくか……結構離されたな」

 

「霊夢のB18C(エンジン)の方がパワーは上だよね。ここからは上りだから、馬力差で詰められるんじゃない?」

 

「それはそうだが、そう簡単な話でもないぜ、フラン。ワンダーにB18Cは結構無茶してるし、それにあいつの足回りは環状に合わせてあるからな。峠のスピードレンジに合ってるとは言いがたい上、トータルバランスで考えたらいまいちだ。前のZCエンジン積んでたときの仕様の方が、この妖怪の山では踏んでいけただろうな」

 

「たしかに、椛のEK9の方が思いきって踏めてる感じがするね。クルマの性能をきっちり使い切ってる走り……でも、魔理沙は霊夢が負けるなんて思ってないんでしょ?」

 

「あたり前田のクラッカーだぜ、フラン。妖怪の山で霊夢を負かすのはこの魔理沙様だけで十分だ──さあ、この先が大蝦蟇コーナー。下りの法起坊線は終わって、上りの三郎清滝線突入だぜ──」

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